診療ガイドライン

Ⅱ 総論

1概要

がん薬物療法においては,がんに対する適切な治療方針のもとで選択された薬物療法の治療強度を維持しつつ,患者の副作用を極力最小限にしながら,安全に実施することが医療従事者のstate-of-the-art とされている。しかし,抗がん薬投与後の患者の副作用には個人差があり,個々の患者に発現する種々の苦痛症状に対しては個別対応が必要となる。がん薬物療法を提供する医療従事者は各種支持療法に精通する必要があり,十分な支持療法を実施することで患者の日常生活を守り,治療成績の向上を図ることができる1)

がん薬物療法によって発現する悪心・嘔吐は患者が苦痛とする代表的な副作用であり,制吐療法はがん薬物療法を完遂するうえで極めて重要な支持療法である。がん薬物療法によって生じる悪心・嘔吐を制吐療法により抑制することは,患者QOL を向上させ,治療を適切に維持し,最終的には全生存期間の延長が期待できる。しかし,制吐療法にはがん薬物療法を維持できる益の部分と同時に,有害事象,通院等の患者の生活上の負担,薬剤のコストといった望ましくない害の部分もあることは明らかであり,益の明らかでない制吐療法は行うべきでない。

2悪心と嘔吐

「悪心」は“嘔吐しそうな不快な感じ”と定義され1-3),延髄の嘔吐中枢に向かう求心性迷走神経刺激により発現する。「嘔吐」は“胃内容の強制排出運動”と定義され2-4),胃幽門部は閉ざされたうえで,下部食道括約筋の弛緩,横隔膜や腹筋の収縮により,胃内容が排出される。なお「空嘔吐」は“胃内容は排出されないが,強制的に排出しようとする運動”と定義される2,3)。これら嘔吐中枢への入力刺激としては大脳皮質(頭蓋内圧亢進,腫瘍,血管病変,精神・感情など),化学受容体(代謝物,ホルモン,薬物,毒素など),前庭器(姿勢,回転運動,前庭病変など),末梢(咽頭-消化管・心臓・腹部臓器などの機械受容体,消化管などの化学受容体)がある5)

悪心・嘔吐が起こるメカニズムを図1 に示す。上部消化管に優位に存在するセロトニン3(5-HT3:5-hydroxytryptamine 3)受容体と第4 脳室最後野の化学受容体引金帯に存在するニューロキニン1(NK1:neurokinin 1)受容体が複合的に刺激され,最終的に延髄の嘔吐中枢が興奮し,遠心的な臓器反応が起こることで悪心・嘔吐が引き起こされると考えられている。化学受容体で作用する神経伝達物質としては,セロトニン,サブスタンスP,ドパミン,ヒスタミン,アセチルコリン-ムスカリンなどが知られており,これらの化学受容体と拮抗する薬剤が制吐薬として用いられている。

図1 抗がん薬による悪心・嘔吐のメカニズム

また,悪心・嘔吐の発現時期や状態により,以下の定義があり5),機序や背景を考慮した制吐療法が行われている。

  • 急性期悪心・嘔吐(acute nausea and vomiting):抗がん薬投与開始後24 時間以内に発現する悪心・嘔吐
  • 遅発期悪心・嘔吐(delayed nausea and vomiting):抗がん薬投与開始後24~120 時間(2~5 日目)程度持続する悪心・嘔吐
  • 突出性悪心・嘔吐(breakthrough nausea and vomiting):制吐薬の予防的投与にもかかわらず発現する悪心・嘔吐
  • 予期性悪心・嘔吐(anticipatory nausea and vomiting):抗がん薬のことを考えるだけで誘発される悪心・嘔吐

急性期と遅発期を合わせて全期間(抗がん薬投与開始から5 日間程度)とする。
抗がん薬投与開始120 時間後以降(6 日目以降)も持続する超遅発期悪心・嘔吐(beyond delayed nausea and vomiting)も注目されている。

3がん患者に対する悪心・嘔吐治療の基本

  1. がん薬物療法における悪心・嘔吐治療は過不足ない適切な発現予防を目指すべきである。
    • 投与する抗がん薬の催吐性リスクに応じた適切な制吐療法を選択する(→BQ1~5FQ1 参照)。
    • 悪心・嘔吐が発現・持続する可能性のある期間は,抗がん薬の投与開始日から約5 日間とされていたが,より長期間(投与開始120 時間後以降)持続する場合もあると報告されている6)。この抗がん薬投与開始120 時間後以降も持続する悪心・嘔吐(超遅発期悪心・嘔吐)に対する抑制研究が進められている7,8)
    • 悪心・嘔吐発現リスクがある期間は,最善の予防を図る。
  2. 多剤併用療法においては,最も催吐性リスクの高い抗がん薬に対する制吐療法を選択する。
  3. 胸やけや消化不良症状に対しては,H2 受容体拮抗薬やプロトンポンプ阻害薬の使用を考慮する。
  4. 制吐薬の選択は,予定する薬物療法の催吐性リスクとともに,過去のがん薬物療法における悪心・嘔吐の発現状況,患者関連リスク因子や患者の置かれた社会状況も考慮して決定する(→BQ11 参照)。
  5. 放射線治療による悪心・嘔吐に対しても制吐療法を行う(→BQ7 参照)。
  6. 各制吐薬に特有の副作用を理解する(→BQ9 参照)。
  7. 悪心・嘔吐の原因として,以下のような,がん薬物療法に関連しない要因も考慮する。
    • 腸閉塞
    • 前庭機能障害
    • 脳転移
    • 電解質異常(高カルシウム血症,低ナトリウム血症,低マグネシウム血症)
    • 低血糖
    • 尿毒症
    • オピオイドを含む併用薬剤
    • 腸管蠕動不全(がん性腹膜炎,ビンクリスチンなどの抗がん薬,糖尿病性自律神経障害等)
    • 心因性要因(不安,予期性悪心・嘔吐)(→BQ6 参照)
  8. 患者に自己管理に関する教育・指導を行う(→BQ1213 参照)。
    • 患者自身による症状評価の意義の認識と,患者日誌等による記録に関する教育を行う。
    • 自宅における定期的な制吐療法のアドヒアランス維持と,突出性悪心・嘔吐への対応に関する指導を行う。
  9. 生活・環境における工夫や整備を行う。
    • ゆったりとした服装を心がける。
    • 食生活においては,少量ずつ摂取し食事の回数を増やす,食べやすい形状にする,におい・味付け・温度等の配慮や,状況に応じた食事指導・栄養指導による栄養管理を徹底する。
    • 外来治療室や自宅におけるにおいや換気等に対する環境の整備,配慮を行う。
  10. がん薬物療法に対する支持療法の一環として多職種連携チームで制吐療法を行う。

本邦臨床で用いられている主な制吐薬を示す(表1)。

表1 本邦臨床で用いられている主な制吐薬一覧

4本ガイドラインにおける催吐性リスク評価と制吐療法

❶悪心・嘔吐に対するリスク評価

(1)抗がん薬の催吐性リスク

がん薬物療法により誘発される悪心・嘔吐の発現頻度は,使用する抗がん薬の催吐性によって規定される。本ガイドラインでは,海外の制吐療法ガイドラインと同様に,種々の臨床試験で示された催吐性を考慮し,制吐薬の予防的投与がない状態で抗がん薬投与後24時間以内に発現する嘔吐の割合に従って以下の4 つに定義した。

  • 高度催吐性リスク(high emetic risk):90%を超える患者に発現する。
  • 中等度催吐性リスク(moderate emetic risk):30%<~90%の患者に発現する。
  • 軽度催吐性リスク(low emetic risk):10%~30%の患者に発現する。
  • 最小度催吐性リスク(minimal emetic risk):10%未満の患者に発現する。
(2)その他の催吐性リスク

上記因子のほか,治療関連リスク因子としては放射線治療やオピオイド,患者関連リスク因子としては性別,年齢などが挙げられているが,リスク因子に応じた対処方法に関するエビデンスは確立されていない。

❷注射抗がん薬の催吐性リスク評価

催吐性は抗がん薬の種類,投与量,併用抗がん薬によって異なり,本ガイドラインでは表2 に示すようなリスク分類を行っている。ほとんどの薬剤は単剤での分類となっているが,乳がん領域で多く使用されるアントラサイクリン系抗がん薬とシクロホスファミドはともに中等度催吐性リスク抗がん薬であるが,両者を併用する場合は高度催吐性リスクに分類している。また,多くのがん薬物療法では多剤併用療法が用いられており,使用薬剤の中で最も高い催吐性リスクの抗がん薬に合わせた制吐療法が推奨される。具体的には,原発臓器別の治療レジメン一覧(→付録1 参照)を参考としていただきたい。また,新規抗がん薬を検証する臨床試験においては,ガイドラインで推奨する制吐療法と異なる制吐療法が使用されることもあるが,その新規抗がん薬を投与する際には臨床試験で用いた制吐療法を行うことは許容される。

本邦のみで使用可能な薬剤は,承認申請時のデータ,市販後の代表的な臨床試験や製造販売後調査(PMS:post marketing surveillance)のデータ等を用いて分類しているが,評価方法の違いから不確実性が含まれていることに留意する。

表2 注射抗がん薬の催吐性リスク分類

❸注射抗がん薬の催吐性リスクに応じた制吐療法(→BQ1~5FQ1 参照)

がん薬物療法で使用する基本的な制吐薬には5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾン,オランザピンの4 剤があり,これらを催吐性リスクによって使い分ける。催吐性リスクに応じた適切な制吐療法を行っているか,制吐療法実施のための体制が整備されているかは,重要な施設評価のポイントとなり得るので,施設全体で取り組む必要がある。

また,制吐療法以外の支持療法や併存症に対する治療薬を併用している場合も多く,薬物相互作用によるそれぞれの薬効の変化も考慮した薬剤選択や用量調整が必要である。

❹経口抗がん薬の催吐性リスク評価と制吐療法(→FQ2 参照)

経口抗がん薬による催吐性リスクについては表3 に示す。経口抗がん薬は近年,数多く製造販売承認されており,悪心・嘔吐を含む有害事象の情報を集めたうえで適切な制吐療法を行う。

表3 経口抗がん薬の催吐性リスク分類

❺制吐療法の評価

臨床試験では抗がん薬による悪心・嘔吐の評価方法として,主に有害事象共通用語規準(CTCAE:Common Terminology Criteria for Adverse Events)が用いられているが,その評価は医療従事者側の評価であって患者自身の主観的な評価ではないことに注意する必要がある。また,抗がん薬投与開始後,急性期(0~24 時間),遅発期(24~120 時間),全期間(0~120 時間)の悪心・嘔吐の評価方法(表4)が臨床試験で用いられてきたが,医療従事者による過小評価の問題等,評価の妥当性は十分とはいえず,患者自身による正確な評価方法の開発が重要になっている(→CQ12 参照)。近年は電子デバイスを用いた患者自身による症状評価(ePRO:electronic patient-reported outcome)を用いた「制吐療法の研究」が行われるようになっており,実臨床への導入に向けた取り組みが進んでいる。

表4 悪心・嘔吐の治療効果の主な評価方法

上記以外の評価方法としては以下のものがある。

  • 悪心なし(NN:no nausea)の割合
  • 有意な悪心なし(NSN:no significant nausea)の割合
  • 嘔吐なし(NV:no vomiting)の割合
  • 救済治療なし(NR:no rescue)の割合
  • 治療成功期間(TTF:time to treatment failure):抗がん薬投与開始から初回の嘔吐または初回の救済治療のいずれか早いほうまでの時間
  • 治療関連有害事象(treatment-related adverse events):抗がん薬ではなく,制吐療法に関連した有害事象と医療従事者が判断した有害事象
  • QOL,患者満足度

5制吐療法の医療経済評価(→Ⅷ章参照)

医療経済評価には,患者個人の視点(individual perspective)と社会集団としての視点(population perspective)があり,患者の視点だけを考えても,本邦の医療保険制度では,患者によって負担割合が異なることや高額療養費制度などにより,知見を一般化することは困難である。そのような状況であるからこそ,医療従事者は個々の患者の制吐療法の必要性とともに費用負担も考慮し,さらに,医療機関あるいは社会が負担する費用を考慮して制吐療法を実施すべきである。

参考文献

1)
Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus. https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/nausea
2)
Balaban CD, Yates BJ. What is nausea? A historical analysis of changing views. Auton Neurosci. 2017;202:5-17.
3)
Singh P, Yoon SS, Kuo B. Nausea:a review of pathophysiology and therapeutics. Therap Adv Gastroenterol. 2016;9:98-112.
4)
Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus. https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/vomiting
5)
日本癌治療学会編.制吐薬適正使用ガイドライン2015 年10 月(第2 版).金原出版,2015,pp24-32.
6)
Tamura K, Aiba K, Saeki T, et al. CINV Study Group of Japan. Testing the effectiveness of antiemetic guidelines:results of a prospective registry by the CINV Study Group of Japan. Int J Clin Oncol. 2015;20:855-65.
7)
Sugawara S, Inui N, Kanehara M, et al. Multicenter, placebo-controlled, double-blind, randomized study of fosnetupitant in combination with palonosetron for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting in patients receiving highly emetogenic chemotherapy. Cancer. 2019;125:4076-83.
8)
Hata A, Okamoto I, Inui N, et al. Randomized, Double-Blind, Phase Ⅲ Study of Fosnetupitant Versus Fosaprepitant for Prevention of Highly Emetogenic Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting:CONSOLE. J Clin Oncol. 2022;40:180-8.
9)
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Ⅲ 急性期・遅発期の悪心・嘔吐予防

1概要

予防的制吐療法に用いられる制吐薬は,急性期に有効な5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾン,遅発期に有効なNK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンである。また,かつて制吐目的に適応外使用されていた非定型抗精神病薬のオランザピンが,公知申請を経て,2017 年に本邦でのみ,「抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐)」に対して保険適用になり,急性期・遅発期ともに有効な新たな制吐薬として使用可能になった。抗がん薬の催吐性リスクに応じて,これら制吐薬の組み合わせ,投与期間,投与量が決められている(→ダイアグラム参照)。

今版における改訂のポイントは,国内外のランダム化第Ⅱ・Ⅲ相比較試験により,高度および中等度催吐性リスク抗がん薬に対して,オランザピンを含む予防的制吐療法が開発されたこと(→CQ145 参照),遅発期のデキサメタゾン投与省略のエビデンスが示されたこと(→CQ26 参照),中等度催吐性リスク抗がん薬に対するNK1 受容体拮抗薬の予防的投与について新しいエビデンスが示されたこと(→CQ3 参照),である。

前版までに掲載されたエビデンスにこれらの新しいエビデンスを加え,推奨される制吐療法の基本情報を抗がん薬の催吐性リスク別に解説した(→BQ1~5 参照)。

2抗がん薬の催吐性リスクに応じた予防的制吐療法

❶高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防(→ダイアグラム1 参照)

高度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法は,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3 剤併用療法であったが,オランザピンを含む4 剤併用療法が3 剤併用療法よりも有意に急性期と遅発期の悪心・嘔吐を抑制することがランダム化第Ⅲ相比較試験で示され,オランザピンを含む4 剤併用療法が標準的な予防的制吐療法として新たに加わった(→BQ1CQ1 参照)。ただし,オランザピンは本邦では糖尿病患者には禁忌(海外では慎重投与)であり,臨床試験では75 歳以上の後期高齢者における使用実績がないため,オランザピンの併用については患者ごとに適応を検討する必要がある。

また,AC 療法においてはデキサメタゾンの投与期間を短縮可能(遅発期のCR 割合における3 日間投与に対する1 日目のみ投与の非劣性)というエビデンスが示されたが,AC 療法以外の高度催吐性リスク抗がん薬ではエビデンスがないことに注意する(→CQ2 参照)。

オランザピンを用いない3 剤併用療法を行う場合やデキサメタゾンの投与期間を短縮する場合の5-HT3 受容体拮抗薬の選択は,遅発期悪心・嘔吐に対して第1 世代よりも有効性の高い第2 世代のパロノセトロンを優先する(→BQ2 参照)。

R±CHOP 療法は高度催吐性に相当するレジメンであるが,高用量のプレドニゾロンが抗がん薬として使用されることから,5-HT3 受容体拮抗薬とプレドニゾロンの2 剤をもってR±CHOP 療法に対する制吐療法とされてきた経緯があったため,R±CHOP 療法に対するNK1 受容体拮抗薬投与の妥当性についてCQ7 で解説した。

❷中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防(→ダイアグラム2 参照)

中等度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法は,5-HT3 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの2 剤併用療法である。一方,中等度催吐性リスク抗がん薬のうち,カルボプラチン(AUC≧4)を含む治療レジメンにおいては,NK1 受容体拮抗薬の追加投与が有意に制吐効果を高めることが複数のランダム化比較試験やシステマティックレビュー・メタアナリシスで示されており,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法が標準制吐療法である(→BQ3CQ3 参照)。AUC<4 のカルボプラチンやカルボプラチン以外の中等度催吐性リスク抗がん薬に対するNK1 受容体拮抗薬の追加投与の有用性は確立していないため,抗がん薬の種類,多剤併用療法における抗がん薬の組み合わせ,患者背景や症状によってNK1 受容体拮抗薬追加の適否を検討する。

5-HT3 受容体拮抗薬の選択については,2 剤併用療法の場合は第2 世代のパロノセトロンを用いることが望ましいが,3 剤併用療法の場合は第1 世代の5-HT3 受容体拮抗薬を考慮してもよい(→BQ4 参照)。一方,デキサメタゾンの投与期間を1 日目のみに短縮する場合には,パロノセトロンを選択する(→CQ6 参照)。

中等度催吐性リスク抗がん薬に対するオランザピンの追加・併用については,3 剤併用療法への追加・併用(→CQ4 参照),2 剤併用療法への追加・併用(→CQ5 参照)についてCQ を設定したが,エビデンスが十分ではなく,2023 年8 月時点でその適応は限定的である。

❸軽度・最小度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防(→ダイアグラム34 参照)

軽度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法は,実臨床ではデキサメタゾン,5-HT3 受容体拮抗薬,ドパミン(D2)受容体拮抗薬が単剤で投与されていることが多いが,予防的投与として推奨できる明確な根拠がないため(→BQ5 参照),今後の検証課題としてFQ1 を設定した。最小度催吐性リスク抗がん薬に対しては,ルーチンとしての予防的制吐療法は行わない(→BQ5 参照)。

BQ1
高度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法にはどのようなものがあるか?

ステートメント
高度催吐性リスク抗がん薬に対しては,オランザピン,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンを用いた4 剤併用療法を行う。オランザピンの併用が困難な場合は,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンを用いた3 剤併用療法を行う。

合意率:100%(24/24 名)

❶本BQ の背景

高度催吐性リスク抗がん薬に対しては,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3 剤併用療法が推奨されてきた。一方で,制吐効果を有する多元受容体標的化抗精神病薬(MARTA:multi-acting receptor targeted antipsychotics)であるオランザピンの,抗がん薬による悪心・嘔吐に対する有用性が国内外で検証され,前版一部改訂版(ver. 2.2)において,高度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法としてオランザピンの使用が追記された。また,NCCN ガイドライン2017,ASCO ガイドライン2017 では,高度催吐性リスク抗がん薬に対して,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンに加え,オランザピンを併用する4 剤併用療法が標準制吐療法として記載された(→CQ1 参照)。

❷解説

オランザピンの予防的制吐効果を検証したランダム化第Ⅲ相比較試験はこれまでに複数報告されている。シスプラチンとAC 療法を含む高度催吐性リスク抗がん薬に対して,パロノセトロンとデキサメタゾン併用下においてオランザピン10 mg はアプレピタントと同等な制吐効果であることを示した試験1),アプレピタントまたはホスアプレピタント,パロノセトロン,デキサメタゾンにオランザピン10 mg を併用する有用性を示した試験2),シスプラチンを含む治療レジメンに対して,アプレピタント,パロノセトロン,デキサメタゾンにオランザピン5 mgを併用する有用性を示した試験がある3)

オランザピンは,公知申請により2017 年6 月から,「他の制吐薬との併用において成人では5 mgを1 日1 回経口投与(患者の状態により最大1 日10 mg まで増量可能),最大6 日間の投与を目安」として,先発品と一部の後発品で本邦においてのみ保険適用となった。注意点として,オランザピンは本邦では糖尿病患者に対して投与禁忌(海外では慎重投与)である。肥満等の糖尿病リスク因子を有する患者や75歳以上の高齢者に対する投与の安全性は確立されておらず,使用する際には有害事象である血糖上昇や傾眠に十分注意する(→BQ9 参照)。

上記のような患者背景のある,オランザピン併用が困難な症例に対しては,5-HT3 受容体拮抗薬(第2 世代のパロノセトロンを優先する),NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3 剤併用療法を行う4)。なお,ホスネツピタントについては次回改訂にて検討予定である。

参考文献

1)
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Suzuki K, Yamanaka T, Hashimoto H, et al. Randomized, double-blind, phase Ⅲ trial of palonosetron versus granisetron in the triplet regimen for preventing chemotherapy-induced nausea and vomiting after highly emetogenic chemotherapy:TRIPLE study. Ann Oncol. 2016;27:1601-6.

BQ2
高度催吐性リスク抗がん薬に対する5-HT3 受容体拮抗薬の選択において考慮すべき点は何か?

ステートメント
高度催吐性リスク抗がん薬に対しては,3 剤併用療法において,急性期の制吐効果はグラニセトロンなどの第1 世代と第2 世代のパロノセトロンでほぼ同等であるが,遅発期の制吐効果はパロノセトロンのほうが良好な傾向である。4 剤併用療法時には第1 世代と第2 世代のどちらも選択可能だが,デキサメタゾンの投与期間を短縮する場合,あるいはオランザピンの併用が困難な場合には,パロノセトロンが優先される。

合意率:100%(24/24 名)

❶本BQ の背景

5-HT3 受容体拮抗薬は,急性期悪心・嘔吐の予防において重要な制吐薬であり,第1 世代のグラニセトロン,オンダンセトロン,ラモセトロンなどのほか,半減期が長く,遅発期悪心・嘔吐に対して第1 世代より高い抑制効果を有する第2 世代のパロノセトロンがある。前版までは,対象となる抗がん薬の催吐性リスクや個々の患者のリスク因子に応じ,どちらの世代の5-HT3 受容体拮抗薬を選択すべきかについて議論が続いていた。

近年,高度催吐性リスク抗がん薬に対しては,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンに加え,オランザピンを併用する4 剤併用療法(→ダイアグラム1 参照)が普及しつつあり,5-HT3 受容体拮抗薬の選択の重要性は以前より低下している。また,後発品の登場により両者の薬価差が小さくなったため,高度催吐性リスク抗がん薬に対する5-HT3 受容体拮抗薬はパロノセトロンを用いることが一般的になっている。

❷解説

パロノセトロンの予防的制吐効果を検証したランダム化比較試験はこれまでに複数あり,メタアナリシスも行われている1,2)。メタアナリシスでは,高度催吐性リスク抗がん薬における急性期および遅発期の制吐効果について,第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬に対するパロノセトロンの優越性が示されているが,その差は必ずしも大きくはなく,併用する制吐薬によっても異なる。

5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2 剤併用療法において,パロノセトロンと第1 世代の5-HT3 受容体拮抗薬を比較したランダム化比較試験では,パロノセトロンは急性期のCR 割合については非劣性を,遅発期のCR 割合については優越性を示した3)。また,シスプラチンを含む高度催吐性リスク抗がん薬を対象に,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法下にグラニセトロンとパロノセトロンを比較したランダム化比較試験では,主要評価項目である全期間のCR 割合に有意差はなかったが,副次的評価項目である遅発期のCR 割合はパロノセトロンが有意に良好であった4)

一方,5-HT3 受容体拮抗薬としてパロノセトロンを使用した3 剤併用療法に対してオランザピンの上乗せ効果を検証したプラセボ対照ランダム化比較試験では,オランザピン群はプラセボ群より遅発期のCR 割合を有意に改善した5)。また,5-HT3 受容体拮抗薬の第1/第2 世代どちらも使用可能であったランダム化比較試験でも同様の結果であった6)。しかし,4 剤併用療法において,第1 世代と第2 世代の5-HT3 受容体拮抗薬の効果を比較した臨床試験は2023 年8 月時点で存在せず,第1 世代と第2世代の5-HT3 受容体拮抗薬の制吐効果の差は不明である。

5-HT3 受容体拮抗薬の選択においては,3 剤併用療法か4 剤併用療法か,併用する抗がん薬の催吐性リスク,患者リスク因子,患者の希望,初回治療か否か,前治療サイクルにおける悪心・嘔吐発現状況といった要因を考慮することが重要である。特に,デキサメタゾンの投与期間を短縮する場合7)やオランザピンの追加・併用が困難で3 剤併用療法を行う場合には,第2 世代のパロノセトロンが優先される4)

参考文献

1)
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Navari RM, Qin R, Ruddy KJ, et al. Olanzapine for the Prevention of Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting. N Engl J Med. 2016;375:134-42.
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BQ3
中等度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法にはどのようなものがあるか?

