本ガイドラインの概要

はじめに

制吐薬適正使用ガイドラインは2010 年に初版1),2015 年に第2 版2),その後,2018 年に第2 版の一部改訂版(ver. 2.2)が日本癌治療学会ホームページ上で公開され,がん薬物療法において最も重要な支持療法の一つである制吐療法の適正化・標準化と有害事象軽減に大きく寄与している。

第3 版となる今版は作成過程の透明性,公平性,独立性を十分に担保したガイドラインを目指して,「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017」に則り,改訂ワーキンググループ(改訂WG)とシステマティックレビューチーム(SR チーム)の2 チーム体制で作成にあたった。今版では,改訂WG によるスコープ作成,Clinical Question 設定,文献検索の後,SR チームがシステマティックレビューを行い,これを受けて改訂WG が推奨草案作成と推奨決定を行った。また,草案段階で各種外部評価を受け,全編においてバランスの取れた記載を目指した。

また,発刊後も英語版やWeb 版の作成に加え,日常診療に重大な影響を及ぼす新知見が確認された場合には速やかな部分改訂を行うなど,普及促進と最新情報への対応を常に行う計画としている。

昨今は副作用の程度を適切に評価するために,医療従事者ではなく患者自身が副作用評価を行う新しい診療体制が構築されてきており,きめ細かい対応が患者を含めたチーム医療として行われる時代になっている。

制吐療法はがん薬物療法の推進には欠かせないものであり,エビデンスに基づいた最新の情報を提示することは本ガイドラインの使命である。本ガイドラインが臨床現場に適切な制吐療法を広く普及させるとともに,がん薬物療法を受ける個々の患者に寄り添った選択の後押しとなることを期待している。

1.本ガイドラインの目的

本ガイドラインの目的は,がん薬物療法によって発現する悪心・嘔吐の適切な評価・抑制により,治療効果を上げ,最終的には患者の予後改善を図ることである。また,エビデンスに基づいて制吐療法の益と害のバランスを適正に評価することで,制吐療法における患者と医療従事者の意思決定支援に必要な情報の提供を目指している。

2.本ガイドラインが対象とする利用者

本ガイドラインが対象とする主な利用者は,がん薬物療法および放射線治療実施医療機関において患者と直接的な関わりをもつ医療従事者(医師,看護師,薬剤師等)である。その他の医療従事者とがん薬物療法を受けるがん患者やその家族にも参考となる情報を提供している。

3.本ガイドラインが対象とする患者

がん薬物療法・放射線治療を受けるすべてのがん患者が対象である。また,併存疾患をもつがん患者においても,制吐療法の実施上,注意すべき点を記載した。

4.利用上の注意

本ガイドラインは,あくまでも標準的な制吐療法を行うための指針であり,診療方針や治療法を規制したり,医師の裁量権を制限したりするものではなく,患者の状態や希望,施設の状況等によってはガイドラインの記載とは別の選択が行われることがあり得る。本ガイドラインは医療訴訟などでの参考資料となることを想定しておらず,治療結果に対する責任の所在は直接の治療担当医にあり,ガイドライン策定に携わった学会および個人にはない。

5.本ガイドラインにおける用語の定義

本ガイドラインでは特に断りがない限り,「悪心・嘔吐」とはがん薬物療法によって誘発される悪心・嘔吐(CINV:chemotherapy‒induced nausea and vomiting)を指すものとする。また,「有害事象」は医薬品との因果関係を問わない,医薬品投与後に生じたあらゆる好ましくない事象,「副作用」は医薬品との因果関係が否定できない,医薬品による副次的もしくは好ましくない作用として,用語を使い分けている。

6.Question の区分と呼称について

本ガイドラインにおけるQuestion の区分と呼称は表1 の通りとした。

表1 本ガイドラインにおけるQuestion の区分・呼称

7.診療ガイドライン作成方法

❶作成主体

本ガイドラインの作成・改訂にあたったのは,日本癌治療学会「がん診療ガイドライン作成・改訂委員会」のもとに設置された「制吐薬適正使用ガイドライン改訂ワーキンググループ(改訂WG)」である。本WG は当初,初版作成のために2008 年に組織され,その後,第2 版作成に際して2014 年に一部委員の交代・追加を行った。今版作成にあたっては,第2 版作成委員を中心に2020 年4 月に一部委員の交代・追加を行ったうえで(参照),Minds2017 準拠に伴い,改訂WG とは別に「システマティックレビューチーム(SR チーム)」を新設した。一部の委員は,日本サイコオンコロジー学会からの推薦を受けて選出された。