ステートメント
中等度催吐性リスク抗がん薬による急性期の悪心・嘔吐に対しては,5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンを併用する。催吐性が高いカルボプラチン(AUC≧4)においてはNK1 受容体拮抗薬を加えた3 剤を併用する。

合意率:100%(24/24 名)

❶本BQ の背景

中等度催吐性リスク抗がん薬の催吐割合は30%<~90%と定義されている。しかし,カルボプラチン(AUC≧4)のように中等度催吐性リスクに分類されていても高度催吐性リスクに近い催吐割合(60%~90%)の抗がん薬もあるため,推奨される予防的制吐療法を行っても,悪心・嘔吐が十分抑制できないこともある。標準的な制吐療法を行いつつ,患者の状態を考慮し,適切な対応を行うことが必要である。

❷解説

中等度催吐性リスク抗がん薬による悪心・嘔吐に対する国内外の制吐療法ガイドライン共通の推奨は,5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2 剤併用療法である1-4)。催吐性の高い一部の抗がん薬(AUC≧4 のカルボプラチン等)を投与する場合には,NK1 受容体拮抗薬を加えた3 剤併用療法が推奨される。なお,NK1 受容体拮抗薬を投与する場合には,デキサメタゾンの用量を50%減量する(→ダイアグラム2 参照)。

カルボプラチンは中等度催吐性リスク抗がん薬に分類されるが,高用量(AUC≧4)で投与する場合の催吐割合は60%~90%で,高度催吐性リスク抗がん薬に近い。制吐療法研究16 編のメタアナリシスでは,中等度催吐性リスク抗がん薬のうち,カルボプラチンを含むレジメンに対しては有意にNK1 受容体拮抗薬併用の臨床的有用性があったと報告されており5),AUC≧4 のカルボプラチンを投与する際には,高度催吐性リスク抗がん薬に準じてNK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法を行うことを推奨する(→CQ3 参照)。なお,NCCN ガイドライン2017 ではAUC≧4 のカルボプラチンを高度催吐性リスク抗がん薬に分類しているが,この境界値4 に関するエビデンスは不明である。

また本邦では,オキサリプラチンを含む治療レジメンを投与する患者413 人に対して,5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾン併用下におけるNK1 受容体拮抗薬(アプレピタントまたはホスアプレピタント)の上乗せ効果を検証したランダム化第Ⅲ相比較試験(非盲検)が行われ,NK1 受容体拮抗薬使用群が対照群より全期間,特に遅発期の悪心・嘔吐を有意に抑制することが示された6)。海外では,中等度催吐性リスク抗がん薬(カルボプラチン53%,オキサリプラチン22%を含む964 人)に対して,5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾン併用下におけるホスアプレピタントの上乗せ効果を検証したランダム化第Ⅲ相比較試験が行われ,同様の結果が報告されている7)。一方,NK1 受容体拮抗薬の追加効果をみたオキサリプラチンに関するメタアナリシスでは否定的なものもある5,8)。高用量カルボプラチン以外の中等度催吐性リスク抗がん薬に対するNK1 受容体拮抗薬の制吐効果に関するエビデンスは限られるため(→CQ3 参照),ステートメントでは3 剤併用療法の対象をエビデンスのある「催吐性が高いカルボプラチン」と記載した。

中等度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法の課題として,2~3 日目のデキサメタゾンを省略するステロイドスペアリングがあり,複数のランダム化第Ⅲ相比較試験が報告されている(→CQ6 参照)。また近年,高度・中等度催吐性リスク抗がん薬による超遅発期(抗がん薬投与開始6 日目以降)の悪心・嘔吐抑制の必要性が注目されており9),抗がん薬投与開始から1 週間程度の長い期間を想定した制吐療法の開発が求められている。近年では,高度催吐性リスク抗がん薬における遅発期の悪心・嘔吐に対して,より長い制吐効果を発揮する選択的NK1 受容体拮抗薬の治療成績が報告されており10),中等度催吐性リスク抗がん薬においてもその検証が望まれる。

参考文献

1)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415
2)
MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016. https://mascc.org/wp-content/uploads/2022/04/mascc_antiemetic_guidelines_english_v.1.5SEPT29.2019.pdf
3)
Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics:American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2020;38:2782-97.
4)
日本癌治療学会編.制吐薬適正使用ガイドライン2015 年10 月(第2 版).金原出版,2015,pp36-46.
5)
Jordan K, Blättermann L, Hinke A, et al. Is the addition of a neurokinin-1 receptor antagonist beneficial in moderately emetogenic chemotherapy?-a systematic review and meta-analysis. Support Care Cancer. 2018;26:21-32.
6)
Nishimura J, Satoh T, Fukunaga M, et al. Multi-center Clinical Study Group of Osaka, Colorectal Cancer Treatment Group(MCSGO). Combination antiemetic therapy with aprepitant/fosaprepitant in patients with colorectal cancer receiving oxaliplatin-based chemotherapy(SENRI trial):a multicentre, randomised, controlled phase 3 trial. Eur J Cancer. 2015;51:1274-82.
7)
Weinstein C, Jordan K, Green SA, et al. Single-dose fosaprepitant for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting associated with moderately emetogenic chemotherapy:results of a randomized, double-blind phase Ⅲ trial. Ann Oncol. 2016;27:172-8.
8)
Zhang Y, Hou X, Zang R, et al. Optimal prophylaxis of chemotherapy-induced nausea and vomiting for moderately emetogenic chemotherapy:a meta-analysis. Future Oncol. 2018;14:1933-41.
9)
Tamura K, Aiba K, Saeki T, et al. CINV Study Group of Japan. Testing the effectiveness of antiemetic guidelines:results of a prospective registry by the CINV Study Group of Japan. Int J Clin Oncol. 2015;20:855-65.
10)
Sugawara S, Inui N, Kanehara M, et al. Multicenter, placebo-controlled, double-blind, randomized study of fosnetupitant in combination with palonosetron for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting in patients receiving highly emetogenic chemotherapy. Cancer. 2019;125:4076-83.

BQ4
中等度催吐性リスク抗がん薬に対する5-HT3 受容体拮抗薬の選択において考慮すべき点は何か?

ステートメント
中等度催吐性リスク抗がん薬に対しては,第2 世代の5-HT3 受容体拮抗薬であるパロノセトロンとデキサメタゾンを用いた2 剤併用療法を行うが,NK1 受容体拮抗薬を追加する場合には第1 世代の5-HT3 受容体拮抗薬を選択してもよい。

合意率:100%(24/24 名)

❶本BQ の背景

5-HT3 受容体拮抗薬は,急性期悪心・嘔吐の予防において重要な制吐薬であり,第1 世代のグラニセトロン,オンダンセトロン,ラモセトロンなどのほか,より半減期が長い第2 世代のパロノセトロンがある。前版までは,対象となる抗がん薬の催吐性リスクや個々の患者のリスク因子に応じて,どちらを選択すべきか,薬価の問題を含め議論が続いていたが,薬価については後発品の登場により両者の差が小さくなった。また,NK1 受容体拮抗薬の登場により,中等度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法も変わってきた。

このような状況において,中等度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法において,どの5-HT3 受容体拮抗薬を用いるべきか解説する。

❷解説

パロノセトロンの予防的制吐効果を検証したランダム化比較試験は多数あり,メタアナリシスも行われている。中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防に関するメタアナリシスの結果,パロノセトロンの制吐効果は第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬を上回っていた。また,高度催吐性リスク抗がん薬と比べて,中等度催吐性リスク抗がん薬に対するパロノセトロンの制吐効果は第1 世代よりも明らかに良好であった1)。このため,中等度催吐性リスク抗がん薬に対してデキサメタゾンに併用する5-HT3 受容体拮抗薬は,パロノセトロンを選択することが強く推奨される。

近年,中等度催吐性リスク抗がん薬に対して,5-HT3 受容体拮抗薬,デキサメタゾンに加え,NK1 受容体拮抗薬の3 剤を併用することが増えている。高度催吐性リスク抗がん薬に対するNK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用下におけるパロノセトロンと第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬との比較試験では,主要評価項目である120 時間までのCR 割合に有意差がなかった2)ことを考えると,中等度催吐性リスク抗がん薬に対してNK1 受容体拮抗薬を用いる場合には,第1 世代の5-HT3 受容体拮抗薬を選択することも許容される。

参考文献

1)
Popovic M, Warr DG, Deangelis C, et al. Efficacy and safety of palonosetron for the prophylaxis of chemotherapy-induced nausea and vomiting(CINV):a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Support Care Cancer. 2014;22:1685-97.
2)
Suzuki K, Yamanaka T, Hashimoto H, et al. Randomized, double-blind, phase Ⅲ trial of palonosetron versus granisetron in the triplet regimen for preventing chemotherapy-induced nausea and vomiting after highly emetogenic chemotherapy:TRIPLE study. Ann Oncol. 2016;27:1601-6.

BQ5
軽度・最小度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法にはどのようなものがあるか?

ステートメント
軽度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法について,明確な根拠はないが,実臨床ではデキサメタゾンや5-HT3 受容体拮抗薬等が広く投与されている。最小度催吐性リスク抗がん薬に対しては,予防的制吐療法は行わない。

合意率:100%(25/25 名)

❶本BQ の背景

抗がん薬の催吐性リスクの適正評価は重要で,リスクに応じた制吐療法の標準化が必要である。軽度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法のエビデンスは国内外において認められず,NCCN ガイドライン2023 ver. 2 1),MASCC/ESMO ガイドライン2016 2),ASCO ガイドライン2020 3)においても推奨できるものはないとされ,前版でも推奨できる制吐療法は挙げていなかった4)。しかし,実臨床では軽度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法は必要と考えられており,患者の状態を評価しながら制吐療法を行うべきである。

最小度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法についてはさらにエビデンスが乏しく,予防的制吐療法を推奨するエビデンスはないが,必要時には適切な制吐療法を行う。

❷解説

軽度催吐性リスク抗がん薬の急性期悪心・嘔吐についての明らかなエビデンスはないものの,実臨床では,デキサメタゾン3.3~6.6 mg 静注(または4~8 mg 経口)の単剤投与,5-HT3 受容体拮抗薬の単剤投与,状況に応じて,ドパミン(D2)受容体拮抗薬の投与が広く行われている。最小度催吐性リスク抗がん薬の急性期の悪心・嘔吐に対する予防的制吐療法は基本的に不要とされている。

また,軽度・最小度催吐性リスク抗がん薬による遅発期の悪心・嘔吐に対する制吐療法については,同様にエビデンスはなく,実臨床では患者の症状に応じて適切な対応が必要である。

今回,推奨の根拠となるエビデンスがない制吐療法については,患者の価値観・好みも考慮のうえ,実臨床で行われている制吐療法について記述した(→FQ1 参照)。

参考文献

1)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415
2)
MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016. https://mascc.org/wp-content/uploads/2022/04/mascc_antiemetic_guidelines_english_v.1.5SEPT29.2019.pdf
3)
Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics:American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2020;38:2782-97.
4)
日本癌治療学会編.制吐薬適正使用ガイドライン2015 年10 月(第2 版).金原出版,2015,pp36-46.

CQ1
高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+NK1 受容体拮抗薬+デキサメタゾン)へのオランザピンの追加・併用は推奨されるか?

推奨の強さ1(強い)
エビデンスの強さB(中)
高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法へのオランザピンの追加・併用を強く推奨する。

合意率:95.7%(22/23 名)

解説

高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンの3 剤併用療法に加えて,オランザピンを追加・併用することを強く推奨する(→ダイアグラム1 参照)。ただし,本邦では糖尿病患者へのオランザピン投与は禁忌であるため,糖尿病患者においては従来の3 剤併用療法を行う。

なお,オランザピンの用量・投与方法としては,本邦で行われたランダム化比較試験1)の結果から,5 mg を1~4 日目の夕食後に投与することが望ましい。

❶本CQ の背景

高度催吐性リスク抗がん薬に対する予防的制吐療法については,前版一部改訂版(ver.2.2)では,NK1 受容体拮抗薬,5-HT3 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンの3 剤併用療法を推奨グレードA として提示しており,オランザピンの追加・併用については,「本邦における推奨用量,使用方法についてはまだ検証段階であるため,適切な患者に慎重に投与することが望まれる」としていた。一方,NCCN ガイドライン2017,ASCO ガイドライン2017 では,オランザピンを含む4 剤併用療法が推奨として追加された。今回,本邦において実施されたランダム化第Ⅲ相比較試験1)が報告され,より適正な制吐療法およびそのオプションの提示が必要と考えられ,本CQ を設定した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,高度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,悪心・嘔吐予防として,4 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+NK1 受容体拮抗薬+デキサメタゾン+オランザピン)と3 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+NK1 受容体拮抗薬+デキサメタゾン)を比較した際の「血糖上昇」「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」「コスト(薬剤費)」の5 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 72 編,Cochrane 18 編,医中誌13 編が抽出され,これにハンドサーチ3 編を加えた計106 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された9 編がシステマティックレビューの対象となった。本CQ では,抽出された文献のうち,ランダム化比較試験5 編を中心に評価し,その他の研究については予備資料とした。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)血糖上昇

オランザピン10 mg 追加・併用の有用性を検討したランダム化比較試験2 編2,3)をもとに評価した。オランザピン追加・併用群の高血糖発現頻度は,それぞれGrade 3 以上0.5%,Grade 2 以上1.7%と低かった。メタアナリシスでは出版バイアスは認められず,オランザピン非追加・非併用群と有意差はなかった〔RD 0.01(95%CI:-0.01-0.02,p=0.37)〕(図1)。一方,オランザピンの至適用量を検討したランダム化第Ⅱ相比較試験(5 mg と10 mg)4)では,いずれの群においても高血糖発現はGrade 1 のみで,頻度は5 mg 群5.2%,10 mg 群4.1%と低かった。
エビデンスの強さB(中)

図1 重篤な高血糖の発現頻度をアウトカムとしたメタアナリシス

(2)嘔吐抑制

オランザピンの追加・併用の有用性を検証したランダム化比較試験4 編(5 mg 2 編1,5),10 mg 2 編2,3))をもとに,「CR 割合」と「NV 割合」の2 つのアウトカムで評価した。

CR 割合について,メタアナリシスで出版バイアスは認められず,急性期,遅発期,全期間すべてにおいてオランザピン投与群で有意に改善していた〔RD:急性期-0.14(95%CI:-0.26--0.03,p=0.02),遅発期-0.14(95%CI:-0.19--0.09,p<0.00001),全期間-0.16(95%CI:-0.23--0.09,p<0.00001)〕(図23)。

図2 急性期のCR 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図3 遅発期のCR 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

NV 割合について,メタアナリシスで出版バイアスは認められず,急性期,遅発期,全期間すべてにおいて両群間に有意差はなかった〔RD:急性期-0.11(95%CI:-0.28-0.07,p=0.24),遅発期-0.09(95%CI:-0.21-0.03,p=0.13),全期間-0.16(95%CI:-0.37-0.05,p=0.14)〕(図45)。
エビデンスの強さA(強)

図4 急性期のNV 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図5 遅発期のNV 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

(3)悪心抑制

オランザピンの追加・併用の有用性を検証したランダム化比較試験3 編(5 mg 1 編1),10 mg 2 編2,3))をもとに,「CC 割合」,「TC 割合」,「中等度以上の悪心なし(悪心なしまたは軽度)」,「NN 割合」の4 つのアウトカムで評価した。

CC 割合について,メタアナリシスで出版バイアスは認められず,遅発期,全期間においてオランザピン投与群で有意に改善していた〔RD:急性期-0.10(95%CI:-0.23-0.02,p=0.11),遅発期-0.15(95%CI:-0.21--0.09,p<0.00001),全期間-0.17(95%CI:-0.23--0.10,p<0.00001)〕(図67)。TC 割合についても同様の結果であった〔RD:急性期-0.12(95%CI:-0.30-0.05,p=0.16),遅発期-0.11(95%CI:-0.18--0.05,p=0.0009),全期間-0.16(95%CI:-0.29--0.02,p=0.02)〕(図89)。

図6 急性期のCC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図7 遅発期のCC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図8 急性期のTC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図9 遅発期のTC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

中等度以上の悪心なしについて,メタアナリシスで出版バイアスは認められず,急性期,遅発期,全期間すべてにおいてオランザピン投与群で有意に改善していた〔RD:急性期-0.14(95%CI:-0.22--0.06,p=0.0009),遅発期-0.21(95%CI:-0.40--0.03,p=0.02),全期間-0.21(95%CI:-0.32--0.09,p=0.0006)〕(図1011)。悪心なしについても同様の結果であった〔RD:急性期-0.27(95%CI:-0.36--0.19,p<0.00001),遅発期-0.16(95%CI:-0.24--0.08,p=0.0002),全期間-0.18(95%CI:-0.26--0.09,p<0.0001)〕(図1213)。
エビデンスの強さA(強)

図10 急性期の中等度以上の悪心なしをアウトカムとしたメタアナリシス

図11 遅発期の中等度以上の悪心なしをアウトカムとしたメタアナリシス

図12 急性期のNN 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図13 遅発期のNN 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

(4)有害事象

有害事象について,傾眠(somnolence)と鎮静(sedation)を同意義として「傾眠」として評価し,Grade 1 以上とGrade 2 以上の2 つのアウトカムについて,オランザピン5 mg の追加・併用の有用性を検証したランダム化比較試験2 編1,5)をもとに評価した。Grade 1 以上の発現頻度についてはメタアナリシスで出版バイアスは認められず,Grade 1 以上はオランザピン投与群で有意に傾眠が多いが〔RD 0.12(95%CI:0.07-0.17,p<0.00001)〕(図14),Grade 2 以上は有意差はなかった〔RD 0.02(95%CI:-0.01-0.05,p=0.25)〕(図15)。
エビデンスの強さA(強)

図14 傾眠・鎮静Grade 1 以上をアウトカムとしたメタアナリシス

図15 傾眠・鎮静Grade 2 以上をアウトカムとしたメタアナリシス

(5)コスト(薬剤費)

コスト(薬剤費)を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

嘔吐抑制,悪心抑制いずれにおいてもオランザピンの追加・併用の有効性が認められた。特に遅発期の悪心・嘔吐抑制における有効性が高いと考えられた。

(2)害のまとめ

オランザピンの代表的な副作用である血糖上昇と傾眠について評価した。いずれもGrade 2 以上の発現頻度は低く,オランザピン群とプラセボ群との間に有意差はなかったことから,オランザピンの追加・併用による害は少ないと考えられた。ただし,本邦で行われたオランザピンを含む臨床試験では糖尿病患者は除外されていたことに注意を要する。また,作用点が重複するドパミン(D2)受容体拮抗薬との併用は避け,睡眠薬との併用にも注意を要する。

(3)患者の価値観・好み

患者の価値観・好みについてエビデンスに基づく評価はできていないが,嘔吐抑制,悪心抑制という益は多くの患者が求めるものであり,多様性は低いと考えられる。害については少ないと考えられたが,患者のライフスタイルや価値観も考慮すべきである。

(4)コスト・資源

コスト・資源についてエビデンスに基づく評価はできていないが,オランザピンは安価であり,得られる益とのバランスは良いと考えられる。

(5)総括

システマティックレビューでは益が害を上回っており,高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,オランザピンの追加・併用は有用と考えられた。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は24 名(医師17 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,安部委員はCOI により投票には参加しなかった。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法へのオランザピンの追加・併用を強く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,23 名中22 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

参考文献

1)
Hashimoto H, Abe M, Tokuyama O, et al. Olanzapine 5 mg plus standard antiemetic therapy for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting(J-FORCE):a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet Oncol. 2020;21:242-9.
2)
Navari RM, Qin R, Ruddy KJ, et al. Olanzapine for the Prevention of Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting. N Engl J Med. 2016;375:134-42.
3)
Yeo W, Lau TK, Li L, et al. A randomized study of olanzapine-containing versus standard antiemetic regimens for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting in Chinese breast cancer patients. Breast. 2020;50:30-8.
4)
Yanai T, Iwasa S, Hashimoto H, et al. A double-blind randomized phase Ⅱ dose-finding study of olanzapine 10 mg or 5 mg for the prophylaxis of emesis induced by highly emetogenic cisplatin-based chemotherapy. Int J Clin Oncol. 2018;23:382-8.
5)
Clemons M, Dranitsaris G, Sienkiewicz M, et al. A randomized trial of individualized versus standard of care antiemetic therapy for breast cancer patients at high risk for chemotherapy-induced nausea and vomiting. Breast. 2020;54:278-85.

CQ2
高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,デキサメタゾンの投与期間を1 日に短縮することは推奨されるか?

推奨の強さ2(弱い)
エビデンスの強さB(中)
高度催吐性リスク抗がん薬のうち,AC 療法においては,悪心・嘔吐予防としてデキサメタゾンの投与期間を1 日に短縮することを弱く推奨する。

合意率:95.5%(21/22 名)

解説

高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾン)を行う場合,AC 療法においては,デキサメタゾンの投与期間を3~4 日間から1 日目のみに短縮(遅発期である2 日目以降を省略)することを弱く推奨する。その場合,5-HT3 受容体拮抗薬は第2 世代のパロノセトロンを選択することが望ましい。

AC 療法以外の高度催吐性リスク抗がん薬におけるデキサメタゾンの投与期間短縮(ステロイドスペアリング)のエビデンスは確立されていない。

❶本CQ の背景

遅発期に有効なNK1 受容体拮抗薬と,半減期の長い第2 世代5-HT3 受容体拮抗薬であるパロノセトロンの登場により,中等度催吐性リスク抗がん薬を対象に,2 日目以降(遅発期)のデキサメタゾン投与省略の可否を検証した複数のランダム化比較試験が行われ,悪心・嘔吐抑制効果について,1 日目(急性期)投与群の3~4 日間(急性期+遅発期)投与群に対する非劣性が示された。その後,高度催吐性リスク抗がん薬においても遅発期のデキサメタゾン投与省略が検証されたため,本CQ を設定した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,高度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,デキサメタゾン1 日のみ投与とデキサメタゾン3~4 日間投与を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「血糖上昇抑制」「骨粗鬆症抑制」の4 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 72 編,Cochrane 252 編,医中誌97 編が抽出され,これにハンドサーチ4 編を加えた計425 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された2 編がシステマティックレビューの対象となった。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)嘔吐抑制

嘔吐抑制の指標は「遅発期のCR 割合」とし,デキサメタゾンの1 日目投与と3 日間投与を比較したランダム化比較試験2 編1,2)をもとに評価した。1 編は乳がんのAC 療法のみを対象とした単施設単盲検ランダム化第Ⅱ相比較試験1),もう1 編は乳がんのAC 療法とシスプラチンを含むレジメンを対象とした多施設共同二重盲検ランダム化第Ⅲ相比較試験2)であった。両試験ともNK1 受容体拮抗薬および5-HT3 受容体拮抗薬としてパロノセトロンを使用していた。遅発期のCR 割合において,メタアナリシスで出版バイアスは認められず,両群間に有意差はなかった〔RD 0.0(95%CI:-0.11-0.12,p=0.95)〕(図1)。

図1 遅発期のCR 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

一方,後者のランダム化比較試験のサブグループ解析では,シスプラチンを含む治療レジメンの遅発期のCR 割合において,1 日目投与群の3 日間投与群に対する非劣性は示されなかった。また,シスプラチンを含む治療レジメンに対する標準制吐療法のデキサメタゾン投与期間は4 日間であるが,本試験の対照群のデキサメタゾン投与期間は3 日間であったことに留意する必要がある。最終的に2 編のメタアナリシスの結果としては差はないが,AC 療法以外の高度催吐性リスク抗がん薬に対するデキサメタゾンの投与期間短縮を推奨する根拠はない。
エビデンスの強さB(中)

(2)悪心抑制

悪心抑制の指標は「遅発期のCC 割合」,「遅発期のTC 割合」とした。遅発期のCC 割合は,嘔吐抑制と同じ2 編のランダム化比較試験1,2)をもとに評価した。メタアナリシスでは出版バイアスは認められず,両群間に有意差はなかった〔RD -0.03(95%CI:-0.13-0.06,p=0.53)〕(図2)。なお,ランダム化第Ⅱ相比較試験1)では両群間に有意差はなかったが,ランダム化第Ⅲ相比較試験2)では全体,両サブグループ(AC 療法,シスプラチンを含む治療レジメン)ともに非劣性は示されず,両試験の患者数,患者背景,統計手法(優越性あるいは非劣性)の違いが影響していると考えられた。

図2 遅発期のCC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

遅発期のTC 割合についてはランダム化第Ⅲ相比較試験2)のみを評価した。全患者における遅発期のTC 割合において,1 日目投与群は3 日間投与群に対して非劣性を示した〔RD -0.03(95%CI:-0.13-0.06,p=0.007),p≦0.025 で非劣性〕。
エビデンスの強さB(中)

(3)血糖上昇抑制

血糖上昇抑制を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

(4)骨粗鬆症抑制

骨粗鬆症抑制を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

設定されたアウトカムに関しては,評価不能であった。

(2)害のまとめ

嘔吐抑制については,遅発期のCR 割合を指標として評価した。2 編のランダム化比較試験の結果は差がないということで一致していたが,シスプラチンを含む治療レジメンのサブグループでは遅発期のCR 割合において1 日目投与群の3 日間投与群に対する非劣性が示されておらず,また対照群である3 日間投与はシスプラチンを含む治療レジメンに対する標準制吐療法の投与日数と異なるため,AC 療法以外の高度催吐性リスク抗がん薬についてはデキサメタゾンの投与期間短縮を推奨する根拠がない。

悪心抑制については,遅発期のCC 割合とTC 割合を指標として評価した。遅発期のCC 割合は個々の試験においては異なる結果であったものの,メタアナリシスでは差がないという結果となった。遅発期のTC 割合については,1 編だけの結果であるものの,1 日目投与群の3 日間投与群に対する非劣性が示された。

(3)患者の価値観・好み

今回のアウトカムには該当しないが,ランダム化第Ⅲ相比較試験2)において患者評価による短期的な益と害に関する詳細な検討があったため,参考として記載する。

この試験では,Likert Scale を用いた5 日間のデキサメタゾン関連の有害事象評価を行っている。4,5 日目のほてりと5 日目の振戦は3 日間投与群でより頻度が高く,2,3 日目の食欲不振,2 日目の抑うつ,2,3 日目の倦怠感は1 日目投与群でより頻度が高かった。また,食欲不振と倦怠感に関しては,2,3 日目において1 日目投与群よりも3 日間投与群で軽度と答えた患者の割合が高かった。

QOL 評価においては,3 日間投与群で便秘と下痢のスコアがより悪く,1 日目投与群では食欲不振と身体機能のスコアがより悪い結果であった。デキサメタゾン短縮投与により,ほてりや振戦が抑制される可能性があるものの,食欲不振や倦怠感はデキサメタゾンによって抑えられていた可能性が否定できない結果となっている。

したがって,デキサメタゾンの投与期間短縮を検討する際には,悪心・嘔吐抑制以外のアウトカムにも差異が生じる可能性について説明を行ったうえで,益と害のバランスおよび患者のライフスタイル,価値観,好みを含めて検討することが必要である。

(4)コスト・資源

コスト・資源についてエビデンスに基づく評価はできていないが,デキサメタゾンは安価であり,投与期間短縮により得られるコスト・資源の節減効果は大きくはないと考えられる。

(5)総括

システマティックレビューの結果から,益については評価不能であったが,害についてはデキサメタゾンの投与期間を短縮しても差がないと評価されたため,デキサメタゾンの投与期間短縮(ステロイドスペアリング)は有用と考えられる。なお,AC 療法以外の高度催吐性リスク抗がん薬ではデキサメタゾンの投与期間短縮のエビデンスは確立していないことに注意が必要である。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は23 名(医師16 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,中島委員はCOI により投票には参加しなかった。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「高度催吐性リスク抗がん薬のうち,AC 療法においては,悪心・嘔吐予防としてデキサメタゾンの投与期間を1 日に短縮することを弱く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,22 名中21 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❼今後の研究課題

高度催吐性リスク抗がん薬において,AC 療法とシスプラチンを含むレジメンでは悪心・嘔吐の発現様式は異なることが示されており3),シスプラチンを含むレジメンにおけるステロイドスペアリングの検証が望まれる。シスプラチンを含むレジメンのみを対象に,オランザピンを含む4 剤併用療法下におけるデキサメタゾン投与期間短縮の非劣性を検証するランダム化比較試験が本邦で行われた4)。試験結果の論文は,2023 年8 月時点において発表されていないが,その結果に注目したい。

参考文献

1)
Kosaka Y, Tanino H, Sengoku N, et al. Phase Ⅱ randomized, controlled trial of 1 day versus 3 days of dexamethasone combined with palonosetron and aprepitant to prevent nausea and vomiting in Japanese breast cancer patients receiving anthracycline-based chemotherapy. Support Care Cancer. 2016;24:1405-11.
2)
Ito Y, Tsuda T, Minatogawa H, et al. Placebo-Controlled, Double-Blinded Phase Ⅲ Study Comparing Dexamethasone on Day 1 With Dexamethasone on Days 1 to 3 With Combined Neurokinin-1 Receptor Antagonist and Palonosetron in High-Emetogenic Chemotherapy. J Clin Oncol. 2018;36:1000-6.
3)
Tamura K, Aiba K, Saeki T, et al. CINV Study Group of Japan. Breakthrough chemotherapy-induced nausea and vomiting:report of a nationwide survey by the CINV Study Group of Japan. Int J Clin Oncol. 2017;22:405-12.
4)
Minatogawa H, Izawa N, Kawaguchi T, et al. Study protocol for SPARED trial:randomised non-inferiority phase Ⅲ trial comparing dexamethasone on day 1 with dexamethasone on days 1-4, combined with neurokinin-1 receptor antagonist, palonosetron and olanzapine(5 mg)in patients receiving cisplatin-based chemotherapy. BMJ Open. 2020;17;10:e041737.

CQ3
中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,NK1 受容体拮抗薬の投与は推奨されるか?

推奨の強さ1(強い)
エビデンスの強さA(強)
中等度催吐性リスク抗がん薬のうち,カルボプラチンによる治療においては,悪心・嘔吐予防としてNK1 受容体拮抗薬の投与を強く推奨する。

合意率:100%(22/22 名)

解説

本ガイドラインにおいて中等度催吐性リスクに分類されている抗がん薬の中で,白金製剤であるカルボプラチンとオキサリプラチンは高度催吐性リスクに近い抗がん薬であるため1),カルボプラチン,オキサリプラチン,それ以外の中等度催吐性リスク抗がん薬を対象として,5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2 剤併用療法にNK1 受容体拮抗薬を上乗せする効果について,システマティックレビューで検証した。

ただし,本CQ に対するシステマティックレビューおよびメタアナリシスに採用された研究の大部分がカルボプラチンを投与された患者を対象としていたため,本CQ におけるNK1 受容体拮抗薬の投与の推奨対象は,カルボプラチンを含む治療レジメンにとどめた。

❶本CQ の背景

前版では,中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防に5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2 剤併用療法が推奨されている。しかし,中等度催吐性リスク抗がん薬の催吐割合は30%<~90%と幅が広く,催吐割合が60%~90%であるカルボプラチン(AUC≧4)に対しては,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法が推奨されている。推奨される制吐療法を行っても,悪心・嘔吐が十分抑制できない症例もあるため,催吐割合の幅が広い中等度催吐性リスク抗がん薬に対する適切な制吐療法を検証すべく本CQ を立案した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,中等度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+デキサメタゾン+NK1 受容体拮抗薬)と2 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+デキサメタゾン)を比較した場合の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」「コスト(薬剤費)」の4 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 84 編,Cochrane 28 編,医中誌30 編が抽出され,これにハンドサーチ11 編を加えた計153 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された21 編がシステマティックレビューの対象となった。本CQ では抽出された文献のうち,有効性と安全性についてはランダム化比較試験を中心に評価し,コストについてはコホート研究も評価した。その他の研究については予備資料とした。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)嘔吐抑制

嘔吐抑制の指標は「CR 割合」とし,ランダム化比較試験15 編2-16)をもとに評価した。発現時期については,全期間14 編,急性期15 編,遅発期15 編で評価した。研究間の結果には一貫性があると判断した。メタアナリシスではバイアスリスクと出版バイアスはなく,いずれの発現時期においても,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法は2 剤併用療法と比較して有意にCR 割合を改善した〔RD:全期間0.11(95%CI:0.08-0.15,p<0.00001),急性期0.03(95%CI:0.01-0.05,p=0.01),遅発期0.10(95%CI:0.08-0.13,p<0.00001)〕(図1~3)。
エビデンスの強さA(強)

図1 全期間のCR 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図2 急性期のCR 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図3 遅発期のCR 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

(2)悪心抑制

悪心抑制の指標は「CC 割合」と「TC 割合」とし,ランダム化比較試験7 編2,4,5,7,11,12,16)で評価した。各発現時期において,CC 割合については全期間4 編,急性期6 編,遅発期6 編,TC 割合については全期間3 編,急性期2 編,遅発期2 編をもとに評価した。研究間の結果には一貫性があると判断した。メタアナリシスではバイアスリスクと出版バイアスはなかった。CC 割合では,全期間および遅発期において3 剤併用療法は2 剤併用療法より有意にCC 割合を改善した〔RD:全期間0.11(95%CI:0.06-0.17,p<0.0001),遅発期0.08(95%CI:0.02-0.13,p=0.008)〕が,急性期においては有意差はなかった〔RD 0.02(95%CI:-0.01-0.05,p=0.25)〕(図4~6)。TC 割合については,いずれの発現時期においても有意差はなかった〔RD:全期間0.06(95%CI:-0.03-0.16,p=0.19),急性期 -0.01(95%CI:-0.16-0.14,p=0.90),遅発期0.03(95%CI:-0.08-0.14,p=0.60)〕(図7~9)。
エビデンスの強さA(強)

図4 全期間のCC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図5 急性期のCC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図6 遅発期のCC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図7 全期間のTC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図8 急性期のTC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

図9 遅発期のTC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

(3)有害事象

ランダム化比較試験12 編2-5,7,9-15)から,全有害事象9 編2,3,7,9-12,14,15),便秘10 編2-5,9-11,13-15),頭痛3 編3,10,14),吃逆3 編5,9,15)をもとに評価した。メタアナリシスではバイアスリスクと出版バイアスはなかった。いずれの項目においても2 剤併用療法と3 剤併用療法で有意差はなかった〔有害事象のRD:全有害事象 -0.00(95%CI:-0.02-0.02,p=0.80)(図10),便秘 -0.01(95%CI:-0.04-0.01,p=0.30),頭痛 -0.01(95%CI:-0.03-0.01,p=0.19),吃逆0.01(95%CI:-0.05-0.08,p=0.67)〕。
エビデンスの強さA(強)

図10 有害事象の発現割合をアウトカムとしたメタアナリシス

(4)コスト(薬剤費)

ランダム化比較試験はなく,コホート研究1 編17)のみで評価した。費用対効果は3 剤併用のほうが優れる結果で,コストによる害は限定的と示唆されるが,エビデンスが乏しく,評価は困難であった。
エビデンスの強さC(弱)

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

全期間と遅発期において,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法は有意にCR 割合,CC 割合を改善した。ただし,TC 割合については,2 剤併用療法と3 剤併用療法で有意差はなく,悪心の完全制御には課題がある。急性期のCR 割合は有意差はあるものの効果量は小さく,CC 割合およびTC 割合に有意差はなかった。

これらの結果は,NK1 受容体拮抗薬の作用機序や特徴を考慮すれば妥当な結果である。これらを総合すると,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法は悪心・嘔吐の抑制に有効と考えられる。

(2)害のまとめ

NK1 受容体拮抗薬の追加による有害事象の増加はなかった。

(3)患者の価値観・好み

患者の価値観・好みについてエビデンスに基づく評価はできていないが,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法は害が少なく,益が大きい治療であるため,多くの患者が行うことを希望すると考えられる。一方,薬剤の費用負担や,服用薬剤の増加などについては,患者の価値観・希望の多様性は高いと考えられる。

(4)コスト・資源

費用についてはエビデンスが乏しく,評価できなかったが,NK1 受容体拮抗薬は医療保険の適用であること,後発品が登場していることから,患者の費用負担は少ないと考えられる。

(5)総括

システマティックレビューでは重要なアウトカムに対するエビデンスは強く,益が害を上回っていることから,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法は有用と考えられた。ただし,システマティックレビューに採用された報告の大部分がカルボプラチンを投与された患者を対象としていたことには注意が必要である。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は23 名(医師16 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,西村委員はCOI により投票には参加しなかった。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「中等度催吐性リスク抗がん薬のうち,カルボプラチンによる治療においては,悪心・嘔吐予防としてNK1 受容体拮抗薬の投与を強く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,22 名中22 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

なお,本CQ における推奨は推奨決定会議での議論により,システマティックレビューで採用された報告の大部分がカルボプラチンを投与された患者を対象としていたことを考慮し,カルボプラチンに対する限定的な推奨にとどめている。

❼今後の研究課題

カルボプラチンを除く中等度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象として,NK1 受容体拮抗薬を含む3 剤併用療法の有効性・安全性の評価についてはエビデンスが不十分である。また,新規制吐薬である選択的NK1 受容体拮抗薬のホスネツピタントは2022 年5 月に本邦で薬価収載となったが,本システマティックレビュー実施時には上市されていなかったので今回の検索の対象にはなっていない。これらのことから,カルボプラチンを除く中等度催吐性リスク抗がん薬に対するNK1 受容体拮抗薬の有用性を検証するランダム化第Ⅲ相比較試験が望まれる。

参考文献

1)
Jordan K, Blättermann L, Hinke A, et al. Is the addition of a neurokinin-1 receptor antagonist beneficial in moderately emetogenic chemotherapy?-a systematic review and meta-analysis. Support Care Cancer. 2018;26:21-32.
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Rapoport BL, Jordan K, Boice JA, et al. Aprepitant for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting associated with a broad range of moderately emetogenic chemotherapies and tumor types:a randomized, double-blind study. Support Care Cancer. 2010;18:423-31.
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Tanioka M, Kitao A, Matsumoto K, et al. A randomised, placebo-controlled, double-blind study of aprepitant in nondrinking women younger than 70 years receiving moderately emetogenic chemotherapy. Br J Cancer. 2013;109:859-65.
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Schwartzberg LS, Modiano MR, Rapoport BL, et al. Safety and efficacy of rolapitant for prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting after administration of moderately emetogenic chemotherapy or anthracycline and cyclophosphamide regimens in patients with cancer:a randomised, active-controlled, double-blind, phase 3 trial. Lancet Oncol. 2015;16:1071-8.
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Tsukiyama I, Ando M, Tsukiyama S, et al. Cost-utility analysis of aprepitant for patients who truly need it in Japan. Support Care Cancer. 2019;27:3749-58.

CQ4
中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+NK1 受容体拮抗薬+デキサメタゾン)へのオランザピンの追加・併用は推奨されるか?

推奨の強さ2(弱い)
エビデンスの強さC(弱)
中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法へのオランザピンの追加・併用を弱く推奨する。

合意率:87.5%(21/24 名)

解説

高度催吐性リスク抗がん薬に準じて3 剤併用療法を行うことが推奨されるカルボプラチンのような特定の中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法にオランザピンを追加・併用する意義があるかは,臨床現場で遭遇する問題である。システマティックレビューを行い,4 剤併用療法の意義を検討した結果,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンの3 剤併用療法にオランザピンを追加・併用することを弱く推奨するとした。

❶本CQ の背景

高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3 剤併用療法にオランザピンを加えた4 剤併用療法が,NCCN ガイドライン2017,ASCO ガイドライン2017 において推奨療法として追加された。一方,中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として3 剤併用療法が推奨される場合があり(→CQ3 参照),その際のオランザピンの追加・併用の有用性についても検証すべく本CQ を設定した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,中等度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,悪心・嘔吐予防として,4 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+NK1 受容体拮抗薬+デキサメタゾン+オランザピン)と3 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+NK1 受容体拮抗薬+デキサメタゾン)を比較した際の「血糖上昇」「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」「コスト(薬剤費)」の5 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 5 編,Cochrane 18 編,医中誌4 編が抽出され,これにハンドサーチ3 編を加えた計30 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された2 編がシステマティックレビューの対象となった。

ランダム化比較試験1 編1)は,44 例と小規模であり,また高度催吐性リスク抗がん薬と中等度催吐性リスク抗がん薬(ネダプラチン,カルボプラチン,ダウノルビシン,その他)が混在して対象とされており(中等度催吐性リスク抗がん薬投与例:オランザピン投与群8/22 例,36.4%,オランザピン非投与群7/22 例,31.8%),結果の解釈に注意を要する。一方,第Ⅱ相試験1 編(33 例)2)は,カルボプラチンを含む中等度催吐性リスク抗がん薬を対象としている。

また,本CQ で採択した2 編1),2)とも,オランザピンの投与量は5 mg であった。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)血糖上昇

血糖上昇を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

(2)嘔吐抑制

ランダム化比較試験1 編1)をもとに,「CR 割合」をアウトカムとして評価した。ランダム化比較試験1)においては,遅発期,全期間におけるCR 割合は,オランザピン非投与群と比較してオランザピン投与群で有意に良好であった〔OR:急性期8.08(95%CI:0.39-166.4,p=0.223),遅発期17.73(95%CI:0.93-337.5,p=0.021),全期間21.77(95%CI:1.16-410.1,p=0.009)〕。
エビデンスの強さC(弱)

(3)悪心抑制

ランダム化比較試験1 編1)をもとに,「CC 割合」,「TC 割合」の2 つのアウトカムで評価した。急性期,遅発期,全期間におけるオランザピン投与群のCC 割合は,非投与群よりも有意に良好であった〔OR:急性期26.38(95%CI:1.41-493.2,p=0.004),遅発期6.33(95%CI:1.45-27.74,p=0.022),全期間7.60(95%CI:1.73-33.36,p=0.009)〕。

また,急性期,遅発期,全期間におけるオランザピン投与群のTC 割合は,オランザピン非投与群よりも有意に良好であった〔OR:急性期5.28(95%CI:1.20-23.17,p=0.045),遅発期5.95(95%CI:1.59-22.33,p=0.014),全期間4.91(95%CI:1.32-18.21,p=0.031)〕。
エビデンスの強さC(弱)

(4)有害事象

ランダム化比較試験1 編1)では有害事象は評価されておらず,第Ⅱ相試験1 編(33 例)2)で評価した。オランザピンの主な副作用である傾眠(somnolence)の発現頻度は48.5%で,Grade 1/2 のみであった。
エビデンスの強さD(非常に弱い)

(5)コスト(薬剤費)

コスト(薬剤費)を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

ランダム化比較試験1)においても症例数が少なく,結果の解釈には注意が必要であるが,嘔吐抑制,悪心抑制いずれにおいてもオランザピンの追加・併用の有用性が示唆された。

(2)害のまとめ

第Ⅱ相試験1 編2)における評価であり,結果の解釈には注意が必要であるが,その報告における「傾眠」については,高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防におけるオランザピンを含む臨床試験で報告されている「傾眠」と同程度の頻度,重症度であり(→CQ1 参照),オランザピン追加・併用による害は少ないことが示唆された。ただし,糖尿病患者へのオランザピン投与は本邦では禁忌であり,本CQ で採用した本邦で実施された臨床試験1,2)では,糖尿病患者は除外されていたことに注意を要する。また,作用点が重複するドパミン(D2)受容体拮抗薬との併用は避け,睡眠薬との併用にも注意を要する。

(3)患者の価値観・好み

患者の価値観・好みについてエビデンスに基づく評価はできていないが,嘔吐抑制,悪心抑制という益は多くの患者が求めるものであり,多様性は低いと考えられる。害については少ないと考えられたが,患者のライフスタイルや価値観も考慮すべきである。

(4)コスト・資源

コスト・資源についてエビデンスに基づく評価はできていないが,オランザピンは安価であり,得られる益とのバランスは良いと考えられる。

(5)総括

限られたエビデンスをもとにした評価であり,結果の解釈には注意が必要であるが,システマティックレビューの結果からは益が害を上回ることが示唆され,3 剤併用療法へのオランザピン追加・併用(4 剤併用療法)は有用であると考えられる。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は25 名(医師18 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,西村委員はCOI により投票には参加しなかった。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法へのオランザピンの追加・併用を弱く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,24 名中21 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❼今後の研究課題

悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3 剤併用療法が標準となる中等度催吐性リスク抗がん薬のみを対象とした大規模比較試験による,オランザピンの追加・併用の検証が期待される。

参考文献

1)
Mizukami N, Yamauchi M, Koike K, et al. Olanzapine for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting in patients receiving highly or moderately emetogenic chemotherapy:a randomized, double-blind, placebo-controlled study. J Pain Symptom Manage. 2014;47:542-50.
2)
Tanaka K, Inui N, Karayama M, et al. Olanzapine-containing antiemetic therapy for the prevention of carboplatin-induced nausea and vomiting. Cancer Chemother Pharmacol. 2019;84:147-53.

CQ5
中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,2 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+デキサメタゾン)へのオランザピンの追加・併用は推奨されるか?

推奨の強さnot graded
エビデンスの強さC(弱)
推奨なし

合意率:― %(2 回投票を行ったが合意形成に至らなかった)

解説

カルボプラチン,オキサリプラチン以外の中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,推奨される5-HT3 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンの2 剤併用療法にオランザピンを追加・併用することの意義を検討することは重要である。

しかし,カルボプラチン,オキサリプラチン以外の中等度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法として5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2 剤併用療法と,さらにオランザピンを加えた3 剤併用療法を比較したエビデンスがなく,また臨床現場でも中等度催吐性リスク抗がん薬に対する標準制吐療法としてオランザピンを追加・併用する意義は制吐効果と副作用の点から明確でなく,合意形成には至らなかった。

❶本CQ の背景

高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3 剤併用療法にオランザピンを加えた4 剤併用療法が,NCCN ガイドライン2017,ASCO ガイドライン2017 において推奨療法として追加された。一方,中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として5-HT3 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンの2 剤併用療法が推奨される場合に,オランザピンの追加・併用の有用性があるかについても検証すべく本CQ を設定した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,中等度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,悪心・嘔吐予防として,3 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+デキサメタゾン+オランザピン)と2 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+デキサメタゾン)を比較した際の「血糖上昇」「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」「コスト(薬剤費)」の5 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 5 編,Cochrane 18 編,医中誌4 編が抽出され,これにハンドサーチ3 編を加えた計30 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された4 編がシステマティックレビューの対象となった。

ランダム化比較試験1 編1)は,54 例と小規模であり,中等度催吐性リスク抗がん薬である,イリノテカン,オキサリプラチン,カルボプラチン投与例が対象であった。もう一方のランダム化比較試験1 編(229 例)2)は,高度催吐性リスク抗がん薬と中等度催吐性リスク抗がん薬(オキサリプラチン,カルボプラチン,ドキソルビシン50 mg/m2)が混在して対象とされており(中等度催吐性リスク抗がん薬:オランザピン投与群 46/121 例,38.0%,オランザピン非投与群 40/108 例,37.0%),注意を要する。第Ⅱ相試験1 編(40 例)3)の対象も,高度催吐性リスク抗がん薬と中等度催吐性リスク抗がん薬(32/40 例,80.0%:オキサリプラチン,カルボプラチン,シクロホスファミド,ドキソルビシン)が混在していた。観察研究1 編(131 例)4)の対象も,高度催吐性リスク抗がん薬と中等度催吐性リスク抗がん薬(カルボプラチン,COP 療法など)が混在して対象とされていた(中等度催吐性リスク抗がん薬:オランザピン投与群 16/50 例,32.0%,オランザピン非投与群 34/81 例,42.0%)。

また,本CQ で採択した4 編1-4)では,オランザピンの投与量はすべて10 mg であった。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)血糖上昇

ランダム化比較試験2 編1,2)をもとに評価した。中等度催吐性リスク抗がん薬のみを対象としたランダム化比較試験1 編1)では,オランザピン非投与群でのデータが報告されておらず,比較はできなかった。オランザピン投与群においては,Grade 1 の高血糖が1/29 例(3.4%)に認められ,発現頻度は低かった。もう一方のランダム化比較試験1 編2)では,抗がん薬投与後の血糖値について両群間で有意差はなかったと報告されていた。
エビデンスの強さC(弱)

(2)嘔吐抑制

ランダム化比較試験2 編1,2),観察研究1 編4)をもとに,「CR 割合」のアウトカムで評価した。中等度催吐性リスク抗がん薬のみを対象としたランダム化比較試験1 編1)では,CR 割合は急性期,遅発期,全期間において,オランザピン投与群でオランザピン非投与群と比較して良好な傾向にあったが,有意差はなかった(急性期:96.5% vs. 88.0%,p=0.326,遅発期:69.0% vs. 48.0%,p=0.118,全期間:69.0% vs. 48.0%,p=0.118)。もう一方のランダム化比較試験1 編2)では催吐性リスク別サブグループ解析が行われており,中等度催吐性リスク抗がん薬投与例におけるCR 割合は,遅発期,全期間において,オランザピン投与群がオランザピン非投与群と比較して有意に良好であった(急性期:96.9% vs. 96.8%,p>0.05,遅発期:89.2% vs. 75.8%,p<0.05,全期間:89.2% vs. 75.8%,p<0.05)。観察研究4)でも催吐性リスク別サブグループ解析が行われており,中等度催吐性リスク抗がん薬投与例におけるCR 割合は,急性期,遅発期,全期間いずれにおいても両群間に有意差はなかった(急性期:93.8% vs. 85.3%,p=0.650,遅発期:68.8% vs. 44.1%,p=0.135,全期間:62.5% vs. 41.2%,p=0.227)。
エビデンスの強さC(弱)

(3)悪心抑制

ランダム化比較試験2 編1,2),観察研究1 編4)をもとに「VAS≧25 mm の悪心」,「TC 割合」,「NN 割合」で評価した。中等度催吐性リスク抗がん薬のみを対象としたランダム化比較試験1 編1)では,全期間におけるVAS≧25 mm の悪心(有意な悪心あり)において,オランザピン投与群がオランザピン非投与群よりも有意に良好であった(17.2% vs. 44.0%,p=0.032)。もう一方のランダム化比較試験1 編2)では催吐性リスク別サブグループ解析が行われており,中等度催吐性リスク抗がん薬投与例におけるTC 割合は,遅発期,全期間においてオランザピン投与群がオランザピン非投与群よりも有意に良好であった(急性期:98.5% vs. 93.5%,p>0.05,遅発期:83.1% vs. 58.1%,p<0.05,全期間:83.1% vs. 56.5%,p<0.05)。観察研究4)でも催吐性リスク別サブグループ解析が行われており,中等度催吐性リスク抗がん薬投与例におけるNN 割合は,急性期,遅発期,全期間いずれにおいても両群間に有意差はなかった(急性期:93.8% vs. 88.2%,p=1.000,遅発期:75% vs. 47.1%,p=0.076,全期間:68.8% vs. 44.1%,p=0.135)。
エビデンスの強さC(弱)

(4)有害事象

ランダム化比較試験2 編1,2),第Ⅱ相試験3),観察研究1 編4)をもとに評価した。いずれにおいてもオランザピン非投与群でのデータが報告されておらず,比較はできなかった。中等度催吐性リスク抗がん薬のみを対象としたランダム化比較試験1 編1)では,オランザピン投与群において,傾眠Grade 1 が3/29 例(10.3%),Grade 2 が1/29 例(3.4%)に認められ,発現頻度は低かった。もう一方のランダム化比較試験1 編2)では,オランザピン投与群で眠気(sleepiness)が73%の患者に認められた。第Ⅱ相試験3)では,The M. D. Anderson Symptom Inventory(MDASI)5)により評価された眠気(feeling drowsy)は平均4.46(最悪値10,SD 3.02)であった。観察研究4)では,25/50 例(50%)にGrade 1/2 の鎮静が認められ,5/50 例(10%)がGrade 3 であった。
エビデンスの強さC(弱)

(5)コスト(薬剤費)

コスト(薬剤費)を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

採用したランダム化比較試験は,症例数が少ない,高度催吐性リスク抗がん薬と中等度催吐性リスク抗がん薬が混在している,などの限界があるが,悪心抑制,嘔吐抑制いずれにおいてもオランザピンの追加・併用の有効性が示唆された。一方で,観察研究では有効性は明らかではなかった。

(2)害のまとめ

オランザピン非投与群との比較ができていないため結果の解釈には注意が必要であるが,傾眠については,高度催吐性リスク抗がん薬を対象に行われた臨床試験で報告されている頻度と同程度であり(→CQ1 参照),オランザピンの追加・併用による害は少ないことが示唆された。ただし,糖尿病患者へのオランザピン投与は本邦では禁忌である。また,作用点が重複するドパミン(D2)受容体拮抗薬との併用は避け,睡眠薬との併用にも注意を要する。

(3)患者の価値観・好み

患者の価値観・好みについてエビデンスに基づく評価はできていないが,嘔吐抑制,悪心抑制という益は多くの患者が求めるものであり,多様性は低いと考えられる。害については少ないと考えられたが,患者のライフスタイルや価値観も考慮すべきである。

(4)コスト・資源

コスト・資源についてエビデンスに基づく評価はできていないが,オランザピンは安価であり,得られる益とのバランスは良いと考えられる。

(5)総括

限られたエビデンスをもとにした評価であり,結果の解釈には注意が必要であるが,システマティックレビューの結果からは益が害を上回る可能性がある。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は24 名(医師17 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,本CQ においてはCOI による推奨決定への深刻な影響はないと判断された。

2 回にわたり投票したが,合意形成には至らなかった〔1 回目 行うことを弱く推奨する:11 名,行わないことを弱く推奨する:13 名(合意率54.2%);2 回目 行うことを弱く推奨する:9 名,行わないことを弱く推奨する:14 名(合意率58.3%)〕。2 回の投票の間には,採択された論文の問題点についての意見や,本邦ではNK1 受容体拮抗薬が使用可能であるため,オランザピンではなくNK1 受容体拮抗薬を追加投与する場合が多いとする意見があり,臨床現場でも中等度催吐性リスク抗がん薬に対する標準制吐療法としてオランザピンを追加・併用する意義は制吐効果と副作用の点から明確にできず,最終的な合意形成には至らなかった。

❼今後の研究課題

悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬,デキサメタゾンの2 剤併用療法が標準となる中等度催吐性リスク抗がん薬のみを対象とした大規模比較試験による,オランザピンの追加・併用の検証や,費用対効果の評価も含めたオランザピン追加とNK1 受容体拮抗薬追加の比較検証が期待される。

参考文献

1)
Jeon SY, Han HS, Bae WK, et al. A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled Study of the Safety and Efficacy of Olanzapine for the Prevention of Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting in Patients Receiving Moderately Emetogenic Chemotherapy:Results of the Korean South West Oncology Group(KSWOG)Study. Cancer Res Treat. 2019;51:90-7.
2)
Tan L, Liu J, Liu X, et al. Clinical research of Olanzapine for prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting. J Exp Clin Cancer Res. 2009;28:131.
3)
Navari RM, Einhorn LH, Loehrer PJ Sr, et al. A phase Ⅱ trial of olanzapine, dexamethasone, and palonosetron for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting:a Hoosier oncology group study. Support Care Cancer. 2007;15:1285-91.
4)
Osman AAM, Elhassan MMA, AbdElrahim BHA, et al. Olanzapine for the Prevention of Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting:A Comparative Study From Sudan. J Glob Oncol. 2018;4:1-9.
5)
The MD Anderson Symptom Inventory. https://www.mdanderson.org/research/departments-labs-institutes/departments-divisions/symptom-research/symptom-assessment-tools/md-anderson-symptom-inventory.html#:~:text=The%20MD%20Anderson%20Symptom%20Inventory%20The%20MD%20Anderson,interference%20with%20daily%20living%20caused%20by%20these%20symptoms.

CQ6
中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,デキサメタゾンの投与期間を1 日に短縮することは推奨されるか?