また,本ガイドラインには今版から2 名の患者が委員として参加しており,改訂の各過程における議論で患者の立場で意見を述べるとともに,投票権をもって推奨決定に加わった。

❷作成基本方針

本ガイドラインの作成・改訂においては,「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017」に則って,Question ごとにシステマティックレビューを行い,その結果に基づいて推奨を決定することを基本方針とした。

原則としてQuestion に対するエビデンスについて益と害のバランスを評価したうえで,患者の希望や状態,医療経済,社会状況等を併せて考慮して推奨を最終判断した(❼推奨草案作成の項参照)。エビデンスの乏しい領域においては,臨床現場の混乱を避けるために,評価可能なエビデンスがある薬剤についてのみ明瞭な推奨を提示し,その他の薬剤については解説内で詳細を記載している。特に重要な推奨に関しては,ガイドラインに含まれる患者の健康上の問題について詳細に記載した。

また,本ガイドラインでは推奨が実臨床に即した内容になるよう,システマティックレビュー過程で抽出された,臨床試験をはじめとする本邦発のエビデンスを積極的に採用している。

❸スコープ作成

ガイドライン改訂開始にあたって,スコープ草案として作成方針を提示し,改訂WG で議論を行い,2020 年3 月に承認を得た。その後も必要に応じて更新が行われ,重要臨床課題として下記のものが挙げられた。

≪重要臨床課題≫
  1. 催吐性リスクに基づいた適正な制吐療法の提示とそのオプションの提示を行う。
  2. 新規がん薬物療法(新規抗がん薬およびレジメン)に対する適正な催吐性リスクと制吐療法の提示を行う。
  3. 制吐療法の効果の適正な評価,効果予測についての提言,副作用の提示を行う。
  4. 制吐療法の医療経済学的評価を検討する。
  5. 制吐療法における非薬物療法の有用性を検討する。
  6. 制吐療法の適切な実施のための支援体制について検討する。
❹Question の作成

改訂WG での議論により,重要臨床課題に基づいてQuestion を作成した。

レジメンごとにCQ を細分化する案も検討したが,CQ 数が際限なく増大する懸念や,レジメンによっては十分なエビデンスが得られない可能性,システマティックレビュー作業の限界なども鑑みて,今版では催吐性リスクごとにQuestion を設定することとした。

BQ1~7BQ11 に関しては,前版ではCQ であったが,基本的な情報または標準制吐療法としてエビデンスが十分あり,広く実臨床に浸透しているとして,改訂WG の協議によりBQ とした。改訂作業開始時点ではBQ・CQ の2 つの区分でQuestion を設定していたが,エビデンス不足等によりシステマティックレビューを完遂できず,推奨提示に至らなかったQuestion についてはFQ または総論扱いとし,システマティックレビューを完遂して,エビデンスに基づいた推奨が提示できるCQ とは区別した。FQ に関しては,システマティックレビューの経過を解説文中で記載している。

❺文献検索と採択基準

文献検索は,聖隷佐倉市民病院図書室,国家公務員共済組合連合会中央図書室の司書によるチームに依頼した。文献検索期間は,1990 年1 月1 日~2020 年12 月31 日とし,PubMed,Cochrane Library,医中誌で検索した。非薬物療法および患者サポート関連のQuestion については,CINAHL の検索を追加した。個々のQuestion における文献検索式については,日本癌治療学会が運営する「がん診療ガイドライン」ホームページ(http://www.jsco-cpg.jp/antiemetic-therapy/search/)で公開している。

検索された文献にハンドサーチで得られた文献を加えたうえで,2 回のスクリーニングを行い,システマティックレビューの評価対象となる文献を採択した。採択基準については優先順位を設け,以下の通りとした。