推奨の強さ1(強い)
エビデンスの強さB(中)
中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬にパロノセトロンを投与する場合には,デキサメタゾンの投与期間を1 日に短縮することを強く推奨する。

合意率:90.5%(19/21 名)

解説

中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンによる2 剤併用療法を行うが,第1 世代の5-HT3 受容体拮抗薬よりも半減期が長い第2 世代のパロノセトロンを選択する場合においては,デキサメタゾンの投与期間を1 日のみ投与に短縮(遅発期である2 日目以降を省略)することを強く推奨する。なお,第1 世代の5-HT3 受容体拮抗薬を選択した場合のデキサメタゾンの投与期間短縮(ステロイドスペアリング)についてはエビデンスが得られなかった。

❶本CQ の背景

第1 世代の5-HT3 受容体拮抗薬よりも半減期の長い第2 世代のパロノセトロンは,単剤投与では第1 世代よりも制吐効果が高いことが示されている。このことから,中等度催吐性リスク抗がん薬に対する標準制吐療法である2 剤併用療法において,5-HT3 受容体拮抗薬としてパロノセトロンを選択することにより,遅発期のデキサメタゾンが省略可能かどうか,について研究されてきたため,本CQ を設定した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,中等度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,デキサメタゾン1 日のみ投与とデキサメタゾン3~4 日間投与を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「血糖上昇抑制」「骨粗鬆症抑制」の4 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 13 編,Cochrane 252 編,医中誌46 編が抽出され,これにハンドサーチ6 編を加えた計317 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された9 編がシステマティックレビューの対象となった。なお,文献の一つに,同じく抽出されているランダム化比較試験のpost hoc 解析1)があり,これは予備資料扱いとし,システマティックレビューから除いた。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)嘔吐抑制

遅発期の「CR 割合」(ランダム化比較試験7 編2-8))および「NV 割合」(ランダム化比較試験3 編2-4))の2 つのアウトカムで評価した。CR 割合,NV 割合ともに,乳がんに対するAC 療法が含まれている研究,あるいはがん種が限定された研究が多かった。乳がんに対するAC 療法は,現在は高度催吐性リスク抗がん薬に分類されているが,研究が行われた時期は中等度催吐性リスク抗がん薬に分類されていた。多くの研究は盲検化されておらず,個々の研究でコンシールメント,ITT 解析,選択的アウトカム報告などでリスクが散見された。対照群(デキサメタゾン3 日間投与)で良好な傾向を示した研究が多かった。

遅発期のCR 割合のメタアナリシスでは出版バイアスは認められず,対照群で良好な傾向はあるものの,両群間に有意差はなかった〔RD -0.04(95%CI:-0.10-0.02,p=0.18)〕(図1)。

図1 遅発期のCR 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

遅発期のNV 割合のメタアナリシスでは出版バイアスは認められず,対照群で有意に良好な結果であった〔RD -0.06(95%CI:-0.11--0.01,p=0.02)〕(図2)。

図2 遅発期のNV 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

複数のランダム化比較試験があり,サンプルサイズは十分大きく,効果指標の数値は信頼できると判断し,エビデンスの強さはA(強)とした。
エビデンスの強さA(強)

(2)悪心抑制

遅発期における「CC 割合」(ランダム化比較試験6 編3-8)),「TC 割合」(ランダム化比較試験5 編4-8)),「NN 割合」(ランダム化比較試験4 編3-5,7)),「NSN 割合」(ランダム化比較試験3 編4,5,7))で評価した。個々の研究の効果指標値は,対照群で良好な傾向のものが多かった。

CC 割合のメタアナリシスでは出版バイアスは認められず,対照群で良好な傾向はあるものの,有意差はなかった〔RD -0.04(95%CI:-0.10-0.02,p=0.17)〕(図3)。

図3 遅発期のCC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

TC 割合のメタアナリシスでは出版バイアスは認められず,有意差はなかった〔RD -0.01(95%CI:-0.08-0.07,p=0.81)〕(図4)。

図4 遅発期のTC 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

NN 割合のメタアナリシスでは出版バイアスは認められず,対照群で良好な傾向はあるものの,有意差はなかった〔RD -0.04(95%CI:-0.12-0.04,p=0.38)〕(図5)。

図5 遅発期のNN 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

NSN 割合のメタアナリシスでは出版バイアスは認められず,対照群で良好な傾向はあるものの,有意差はなかった〔RD -0.08(95%CI:-0.18-0.03,p=0.15)〕(図6)。

図6 遅発期のNSN 割合をアウトカムとしたメタアナリシス

複数のランダム化比較試験があり,サンプルサイズは十分大きく,効果指標の数値は信頼できると判断し,エビデンスの強さはA(強)とした。
エビデンスの強さA(強)

(3)血糖上昇抑制

血糖上昇抑制を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

(4)骨粗鬆症抑制

コホート研究(悪心・嘔吐とアレルギー予防のためにステロイドが使用された消化器がん患者を対象とし,16 週後の骨塩密度と骨代謝マーカー推移を評価項目とした単群観察研究)1 編9)におけるサブ解析で,ステロイド1 日投与群と複数日投与群との比較において骨密度低下(1.9%以下)の発現割合は両群で有意差はなかった〔RD 0.02(95%CI:-0.24-0.28,p=0.90)〕。

単群研究のサブ解析,対象が消化器がんのみ,軽度または高度催吐性リスク抗がん薬が混在,ステロイド使用量のばらつきあり,ステロイド複数日投与群の投与日数不明,サンプルサイズが小さい,以上のことからエビデンスの強さはD(非常に弱い)とした。
エビデンスの強さD(非常に弱い)

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

「血糖上昇抑制」については抽出論文がなく,「骨粗鬆症抑制」については1 編が抽出されたが,益を示す十分なエビデンスは得られなかった。

(2)害のまとめ

NV 割合においてのみ対照群が有意に良好な結果であり,他の項目では対照群が良い傾向を示すものが多かったが,有意差はなかった。

(3)患者の価値観・好み

制吐療法で使用されるデキサメタゾンの投与期間は短いものの,患者は,その益と害を制吐効果も含めて重要視している。医療従事者は,益と害について十分な情報提供をするとともに,患者のライフスタイルや価値観を含めて検討すべきと考えられる。

(4)コスト・資源

コスト・資源についてエビデンスに基づく評価はできていないが,デキサメタゾンは安価であり,投与期間短縮による得られるコスト・資源の節減効果は大きくはないと考えられる。

(5)総括

システマティックレビューの結果から,益のアウトカムについては既存研究が十分でなかったが,害のアウトカムについては,NV 割合以外は対照群が良好な傾向を示すものの有意差はなかったことから,デキサメタゾンの投与期間短縮は有用であると考えられた。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は23 名(医師16 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,沖田委員と中島委員はCOI により投票には参加しなかった。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「中等度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬にパロノセトロンを投与する場合には,デキサメタゾンの投与期間を1 日に短縮することを強く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,21 名中19 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❼今後の研究課題

デキサメタゾンの投与期間短縮による益(デキサメタゾンによる副作用の軽減)のアウトカムを評価項目とした研究が望まれる。

参考文献

1)
Celio L, Denaro A, Agustoni F, et al. Palonosetron plus 1-day dexamethasone for the prevention of nausea and vomiting due to moderately emetogenic chemotherapy:effect of established risk factors on treatment outcome in a phase Ⅲ trial. J Support Oncol. 2012;10:65-71.
2)
Aapro M, Fabi A, Nolè F, et al. Double-blind, randomised, controlled study of the efficacy and tolerability of palonosetron plus dexamethasone for 1 day with or without dexamethasone on days 2 and 3 in the prevention of nausea and vomiting induced by moderately emetogenic chemotherapy. Ann Oncol. 2010;21:1083-8.
3)
Celio L, Frustaci S, Denaro A, et al. Italian Trials in Medical Oncology Group. Palonosetron in combination with 1-day versus 3-day dexamethasone for prevention of nausea and vomiting following moderately emetogenic chemotherapy:a randomized, multicenter, phase Ⅲ trial. Support Care Cancer. 2011;19:1217-25.
4)
van der Vorst MJDL, Toffoli EC, Beusink M, et al. Metoclopramide, Dexamethasone, or Palonosetron for Prevention of Delayed Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting After Moderately Emetogenic Chemotherapy (MEDEA):A Randomized, Phase Ⅲ, Noninferiority Trial. Oncologist. 2021;26:e173-81.
5)
Celio L, Saibene G, Lepori S, et al. Short-course olanzapine to prevent delayed emesis following carboplatin/paclitaxel for gynecologic cancer:a randomised study. Tumori. 2019;105:253-8.
6)
Komatsu Y, Okita K, Yuki S, et al. Open-label, randomized, comparative, phase Ⅲ study on effects of reducing steroid use in combination with Palonosetron. Cancer Sci. 2015;106:891-5.
7)
Furukawa N, Kanayama S, Tanase Y, et al. Palonosetron in combination with 1-day versus 3-day dexamethasone to prevent nausea and vomiting in patients receiving paclitaxel and carboplatin. Support Care Cancer. 2015;23:3317-22.
8)
Matsuura M, Satohisa S, Teramoto M, et al. Palonosetron in combination with 1-day versus 3-day dexamethasone for prevention of nausea and vomiting following paclitaxel and carboplatin in patients with gynecologic cancers:A randomized, multicenter, phase-Ⅱ trial. J Obstet Gynaecol Res. 2015;41:1607-13.
9)
Nakamura M, Ishiguro A, Muranaka T, et al. A Prospective Observational Study on Effect of Short-Term Periodic Steroid Premedication on Bone Metabolism in Gastrointestinal Cancer(ESPRESSO-01). Oncologist. 2017;22:592-600.

CQ7
R±CHOP 療法の悪心・嘔吐予防として,NK1 受容体拮抗薬の投与を省略することは推奨されるか?

推奨の強さ2(弱い)
エビデンスの強さC(弱)
R±CHOP 療法の悪心・嘔吐予防として,NK1 受容体拮抗薬の投与を省略しないことを弱く推奨する。

合意率:91.7%(22/24 名)

解説

R±CHOP 療法は,悪性リンパ腫(非Hodgkin リンパ腫)に対する標準治療レジメンの一つであり,高度催吐性リスク抗がん薬に分類されている乳がんの代表的な治療レジメンであるAC 療法にビンクリスチンを付加した治療レジメンである。

R±CHOP 療法ではプレドニゾロンを抗がん薬として投与することから,制吐療法はデキサメタゾンを省略した5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬による2 剤併用療法が妥当と推測されるが,科学的根拠に基づいた検討は行われていなかった。

本CQ に関するエビデンスは限定的であるものの,NK1 受容体拮抗薬の追加による有害事象の増加は認められなかった。NK1 受容体拮抗薬の有害事象が容認できる範囲であれば投与してほしいという患者の価値観や好みも考慮のうえ,NK1 受容体拮抗薬の投与を省略しないことを弱く推奨するとした。

❶本CQ の背景

R±CHOP 療法は,AC 療法と同様に高度催吐性リスク抗がん薬として扱うべきであり,従来からNK1 受容体拮抗薬を加えた制吐療法が推奨されてきた。しかし,実臨床では,5-HT3 受容体拮抗薬とプレドニゾロンの2 剤をもってR±CHOP 療法に対する制吐療法とされてきた経緯が少なからずあることから,R±CHOP 療法の悪心・嘔吐予防にNK1 受容体拮抗薬を併用することの有用性を検討するため,本CQ を設定した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,R±CHOP 療法を受ける患者を対象に,悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬による単剤療法と2 剤併用療法(5-HT3 受容体拮抗薬+NK1 受容体拮抗薬)を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「コスト(薬剤費)」「有害事象」の4 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 31 編,Cochrane 0 編,医中誌103 編が抽出され,これにハンドサーチ3 編を加えた計137 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された10 編がシステマティックレビューの対象となった。ただし,その中には5-HT3 受容体拮抗薬単剤のみを評価した文献が6 編あり,これらは予備資料とした。したがって,本CQ では抽出された文献のうち4 編(いずれもコホート研究1,2)または症例対照研究3,4)であり,ランダム化比較試験は存在しなかった)を中心に評価した。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)嘔吐抑制

コホート研究2 編1,2)と症例対照研究2 編3,4)をもとに評価した。いずれの報告においても,単剤療法と2 剤併用療法の嘔吐抑制効果に有意差はなかった。
エビデンスの強さC(弱)

(2)悪心抑制

前述の4 編で評価したが,単剤療法と2 剤併用療法の悪心抑制効果に有意差はなかった。
エビデンスの強さC(弱)

(3)コスト(薬剤費)

コストを評価した研究は抽出されず,評価不能とした。

(4)有害事象

単剤療法と2 剤併用療法で有害事象を比較した研究は質・量ともに極めて限定的なものであり,評価不能とした。

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

益のアウトカムとして,コストと有害事象を評価対象としたが,単剤療法と2 剤併用療法を比較した研究は質・量ともに極めて限定的なものであり,評価不能であった。

(2)害のまとめ

ランダム化比較試験として,単剤療法と2 剤併用療法を比較した研究は抽出されず,どちらかを支持するエビデンスは得られなかった。

(3)患者の価値観・好み

患者の価値観・好みについてエビデンスに基づく評価はできていないが,患者の希望は,悪心・嘔吐を十分予防してほしいということで一致していると考えられる。

(4)コスト・資源

コスト・資源についてエビデンスに基づく評価はできていないが,患者は2 剤併用療法によるNK1 受容体拮抗薬の薬価上乗せ分以上に,確実な制吐効果を期待していると考えられる。

(5)総括

R±CHOP 療法において,5-HT3 受容体拮抗薬による単剤療法とNK1 受容体拮抗薬を加えた2 剤併用療法との間に制吐効果の差があるかについて検討したが,R±CHOP 療法に対する単剤療法と2 剤併用療法を比較したランダム化比較試験は抽出されず,コホート研究および症例対照研究では,両群の間に有意差はなかった。

参考情報として,ドキソルビシンの代わりにエピルビシンを用いるR±CEOP 療法を対象に単剤療法と2 剤併用療法の制吐効果を比較したランダム化比較試験では,2 剤併用療法のほうが制吐効果が高く,有害事象に有意差がなかった5)

エビデンスは限定的であるが患者の価値観・好み等も総合的に考慮すると,有害事象が同程度であれば,NK1 受容体拮抗薬の投与を省略しないことが有用であると考えられた。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は24 名(医師17 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,本CQ においてはCOI による推奨決定への深刻な影響はないと判断された。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「R±CHOP 療法の悪心・嘔吐予防として,NK1 受容体拮抗薬の投与を省略しないことを弱く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,24 名中22 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

参考文献

1)
近藤 有,江尻将之,間瀬広樹,他.悪性リンパ腫患者に対するCHOP 療法に伴う悪心・嘔吐におけるアプレピタントの有用性に関する検討.日病薬師会誌.2019;55:279-85.
2)
Wakasugi Y, Noda S, Ikuno Y, et al. Granisetron plus aprepitant versus granisetron in preventing nausea and vomiting during CHOP or R-CHOP regimen in malignant lymphoma:a retrospective study. J Pharm Health Care Sci. 2019;5:24.
3)
Morita M, Kishi S, Ookura M, et al. Efficacy of aprepitant for CHOP chemotherapy-induced nausea, vomiting, and anorexia. Curr Probl Cancer. 2017;41:419-25.
4)
Yoshida I, Tamura K, Miyamoto T, et al. Prophylactic Antiemetics for Haematological Malignancies:Prospective Nationwide Survey Subset Analysis in Japan. In Vivo. 2019;33:1355-62.
5)
Song Z, Wang H, Zhang H, et al. Efficacy and safety of triple therapy with aprepitant, ondansetron, and prednisone for preventing nausea and vomiting induced by R-CEOP or CEOP chemotherapy regimen for non-Hodgkin lymphoma:a phase 2 open-label, randomized comparative trial. Leuk Lymphoma 2017;58:816-21.

FQ1
軽度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬の投与は推奨されるか?

ステートメント
軽度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,明確な根拠はないが,実臨床ではデキサメタゾン,5-HT3 受容体拮抗薬が広く投与されている。

合意率:100%(22/22 名)

❶本FQ の背景

前版までは,軽度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防には,デキサメタゾン単剤投与が推奨されていた。制吐療法におけるデキサメタゾン投与の問題点として,ステロイド誘発性糖尿病や骨密度低下などが知られている1,2)。一方,軽度催吐性リスク抗がん薬に対する5-HT3 受容体拮抗薬の使用については,デキサメタゾンとの薬価差が問題とされていたが,後発品の登場によりその差は小さくなっている。

このような状況において,患者個々の特性に合わせた制吐療法を提供するために,軽度催吐性リスク抗がん薬の予防的制吐療法として5-HT3 受容体拮抗薬の有用性を明らかにすることは重要である。

❷解説

本Question は当初CQ として,軽度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,悪心・嘔吐予防として,5-HT3 受容体拮抗薬による単剤療法とデキサメタゾンによる単剤療法を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」「コスト(薬剤費)」の4 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。文献検索の結果,PubMed 87 編,Cochrane 337 編,医中誌3 編が抽出され,これにハンドサーチ3 編を加えた計430 編がスクリーニング対象となったが,2 回のスクリーニングを経てシステマティックレビューに利用できる文献が抽出されなかったため,本Question をFQ に転換した。

海外のガイドラインでは,MASCC/ESMO ガイドライン2016 3),ASCO ガイドライン2020 4),NCCN ガイドライン2023 ver. 2 5)において,5-HT3 受容体拮抗薬はデキサメタゾンと同列で推奨されている。また,本邦で軽度催吐性リスク抗がん薬を対象とした制吐療法の実態調査において,34.8%の症例に5-HT3 受容体拮抗薬単剤または5-HT3 受容体拮抗薬を併用した制吐療法が実施されていた6)。このことから,ステートメントを「軽度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,明確な根拠はないが,実臨床ではデキサメタゾン,5-HT3 受容体拮抗薬が広く投与されている。」とした。

❸今後の研究課題

軽度催吐性リスク抗がん薬による治療を受ける患者の悪心・嘔吐の予防として,5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾンを比較した試験は実施されていない。そのため,嘔吐抑制,悪心抑制,有害事象,コストをアウトカムとして,5-HT3 受容体拮抗薬単剤とデキサメタゾン単剤を比較するランダム化比較試験が望まれる。

参考文献

1)
Nakamura M, Ishiguro A, Muranaka T, et al. A Prospective Observational Study on Effect of Short-Term Periodic Steroid Premedication on Bone Metabolism in Gastrointestinal Cancer(ESPRESSO-01). Oncologist. 2017;22:592-600.
2)
Rowbottom L, Stinson J, McDonald R, et al. Retrospective review of the incidence of monitoring blood glucose levels in patients receiving corticosteroids with systemic anticancer therapy. Ann Palliat Med. 2015;4:70-7.
3)
MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016. https://mascc.org/wp-content/uploads/2022/04/mascc_antiemetic_guidelines_english_v.1.5SEPT29.2019.pdf
4)
Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics:ASCO Guideline Update. J Clin Oncol. 2020;38:2782-97.
5)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415
6)
Hayashi T, Shimokawa M, Miyoshi T, et al. A prospective, observational, multicenter study on risk factors and prophylaxis for low emetic risk chemotherapy-induced nausea and vomiting. Support Care Cancer. 2017;25:2707-14.

Ⅳ 薬物によるその他の制吐療法

1概要

抗がん薬の催吐性リスクに基づいた予防的制吐療法についてはⅢ章にまとめたが,本章ではそれ以外の悪心・嘔吐(予期性,放射線治療,連日静脈内投与の抗がん薬,経口抗がん薬,突出性,による悪心・嘔吐)についてまとめている。

前版から新しい追加のエビデンスがない予期性および放射線治療による悪心・嘔吐についてはBQ67 とした。連日静脈内投与の抗がん薬による悪心・嘔吐はCQ9,経口抗がん薬による悪心・嘔吐はFQ2 とした。突出性悪心・嘔吐については,日常診療で頻用されているメトクロプラミドについてCQ8,予防的オランザピン投与下におけるオランザピンの追加投与についてFQ3 とした。

2各悪心・嘔吐に対する制吐療法

❶予期性悪心・嘔吐の予防

予期性悪心・嘔吐の予防は,各治療サイクルにおいて可能な限り悪心・嘔吐を経験させないことが重要である。発現した際には,ベンゾジアゼピン系抗不安薬(ロラゼパム,アルプラゾラム)を治療前日と当日に投与する(→BQ6 参照)。

❷放射線治療の悪心・嘔吐予防

放射線治療による悪心・嘔吐に対しては,照射部位によるリスク分類を行い,リスクに応じて5-HT3 受容体拮抗薬やデキサメタゾンを用いた制吐療法を行う(→BQ7 参照)。

❸連日静脈内投与の抗がん薬の悪心・嘔吐予防

連日静脈内投与の抗がん薬による悪心・嘔吐は,抗がん薬の連日投与により急性期と遅発期の悪心・嘔吐が混在するため,その制吐対策は容易ではない。エビデンスに基づく予防的制吐療法は確立していないため,限られたエビデンスをもとにシスプラチンやイホスファミドを5 日間投与するレジメン(BEP 療法,IP 療法,IFM 単剤療法など)に絞ってCQ9 を設定した。

❹経口抗がん薬の悪心・嘔吐予防

近年,新規開発された抗がん薬は連日投与の経口抗がん薬が多い。静脈内投与の抗がん薬と異なり,連日投与の経口抗がん薬は急性期と遅発期の悪心・嘔吐が混在し,治療期間が長期であるため,悪心・嘔吐の発現様式は一定でなく,適切な制吐療法は確立されていない。そこで,連日投与の経口抗がん薬に対する適切な制吐療法を検証するためにCQ を設定したが,システマティックレビューに採択できる質の高い研究がなかったため,今版ではFQ2 としたうえで,今後の継続課題とした。

❺突出性悪心・嘔吐に対する制吐療法

(1)メトクロプラミド

メトクロプラミドは,突出性悪心・嘔吐に対する救済治療のみならず,あらゆる悪心・嘔吐に対して日常臨床で頻用されている。抗がん薬による悪心・嘔吐に対するメトクロプラミドの有用性を検証したプラセボ対照比較試験は存在せず,オランザピンとの比較による間接的な有用性の検証のみしかなく,エビデンスレベルの高い研究結果はなかった。オランザピンよりもメトクロプラミドのほうが悪心・嘔吐抑制効果が低かったものの,一定の悪心・嘔吐抑制効果があると推定された(→CQ8 参照)。

(2)オランザピン

突出性悪心・嘔吐に対する救済治療を検証したランダム化比較試験において,オランザピンはメトクロプラミドより悪心・嘔吐抑制効果が有意に高かった(→CQ8 参照)。したがって,突出性悪心・嘔吐に対する救済治療としてオランザピンは有効であるものの,オランザピンを予防的に投与している場合の救済治療として,オランザピンの追加投与を推奨できる根拠が確認できなかったため,FQ3 を設定した。

BQ6
予期性悪心・嘔吐に対する制吐療法にはどのようなものがあるか?

ステートメント
がん薬物療法による急性期・遅発期悪心・嘔吐の完全制御により,患者に悪心・嘔吐を経験させないことが最善の対策である。予期性悪心・嘔吐が生じた場合には,ベンゾジアゼピン系抗不安薬を投与する。

合意率:100%(25/25 名)

❶本BQ の背景

今版では,予期性悪心・嘔吐対策として非薬物療法に焦点を当てたCQ1011 が設定されたが,予期性悪心・嘔吐が生じた場合に医療現場で実際に用いられる対策は薬物療法が中心である。本BQ では予期性悪心・嘔吐とその薬物療法を中心に解説する。

❷解説

予期性悪心・嘔吐は,がん薬物療法や放射線治療で悪心・嘔吐を経験することにより,条件付けの機序(学習反応)から生じることが多い1)。例えば,がん薬物療法を受けた際に悪心や嘔吐を繰り返し経験するうちに,抗がん薬を投与される前(投与前日や投与日の朝,病院到着時など)から悪心や嘔吐が発現するようになる。がん薬物療法の治療サイクルが多くなるほど予期性悪心・嘔吐のリスクは高まり,悪心・嘔吐の抑制が悪くなることが報告されている2-5)。また,がん薬物療法終了後も予期性悪心・嘔吐の症状が長引くことがある。さらに,がん薬物療法で悪心・嘔吐が生じるという認識が患者にあらかじめ強くある場合に,がん薬物療法を行う前から予期性悪心・嘔吐が生じることもある。予期性悪心・嘔吐割合は,かつて20%程度と報告されていたが,近年の制吐療法の進歩で減少し,予期性悪心が13.8%以下6,7),予期性嘔吐は2.3%以下6)と報告されている。ここ数年間の制吐薬物療法のさらなる進歩により,予期性悪心・嘔吐割合はさらに減少している可能性がある。

予期性悪心・嘔吐に対する最善の対策は,がん薬物療法や放射線治療の際に,初回治療から悪心・嘔吐を生じさせないことである。このためには計画している治療の催吐性リスクを適切に評価して的確な制吐療法を行うことが重要である。したがって,計画している治療の催吐性リスクより下位の制吐療法は行わないように留意する。

さらに,がん薬物療法を開始するに先立って,最適な制吐療法を実施することを,あらかじめ患者に十分説明しておくことも重要である。

予期性悪心・嘔吐に対する薬物療法としては,ベンゾジアゼピン系抗不安薬を投与する。予期性悪心・嘔吐の予防にロラゼパム8),予期性悪心の予防にアルプラゾラムが有用である9)

予期性悪心・嘔吐に対する非薬物療法については,CQ11 を参照されたい。なお,NCCN ガイドライン2023 ver. 2 では,予期性悪心・嘔吐の誘因となり得る強いにおいを避けることを推奨している10)

処方例
ロラゼパム:1 回0.5~1.0 mg を1 日2~3 回経口投与

がん薬物療法の実施前夜,および当日治療の1~2 時間前まで投与する。必要に応じて増量(1 日3.0 mgまで)可能である。高齢者では低用量(1 回0.5 mg)から開始する。ただし,予期性悪心・嘔吐に対する処方は保険適用外である。

アルプラゾラム:1 回0.4~0.8 mg を1 日3 回経口投与

がん薬物療法の実施前夜,および当日治療の1~2 時間前まで投与する。通常,1 回0.4 mg を1 日3 回から開始し,必要に応じて徐々に増減可能である。高齢者や消耗性疾患ならびに重症肝障害患者では,1 回0.2 mg を1 日2~3 回投与から開始し,1 日1.2 mg を超えてはならない。ただし,予期性悪心・嘔吐に対する処方は保険適用外である。

ベンゾジアゼピン系抗不安薬(ロラゼパム,アルプラゾラム)の効果は,がん薬物療法を継続するうちに,減弱する傾向があることに注意する。また,ベンゾジアゼピン系抗不安薬を1 カ月以上にわたって連続使用した場合は,漸減したうえで中止する。突然中止すると,不安焦燥およびその他の離脱症状が生じる場合があるので注意する。

参考文献

1)
Morrow GR, Morrell C. Behavioral treatment for the anticipatory nausea and vomiting induced by cancer chemotherapy. N Engl J Med. 1982;307:1476-80.
2)
Morrow GR, Lindke J, Black PM. Predicting development of anticipatory nausea in cancer patients:prospective examination of eight clinical characteristics. J Pain Symptom Manage. 1991;6:215-23.
3)
Andrykowski MA, Jacobsen PB, Marks E, et al. Prevalence, predictors, and course of anticipatory nausea in women receiving adjuvant chemotherapy for breast cancer. Cancer. 1988;62:2607-13.
4)
Alba E, Bastus R, de Andres L, et al. Anticipatory nausea and vomiting:prevalence and predictors in chemotherapy patients. Oncology. 1989;46:26-30.
5)
Morrow GR. Prevalence and correlates of anticipatory nausea and vomiting in chemotherapy patients. J Natl Cancer Inst. 1982;68:585-8.
6)
Chan A, Kim HK, Hsieh RK, et al. Incidence and predictors of anticipatory nausea and vomiting in Asia Pacific clinical practice―a longitudinal analysis. Support Care Cancer. 2015;23:283-91.
7)
Molassiotis A, Lee PH, Burke TA, et al. Anticipatory nausea, risk factors, and its impact on chemotherapy-induced nausea and vomiting:results from the Pan European Emesis Registry Study. J Pain Symptom Manage. 2016;51:987-93.
8)
Malik IA, Khan WA, Qazilbash M, et al. Clinical efficacy of lorazepam in prophylaxis of anticipatory, acute, and delayed nausea and vomiting induced by high doses of cisplatin. A prospective randomized trial. Am J Clin Oncol. 1995;18:170-5.
9)
Razavi D, Delvaux N, Farvacques C, et al. Prevention of adjustment disorders and anticipatory nausea secondary to adjuvant chemotherapy:A double-blind, placebo-controlled study assessing the usefulness of alprazolam. J Clin Oncol. 1993;11:1384-90.
10)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415

BQ7
放射線治療による悪心・嘔吐に対する制吐療法にはどのようなものがあるか?

ステートメント
放射線照射部位によって催吐性リスク分類を行い,リスクに応じた制吐療法を行う。高度リスク(全身照射)では,予防的に5-HT3 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンを投与する。中等度リスク(上腹部への照射,全脳全脊髄照射)では,予防的に5-HT3 受容体拮抗薬を投与する。デキサメタゾンを併用してもよい。

合意率:100%(24/24 名)

❶本BQ の背景

放射線治療による悪心・嘔吐は,抗がん薬と比べて発現頻度が低く,重症度も低いため,過小評価されることも多い。悪心発現患者の1/3 は制吐療法が不十分であると感じていたとの報告もある1)。本BQ では,放射線照射部位によって決定されるリスク分類に応じて,推奨される制吐療法について解説する。

❷解説

MASCC/ESMO ガイドライン2016 による放射線照射部位ごとの催吐性リスク分類と推奨される制吐療法を表1 に記す2)。ASCO ガイドライン2020 も同様の推奨をしている3)

表1 MASCC による放射線照射部位ごとの催吐性リスク分類および治療方法(文献2 より作成)

放射線治療患者1,020 人の前向き観察研究によると,悪心・嘔吐の発現割合は27.9%であり,放射線治療関連の因子では「照射部位」と「照射野の大きさ(400 cm2<)」が,その他の因子では「抗がん薬の同時併用」と「抗がん薬に起因する嘔吐の既往」が有意な悪心・嘔吐のリスク因子であった4)

5-HT3 受容体拮抗薬は,プラセボやドパミン(D2)受容体拮抗薬と比較して,放射線治療による悪心・嘔吐を有意に予防することがメタアナリシスで示されている5)。また,上腹部に対する放射線治療を受けた患者に対して,5-HT3 受容体拮抗薬にデキサメタゾンを併用することにより,5-HT3 受容体拮抗薬+プラセボ投与と比較して,悪心・嘔吐を有意に予防することがランダム化比較試験で示されている6)。軽度あるいは最小度リスクにおいては,5-HT3 受容体拮抗薬,ドパミン(D2)受容体拮抗薬,デキサメタゾンのいずれかを推奨する根拠に乏しく,いずれも選択可とされている2,3)。脳に対する放射線治療では抗浮腫治療が望ましいため,デキサメタゾンの投与が推奨されている2)

脊椎に対する照射では,照射部位と照射野の大きさから個別に対応を判断する。

化学放射線治療では,放射線治療のほうがリスクが高い場合を除いて,抗がん薬のリスク分類に応じて推奨される制吐療法で対応する2,3)。予防的制吐療法を行ったにもかかわらず発現した突出性悪心・嘔吐に対しては,作用機序の異なる薬剤を投与することが好ましい7)

2023 年8 月時点において,放射線照射に伴う消化器症状(悪心・嘔吐)に対して保険適用が認められている5-HT3 受容体拮抗薬はグラニセトロンのみ,ドパミン(D2)受容体拮抗薬はメトクロプラミドのみである。

参考文献

1)
Enblom A, Bergius Axelsson B, Steineck G, et al. One third of patients with radiotherapy-induced nausea consider their antiemetic treatment insufficient. Support Care Cancer. 2009;17:23-32.
2)
MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016. https://mascc.org/wp-content/uploads/2022/04/mascc_antiemetic_guidelines_english_v.1.5SEPT29.2019.pdf
3)
Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics:ASCO Guideline Update. J Clin Oncol. 2020;38:2782-97.
4)
Maranzano E, De Angelis V, Pergolizzi S, et al. Italian Group for Antiemetic Research in Radiotherapy-IGARR. A prospective observational trial on emesis in radiotherapy:analysis of 1020 patients recruited in 45 Italian radiation oncology centres. Radiother Oncol. 2010;94:36-41.
5)
Li WS, van der Velden JM, Ganesh V, et al. Prophylaxis of radiation-induced nausea and vomiting:a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Ann Palliat Med. 2017;6:104-17.
6)
National Cancer Institute of Canada Clinical Trials Group(SC19);Wong RK, Paul N, Ding K, et al. 5-hydroxytryptamine-3 receptor antagonist with or without short-course dexamethasone in the prophylaxis of radiation induced emesis:a placebo-controlled randomized trial of the National Cancer Institute of Canada Clinical Trials Group(SC19). J Clin Oncol. 2006;24:3458-64.
7)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415

CQ8
突出性悪心・嘔吐に対して,メトクロプラミドの投与は推奨されるか?

推奨の強さ2(弱い)
エビデンスの強さB(中)
突出性悪心・嘔吐に対して,メトクロプラミドの投与を弱く推奨する。

合意率:95.8%(23/24 名)

解説

メトクロプラミドは日常診療において,様々な悪心・嘔吐に対して保険適用薬として頻用されているが,抗がん薬による突出性悪心・嘔吐に対するメトクロプラミド投与のエビデンスは乏しく,これまでに報告されているのはオランザピン投与と比較した間接的なエビデンスのみであった。

高度催吐性リスク抗がん薬を受けた際,パロノセトロン,ホスアプレピタント,デキサメタゾンの3 剤併用療法を行ったにもかかわらず突出性悪心・嘔吐を発現した患者を対象に,救済治療薬としてのオランザピンとメトクロプラミドを比較した二重盲検ランダム化比較試験1)では,メトクロプラミドにも一定の悪心・嘔吐抑制効果があったため,突出性悪心・嘔吐に対するメトクロプラミド投与を弱く推奨するとした。

❶本CQ の背景

突出性悪心・嘔吐に対する治療の原則は,予防的投与で使用した制吐薬と作用機序の異なる制吐薬を追加投与することである。突出性悪心・嘔吐に対して,日常診療で頻用されている代表的なドパミン(D2)受容体拮抗薬であるメトクロプラミドの有用性について検討した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,突出性悪心・嘔吐の症状を有する患者を対象に,メトクロプラミドを投与する場合としない場合を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」の3 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 66 編,Cochrane 160 編,医中誌104 編が抽出され,計330 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された2 編1,2)がシステマティックレビューの対象となった。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)嘔吐抑制

突出性悪心・嘔吐を有する患者に対してオランザピンまたはメトクロプラミドを投与した成人対象のランダム化比較試験1),小児対象のランダム化比較試験2)をもとに,定性的に本アウトカムを評価した。そのうち1 編は非盲検試験2)だった。2 編ともに,オランザピン群よりもメトクロプラミド群のほうが有意に嘔吐抑制割合が低かった。2 編ともに,介入の比較がプラセボ対照ではなくオランザピンであるため,介入の直接比較ではなく,共通の対照を介した間接比較であり,深刻な非直接性があった。2 編のメタアナリシスでは,出版バイアスは認められず,オランザピン群よりもメトクロプラミド群のほうが有意に嘔吐抑制割合が低かった〔RD -0.36(95%CI:-0.5--0.23,p=0.00001)〕。
エビデンスの強さB(中)

(2)悪心抑制

2 編のランダム化比較試験1,2)をもとに定性的に評価し,いずれもオランザピン群よりメトクロプラミド群のほうが有意に悪心抑制割合が低かった。2 編のメタアナリシスでは,出版バイアスは認められず,オランザピン群よりメトクロプラミド群のほうが有意に悪心抑制割合が低かった〔RD -0.36(95%CI:-0.5--0.16,p=0.00003)〕。
エビデンスの強さB(中)

(3)有害事象(血糖上昇)

2 編のランダム化比較試験1,2)をもとに定性的に評価し,いずれもオランザピン群で高血糖を認め,メトクロプラミド群で高血糖を認めなかったが,群間比較では差がなかった。2 編のメタアナリシスでは,出版バイアスは認められず,p=0.33,I2=0%で異質性は低かった。リスク差において有意差はなかった〔RD -0.02(95%CI:-0.07-0.03,p=0.45)〕。
エビデンスの強さB(中)

(4)有害事象(眠気)

小児が対象のランダム化比較試験1 編2)のみで評価した。対照群のみに眠気が発現した(p=0.0003)。介入の比較がプラセボ対照ではなくオランザピンであるため,介入の直接比較ではなく,共通の対照を介した間接比較とであり,深刻な非直接性があった。
エビデンスの強さB(中)

(5)有害事象(頭痛)

小児が対象のランダム化比較試験1 編2)のみで評価した。頭痛の発現は対照群と差がなかった(p=0.28)。介入の比較がプラセボ対照ではなくオランザピンであるため,介入の直接比較ではなく,共通の対照を介した間接比較であり,深刻な非直接性があった。
エビデンスの強さB(中)

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

突出性悪心・嘔吐に対するメトクロプラミドの効果は,オランザピンとの比較による間接的な検証のみであり,エビデンスの強いものは存在しなかった。オランザピンのほうが悪心・嘔吐抑制効果が高く,メトクロプラミドにも一定の悪心・嘔吐抑制効果があると推測されるものの,メトクロプラミドの投与を強く支持する結果ではなかった。

(2)害のまとめ

「益」同様に,エビデンスレベルが高いものは存在しなかった。本CQ では,突出性悪心・嘔吐の症状を有する患者にメトクロプラミドを投与した場合の対照群を投与しなかった場合としているが,採択した論文では対照群がオランザピン投与となっており,有害事象である血糖上昇と頭痛に関しては,対照群と差がなかったが,血糖上昇および眠気は対照群のみに発現した。メトクロプラミド投与による有害事象はみられなかった。

(3)患者の価値観・好み

患者の価値観・好みについてエビデンスに基づく評価はできていないが,メトクロプラミドに一定の悪心・嘔吐抑制効果があることを重要視し,悪心・嘔吐を十分予防してほしいということで一致していると考えられる。

(4)コスト・資源

費用対効果について検討した研究はなかった。

(5)総括

突出性悪心・嘔吐に対するメトクロプラミド投与は,オランザピン投与との比較での検証のみであり,エビデンスの強いものは存在しなかった。オランザピンのほうが悪心・嘔吐抑制効果が高いという結果であったが,メトクロプラミド投与にも一定の有用性はあると推測され,「益」が「害」を上回ると考えられた。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は24 名(医師17 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,本CQ においてはCOI による推奨決定への深刻な影響はないと判断された。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「突出性悪心・嘔吐に対して,メトクロプラミドの投与を弱く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,24 名中23 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❼今後の研究課題

突出性悪心・嘔吐に対するメトクロプラミド投与群と非投与群を比較する臨床研究が望まれる。

参考文献

1)
Navari RM, Nagy CK, Gray SE. The use of olanzapine versus metoclopramide for the treatment of breakthrough chemotherapy-induced nausea and vomiting in patients receiving highly emetogenic chemotherapy. Support Care Cancer. 2013;21:1655-63.
2)
Radhakrishnan V, Pai V, Rajaraman S, et al. Olanzapine versus metoclopramide for the treatment of breakthrough chemotherapy-induced vomiting in children:An open-label, randomized phase 3 trial. Pediatr Blood Cancer. 2020;67:e28532.

CQ9
細胞障害性抗がん薬の静脈内投与を連日受ける患者に対して,連日制吐療法は推奨されるか?

推奨の強さ1(強い)
エビデンスの強さD(非常に弱い)
細胞障害性抗がん薬の静脈内投与を連日受ける患者に対して,連日制吐療法を行うことを強く推奨する。

合意率:95.8%(23/24 名)

解説

細胞障害性抗がん薬の連日静脈内投与に対する制吐療法は,レジメンによって投与する抗がん薬の種類,投与方法,投与量が異なるため,統一した制吐療法の設定が難しい。また,複数日にわたって抗がん薬を投与するため,急性期と遅発期の悪心・嘔吐が重なり,その抑制が難しい場合が多い。

今回のシステマティックレビューでは,いくつかのランダム化比較試験やコホート研究においてアプレピタントを含む3 剤併用療法は2 剤併用療法よりも高い制吐効果が得られたこと,また,ほぼすべての試験で抗がん薬投与日には制吐薬を併用していたことから,患者の希望も考慮のうえ,抗がん薬を連日投与する際には連日制吐療法を行うことを強く推奨するとした。近年,経口抗がん薬を連日投与する場合も増えてきているが,本CQ の対象は,より催吐性リスクの高い静脈内投与であることが明確になるよう,CQ・推奨に「細胞障害性抗がん薬の静脈内投与を連日受ける患者に対して」という文言を追加した。

❶本CQ の背景

複数日にわたり抗がん薬を連日静脈内投与する場合,2 日目以降は急性期と遅発期の悪心・嘔吐が重なり複雑な病態となるため,このような治療レジメンに対する標準的な制吐療法は確立されていない。

これまで本ガイドラインでは,抗がん薬を連日投与する場合の予防的制吐療法について推奨を明確に示していなかったため,本CQ を設定した。前述のように,連日抗がん薬を投与するレジメンはがん種により多岐に及んでいるため,今回は高度催吐性リスクとされるシスプラチンおよびイホスファミドを連日投与するレジメンに絞って検討した。

❷アウトカムの設定

本CQ では,連日がん薬物療法(シスプラチンおよびイホスファミドの連日静脈内投与)を受ける患者を対象に,連日制吐療法と1 日のみの制吐療法を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」「コスト(薬剤費)」の4 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 40 編,Cochrane 132 編,医中誌31 編が抽出され,これにハンドサーチ7 編を加えた計210 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された23 編がシステマティックレビューの対象となった。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)嘔吐抑制

嘔吐抑制の指標として「CR 割合」,「NV 割合」を,急性期,遅発期,全期間に分けて検討した(本CQ に引用した試験は,Ⅱ章に記載のある急性期,遅発期とは定義が異なるため注意する)。

CR 割合について,ランダム化比較試験3 編1-3),単群試験7 編4-10),コホート研究2 編11,12)が抽出された。全期間のCR 割合を検討したランダム化比較試験は2 編あり,アプレピタントを含む3 剤併用療法群と2 剤併用療法群を比較し,3 剤併用療法群で有意にCR 割合が高かった1,2)。そのうち1 編は,急性期,遅発期ともに3 剤併用療法群のほうが有意にCR 割合が高かった2)。また別のランダム化比較試験では,デキサメタゾンを含む2 剤併用療法群が5-HT3 受容体拮抗薬単剤群と比較して急性期のCR 割合のみが有意に高かった3)。コホート研究の1 編では,統計学的有意差はなかったものの,アプレピタントを含む3 剤併用療法群は2 剤併用療法群よりも,急性期,遅発期,全期間のCR 割合が高い傾向であった11)

NV 割合について,ランダム化比較試験4 編2,3,13,14),非ランダム化比較試験1 編15),単群試験7 編5,7,9,10,16-18),コホート研究3 編11,12,19)が抽出された。アプレピタントを含む3 剤併用療法群と2 剤併用療法群を比較した試験では,1 編のランダム化比較試験2)では急性期と遅発期のNV 割合が,また他の1 編のコホート研究11)では急性期,全期間のNV 割合が3 剤併用療法群で有意に高かった。

以上のように,CR 割合,NV 割合については複数のランダム化比較試験が抽出され,結果に一定の傾向がみられたため,エビデンスの強さはB(中)とした。
エビデンスの強さB(中)

(2)悪心抑制

悪心抑制の指標として「CC 割合」,「TC 割合」,「NN 割合」,「NSN 割合」を,急性期,遅発期,全期間に分けて検討した。

CC 割合については,単群試験2 編4,9),コホート研究1 編12)が,TC 割合については,単群試験2 編4,9)が抽出された。3 剤併用療法において,パロノセトロン群と第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬群を比較したコホート研究1 編では,両群間で急性期のCC 割合に有意差はなかった12)

NN 割合,NSN 割合については,ランダム化比較試験1 編13),非ランダム化比較試験1 編15)が,さらにNN 割合についてはコホート研究2 編12,19),単群試験4 編6-9)が,NSN 割合については単群試験3 編7,9,10)が抽出された。

コホート研究の1 編では,デキサメタゾンの隔日投与を追加した2 剤併用療法群が5-HT3 受容体拮抗薬単剤群と比較して急性期のNN 割合,遅発期のNN 割合が有意に高かった19)。また別のコホート研究の1 編では,3 剤併用療法においてパロノセトロン群と第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬群で急性期のNN 割合に有意差はなかった12)

以上のように,CC 割合,TC 割合についてはランダム化比較試験が抽出されず,NN 割合,NSN 割合についてもランダム化比較試験,非ランダム化比較試験が各1 編抽出されたのみであった。また,連日制吐療法と1 日目のみの制吐療法を比較した研究は抽出されなかったこと,質の高い研究は乏しいこと,各研究の不均一性が高く,非一貫性の評価が困難なことなどから,エビデンスの強さはD(非常に弱い)とした。
エビデンスの強さD(非常に弱い)

(3)有害事象

研究によって介入内容が異なるため,個別の有害事象を挙げてエビデンスを検討することが難しく,「すべての有害事象」についてのみ検討した。ランダム化比較試験4 編2,3,13,14),非ランダム化比較試験1 編15),単群試験10 編4-10,16-18),コホート研究1 編11)が抽出された。

何らかの有害事象が発現した患者の割合が報告されていたのは約半数であった。個別の有害事象については,頭痛,便秘,肝逸脱酵素上昇など,研究によって様々であった。

連日制吐療法と1 日目のみの制吐療法を比較した研究は存在せず,いずれの研究も非直接性の問題があると判断した。また,介入群・対照群の組み合わせが異なるため,非一貫性の評価は困難であった。以上より,エビデンスの強さはD(非常に弱い)とした。
エビデンスの強さD(非常に弱い)

(4)コスト(薬剤費)

コストを評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

文献検索の結果,本CQ に合致する連日制吐療法と1 日目のみの制吐療法を比較した研究は抽出されなかった。対照群を「1 日目のみの制吐療法」以外にも広げてシステマティックレビューを行ったが,質の高い研究は少なく,介入・対照の組み合わせや,使用した制吐薬の種類や投与方法は研究によって異なっており,非一貫性の評価が困難であった。エビデンスレベルが低い中で,2 剤併用療法と3 剤併用療法を比較したいくつかの研究では,3 剤併用療法群でCR 割合,NV 割合が高い結果が出ており,3 剤併用で連日制吐療法を行う意義があると考えられた。

(2)害のまとめ

文献検索の結果,本CQ に合致する連日制吐療法と1 日目のみの制吐療法を比較した研究は抽出されなかった。有害事象については,対照群を「1 日目のみの制吐療法」以外にも広げてシステマティックレビューを行ったが,質の高い研究は乏しく,介入・対照の組み合わせは研究によって異なっていた。各薬剤の投与期間も研究により異なっており,抗がん薬の連日静脈内投与について介入療法ごとに有害事象を検討することは困難であった。

(3)患者の価値観・好み

今回のCQ で対象とした細胞障害性抗がん薬を連日静脈内投与する治療では,投与期間が長いため悪心・嘔吐が遷延することが多く,患者は苦痛や不安を伴うことが多い。患者からは,可能な限り悪心・嘔吐を抑えてほしいという希望がある。そのため,抗がん薬を連日静脈内投与する際には,制吐療法も連日投与することが望ましいと考えられる。

(4)コスト・資源

コスト・資源についてエビデンスに基づく評価はできていないが,抗がん薬に対する制吐療法は保険診療になること,患者は悪心・嘔吐を十分抑制することを重要視していることからコスト・資源については大きな問題にならないと考えられる。

(5)総括

今回のシステマティックレビューで対象を「細胞障害性抗がん薬の連日静脈内投与を受ける患者」に限定した理由は,抗がん薬の連日経口投与と連日静脈内投与では悪心・嘔吐の発現様式や対処法が異なるため,両者を区別してシステマティックレビューを行い,本CQ の目的を明確化するためである。

本CQ の設定に合致する制吐薬を1 日のみ投与する場合と連日投与する場合を比較するエビデンスはほとんどなかったが,5-HT3 受容体拮抗薬あるいはアプレピタントを使用しているほとんどの研究では連日制吐療法を行っていた。また,連日制吐療法による重篤な有害事象はなかった。

抗がん薬による悪心・嘔吐は最もつらい有害事象の一つであり,可能な限り抑えてほしいという患者の希望は非常に強く,多くの患者は連日制吐療法を希望すると考えられる。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は24 名(医師17 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,本CQ においてはCOI による推奨決定への深刻な影響はないと判断された。

近年は内服薬を中心に連日投与する抗がん薬も増えており,制吐薬が必要ない薬剤も多いことから,本CQ での対象抗がん薬を明確にするため,「細胞障害性抗がん薬の静脈内投与を連日受ける患者に対して」という文言をCQ・推奨に追加する方針とし,投票を行った。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「細胞障害性抗がん薬の静脈内投与を連日受ける患者に対して,連日制吐療法を行うことを強く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,24 名中23 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❼今後の研究課題

連日抗がん薬を静脈内投与する際の制吐療法は,疾患の種類や各治療レジメンによって統一したものを示すことができない。今回対象としたシスプラチンやイホスファミドを連日投与する場合の5-HT3 受容体拮抗薬,NK1 受容体拮抗薬,デキサメタゾンそれぞれの投与量や投与日数については確立されていない。今後,オランザピンを含めた4 剤併用療法,各制吐薬の投与量や投与日数について検証する臨床試験が望まれる。

参考文献

1)
Abdel-Malek R, Abbas N, Shohdy KS, et al. Addition of 3-day aprepitant to ondansetron and dexamethasone for prophylaxis of chemotherapy-induced nausea and vomiting among patients with diffuse large B cell lymphoma receiving 5-day cisplatin-based chemotherapy. J Egypt Natl Canc Inst. 2017;29:155-8.
2)
Albany C, Brames MJ, Fausel C, et al. Randomized, double-blind, placebo-controlled, phase Ⅲ cross-over study evaluating the oral neurokinin-1 antagonist aprepitant in combination with a 5HT3 receptor antagonist and dexamethasone in patients with germ cell tumors receiving 5-day cisplatin combination chemotherapy regimens:a hoosier oncology group study. J Clin Oncol. 2012;30:3998-4003.
3)
Fauser AA, Pizzocaro G, Schueller J, et al. A double-blind, randomised, parallel study comparing intravenous dolasetron plus dexamethasone and intravenous dolasetron alone for the management of fractionated cisplatin-related nausea and vomiting. Support Care Cancer. 2000;8:49-54.
4)
Ioroi T, Furukawa J, Kume M, et al. Phase Ⅱ study of palonosetron, aprepitant and dexamethasone to prevent nausea and vomiting induced by multiple-day emetogenic chemotherapy. Support Care Cancer. 2018;26:1419-23.
5)
Adra N, Albany C, Brames MJ, et al. Phase Ⅱ study of fosaprepitant+5HT3 receptor antagonist+dexamethasone in patients with germ cell tumors undergoing 5-day cisplatin-based chemotherapy:a Hoosier Cancer Research Network study. Support Care Cancer. 2016;24:2837-42.
6)
Hamada S, Hinotsu S, Kawai K, et al. Antiemetic efficacy and safety of a combination of palonosetron, aprepitant, and dexamethasone in patients with testicular germ cell tumor receiving 5-day cisplatin-based combination chemotherapy. Support Care Cancer. 2014;22:2161-6.
7)
Olver IN, Grimison P, Chatfield M, et al. Australian and New Zealand Urogenital and Prostate Cancer Trials Group. Results of a 7-day aprepitant schedule for the prevention of nausea and vomiting in 5-day cisplatin-based germ cell tumor chemotherapy. Support Care Cancer. 2013;21:1561-8.
8)
Jordan K, Kinitz I, Voigt W, et al. Safety and efficacy of a triple antiemetic combination with the NK-1 antagonist aprepitant in highly and moderately emetogenic multiple-day chemotherapy. Eur J Cancer. 2009;45:1184-7.
9)
Bun S, Yonemori K, Akagi T, et al. Feasibility of olanzapine, multi acting receptor targeted antipsychotic agent, for the prevention of emesis caused by continuous cisplatin- or ifosfamide-based chemotherapy. Invest New Drugs. 2018;36:151-5.
10)
Einhorn LH, Brames MJ, Dreicer R, et al. Palonosetron plus dexamethasone for prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting in patients receiving multiple-day cisplatin chemotherapy for germ cell cancer. Support Care Cancer. 2007;15:1293-300.
11)
鈴木 亘,青山 剛,杉田一男,他.抗がん薬連日投与におけるアプレピタント3 日間服用レジメンの制吐効果についての評価.医療薬.2012;38:163-9.
12)
Kim KI, Lee DE, Cho I, et al. Effectiveness of palonosetron versus other serotonin 5-HT3 receptor antagonists in triple antiemetic regimens during multiday highly emetogenic chemotherapy. Ann Pharmacother. 2012;46:1637-44.
13)
Herrstedt J, Sigsgaard TC, Nielsen HA, et al. Randomized, double-blind trial comparing the antiemetic effect of tropisetron plus metopimazine with tropisetron plus placebo in patients receiving multiple cycles of multiple-day cisplatin-based chemotherapy. Support Care Cancer. 2007;15:417-26.
14)
Fox SM, Einhorn LH, Cox E, et al. Ondansetron versus ondansetron, dexamethasone, and chlorpromazine in the prevention of nausea and vomiting associated with multiple-day cisplatin chemotherapy. J Clin Oncol. 1993;11:2391-5.
15)
内山公男,山田 学,椎葉勇介,他.口腔癌患者に対するTPF3 剤併用化学療法時におけるAprepitant およびFosaprepitant の制吐効果に関する検討.癌と化療.2017;44:585-9.
16)
Hainsworth JD, Omura GA, Khojasteh A, et al. Ondansetron(GR 38032F):a novel antiemetic effective in patients receiving a multiple-day regimen of cisplatin chemotherapy. Am J Clin Oncol. 1991;14:336-40.
17)
Einhorn LH, Nagy C, Werner K, et al. Ondansetron:a new antiemetic for patients receiving cisplatin chemotherapy. J Clin Oncol. 1990;8:731-5.
18)
有吉 寛,忽滑谷直孝,赤阪雄一郎,他.Ondansetron の新剤型(口腔内崩壊錠),GG032X 錠のCisplatin 誘発悪心・嘔吐に対する臨床効果.癌と化療.1997;24:995-1011.
19)
青山 剛,杉山 肇,平岡知子,他.イホスファミド連日投与によって引き起こされる悪心,嘔吐,食欲不振に対するデキサメタゾン隔日投与の評価.医療薬.2010;36:542-8.

FQ2
経口抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,制吐薬の投与は推奨されるか?