≪文献の採択基準≫
  1. 調査対象の制吐療法の比較を行うランダム化比較試験を最優先で採択する。
  2. ①が存在しないか少ない場合には,「調査対象の制吐療法施行患者集団」と「施行のない患者集団」のデータの抽出が可能な非ランダム化比較試験,単群試験,症例対照研究,観察研究も採択する。
  3. 調査対象の制吐療法の直接比較ではないランダム化比較試験においても,「調査対象の制吐療法」について,「調査対象の制吐療法施行患者集団」と「施行のない患者集団」のデータの抽出が可能な場合は,採択を検討する。
  4. エビデンスの質として劣る症例報告および症例集積研究は採択しない。

また,本ガイドラインで直接利用可能な既存のシステマティックレビューやメタアナリシスは抽出されなかったが,検索過程でみつかった二次資料や関連する診療ガイドライン(NCCN,MASCC/ESMO,ASCO)については,適宜,解説執筆時の参考とした。

なお,検索年代以降の文献はシステマティックレビューには含まれていないが,必要に応じて,解説内で言及している。

❻システマティックレビュー

改訂WG は各Question における「益」と「害」のアウトカムを抽出して,その重要度を点数化し,システマティックレビューで検証するアウトカムを設定した。各アウトカムは重要度に応じた順位付けがされているため,CQ によって同じアウトカムでも記載順が異なることがある。

システマティックレビューに際しては,改訂WG とは別にSR チームを組織し(参照),エビデンスの選択・評価を行った。SR チーム委員は,文献検索およびハンドサーチによって得られた論文を対象に2 回のスクリーニングを行い,採択された個別研究のエビデンスについて,バイアスリスク・非直接性等の各項目を評価した。さらに,個別研究のエビデンス評価の結果をもとに,アウトカムごと,研究デザインごとにエビデンスを統合して,エビデンス総体としての評価を行ったのち,定性的システマティックレビュー,メタアナリシスを実施して,SR レポートを作成した。

❼推奨草案作成

システマティックレビューの結果に基づき,改訂WG 委員がCQ に対するアウトカム全般に関する全体的なエビデンスの強さを判定し(表2),望ましい効果(益)と望ましくない効果(害や負担など)のバランス,患者の価値観・好み,医療経済・医療資源等を総合的に考慮して,推奨草案を作成した。

表2 アウトカム全般のエビデンスの強さ

患者の価値観・好みについては,エビデンスに基づく評価が困難であったが,患者委員を通じて,CQ に対する推奨文について患者側の価値観・好みの多様性や医療現場の現状に関する意見を取り入れながら,改訂WG の協議により,推奨草案を作成した。

個別CQ における医療経済・医療資源についても,スクリーニングで抽出された文献からはエビデンスに基づく評価が困難であったが,医療現場で行われる制吐療法が患者の負担とならず,無理なく行われるものであるか,推奨される制吐療法によって得られる益が,医療経済や医療資源に見合ったものであるかどうか,慎重に検討を行った。

制吐療法の医療経済評価については,各Question からは独立した総説として記載し,制吐療法の適応を考える際の考え方として利用者に提供することとした。

FQ やBQ は,評価可能なエビデンスが不足している,もしくはすでに十分なエビデンスに基づく標準治療として確立していると考えられる重要臨床課題であるため,推奨草案の代わりにステートメント案を作成した。

❽推奨決定

改訂WG 委員が作成した推奨草案をもとに,推奨決定会議を開催した。合意形成方法はGRADE Grid によるWeb 投票とし,特定項目への80%以上の得票集中をもって合意形成がなされたものとして,推奨を決定した。1 回目の投票で合意形成水準に達しなかった場合は,協議を行って2 回目の投票を行った。2 回目の投票でも合意形成に至らなかった場合は,その経過や結果の要約を解説に記載することとした。推奨は極力具体的に記載し,解説中で患者の状態や健康上の問題に応じた種々の選択肢を提示している。