ステートメント
経口抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,制吐薬の投与を推奨できる根拠はない。救済治療薬の処方と適切な休薬・減量による対応を行う。

合意率:100%(22/22 名)

❶本FQ の背景

臨床現場では新規薬物療法として経口抗がん薬を投与する場面が増えているが,その適切な制吐療法についてはまだ不明な点が多い。特に近年承認された経口抗がん薬にはPARP 阻害薬のオラパリブ,ニラパリブやALK 阻害薬のクリゾチニブ,セリチニブといった分子標的治療薬や,トリフルリジン・チピラシルなど催吐性リスクが比較的高いものがあること,術後療法のように投与期間が年単位の場合もあることから,その適切な予防的制吐療法について検討した。

❷解説

本Question は当初CQ として,経口抗がん薬による治療を受ける患者を対象に,悪心・嘔吐予防として,制吐薬の投与を行う場合と行わない場合を比較した際の「悪心抑制」,「嘔吐抑制」,「有害事象(制吐療法)」の3 項目をアウトカムとして設定して文献検索を行い,PubMed 319 編,Cochrane 332 編,医中誌181 編が抽出され,計832 編がスクリーニング対象となったが,2 回のスクリーニングを経てシステマティックレビューに利用できる文献が抽出されなかったため,本Question をFQ に転換した。経口抗がん薬に対する制吐療法はASCO ガイドライン2020 1)とMASCC/ESMO ガイドライン2016 2)ではリスク分類のみが提示されており,NCCN ガイドライン2023 ver. 2 3)ではリスク分類に加えて,リスクに応じて経口5-HT3 受容体拮抗薬やメトクロプラミド,プロクロルペラジンなどが推奨されているが,その根拠は示されていない。日常診療では,悪心・嘔吐発現後にメトクロプラミド,プロクロルペラジンなどが救済治療薬として頻用されているが,経口5-HT3 受容体拮抗薬は,有害事象(便秘・頭痛など)やコストも鑑みると,一律に予防的投与として推奨できるものはない。そこでステートメントは「経口抗がん薬の悪心・嘔吐予防として,制吐薬の投与を推奨できる根拠はない。救済治療薬の処方と適切な休薬・減量による対応を行う。」とした。

❸今後の研究課題

経口抗がん薬を投与される患者を対象とした臨床研究が望まれるが,その基本となる情報が不足しているため,実際の予防的投与の実施割合や薬剤の種類,それによる悪心・嘔吐の発現割合などの情報収集が必要と考えられる。

参考文献

1)
Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics:ASCO Guideline Update. J Clin Oncol. 2020;38:2782-97.
2)
MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016. https://mascc.org/wp-content/uploads/2022/04/mascc_antiemetic_guidelines_english_v.1.5SEPT29.2019.pdf
3)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415

FQ3
悪心・嘔吐予防としてオランザピンを投与しても突出性悪心・嘔吐をきたした場合,オランザピンの追加投与は推奨されるか?

ステートメント
突出性悪心・嘔吐に対して,オランザピン投与後のオランザピン追加投与を推奨できる根拠はない。オランザピン以外の制吐薬を投与する。

合意率:100%(22/22 名)

❶本FQ の背景

2017 年にオランザピンが「抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心,嘔吐)」に対して保険適用となって以降1),抗がん薬による悪心・嘔吐にオランザピンを使用する頻度が増えている。添付文書では,1 日1 回5 mg 経口投与,最大投与量は1 日10 mg,最大6 日間の投与が目安とされている。一方,国内外の臨床試験において,オランザピンの投与期間は抗がん薬投与開始1 日目から4 日間となっている。オランザピンの予防的投与中に突出性悪心・嘔吐が発現した場合に,オランザピンの追加投与または増量が可能かどうかは明確になっていない。

❷解説

本Question は当初CQ として,悪心・嘔吐予防としてオランザピンを投与されているにもかかわらず,突出性悪心・嘔吐が発現した患者を対象に,救済治療薬としてのオランザピンの追加投与をする場合としない場合を比較した際の「有害事象(血糖上昇等)」「嘔吐抑制」「悪心抑制」「コスト(薬剤費)」の4 項目をアウトカムとして設定して,システマティックレビューを試みた。文献検索の結果,PubMed 66 編,Cochrane 65 編,医中誌79 編が抽出され,計210 編がスクリーニング対象となったが,2 回のスクリーニングを経てシステマティックレビューに利用できる文献は抽出されなかったため,本Question をFQ に転換した。

これまでに行われた海外の臨床試験におけるオランザピンの投与量は10 mg である。本邦で行われた,シスプラチンを含む治療レジメンに対する予防的制吐療法におけるオランザピンの投与量を5 mg と10 mg で比較したランダム化第Ⅱ相比較試験では,5 mg は,10 mg と同等の制吐効果があり,傾眠の程度が軽かったため2),ランダム化第Ⅲ相比較試験3)の結果も踏まえ,本邦では予防的投与の1 回投与量は5 mg が推奨されている。

オランザピン5 mg の予防的投与中に突出性悪心・嘔吐が発現した際に最大1 日量である10 mg を投与する,すなわちオランザピン5 mg を追加投与する意義について,本Question でシステマティックレビューを行ったが,該当する文献は抽出されなかった。また,突出性悪心・嘔吐に対しては予防的投与を行った制吐薬とは作用機序の異なる薬剤を使用することを原則としているため,オランザピンの追加投与は行わない。

なお,実臨床で救済治療薬として使用されるドパミン(D2)受容体拮抗薬は,オランザピンと作用点が重複するため,オランザピンとの併用時は錐体外路症状などの副作用に注意する(→Ⅱ章表1 参照)。

❸今後の研究課題

オランザピンを予防的に投与している患者の突出性悪心・嘔吐に対するオランザピンの追加投与の意義については明らかでなく,効果と副作用(傾眠,錐体外路症状など)について今後の臨床研究が望まれる。

参考文献

1)
Meiji Seika ファルマ株式会社.オランザピン添付文書.https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/780009_1179044C1111_1_13
2)
Yanai T, Iwasa S, Hashimoto H, et al. A double-blind randomized phase Ⅱ dose-finding study of olanzapine 10 mg or 5 mg for the prophylaxis of emesis induced by highly emetogenic cisplatin-based chemotherapy. Int J Clin Oncol. 2018;23:382-8.
3)
Hashimoto H, Abe M, Tokuyama O, et al. Olanzapine 5 mg plus standard antiemetic therapy for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting(J-FORCE):a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet Oncol. 2020;21:242-9.

Ⅴ 副作用・薬物相互作用

1概要

抗がん薬による悪心・嘔吐を抑制することが制吐療法の目的であるが,制吐薬自体にも副作用があることに注意する。その副作用を熟知するとともに,患者の苦痛を緩和する治療が新たな副作用を発現させることは極力避けなければならない。

同じ制吐薬でも注射薬と内服薬がある場合には,その投与経路を選択することが可能である。両者の制吐効果は同等であるため,薬剤費,抗がん薬の投与経路やスケジュール,各施設に合った運用法,患者の状況や希望などを勘案し,適切な投与経路を提供することが必要である。

近年,新しい抗がん治療の中心的な役割を果たしている免疫チェックポイント阻害薬は患者自身の免疫機能を利用するため,免疫抑制作用のあるステロイドを制吐薬として使用することの是非が議論されている。今版では,免疫チェックポイント阻害薬を併用するがん薬物療法における制吐薬としてのステロイド投与についても取り上げた。

2制吐薬の投与経路や副作用

❶制吐薬の投与経路選択

制吐薬の多くは注射薬と内服薬の両方が使用可能である。5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬による悪心・嘔吐の抑制効果と全身作用に基づく副作用は,承認用法・用量において静脈内投与と経口投与による差がないため,制吐薬の投与経路の選択は,抗がん薬の投与経路やスケジュール,患者の状況に応じて適切に行う(→BQ8 参照)。

❷注意すべき制吐薬の副作用

5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬の主な副作用として,便秘と頭痛がある。特に便秘自体が悪心を誘発することがあるため,制吐対策と同時に便秘対策も必要である。また,静脈内投与が可能なNK1 受容体拮抗薬であるホスアプレピタントは,静脈内投与のがん薬物療法レジメンにあらかじめ組み込むことができ,利便性に優れる一方で,注射部位障害の副作用に注意が必要である。ドパミン受容体を拮抗する制吐薬の主な副作用は錐体外路症状であるが,オランザピンについては眠気,浮動性めまい,起立性低血圧にも注意が必要である。デキサメタゾンは不眠,高血糖,胃粘膜障害,満月様顔貌などに注意が必要である(→BQ9 参照)。

❸制吐薬の薬物相互作用について

代謝過程における薬物相互作用は,各薬物の主な代謝酵素および誘導作用と阻害作用の有無や程度に基づく可能性として併用禁忌薬や併用注意薬が医薬品添付文書に示されている。Ⅱ章表1「本邦臨床で用いられている主な制吐薬一覧」において「薬物相互作用」として上記の代謝酵素の概念に基づく相互作用を中心に記載した。また,脚注に記したように,作用点が重複する制吐薬は,主作用の増強があまり期待できない一方で,毒性増強が懸念されるため,併用を避ける。

❹免疫チェックポイント阻害薬を併用したがん薬物療法におけるステロイド投与

2018 年に発表された後ろ向き研究で,免疫チェックポイント阻害薬を併用するがん薬物療法において,ステロイドの投与量が多い(具体的には,プレドニゾロン10 mg 以上)患者では有意に無増悪生存期間・生存期間が短かったと報告され,制吐薬としてのステロイド投与の是非が議論になった。その後,相反する研究結果も報告され,2023 年8 月時点では,標準制吐療法としてステロイドが必要な場合は,免疫チェックポイント阻害薬を併用するがん薬物療法においても,制吐薬としてのステロイドは推奨用量を投与する(→BQ10 参照)。

BQ8
制吐薬の投与経路選択において考慮すべき点は何か?

ステートメント
5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬による悪心・嘔吐の抑制効果と全身作用に基づく副作用は,承認用法・用量において静脈内投与と経口投与に差はなく,投与経路は患者の状況に応じて判断する。

合意率:100%(19/19 名)

❶本BQ の背景

制吐薬の投与経路選択時には,静脈内投与と経口投与での有効性と安全性における差の有無に関する情報が必要となる。有効性と安全性は用法・用量に依存するため,投与経路間の比較を行う際には各経路における用法・用量に注意する。5-HT3 受容体拮抗薬の承認用量は本邦と欧米では異なることから,海外で実施された臨床試験結果や海外のガイドラインから情報を入手する場合には,用量を確認したうえで本邦への適用可能性を判断する。

❷解説

本Question は当初CQ として,がん薬物療法を受ける患者を対象に,制吐薬を静脈内投与する場合と経口投与する場合を比較した際の「抗がん薬の投与完遂割合」「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」「コスト(薬剤費)」の5 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを試みた。文献検索の結果,PubMed 302 編,Cochrane 8 編,医中誌43 編が抽出され,これにハンドサーチ1 編を加えた計354 編がスクリーニング対象となった。2 回のスクリーニングを経て抽出された9 編がシステマティックレビューの対象となったが,「嘔吐抑制」「悪心抑制」「有害事象」は投与経路による有意な差が認められなかったため,本Question をBQ に転換した。なお,「抗がん薬の投与完遂割合」と「コスト(薬剤費)」に関しては投与経路による比較が行われた研究が抽出されなかったため,評価不能であった。

システマティックレビューの対象とされた9 編のうち,同一成分において投与経路の比較が行われたランダム化試験6 編の制吐薬は,5-HT3 受容体拮抗薬のオンダンセトロン1,2),ラモセトロン3),パロノセトロン4,5),NK1 受容体拮抗薬のアプレピタント6)であった。5-HT3 受容体拮抗薬の試験では,注射製剤を対照として経口製剤の有用性が評価されており,いずれも本邦の承認用量とは異なる用量で実施されていた。パロノセトロンの経口製剤は本邦では承認されていないが,オンダンセトロンとラモセトロンについては,両製剤ともに本邦の承認用量で実施されたプラセボ対照比較試験における悪心・嘔吐に対する抑制効果の有効率が医薬品添付文書に記載されており,製剤間で大きな差は認められない。一方,NK1 受容体拮抗薬については,アプレピタント経口製剤に対するホスアプレピタント注射製剤の非劣性が,本邦における承認用量と同用量のランダム化比較試験により明らかにされている6)。ホスアプレピタントが投与された1,143 例のうち25 例(2.2%)で静脈内投与に伴う注射部位障害が発現したが,全身作用に基づく副作用では投与経路による有意な差は認められていない(→BQ9 参照)。

以上より,5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬による悪心・嘔吐の抑制効果と全身作用に基づく副作用は,承認用法・用量において,投与経路間の差は認められない。したがって,投与経路の選択にあたっては,患者のアドヒアランスや経口投与の可否,抗がん薬レジメンのスケジュールなどの状況に応じて適切に行う。

参考文献

1)
Krzakowski M, Graham E, Goedhals L, et al. A multicenter, double-blind comparison of i.v. and oral administration of ondansetron plus dexamethasone for acute cisplatin-induced emesis. Ondansetron Acute Emesis Study Group. Anticancer Drugs. 1998;9:593-8.
2)
White L, Daly SA, McKenna CJ, et al. A comparison of oral ondansetron syrup or intravenous ondansetron loading dose regimens given in combination with dexamethasone for the prevention of nausea and emesis in pediatric and adolescent patients receiving moderately/highly emetogenic chemotherapy. Pediatr Hematol Oncol. 2000;17:445-55.
3)
Tantipalakorn C, Srisomboon J, Thienthong H, et al. Comparison of oral versus intravenous ramosetron in prevention of acute cisplatin-induced emesis:a randomized controlled trial. J Med Assoc Thai. 2004;87:119-25.
4)
Karthaus M, Tibor C, Lorusso V, et al. Efficacy and safety of oral palonosetron compared with IV palonosetron administered with dexamethasone for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting(CINV)in patients with solid tumors receiving cisplatin-based highly emetogenic chemotherapy(HEC). Support Care Cancer. 2015;23:2917-23.
5)
Boccia R, Grunberg S, Franco-Gonzales E, et al. Efficacy of oral palonosetron compared to intravenous palonosetron for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting associated with moderately emetogenic chemotherapy:a phase 3 trial. Support Care Cancer. 2013;21:1453-60.
6)
Grunberg S, Chua D, Maru A, et al. Single-dose fosaprepitant for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting associated with cisplatin therapy:randomized, double-blind study protocol–EASE. J Clin Oncol. 2011;29:1495-501.

BQ9
制吐薬の注意すべき副作用にはどのようなものがあるか?

ステートメント
制吐薬の注意すべき副作用として,5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬では便秘や頭痛,ホスアプレピタントでは末梢静脈内投与による注射部位障害がある。オランザピンでは眠気やめまい,デキサメタゾンでは不眠や一過性の高血糖,メトクロプラミドでは錐体外路症状(アカシジア,急性ジストニア等)がある。

合意率:100%(23/23 名)

❶本BQ の背景

制吐薬の副作用特性を理解したうえで,患者の観察,症状評価,適切な支持療法を行うことにより,副作用の発現や重症化を回避することができる。

❷解説

5-HT3 受容体拮抗薬とNK1 受容体拮抗薬では高頻度で便秘が発現することから,発現時に患者自身で対処できるよう事前に便秘治療薬を処方しておくことが望ましい。ホスアプレピタントは国内第Ⅲ相試験での注入部位の疼痛,紅斑,腫脹や血栓性静脈炎などの注射部位障害の発現頻度が23.6%(41/174 例)であり,プラセボ群では12.4%(21/170 例)であった。ラットを用いた血管刺激性試験により,投与部位の血管に対するホスアプレピタントの刺激性が確認されており,健康成人を対象とした国内外第Ⅰ相試験において投与速度の増加および投与濃度の上昇により注射部位障害が発現しやすくなることが示唆されている1)。したがって,中心静脈アクセスを有する患者においては中心静脈内投与を考慮する。

なお,2022 年に承認されたNK1 受容体拮抗薬ホスネツピタントは,国内第Ⅲ相試験における注射部位疼痛の発現頻度が0.4%(2/505 例)であったが,類薬のホスアプレピタントで注射部位障害が注意喚起されていることから,承認後も継続して注射部位疼痛の評価が行われている2)。オランザピン,ベンゾジアゼピン系薬剤,メトクロプラミドは高齢患者や衰弱状態の患者に投与する際には傾眠による転倒への注意が必要であり,1 日1 回投与の場合は夕食後または眠前に投与することが望ましい3)

副作用情報は医薬品添付文書からの入手が基本となるが,制吐以外の効能・効果を有する薬剤では異なる用量や長期使用による副作用も記載されている。したがって,患者への副作用情報提供時には,これらを考慮したうえでの事象の選択が必要である。また「発現頻度が高い副作用」と「発現頻度は低いが重大な副作用」を区別して情報提供を行うことで,副作用を必要以上に恐れることによる服薬不遵守を防ぐことができる。

参考文献

1)
小野薬品工業株式会社.プロイメンド点静注用150 mg に係る医薬品リスク管理計画書,令和3 年2 月9 日再審査時.https://www.pmda.go.jp/files/000240521.pdf
2)
大鵬薬品工業.アロカリス点滴静注235 mg に係る医薬品リスク管理計画書.https://www.pmda.go.jp/RMP/www/400107/6371cca5-44db-4f68-82dd-5a52d96b72e8/400107_2391406A1029_001RMP.pdf
3)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology, Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415

BQ10
免疫チェックポイント阻害薬を併用したがん薬物療法における制吐療法はどのように行うか?

ステートメント
免疫チェックポイント阻害薬を併用する場合には,がん薬物療法の催吐性リスクに応じた制吐療法を行う。免疫チェックポイント阻害薬の投与を理由に,制吐療法としてのデキサメタゾンの減量は行わない。

合意率:100%(24/24 名)

❶本BQ の背景

免疫チェックポイント阻害薬を使用する場合,制吐薬として使用するステロイドがその抗腫瘍効果を減弱するのではないかとの懸念がある。特に,高度および中等度催吐性リスク抗がん薬に対する制吐療法ではデキサメタゾンの投与が標準であり,制吐療法と免疫チェックポイント阻害薬の抗腫瘍効果のどちらを優先させるべきか議論があった。NCCN ガイドラインでは,2019 年まで制吐薬としてのステロイドの積極的な使用を勧めていなかったが,2020 年以降の改訂版ではその記述を削除している。

❷解説

免疫チェックポイント阻害薬(PD-1, PD-L1, CTLA-4 阻害薬)の催吐性リスクは最小度であるため,制吐薬としての予防的ステロイド投与は不要である。ただ,免疫チェックポイント阻害薬とステロイドの関連をみた2018 年発表の2 つの後ろ向き研究では,プレドニゾロン10 mg 以上併用群は有意に無増悪生存期間,生存期間が短かった1,2)。それに対し2019 年の検討では,プレドニゾロンの使用量を10 mg 以上/未満に分け,さらに10 mg 以上の群をがん関連症状に関係あるもの(脳転移,呼吸困難等)と関係ないもの(放射線肺臓炎,慢性閉塞性肺疾患等)に分けて検討した結果,関係ないものにステロイドを使用する場合は,免疫チェックポイント阻害薬の効果を減弱しない可能性があることが示唆された3)

また,抗がん薬+免疫チェックポイント阻害薬の併用療法と抗がん薬との第Ⅲ相比較試験が,非小細胞肺がん,小細胞肺がん,乳がんで行われており,それぞれ,生存期間,無増悪生存期間などで併用療法の有用性が報告されている。それぞれの試験において制吐療法としてのステロイド投与の基準は様々であるが,ステロイドを含めた標準制吐療法を定めた第Ⅲ相試験においても,免疫チェックポイント阻害薬の有意な上乗せ効果が認められている4,5)

これらのことから,標準制吐療法としてステロイドを必要とする場合,免疫チェックポイント阻害薬を併用するがん薬物療法においても,ステロイドの投与量を減量せず,適切な投与量を検討することが必要である。

参考文献

1)
Arbour KC, Mezquita L, Long N, et al. Impact of Baseline Steroids on Efficacy of Programmed Cell Death-1 and Programmed Death-Ligand 1 Blockade in Patients With Non-Small-Cell Lung Cancer. J Clin Oncol. 2018;36:2872-8.
2)
Scott SC, Pennell NA. Early Use of Systemic Corticosteroids in Patients with Advanced NSCLC Treated with Nivolumab. J Thorac Oncol. 2018;13:1771-5.
3)
Ricciuti B, Dahlberg SE, Adeni A, et al. Immune Checkpoint Inhibitor Outcomes for Patients With Non-Small-Cell Lung Cancer Receiving Baseline Corticosteroids for Palliative Versus Nonpalliative Indications. J Clin Oncol. 2019;37:1927-34.
4)
Gandhi L, Rodríguez-Abreu D, Gadgeel S, et al;KEYNOTE-189 Investigators. Pembrolizumab plus chemotherapy in metastatic non-small-cell lung cancer. N Engl J Med. 2018;378:2078-92.
5)
Paz-Ares L, Luft A, Vicente D, et al. KEYNOTE-407 Investigators. Pembrolizumab plus chemotherapy for squamous non-small-cell lung cancer. N Engl J Med. 2018;379:2040-51.

Ⅵ 非薬物療法による制吐療法

1概要

薬物による制吐療法は医学的に有効性を確認しやすく,医療現場で用いやすい。しかしながら患者によっては,薬物による制吐療法のみでは十分な制吐効果が得られない場合もある。また,何らかの理由で薬物による制吐療法を十分実施できないこともあり得る。患者のライフスタイルや価値観によっては,薬物以外の方法を用いることを希望することもある。

したがって,薬物による制吐療法だけでなく,薬物以外の方法による制吐療法の有用性も検討する意義があると考えた。

前版では予期性悪心・嘔吐の非薬物療法に関する記載はあるものの,悪心・嘔吐に対する非薬物療法については取り上げられていなかったため,今版で新たな内容として検討のうえ,記載した(→CQ10 参照)。予期性悪心・嘔吐については(→アルゴリズム5 参照),薬物療法を中心とした解説を記載するとともに(→BQ6 参照),非薬物療法のCQ を新たに設けてシステマティックレビューを実施した(→CQ11 参照)。

2悪心・嘔吐に対する非薬物療法

本ガイドラインでは新たに,悪心・嘔吐に対する非薬物療法の有用性について検討した(→CQ10 参照)。

悪心・嘔吐に対する非薬物療法について,ASCO ガイドライン2020 1)ではシステマティックレビューに基づいて,「生姜と鍼/指圧およびその他の補完ないし代替療法をがん患者の悪心・嘔吐予防に推奨するにはエビデンスが不十分である」としている。MASCC/ESMO ガイドライン2016 2)では,小児において最適な制吐薬物療法と制吐非薬物療法(指圧,リラクセーション,心理教育など)を特定するために適切なデザインの研究が必要であるとしている。NCCN ガイドライン2023 ver. 2 3)は,非薬物療法に言及していない。

生姜と漢方薬を含む生薬による制吐効果の研究には,膨大な数の文献がある一方で,エビデンスの質として十分でない研究が多く含まれるため,今版のシステマティックレビューの対象としては除外し,今後の課題とした。

システマティックレビューでは,悪心・嘔吐に対する非薬物療法として合計16 の技法でランダム化比較試験が抽出された(鍼,経皮的電気刺激,指圧,運動,漸進的筋弛緩,ヨガ,アロマ,食事,音楽,呼吸,患者教育,オステオパシー,リフレクソロジー,マッサージ,セルフケア,ベッドサイドウェルネス)。

本章では,これらの技法をまとめて全体の概観を記述し,さらに個々の技法についてシステマティックレビューの結果を簡潔に提示し,解説する(→CQ10 参照)。

3予期性悪心・嘔吐に対する非薬物療法

予期性悪心・嘔吐に対する制吐療法について海外のASCO ガイドライン2020 1),MASCC/ESMO ガイドライン2016 2),NCCN ガイドライン2023 ver. 2 3)はいずれも,予期性悪心・嘔吐の最も有効な予防手段は,がん薬物療法のすべてのサイクルで最適な制吐薬物療法を実施することであるとしている。そのうえでASCO ガイドライン2020 では,予期性嘔吐が生じた場合に系統的脱感作による行動療法を用いることができるとしている。MASCC/ESMO ガイドライン2016 では,予期性悪心・嘔吐が生じた場合の治療としてベンゾジアゼピン系抗不安薬の投与と,行動療法(特に漸進的筋弛緩,系統的脱感作,催眠)を推奨している。ASCO ガイドライン2020 でもMASCC/ESMO ガイドライン2016 でも,予期性悪心・嘔吐に対する非薬物療法のエビデンスレベルは低く,推奨度は中等度となっている。NCCN ガイドライン2023 ver. 2 3)では強いにおいを避けることを推奨している。また,予期性悪心・嘔吐に対して系統的脱感作療法や催眠療法などの行動療法が用いられてきたとし,さらにリラクセーション法(イメージ誘導,漸進的筋弛緩,バイオフィードバック,音楽),気ぞらし法,ヨガ療法などの行動療法と鍼/指圧を推奨している。

一方で,残念ながら多くの患者がこうした行動療法に必要な専門的知識が得られない環境で治療を受けているとも海外で指摘されており4,5),日本のほとんどの医療施設の日常診療においてもその実施は困難と考えられる。

本ガイドラインでは,予期性悪心・嘔吐に対する非薬物療法の有用性について検討した(→CQ11 参照)。システマティックレビューでは,系統的脱感作療法とヨガ療法の2 技法でランダム化比較試験が抽出された。また,催眠療法で非ランダム化比較試験と単群前後比較試験が抽出され,これらについて検討した。

参考文献

1)
Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics:ASCO Guideline Update. J Clin Oncol. 2020;38:2782-97.
2)
MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016. https://mascc.org/wp-content/uploads/2022/04/mascc_antiemetic_guidelines_english_v.1.5SEPT29.2019.pdf
3)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415
4)
Roila F, Herrstedt J, Aapro M, et al. ESMO/MASCC Guidelines Working Group. Guideline update for MASCC and ESMO in the prevention of chemotherapy- and radiotherapy-induced nausea and vomiting:results of the Perugia consensus conference. Ann Oncol. 2010;21 Suppl 5:v232-43.
5)
Roila F, Hesketh PJ, Herrstedt J. Antiemetic Subcommittee of the Multinational Association of Supportive Care in Cancer. Prevention of chemotherapy- and radiotherapy-induced emesis:results of the 2004 Perugia International Antiemetic Consensus Conference. Ann Oncol. 2006;17:20-8.

CQ10
悪心・嘔吐に対して,非薬物療法を併施することは推奨されるか?

推奨の強さ2(弱い)
エビデンスの強さD(非常に弱い)
悪心・嘔吐に対して,非薬物療法を併施しないことを弱く推奨する。

合意率:83.3%(20/24 名)

解説

本CQ では非薬物療法(鍼,経皮的電気刺激,指圧,運動,漸進的筋弛緩,ヨガ,アロマ,食事,音楽など)による悪心・嘔吐抑制についてシステマティックレビューを行った。本CQ では非薬物療法のうち,ランダム化比較試験が1 編以上存在した技法のみをシステマティックレビューの対象とし,ランダム化比較試験に限定してシステマティックレビューを行った。ランダム化比較試験以外の研究デザインは除外した。

結果は,効果を有意に認めたのは,鍼療法による悪心抑制〔エビデンスの強さはC(弱)〕,運動療法による悪心・嘔吐抑制〔エビデンスの強さはD(非常に弱い)〕,アロマ療法による悪心抑制〔エビデンスの強さはD(非常に弱い)〕のみで,その他の非薬物療法はいずれも有意な効果を認めなかった。

非薬物療法全体としてみたときのエビデンスの強さはD(非常に弱い)であり,推奨は「悪心・嘔吐に対して,非薬物療法を併施しないことを弱く推奨する。」とした。

❶本CQ の背景

催吐性リスクに基づいた適正な制吐療法を提示するとともに,そのオプションとして薬物に頼らない方法を提示することは,薬物による制吐療法が実施困難な場合を含め,患者にとってがん薬物療法を受けるうえで重要である。そこで本CQ では,各種の非薬物療法に悪心・嘔吐を抑制する効果があるかを検討することとした。

❷アウトカムの設定

本CQ では,悪心・嘔吐を発現した患者を対象に,通常の制吐療法に加えて,非薬物療法を行う場合と行わない場合を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「コスト(人的資源)」「コスト(人的資源以外の非薬物療法に伴う費用)」「有害事象(非薬物療法に伴うもの)」の5 項目をアウトカムとして設定し,後述する介入別でのシステマティックレビューを行った。

❸本Question 全体で採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 241 編,Cochrane 194 編,CINAHL 90 編,医中誌61 編が抽出され,これにハンドサーチ5 編を加えた計591 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された89編のランダム化比較試験がシステマティックレビューの対象となった1-55)

抽出された89 編のランダム化比較試験で扱われている非薬物療法には16 の技法があった。これらの非薬物療法に関するシステマティックレビュー全体のまとめ・考察を示したうえで,各技法別に解説するが,個々の技法については分析の概略を紹介するにとどめる。個別技法に関する分析の詳細は,別途,システマティックレビューを参照されたい。

❹システマティックレビューの対象となった非薬物療法の技法全般の総括

(1)益のまとめ

全体を通して,非薬物療法による介入で対照群に対して有意な効果を認めたのは,鍼療法による悪心抑制〔エビデンスの強さはC(弱)〕,運動療法による悪心・嘔吐抑制〔エビデンスの強さはD(非常に弱い)〕,アロマ療法による悪心抑制〔エビデンスの強さはD(非常に弱い)〕のみであった。

エビデンスの強さB(中)で介入効果を認めないと示されたのは,経皮的電気刺激療法による嘔吐抑制と,音楽療法による嘔吐抑制および悪心抑制であった。その他の非薬物療法による介入技法はいずれも対照群に比して介入効果を有意に示さず,エビデンスの強さはC(弱)~D(非常に弱い)であった。

(2)害のまとめ

鍼療法,経皮的電気刺激療法,指圧療法では,有害事象に関して対照群に比して有意差なしとエビデンスの強さC(弱)で示された。アロマ療法では有意差なしとエビデンスの強さD(非常に弱い)で示された。その他の非薬物療法による技法では,有害事象を扱った研究は抽出されなかった。

(3)患者の価値観・好み

非薬物療法による介入に効果を認めたのはごく一部の介入技法に過ぎず,それを示すエビデンスの強さはC(弱)~D(非常に弱い)であった。しかしながら,患者のライフスタイルや価値観によっては,薬物に頼らない方法で悪心・嘔吐の抑制効果を得ることが望まれる場合もある。個別のケースでは,患者のライフスタイルや価値観・好みを反映し,益と害,コストのバランスを踏まえて慎重に検討する余地がある。

(4)コスト・資源

非薬物療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は,指圧療法において人的資源以外のコストを評価した2 編の研究16)のみで,いずれも介入群と対照群で有意差はなかった。いずれも小児を含む研究であった。数値による統合ができる研究はなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

それ以外の技法はどれも,コスト・資源について評価した研究は抽出されず,評価不能であった。

(5)総括

非薬物療法による介入で対照群に対して有意な効果を認めたのは,鍼療法による悪心抑制,運動療法による悪心・嘔吐抑制,アロマ療法による悪心抑制のみであり,エビデンスの強さはいずれもC(弱)~D(非常に弱い)であった。その他の非薬物療法では有意な効果を認めなかった。害を有意に認めた非薬物療法はなかったが,効果の明らかでない介入方法は望まれない場合が多い。また,医療従事者側の熟練度や患者の負担も考慮する必要がある。

❺推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は24 名(医師17 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,本CQ においてはCOI による推奨決定への影響はないと判断された。

初回の投票では合意形成に至らず,委員から安易な推奨は医療現場に混乱を招く可能性があるとの指摘があった。一方で,患者のライフスタイルや価値観によっては,薬物に頼らない方法で悪心・嘔吐の抑制効果を得ることが望まれる場合もあり,個別のケースにおいては益と害,コストのバランスを踏まえて慎重に検討する余地があると考えられた。

これらを鑑みて,推奨草案「悪心・嘔吐に対して,非薬物療法を併施しないことを弱く推奨する。」が提示され,再投票の結果,24 名中20 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❻今後の研究課題

非薬物療法として89 のランダム化比較試験が抽出され,16 の技法が扱われていた1-55)。その中で個々の技法には比較的多数のランダム化比較試験が見出されたものもあるが,全体に研究の質に問題を認めるものが多く,エビデンスの強さはC(弱)~D(非常に弱い)がほとんどであった。今後,質の高い研究を推進することが課題となる。また,今回のシステマティックレビューでは,生姜によるアロマ療法は扱ったが,アロマ療法以外で生姜を含む漢方薬などの生薬について扱わなかった。これについては本ガイドラインの課題として残っている。

●非薬物療法の技法別システマティックレビュー結果

本CQ では非薬物療法全般を扱う性質上,システマティックレビューをより正確に行うために,文献検索とハンドサーチによって得られた文献を非薬物療法の介入技法別に分類し,それぞれの手法について個別にシステマティックレビューを実施した。

以下ではまず,ランダム化比較試験が2 編以上抽出された個別技法(9 技法)についてシステマティックレビューのまとめと考察を記載する。

●鍼療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,鍼療法に関するランダム化比較試験は8 編であった1-6)文献26 が各2 編)。鍼療法の実施方法には,実際に鍼を刺入する方法3-5),刺入した鍼に低周波電流を流す「電気鍼」を用いる方法2,6),レーザーによる刺激を用いる方法1)があった。ただし,1 編3)は鍼療法と灸療法の組み合わせを用いる方法であった。また,小児を対象とする研究を含んでいた1,5)

①益のまとめ

ランダム化比較試験8 編のうちデータ統合可能であったランダム化比較試験3 編1,3,4)のメタアナリシスにおいて,鍼療法は,鍼療法を実施しない対照群に対して嘔吐抑制には効果を認めないものの,悪心抑制に効果がある可能性が示唆された〔RR 0.76(95%CI:0.60-0.97,p=0.0251)〕。その他のランダム化比較試験5 編2,5,6)は,結果が一定しなかった。エビデンスの強さはC(弱)。

②害のまとめ

ランダム化比較試験5 編2-5)文献2 が2 編)のうち統合可能であったランダム化比較試験2 編3,4)では,鍼療法に伴う有害事象は,鍼療法を併施しなかった対照群と比べて有害事象の発現頻度に有意な差はなかったが,エビデンスの強さはC(弱)であった。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,手間や費用などの負担を考慮すると,エビデンスが弱く効果が確実でない介入方法の実施は望まれない場合が多い。しかしながら個別のケースでは,患者のライフスタイルや価値観・好みを反映し,益と害,コストのバランスを踏まえて慎重に検討する余地がある。

④コスト・資源

鍼療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

鍼療法は嘔吐に対する効果は認めないものの,悪心に対して効果を有する可能性が示唆された。また,鍼療法に伴う有害事象の発現頻度は有意に高いものではなかった。エビデンスの強さはいずれもC(弱)であり,さらに,国内におけるほとんどの医療施設の現状は鍼療法を実施する体制にない。

●経皮的電気刺激療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,経皮的電気刺激療法に関するランダム化比較試験は11 編7-14)であり,そのうち成人患者を対象とする研究が9 編7,8,10,11,13,14)文献71011が各2 編),年齢不明の研究が2 編9,12)であった。介入方法は,いずれもP6 を電気刺激するリストバンドを用いた。P6 とは中国医学で「内関」と呼ばれる経穴で,上腕内側中央で手関節から約6 cm 近位を指す。

11 編7-14)のうち,10 編のランダム化比較試験で特定の腕時計型リストバンドを用いた7-12,14)文献71011 が各2 編)。その他1 編13)の文献でも同様のリストバンドを用いたが,上述した10 編のランダム化比較試験と同じリストバンドであるか否かを判別できる記載はなかった。

①益のまとめ

嘔吐抑制でランダム化比較試験9 編8-14)が抽出された(文献1011 が各2 編)。ランダム化比較試験1 編8)で介入群における中等度以上の嘔吐割合が有意に少なかったが,その他8 編のランダム化比較試験9-14)文献1011 が各2 編)では差はないか,解析が行われなかった。ランダム化比較試験4 編8,10,13)文献10 が2 編)が統合可能で,統合した結果,経皮的電気刺激療法による介入群と,経皮的電気刺激療法を実施しない対照群で有意な差はなかった。エビデンスの強さはB(中)であった。

悪心抑制でランダム化比較試験11 編7-14)が抽出された(文献71011 が各2 編)。1 編8)で介入群における中等度以上の悪心割合が有意に少なかったが,その他のランダム化比較試験 10編7,9-14)文献71011 が各2 編)では差はないか,解析が行われなかった。ランダム化比較試験3 編8,12,13)が統合可能で,統合した結果,介入群と対照群で有意な効果は認めなかった。エビデンスの強さはC(弱)。

②害のまとめ

有害事象について抽出されたランダム化比較試験は2 編8,13)で,数値による統合可能な研究はなかったが,両群で有害事象の発現割合に有意な差はなかった。エビデンスの強さはC(弱)。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,経皮的電気刺激療法は悪心・嘔吐抑制の有効性を示さなかった。手間や費用などの負担を考慮すると,効果の明らかでない介入方法の実施は望まれない場合が多い。

④コスト・資源

経皮的電気刺激療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

経皮的電気刺激療法は嘔吐および悪心の抑制効果を有意に示さなかった。エビデンスの強さは嘔吐抑制でB(中),悪心抑制でC(弱)であった。

●指圧療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,指圧療法に関するランダム化比較試験は15 編15-25)文献16181923 が各2 編)であった。そのうち,成人患者を対象とした研究が4 編20-22,24),小児を含む研究が7 編15,16,18,23)文献161823 が各2 編),年齢不明の研究が4 編17,19,25)文献19 が2 編)であった。指圧療法の実施方法は,P6 を指圧するリストバンド,または耳介指圧のどちらかを採用していた。

①益のまとめ

指圧療法による嘔吐・悪心抑制を評価した研究は多く,嘔吐抑制に関してランダム化比較試験14 編15,16,18-25)文献16181923 が各2 編),悪心抑制に関してランダム化比較試験15 編15-25)文献16181923 が各2 編)が抽出されたが,数値として統合できる形で報告した研究は少なく,嘔吐抑制,悪心抑制ともにランダム化比較試験3 編15,16)文献16 が2 編)のみであった。統合した結果,嘔吐抑制,悪心抑制とも明らかな効果を認めなかった。エビデンスの強さはいずれもD(非常に弱い)。

②害のまとめ

指圧療法による害は,指圧療法を実施しない対照群に対して,有害事象に有意差はなかった〔ランダム化比較試験6 編15,16,18,20)文献1618 が各2 編)のうち2 編15,20)が統合可能であった〕。エビデンスの強さはC(弱)。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,指圧療法は悪心・嘔吐抑制の有効性を示さなかった。手間や費用などの負担を考慮すると,効果の明らかでない介入方法の実施は望まれない場合が多い。

④コスト・資源

指圧療法に伴う人的資源を評価したランダム化比較試験は抽出されなかった。人的資源以外のコスト・資源を評価した2 編のランダム化比較試験16)では,いずれも有意差はなかった。いずれも小児を含む研究であった。数値による統合ができる研究はなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

⑤総括

指圧療法による嘔吐および悪心の抑制効果は有意に示されなかった。エビデンスの強さは嘔吐抑制,悪心抑制ともにD(非常に弱い)であった。

●運動療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,運動療法に関するランダム化比較試験は3 編26,27)文献26 が 2 編)であった。van Waart ら26)の研究では,患者が自宅で軽度の運動を週5 回30 分以上行う群と,中程度から強度の負荷運動および有酸素運動を週2 回30 分以上,理学療法士の指導下に行う群,対照群の3 群に分けて比較した。Lee ら27)の研究では,最軽度~中程度の有酸素運動を週3 回20 分以上行う介入群と,対照群を比較した。

①益のまとめ

悪心・嘔吐抑制に関して抽出されたランダム化比較試験は2 編26)で,いずれも対象者の詳細が不明であり,悪心と嘔吐を区別せずに評価していた。軽度運動を行う介入群と,中程度から強度の運動を行う介入群の2 つを対照群と比較し,いずれも介入群のほうが悪心・嘔吐の程度が有意に低かった〔参考値MD -6.45(95%CI:-10.36--2.54,p=0.0012)〕。しかし,悪心・嘔吐の抑制人数が不明であり,統合できなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

悪心抑制に関して抽出されたランダム化比較試験は3 編26,27)で,そのうち1 編27)では両群間に有意差はみられなかった。このランダム化比較試験(Lee ら27))では3 群に無作為に割り付けているのに結果は2 群として解析しており,非直接性が高いと判断した。van Waart ら26)は悪心と嘔吐を区別せずに評価しており,悪心のみを評価することはできない。これら3 編のランダム化比較試験26,27)は悪心・嘔吐の抑制人数が不明で統合できなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

②害のまとめ

有害事象について扱った研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,手間や費用などの負担を考慮すると,エビデンスが弱く,効果が確実でない介入方法の実施は望まれない場合が多い。しかしながら個別のケースでは,患者のライフスタイルや価値観・好みを反映し,益と害,コストのバランスを踏まえて慎重に検討する余地がある。

④コスト・資源

運動療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

運動療法による悪心・嘔吐の抑制効果を有意に示す研究があったが,エビデンスの強さはD(非常に弱い)であった。

●漸進的筋弛緩法

漸進的筋弛緩法は,身体各所の筋肉の緊張と弛緩を繰り返すことによって,心身の緊張を和らげる方法である。

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,漸進的筋弛緩法に関するランダム化比較試験は13 編であった28-38)文献38 が3 編)。

①益のまとめ

嘔吐抑制に関してランダム化比較試験12 編28,29,31-38)が抽出された。一部に複合支援が含まれていた。具体的な数値で報告した研究は2 編しかなく34,35),これらも嘔吐と悪心を区別せずに扱っており,漸進的筋弛緩法と催眠療法34)ないしイメージ導入法35)を組み合わせた介入群を対照群と比較していた。これらも統合できなかった。

悪心抑制に関してランダム化比較試験13 編が抽出された28-38)文献38 が3 編)。うち2 編34,35)は悪心と嘔吐を区別せずに扱っていた。また,一部に複合支援が含まれていた。具体的数値で報告した研究は3 編しかなく30,34,35),これらも統合できなかった。そのうち1 編30)が複合支援によらない漸進的筋弛緩法のみによる介入群を対照群と比較したが,有効性の差はなかった。エビデンスの強さはいずれもD(非常に弱い)。

②害のまとめ

有害事象について扱った研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,漸進的筋弛緩法は悪心・嘔吐抑制の有効性を示さなかった。手間や費用などの負担を考慮すると,効果の明らかでない介入方法の実施は望まれない場合が多い。

④コスト・資源

漸進的筋弛緩法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

漸進的筋弛緩法は嘔吐および悪心の抑制効果を有意に示さなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)であった。

●ヨガ療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,ヨガ療法に関するランダム化比較試験は2 編であった39,40)。Kothari ら39)の研究では,がん薬物療法の各サイクルでがん薬物療法実施の2 日前にヨガとプラーナーヤーマ(ヨガにおける呼吸法,調気法)を指導者のもとで1 時間行い,がん薬物療法実施の各サイクルの間も自宅でヨガとプラーナーヤーマを自分で行うよう指示した。Anestin ら40)の研究では,毎週1 回90 分のヨガを行うセッションで,5 人のグループを1 人の指導者が指導するプログラムを実施した。また,DVD(20 分および40 分のセッション)と介入プログラムの解説資料を参加者に渡した。どちらの研究でも,ヨガ療法による介入群を,ヨガ療法を実施しない対照群と比較した。

①益のまとめ

嘔吐・悪心抑制として評価している研究が少なく,嘔吐抑制も悪心抑制もともにランダム化比較試験2 編39,40)が抽出された。Kothari ら39)の研究では,ヨガ療法による介入群で対照群に対して嘔吐割合が有意に低かったが,Anestin ら40)の研究では有意差はなかった。2 編の研究を統合した結果,嘔吐抑制も悪心抑制も,ヨガ療法による介入群は,ヨガ療法による介入を行わない対照群に対して有効性を示さなかった。エビデンスの強さは嘔吐抑制,悪心抑制ともにC(弱)。

②害のまとめ

有害事象について扱った研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,ヨガ療法は悪心・嘔吐抑制の有効性を示さなかった。手間や費用などの負担を考慮すると,効果の明らかでない介入方法の実施は望まれない場合が多い。

④コスト・資源

ヨガ療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

ヨガ療法は嘔吐および悪心の抑制効果を有意に示さなかった。エビデンスの強さは嘔吐抑制,悪心抑制ともにC(弱)であった。

●アロマ療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,アロマ療法に関するランダム化比較試験は3 編であった41,42)文献42 が2 編)。Lua ら41)の研究では,生姜エッセンシャルオイルによるアロマ療法を行う介入群を,生姜の香りがするだけのオイルを用いたプラセボによる対照群と比較した。水晶製の小瓶のようなペンダントにエッセンシャルオイルないしプラセボを入れてネックレスで首にぶら下げ,鼻から約20 cm の場所に5 日間昼夜を通してかけておく。毎日3 回以上,悪心・嘔吐の症状がなくてもネックレスを鼻の直下に保持し,各2 分間以上深呼吸する。Evans ら42)の研究では,生姜エッセンシャルオイル用いたアロマ療法による介入群を,香りのない水の吸入による対照群,および香りのある乳児用シャンプー吸入によるプラセボを用いた対照群と比較した(ランダム化比較試験2 編)。

①益のまとめ

嘔吐抑制に関してランダム化比較試験1 編41)が成人女性を対象とした研究であり,対照群に比して有意な効果を認めなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

悪心抑制に関してランダム化比較試験3 編が抽出されたが41,42)文献42 が2 編),そのうち悪心抑制を数値として読み取れるのは1 編で41),介入群において対照群に対して悪心が有意に軽減した。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

②害のまとめ

有害事象(害)について抽出されたランダム化比較試験は1 編41)で,対照群に比して有意な差はなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,手間や費用などの負担を考慮すると,エビデンスが弱く,効果が確実でない介入方法の実施は望まれない場合が多い。しかしながら個別のケースでは,患者のライフスタイルや価値観・好みを反映し,益と害,コストのバランスを踏まえて慎重に検討する余地がある。

④コスト・資源

アロマ療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

アロマ療法は嘔吐の抑制効果を示さず〔エビデンスの強さはD(非常に弱い)〕,悪心抑制効果をエビデンスの強さD(非常に弱い)で示した。効果の明らかでない治療法を実施することは,手間や費用の点から望まれない場合が多い。しかし,患者のライフスタイルや価値観によっては,アロマ療法のような薬物に頼らない方法によって悪心・嘔吐の抑制効果が得られることが好まれる可能性がある。個別のケースでは患者のライフスタイルや価値観・好みを反映し,益と害,コストのバランスを踏まえて慎重に検討する余地がある。

●食事療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,食事療法に関するランダム化比較試験は3 編43-45)であった。Abdollahi ら44)とNajafi ら45)の研究では,以下のような食事療法を介入群で実施した。個々の患者に適した食事をがん薬物療法実施前に毎回提供する。対面で栄養指導を行う。具体的指導内容は,少量を頻回に食べる。冷たいか室温程度の食事を摂る。暖かい場所で食事をしない。食事の前後に口をゆすぐ。食後1 時間以上は頭をもたげたり寝転んだりしない。スパイスの効いた食物や甘さの強いもの,脂っこいもの,揚げ物を避ける。ミキサーをかけた物,柔らかい物,消化の良い食物を摂る。強いにおいがない食物を摂る。氷入り飲物または凍らせたジュースを飲む。ジンジャーエール,リンゴジュース等の透明で冷たい飲物を摂る。レモンドロップやミントなど良い香りがするキャンディーを口に入れ,悪い味がしないようにする。がん薬物療法を受けた後にゆっくり深呼吸してリラックスする等。Ingersoll ら43)は,がん薬物療法のサイクルごとに投与後1 週間は毎食前にグレープフルーツジュースを飲むことを介入群で実施した。対照群はプラセボを用いた。

なお,これらの介入法は,悪心・嘔吐に対する食事療法であり,「食事療法」という用語から一般的にイメージされる方法とは異なることに注意する。

①益のまとめ

嘔吐抑制,悪心抑制ともに同じランダム化比較試験3 編43-45)が抽出された。嘔吐抑制に関してランダム化比較試験2 編43,44)が統合可能で,その結果,介入群と対照群で有意な差はなかった。エビデンスの強さはC(弱)。悪心抑制に関してランダム化比較試験3 編43-45)はいずれも検定を行っておらず,統合できる数値での報告はなかった。エビデンスの強さはD(非常に弱い)。

②害のまとめ

有害事象について扱った研究は抽出されなかったため,評価不能であった。しかしながらグレープフルーツジュースは,制吐薬物療法を含む薬物療法全般において,相互作用が明らかで添付文書に記載されている薬剤が多数存在する。これらの薬物動態上の変化も害の一つとして認識されることは重要であり,今後の研究における課題と考えられる。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,食事療法は悪心・嘔吐抑制の有効性を示さなかった。手間や費用などの負担を考慮すると,効果の明らかでない介入方法の実施は望まれない場合が多い。

④コスト・資源

食事療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

嘔吐抑制では有意な差はなく,悪心抑制では数値評価と検定が行われず,評価困難であった。嘔吐抑制のエビデンスの強さはC(弱),悪心抑制のエビデンスの強さはD(非常に弱い)。

●音楽療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された89 編の文献のうち,音楽療法に関するランダム化比較試験は4 編46-48)文献46 が2 編)であり,いずれも音楽を聴く介入であった。Moradian ら46)の研究では制吐目的に特化して開発された特定の音楽プログラムを用いる介入群と,リラックスさせる通常の音楽を用いる介入群を,各々対照群と比較した(ランダム化比較試験2 編)。Lima ら47)の研究ではリラックスさせる音楽を用いる介入群を,Ezzone ら48)の研究では患者が自分で選んだ45 分間の音楽を用いる介入群を,各々対照群と比較した。

①益のまとめ

嘔吐抑制に関して抽出されたランダム化比較試験は4 編46-48)で,うち2 編のランダム化比較試験47,48)では介入群で嘔吐割合が有意に少なかったが,他2 編46)では有意差はなかった。3 編46,47)が統合可能であり,統合した結果,音楽療法による介入群と対照群で有意差はなかった。

悪心抑制に関して抽出されたランダム化比較試験は4 編46-48)で,うち1 編48)は介入群で対照群に対して悪心割合が有意に少なかったが,3 編46,47)で有意差はなかった。3 編が統合可能であり46,47),統合した結果,有意差はなかった。

エビデンスの強さは嘔吐抑制,悪心抑制ともにB(中)であった。

②害のまとめ

有害事象について扱った研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては非薬物療法が好まれる場合があるものの,音楽療法は悪心・嘔吐抑制の有効性を示さなかった。手間や費用などの負担を考慮すると,効果の明らかでない介入方法の実施は望まれない場合が多い。

④コスト・資源

音楽療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

音楽療法は嘔吐および悪心の抑制効果を有意に示さなかった。エビデンスの強さはB(中)であった。

●その他の技法

以下はランダム化比較試験が1 編のみ抽出された介入技法(7 技法)であるが,いずれも非直接性が高く,評価困難と考える。エビデンスの強さはいずれもD(非常に弱い)であった。

[呼吸法]

Aybar ら49)の研究では,患者にあらかじめ約15~20 分間呼吸法を練習する指導を行い,「悪心・嘔吐を軽減するための呼吸法ガイドライン」を手渡し,自宅で悪心・嘔吐を感じたら5 分以上呼吸法を実施するよう指示する介入群を,これらの介入を行わず,対照群と比較した。

この研究では,嘔吐と悪心の人数を読み取れず,嘔吐と悪心の強度についてのVAS 平均値で報告しており,非直接性が高い。

[患者教育]

Williams ら50)の研究では,がん薬物療法の副作用に対する栄養面での対処と,疲労,不安,不眠に対処するための運動とリラクセーション技法について情報を録音した20 分間のオーディオテープ2 本と,テープに録音された説明内容を文章に書き落とした教材を患者に渡す介入群を,それらの介入を行わない対照群と比較した。

この研究では,嘔吐と悪心を区別せず同一に評価している。非直接性が高い。介入群と対照群で,悪心・嘔吐の頻度と平均強度に有意差はなかった。

[オステオパシー療法]

オステオパシーとは,身体の歪みなどを調べ,身体の本来の機能を取り戻し,健康に導くことを目的とした一種の整体法である。「整骨療法」と呼ぶこともある。

Lagrange ら51)の研究では,がん薬物療法の最初の3 サイクルで各サイクルのがん薬物療法実施前に患者がオステオパシー療法を15 分間受けた。治療者が手で胸部を押し,胸壁および横隔膜を筋弛緩させる方法を用いた。この介入群を,胸壁と腹部を深く押さない表面的手技による対照群と比較した。

この研究では,嘔吐と悪心を区別せず同一に評価している。非直接性が高い。介入群と対照群で悪心・嘔吐の頻度に有意差が示されなかった。

[リフレクソロジー療法]

リフレクソロジーとは,主として足底(手掌などを含む場合もある)の特定部位を押すことによりいわゆる「反射」が起きて,特定の器官や腺や身体システムにつながる神経路が形成されるとの考えに基づき,疲労の改善などを図る代替療法である。「反射療法」と呼ぶこともある。

Wyatt ら52)の研究では,介入群において,「9 つの乳がんに特異的な反射面」とする部位を親指で歩行時に受ける程度の圧力で押すリフレクソロジーのセッションを30 分間行った。対照群では,リフレクソロジーに類似した方法で親指で押すが,歩行時に受ける程度の圧力で深く押すことはなく,「9 つの乳がんに特異的な反射面」を刺激しない介入を用いた。

この研究では,嘔吐抑制を評価していない。悪心強度の平均値で報告しており,具体的な悪心の人数を読み取れない。非直接性が高い。介入群と対照群で悪心強度の平均値に有意差はなかった。

[マッサージ療法]

Post-White ら53)の研究では,治療者の手によるマッサージで筋および結合織を深く押す介入群を,身体の表面に浅く触れるヒーリングタッチによる対照群,ならびに治療者が患者に付き添う対照群と比較した。いずれの介入でも,がん薬物療法の実施直前に45 分間のセッションを毎週1 回4 週間にわたって実施した。4 週間の介入後に,患者を別の介入群に割り付け,さらに4 週間の介入を行った。いずれのセッションでも,柔らかなピアノ演奏の音楽と自然の音のCD を流した。セッションの冒頭で,呼吸に集中し,それ以外の思考を遮断するよう指示した。

この研究では,嘔吐抑制を評価していない。アウトカムを悪心強度の平均値で報告しており,具体的な悪心人数を読み取れない。非直接性が高い。悪心強度の平均値でも,介入群と対照群で有意差はなかった。
[患者教育(情報提供と指導)・栄養相談・リラクセーション法(リラックスタッチとマッサージ)による複合介入]

Jahn ら54)の研究では,患者教育(情報提供と指導)(20~30 分間)・栄養相談(20~30 分間)・リラクセーション法(リラックスタッチとマッサージ)(20~30 分間)と最適な制吐薬物療法による複合介入を実施するプログラムによる介入群を,制吐薬物療法のみによる対照群と比較した。

この研究では,アウトカムが悪心・嘔吐と食思不振,体重減少の合計得点を扱っており,悪心・嘔吐を評価できない。非直接性が高い。

[ベッドサイドウェルネス療法]

Oyama ら55)の研究では,新たに開発したバーチャルリアリティの機器を用いる介入群を,これらの介入を行わない対照群と比較した。バーチャルリアリティの機器では,液晶ディスプレイによる視覚において患者が湖,森林,田舎町の風景のいずれかを好みによって選択し,聴覚では3D サウンドシステムを用い,ヘッドフォンかスピーカーを患者が好みによって選択した。さらに,アロマの香りがする微風を送る装置を組み合わせた。臥床している患者にも歩行できる外来患者にも適合する下肢のシステムを用いた。各セッションは約20 分間で,がん薬物療法の際に同時に実施した。がん薬物療法の実施時間が長くなる場合は,患者は休憩した後に最初から繰り返してセッションを行うことができた。

この研究では,嘔吐抑制のアウトカムを図示しているのみで,具体的数値を読み取れない。悪心抑制は評価していない。非直接性が高い。さらに,新たに開発したバーチャルリアリティの特定の機器を用いており,医療現場での一般的実践に応用しにくい。

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CQ11
予期性悪心・嘔吐に対して,非薬物療法は推奨されるか?