推奨は原則,推奨の方向性(2 方向)×推奨の強さ(2 段階)の組み合わせで記載し,推奨の強さ,エビデンスの強さ,合意率を併記した(図1表3)。

FQ およびBQ については,推奨の強さやエビデンスの強さの記載はせず,ステートメント案の採否を改訂WG 委員による投票で決定することとした。

図1 推奨文の記載

表3 推奨の強さとエビデンスの強さの種類

8.外部評価

本ガイドラインは草案段階で,各種外部評価・パブリックコメントを行った。寄せられた意見およびその対応については付録で公開している。

❶制吐薬適正使用ガイドライン評価ワーキンググループによる外部評価

本ガイドラインは,制吐薬適正使用ガイドライン評価ワーキンググループによる外部評価を受けた。改訂WG は寄せられた各種意見への対応を検討し,本ガイドラインに反映した。

❷日本癌治療学会および関連領域の学会におけるパブリックコメント

日本癌治療学会ホームページにガイドライン草案を掲載し,日本癌治療学会のほか,日本臨床腫瘍学会,日本サイコオンコロジー学会,日本がんサポーティブケア学会,日本放射線腫瘍学会,日本医療薬学会,日本がん看護学会の協力を得て,パブリックコメントを募集した。改訂WG はパブリックコメントで寄せられた各種意見への対応を検討し,本ガイドラインに反映した。

❸日本癌治療学会がん診療ガイドライン評価委員会による外部評価

本ガイドラインは,日本癌治療学会がん診療ガイドライン評価委員会(委員の氏名・所属は関係者名簿に記載)によるAGREEⅡ評価を受けた。改訂WG は評価結果について検討し,可能な限り,各種意見を反映した。

9.本ガイドラインの普及と改訂

本ガイドラインの出版後も改訂WG による活動を継続し,内容の検討・広報・普及活動などを行う。

本ガイドラインWeb 版は書籍版刊行の約半年後に公開する。その際,エビデンス抽出のための文献検索式,エビデンス総体の評価シートもWeb で公開する。また,日本癌治療学会機関誌「International Journal of Clinical Oncology(IJCO)」へ英語版を投稿する。

また,本ガイドラインの普及活動の一環として,本ガイドラインの重要な推奨について「Quality Indicator(QI)」(高度催吐性リスク抗がん薬に対する4 剤併用療法の使用割合,中等度催吐性リスク抗がん薬に対する3 剤併用療法の使用割合,各制吐療法でオランザピンを追加する割合,非薬物性制吐療法の実施割合,ePRO の使用割合等)を設定し,その推奨がどの程度適用されているかを,日本癌治療学会が行うWeb アンケート調査を用いて経時的に調査し,評価することを検討している。

本ガイドラインは4~5 年ごとに全面改訂を行う予定とし,2025 年頃に次版に向けた改訂作業を開始するものとする。ただし,全面改訂時以外でも,最新のエビデンスの情報収集に努め,日常診療に重大な影響を及ぼす新知見が確認された場合等には,部分改訂を行い,速やかに公開することを検討する。

10.利益相反(COI)

❶利益相反申告

本ガイドライン改訂WG 委員およびSR チーム委員は,日本癌治療学会の定款施行細則第4 号(学会の事業・活動における利益相反に関する指針運用規則)に則り,利益相反の自己申告を行い,利益相反委員会が自己申告された利益相反の状況を確認した。利益相反の状況については年度ごとに,日本癌治療学会が運営する「がん診療ガイドライン」ホームページ(http://www.jsco-cpg.jp/)で公開する予定である。

❷推奨決定会議における投票権の制限

本ガイドライン改訂WG の委員が推奨作成の根拠となる論文の筆頭著者・責任著者である場合や,関連する薬剤や医療機器の製造・販売に関与する企業または競合企業に関するCOI を有する場合には,日本医学会「診療ガイドライン策定参加資格基準ガイダンス」の基準に則って,各委員の自己申告により,推奨決定会議における投票を棄権した。

❸本ガイドラインの独立性

本ガイドライン改訂・出版に関する費用はすべて日本癌治療学会が支出し,特定企業からの資金提供は受けていない。また,すべてのQuestion における推奨決定に日本癌治療学会は直接関与していない。

【参考文献】

1)
日本癌治療学会編.制吐薬適正使用ガイドライン2010 年5 月(第1 版).金原出版,2010.
2)
日本癌治療学会編.制吐薬適正使用ガイドライン2015 年10 月(第2 版).金原出版,2015.