推奨の強さ2(弱い)
エビデンスの強さD(非常に弱い)
予期性悪心・嘔吐に対して,非薬物療法を行わないことを弱く推奨する。

合意率:95.8%(23/24 名)

解説

予期性悪心・嘔吐は,がん薬物療法に対する学習反応(条件付け)とされており,4 回目の治療サイクルまでに20~30%の患者に発現すると報告されている1,2)。また,予期性悪心の発現割合は10%未満,予期性嘔吐の発現割合は2%未満との報告もある3-5)

本CQ では非薬物療法の予期性悪心・嘔吐抑制効果についてシステマティックレビューを行い,3 つの技法(系統的脱感作,催眠,ヨガ)が抽出された。系統的脱感作療法に関してランダム化比較試験2 編6,7)が抽出されたが,いずれも1980~1990 年代初めの報告であり,現在の日常診療においてどこまで効果があるのかは不明であった。催眠療法の効果について評価したランダム化比較試験はなく,非ランダム化比較試験1 編8),単群前後比較試験1 編9)のみであり,バイアスリスクがある可能性が考えられた。ヨガ療法の効果を分析したランダム化比較試験1 編10)では,対照群と比較し複合ヨガプログラムを受けた群で,予期性悪心・嘔吐の頻度と程度(重症度)が統計的に有意に低かった。しかし,当該研究の複合ヨガプログラムは本邦におけるほとんどの医療機関の日常診療に広く導入することは難しいと考えられた。

したがって,本ガイドラインでは,予期性悪心・嘔吐に対して,非薬物療法(系統的脱感作,催眠,ヨガ)を行わないことを弱く推奨することとした。

なお,予期性悪心・嘔吐の最も効果的な抑制方法として,がん薬物療法の初回治療を含む各治療サイクルで最適な制吐療法を行い,悪心・嘔吐を可能な限り予防することが大原則である4,11,12)ことを忘れてはならない。また,がん薬物療法を開始するに先立って,最適な制吐療法を実施することを,あらかじめ患者に十分説明しておくことも重要である。

❶本CQ の背景

催吐性リスクに基づいた適正な制吐療法を提示するとともに,そのオプションとして薬物に頼らない方法を提示することは,薬物による制吐療法が実施困難な場合を含め,患者ががん薬物療法を受けるうえで重要である。予期性悪心・嘔吐は,治療に関連する要因だけでなく,不安や否定的な予想などの心理的プロセスも関連しているとされている2)。そこで本CQ では,系統的脱感作療法などの行動療法を含む非薬物療法に予期性悪心・嘔吐を抑制する効果があるかを検討することとした。

❷アウトカムの設定

本CQ では,予期性悪心・嘔吐を発現した患者を対象に,非薬物療法を行う場合と行わない場合を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「コスト(人的資源)」「コスト(人的資源以外の非薬物療法に伴う費用)」「有害事象(非薬物療法に伴うもの)」の5 項目をアウトカムとして設定し,後述する介入別でのシステマティックレビューを行った。

❸本CQ 全体で採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 49 編,Cochrane 21 編,CINAHL 29 編,医中誌6 編が抽出され,これにハンドサーチ1 編を加えた計106 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された6 編がシステマティックレビューの対象となった。抽出された6 編の非薬物療法には3 つの技法(系統的脱感作,催眠,ヨガ)があり,これらの非薬物療法に関するシステマティックレビュー全体のまとめ・考察を示したうえで,各技法別に解説する。

❹システマティックレビューの対象となった非薬物療法の技法全般の総括

(1)益のまとめ

系統的脱感作療法とヨガ療法に関しては,ランダム化比較試験において予期性悪心・嘔吐の抑制効果がある可能性が示された。しかし,系統的脱感作療法のランダム化比較試験2 編6,7)はいずれも1980~1990 年代初めに報告された研究であり,制吐効果の高い薬物による制吐療法が行われている現在の状況において系統的脱感作療法の予期性悪心・嘔吐抑制効果を評価した研究はなかった。ヨガ療法の予期性悪心・嘔吐抑制効果を統計的に評価したランダム化比較試験は1 編10)のみであった。乳がん患者を対象とした複合ヨガプログラムの予期性悪心・嘔吐抑制効果の可能性が示唆された。催眠療法の予期性悪心・嘔吐抑制効果の可能性は示唆されるものの,ランダム化比較試験はなく,非ランダム化比較試験1 編9)と単群前後比較試験1 編8)のみであった。2 編の研究における悪心・嘔吐の測定方法は異なっており,結果を統合することはできない。また,対象者の選定方法や対象者の属性について十分な記載がなく,バイアスが含まれる可能性がある。

(2)害のまとめ

系統的脱感作療法,催眠療法,ヨガ療法に伴う有害事象を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

(3)患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては,系統的脱感作療法,催眠療法,ヨガ療法といった薬物に頼らない方法で予期性悪心・嘔吐の抑制効果を得ることが好まれる場合もある。しかし,非薬物療法による介入に効果が認められたのはごく一部の介入技法に過ぎず,それを示すエビデンスの強さはC(弱)かD(非常に弱い)かであった。効果が明らかでない介入技法でも患者の好みにより選択される場合には,慎重な対応が望まれる。さらに,これらの非薬物療法を行うには専門的な教育や訓練を受けた者が適切に実施する必要があるが,ほとんどの医療機関の日常診療において系統的脱感作療法,催眠療法,ヨガ療法を実施することは困難であり,実施する場合には十分注意する。また,ヨガ療法のランダム化比較試験では,単にがん薬物療法実施前にヨガを行うだけでなく,がん薬物療法の合間に毎日自宅でヨガを1 時間程度練習することが必要であった。がん薬物療法を受ける患者,特に高齢の患者においては,こうしたヨガの練習を行うこと自体が負担となる可能性が考えられた。

(4)コスト・資源

系統的脱感作療法,催眠療法,ヨガ療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

(5)総括

非薬物療法の予期性悪心・嘔吐の抑制効果を評価したランダム化比較試験としては,系統的脱感作療法2 編6,7),ヨガ療法1 編10)があり,系統的脱感作療法とヨガそれぞれにおいて予期性悪心・嘔吐の抑制効果がある可能性が示された。しかし,系統的脱感作療法を評価した研究は,いずれも1980~1990 年代初めに報告された研究であり,現在行われている制吐療法とは異なる状況下における評価であった。また,ヨガ療法に関しては,単にがん薬物療法の前にヨガを実施するだけでなく,がん薬物療法の合間に自宅でも毎日1 時間程度の練習が必要であった。こうしたヨガの練習を行うこと自体が患者,特に高齢の患者には負担となる可能性が考えられた。催眠療法に関して,非ランダム化比較試験1 編9)と単群前後比較試験1 編8)で何らかの予期性悪心・嘔吐の抑制効果が示唆されるものの,研究対象者の選定等においてバイアスがある可能性がある。また,系統的脱感作療法,催眠療法,ヨガ療法のいずれも専門の教育や訓練を受けた者が適切に実施する必要があり,現在ほとんどの医療機関の日常診療において適用することは困難と考えられた。

❺推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は24 名(医師17 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,本CQ においてはCOI による推奨決定への深刻な影響はないと判断された。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「予期性悪心・嘔吐に対して,非薬物療法を行わないことを弱く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,24 名中23 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❻今後の研究課題

予期性悪心・嘔吐は,がん薬物療法に対する学習反応であると広く考えられている1,2)。予期性悪心・嘔吐のリスクは,実施されたがん薬物療法の回数によって増加し,がん薬物療法終了後も症状が長く続く可能性があるが,がん薬物療法後の悪心・嘔吐がなければ,予期性悪心・嘔吐が起こる可能性は非常に低い5)。そのため予期性悪心・嘔吐に対する最も効果的な方法は,がん薬物療法の各サイクルにおいて最適な制吐療法を用いて,悪心・嘔吐を予防することである4,11,12)。現在,薬物による効果的な制吐療法が行われている本邦のがん治療の状況下において,どの程度,予期性悪心・嘔吐があるかを実態把握し,どのような患者にリスクがあるのかを改めて検討する必要がある。そのうえで,効果的な非薬物療法についてエビデンスレベルの高い研究が行われることが望まれる。

❼非薬物療法の技法別システマティックレビュー結果

本CQ では非薬物療法全般を扱う性質上,システマティックレビューをより正確に行うために,文献検索とハンドサーチによって得られた文献を介入技法別に分類し,それぞれの手法について個別にシステマティックレビューを実施した。

以下,個別技法について記述する。

●系統的脱感作療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された6 編の文献のうち,系統的脱感作療法に関連する文献はランダム化比較試験2 編であった。いずれも同じMorrow らが行った研究であり,一つはロチェスター大学がんセンターの地理的に離れた3 つの病院のがん薬物療法を受ける外来患者のうち,4 サイクル目の治療前に予期性悪心・嘔吐の症状を有した患者を対象に,病院とは異なる場所で1 時間の系統的脱感作療法を行った6)。もう一方の1992 年に実施された研究では,がん薬物療法外来患者を,臨床心理の専門家による系統的脱感作療法実施群29 人と,3 時間の訓練を受けたがん治療医またはがん看護師(oncology nurse therapists)による系統的脱感作療法実施群29 人,非介入群14 人の3 群に分け,比較を行った7)

①益のまとめ

系統的脱感作療法は予期性悪心・嘔吐に効果がある可能性が示されたものの,抽出された2 編6,7)の研究はいずれも1980~1990年代に報告されたものであり,現在実施されている制吐療法とは異なる状況下における研究であった。その後,新しいランダム化比較試験は報告されておらず,エビデンスの強さはD(非常に弱い)と考えられた。

②害のまとめ

系統的脱感作療法に伴う有害事象を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によっては系統的脱感作療法のような薬物に頼らない方法で予期性悪心・嘔吐の抑制効果が得られることが好まれる場合もある。しかし,専門的な教育・訓練を受けた人員を配置し,適切に実施する必要があり,現在の日常診療において系統的脱感作療法を実施することは困難であると考えられる。

④コスト・資源

系統的脱感作療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

予期性悪心・嘔吐の症状を有する患者を対象とした系統的脱感作療法の効果を評価した研究はランダム化比較試験2 編6,7)であった。系統的脱感作療法による予期性悪心・嘔吐抑制効果が示されたものの,いずれも1980~1990 年代はじめに報告された研究であり,現在行われている制吐療法とは異なる状況下における評価であった。また,系統的脱感作療法は専門的な教育や訓練を受けた者が実施する必要があり,本邦のほとんどの医療機関の日常診療においてこうした人員を配置することは難しいと考えられる。

●催眠療法

2 回のスクリーニングを経て抽出された6 編の文献のうち,催眠療法に関連する文献は2 編8,9)であった。単群前後比較試験の1 編8)では,予期性悪心・嘔吐症状を有し,がん薬物療法を受ける16 人の成人患者に対して,同一の心理士が2 時間の筋弛緩療法後,1 時間の催眠療法を実施した。16 人全員で催眠療法実施後に予期性悪心・嘔吐が消退したと報告している。統計的な検討は行われていない。別の非ランダム化比較試験1 編9)では,催眠療法への感受性評価において感受性が低いと判断された者,予期性悪心症状がなかった者,研究への協力が得られなかった者を除く64 人に,認定を受けたセラピストが1 回20 分の催眠療法を1 週間の間隔を空けて2 回行った。予期性悪心の平均スコアが介入群で対照群に比して有意に減少したと報告している。

①益のまとめ

催眠療法の予期性悪心・嘔吐の抑制効果の可能性は示唆されるものの,ランダム化試験は1 編もなく,非ランダム化比較試験1 編9)と単群前後比較試験1 編8)のみであった。2 編の研究における悪心・嘔吐の測定方法は異なっており,統合した評価が困難であった。また,対象者の選定方法や対象者の属性について十分な記載がなく,バイアスが含まれる可能性があった。

②害のまとめ

催眠療法に伴う有害事象を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観を考慮し,催眠療法のような薬物に頼らない方法で予期性悪心・嘔吐の抑制効果が得られることは,薬物による制吐療法が実施困難な場合を含め好まれる可能性がある。一方で,催眠療法は専門的訓練を受けた者が適切に実施する必要があり,日常診療において催眠療法を実施することは困難と考えられる。

④コスト・資源

催眠療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

予期性悪心・嘔吐の症状を有する患者を対象とした催眠療法の有効性を評価したランダム化比較試験はなく,非ランダム化比較試験1 編9)と単群前後比較試験1 編8)のみであった。催眠療法の予期性悪心・嘔吐抑制について何らかの効果が示唆されるものの,バイアスがある可能性を否定できない。

●ヨガ療法

ヨガ療法による予期性嘔吐の抑制効果について,ランダム化比較試験2 編10,13)が抽出された。Anestin らの研究では13),ヨガプログラムについて,予期性悪心・嘔吐の抑制効果だけでなく,がん薬物療法中の悪心・嘔吐抑制効果と合わせて評価を試みた研究であった。しかし,予期性悪心・嘔吐の発現頻度が少なく,介入群と対照群それぞれにおける発現頻度が記述されているのみで,統計的分析は行われていない。もう1 編のインドで行われたRaghavendra らの研究は10),乳がんの術後がん薬物療法を受ける患者を対象に,複合ヨガプログラムについて,Anestin らの研究と同様に,予期性悪心・嘔吐の抑制効果だけでなく,がん薬物療法中の悪心・嘔吐抑制効果の評価も目的とした研究であった。この研究では,ヨガ療法介入群28 人に対して初回がん薬物療法開始前にインストラクターによるヨガリラクセーション30 分と,その後,自宅練習用のオーディオカセットを使ってがん薬物療法の合間に毎日1 時間,週6 日(最低週3 時間)のヨガの練習が求められた。対照群は一般的支持療法を受けた34 人であった。

①益のまとめ

予期性悪心・嘔吐抑制に関して2 つのランダム化比較試験10,13)が抽出されたが,うち1 編13)は対照群,介入群ともに予期性悪心・嘔吐の発現頻度が少なく,効果の評価が行われなかった。ヨガ療法の予期性悪心・嘔吐抑制効果について統計的に検討したランダム化比較試験は1 編10)のみであり,研究者らも複合ヨガプログラムと呼ぶようにヨガを実施するだけでなく,瞑想やストレスへの対処などを取り入れた複合的な介入技法であった。こうしたヨガを含む複合的な介入技法による予期性悪心・嘔吐抑制効果が示された。ただし,当該研究における対象は平均年齢50 歳の乳がん患者であり,がん患者としては比較的若い集団であったことに留意する。

②害のまとめ

ヨガ療法に伴う有害事象を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

③患者の価値観・好み

患者のライフスタイルや価値観によってはヨガ療法のような薬物に頼らない方法によって予期性悪心・嘔吐の抑制効果が得られることが好まれる場合もある。一方で,今回ヨガを含む複合的な介入技法の有効性を示した研究では,ヨガのインストラクターによる病院でのヨガの指導だけでなく,対象者に毎日自宅でヨガを1 時間程度練習することを求めていた。がん薬物療法を受ける患者,特に高齢の患者においては,がん薬物療法の合間にこうしたヨガの練習を行うこと自体が負担となる可能性がある。また,ヨガ療法を実施するにあたっては専門のインストラクターが必要であり,どの医療機関でも同様の内容を提供することは難しいと考えられた。

④コスト・資源

ヨガ療法に伴う人的資源やその他のコスト・資源について評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

⑤総括

予期性悪心・嘔吐に対するヨガ療法による介入に関してランダム化比較試験が2 編10,13)抽出され,そのうちヨガの効果を統計的に評価したランダム化比較試験は1 編10)のみであったが,複合ヨガプログラムにより予期性悪心・嘔吐抑制効果がある可能性が示された。しかし,研究で実施されていた複合ヨガプログラムは,がん薬物療法前にヨガを実施するだけでなく,がん薬物療法の合間に自宅での練習が必要であり,特に高齢の患者にとってはこうしたヨガ療法を行うこと自体が大きな負担となる可能性が考えられた。本システマティックレビューでは,ヨガの有害事象やコストについて評価した研究は抽出されなかったが,専門のインストラクターが必要なことを鑑みると,本邦のほとんどの医療機関における日常診療で実施することは難しいと考えられた。

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Anestin AS, Dupuis G, Lanctôt D, et al. The Effects of the Bali Yoga Program for Breast Cancer Patients on Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting:Results of a Partially Randomized and Blinded Controlled Trial. J Evid Based Complementary Altern Med. 2017;22:721-30.

Ⅶ 制吐療法の評価と患者サポート

1概要

がん薬物療法を受ける患者にとって悪心・嘔吐は最も懸念する副作用の一つであり,患者のQOL を大きく低下させる要因である1,2)。患者が治療の継続とQOL を保った生活を両立するためには,副作用を最小限に抑え,体調の変化に合わせて適切な対処法を理解・実践できることが大切である。今回の改訂にあたり本章を新設し,症状の評価に関連する項目や治療中の日常生活をサポートする項目を設定した。

本章は,症状を理解するために患者報告アウトカムを用いること(→CQ12 参照),制吐療法の効果に影響を及ぼす患者因子(→BQ11 参照),自宅など病院外で生じた悪心・嘔吐の支援に関すること(→BQ12 参照),悪心・嘔吐に対する患者の効果的なセルフケアを促進するために,求められる情報提供(→BQ13 参照)から構成される。

患者のがん薬物療法中の日常生活における悪心・嘔吐の抑制について,十分なエビデンスのある研究報告が少なかったため,これらの項目はBQ として検討した。

2制吐療法の評価について

適切な制吐療法のためには,制吐薬使用前の悪心・嘔吐のリスク評価,使用後の適切な評価が重要である。評価の側面としては,悪心・嘔吐とも症状を発現した時期,頻度,程度および,心理的要因に関する側面を評価し,嘔吐に関しては嘔吐の量を評価することが重要である3)

❶悪心・嘔吐の評価方法

悪心・嘔吐の適切な緩和のためには,治療前のベースライン評価から治療の経過を通して継続した評価を実施することが重要である4)

適切な悪心・嘔吐の評価においては,医療従事者と患者の症状の認識は異なるという報告5)を踏まえ,医療従事者による客観的評価とともに患者の主観的評価を含めることが必要である(→CQ12 参照)。その際,患者に対して評価の目的,内容や方法についてわかりやすく説明し,悪心・嘔吐の評価への協力を求めることが重要である。説明の内容は,治療前に実施したリスク評価(→Ⅱ章参照)および催吐性リスク別対応や予期性悪心・嘔吐への対応である。がん薬物療法の経過時期による悪心・嘔吐の評価のポイントを,CQ の推奨内容を踏まえ,表1 にまとめた。

表1 がん薬物療法の経過時期による悪心・嘔吐の評価のポイント

II章 II章 II章 II章 BQ11 II章 BQ11 II章 II章 1) CQ8 BQ6

❷悪心・嘔吐の評価に用いる尺度

医療従事者と患者の認識の違いをなくすため,症状の評価には,患者および多職種の医療従事者が基準や評価票など共通のものさしを用いることが必要である。

(1)がん治療に伴う悪心・嘔吐の客観的な評価

がん治療に伴う悪心・嘔吐の客観的な評価には,有害事象共通用語規準(CTCAE:Common Terminology Criteria for Adverse Events)が一般的に用いられている(表25)

表2 がん治療に伴う悪心・嘔吐の客観的な評価

グレードが高くなるほど症状が強くなるが,評価は,治療前後の食事摂取量の変化,体重の減少,脱水や栄養状態などの生理学的な指標を用いて行われる。そのため,治療前の普段の食事習慣や栄養状態を基準となる状態として把握し,治療後の状態と比較して評価を行う。

(2)患者の主観的な評価
①症状の程度の評価に用いる尺度

悪心・嘔吐は,以下の方法で評価することができる。いずれの尺度も痛みの評価に頻用されるが,悪心・嘔吐の評価にも用いられている。

  • Visual Analogue Scale(VAS):症状の強さについて100 mm の線上に記載してもらうもので,簡便で短時間で記載可能であるが,口頭や電話での評価には用いることができない(図1a)。VAS は,がん薬物療法の悪心を評価する尺度として国際的にコンセンサスが得られており,global standard として推奨される尺度である6-8)
  • Numerical Rating Scale(NRS):想像できる最悪の症状を10,症状がない状態を0 として,現在は何点かを答えてもらうものである6)図1b)。
  • Categorial Rating Scale:4 段階の Likert Scaleが使用されることが多い7)図1c)。
  • Face Scale:言葉で症状の強さを表現する代わりに人間の表情で示したもので,小児で頻用され,6 段階で表した Wong-Baker Face Scale が最もよく使用されている9)図1d)。
図1 悪心の主観的評価方法

②患者報告アウトカム

適切な制吐療法や患者支援を行う際には,医療従事者側の評価ではなく患者自身による評価を用いることが必要であり,患者報告アウトカム(PRO:patient-reported outcome)が活用されてきている。がん薬物療法の有害事象を患者自身が主観的に評価するツールとしてPRO-CTCAETMが開発され,日本語版も公開された10)。本尺度は,全80 項目からなり,「吐き気」・「嘔吐」に関する評価項目も設定されている(→CQ12 参照)。

3患者のセルフケアを促進するための情報提供や支援

現在,がん薬物療法の多くが外来または短期入院で行うことが可能になったため,可能な限り副作用を抑え,患者が日常生活を送れるようにするためには,治療導入時のみだけでなく,継続的な支援が不可欠である(→BQ12 参照)。

そのためには,患者が生活に必要な情報を適切に入手できることが重要であり,医師だけではなく,多職種による医療チームが診断時から治療完遂まで患者・家族支援を行う必要がある(→BQ13 参照)。

参考文献

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3)
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4)
Naeim A, Dy SM, Lorenz KA, et al. Evidence-based recommendations for cancer nausea and vomiting. J Clin Oncol. 2008;26:3903-10.
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BQ11
制吐療法の効果に影響を及ぼす患者関連因子にはどのようなものがあるか?

ステートメント
制吐療法の効果を低下させる患者関連因子には,若年,女性,飲酒習慣なし,乗り物酔いや妊娠悪阻の経験,がある。患者背景に応じた制吐療法の強化を検討する。

合意率:100%(22/22 名)

❶本BQ の背景

制吐療法の効果に影響を及ぼすリスク因子として,治療関連因子と患者関連因子がある。患者関連因子を有する患者では,抗がん薬の催吐性リスクに基づく制吐療法では十分な制吐効果が得られない可能性がある。

❷解説

悪心・嘔吐の程度や制吐療法の効果は,抗がん薬の種類や投与量などの治療関連因子のみならず,患者関連因子にも影響を受ける。シスプラチン70 mg/m2 以上の高度催吐性リスク抗がん薬が投与された患者1,043 人を対象としたアプレピタントのプラセボ対照ランダム化比較試験のデータを用いた統合解析において,悪心・嘔吐を予測する患者関連因子として,若年,女性,飲酒習慣なしが同定されている1)。また,AC 療法を受けた乳がん患者866 人を対象としたアプレピタントのプラセボ対照ランダム化比較試験のデータを用いた統合解析では,悪心・嘔吐を予測する患者関連因子として,若年,飲酒習慣なし,妊娠悪阻の経験が同定され,さらに乗り物酔いの経験が悪心を予測する患者関連因子として同定されている2)。本邦で実施されたパロノセトロンの治験データを用いた患者関連因子解析では,高度または中等度催吐性リスク抗がん薬が投与された患者を対象とした2 つの第Ⅱ相試験と高度催吐性リスク抗がん薬が投与された患者を対象とした第Ⅲ相試験を統合した1,549 人から,若年,女性,飲酒習慣なしが同定されている3)。高度または中等度催吐性リスク抗がん薬が投与された様々ながん種の患者1,090 人を対象に本邦で実施された観察研究における患者関連因子解析においても,若年,女性,飲酒習慣なし,乗り物酔いの経験が同定されている4)

患者関連因子を有する患者では,抗がん薬の催吐性リスクに基づく制吐療法では十分な制吐効果が得られない可能性があることから,作用機序の異なる制吐薬の追加等により制吐療法の強化を検討する必要がある。NCCN ガイドライン2023 ver. 2 では,制吐療法の選択は抗がん薬の催吐性リスクと患者関連因子の状況に基づいて行うこととされており,患者関連因子として,若年,女性,飲酒習慣なし,乗り物酔いや妊娠悪阻の経験に加え,前治療サイクルにおける悪心・嘔吐の経験,強い不安,悪心の発現が高く予想されること,が挙げられている5)

参考文献

1)
Hesketh PJ, Aapro M, Street JC, et al. Evaluation of risk factors predictive of nausea and vomiting with current standard-of-care antiemetic treatment:analysis of two phase Ⅲ trials of aprepitant in patients receiving cisplatin-based chemotherapy. Support Care Cancer. 2010;18:1171-7.
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5)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology, Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415

BQ12
自宅など病院外で生じた悪心・嘔吐のコントロールにあたって,求められる支援は何か?

ステートメント
患者が自身の症状評価を適切に行い,重篤な症状や困りごとがある場合には病院へ速やかに連絡・受診できるよう支援する。自宅でも悪心・嘔吐をコントロールできるよう,救済治療薬の服用方法について指導する。

合意率:100%(19/19 名)

❶本BQ の背景

近年,がん薬物療法の多くが外来で行われるようになったことから,患者が安心して安全に治療を受け,日常生活を送れるよう,有害事象の対処について支援を行う必要がある。患者が外来治療を受けながら日常生活において悪心・嘔吐をコントロールすることについてエビデンスのある研究が乏しいため,BQ を設定した。

❷解説

入院ではなく自宅生活をしながら,がん薬物療法を受ける患者は増えており,病院外であっても悪心・嘔吐を含む有害事象を適切にコントロールすることは重要である。

突出性悪心・嘔吐を緩和するためには,処方された救済治療薬を指示通りに服用できているかを確認するとともに,その治療効果を評価し,必要であれば個々の患者に対する適切な制吐療法を見直すことが必要である。

そのためには,患者と家族が,日々の悪心・嘔吐の発現状況や服薬状況などについて,患者日誌などを活用して評価を行い,その内容を医療従事者と共有することが有用である。悪心・嘔吐がいつ生じてどの程度であったか,救済治療薬の効果がどの程度であったか,どのような工夫をすると症状が緩和されたかなどについて,医療従事者と患者・家族で共有することによって,患者・家族のセルフケア能力を高めることができる。また,対処困難な症状に対して医療従事者に相談する場合にも,相互で適切に情報共有することができる。

医療従事者が患者のつらい症状を適切に理解するためには,医療従事者による評価ではなく患者報告アウトカム(PRO:patient-reported outcome)が重要である。患者自身が有害事象の程度を主観的に評価できる尺度として,PRO-CTCAETM が開発され1),日本語版も公開されている2)。このような患者自身による評価尺度を活用することで,副作用評価における医療従事者・患者間の認識の乖離3)が最小化され,より患者の苦痛症状軽減に寄与できる可能性がある。

Naeim らの報告では,悪心・嘔吐の評価は,外来患者は来院ごとに,入院患者は24 時間ごとに評価することが提唱されている4)。さらに,適切な症状緩和のためには,治療前のベースライン評価から治療の経過を通して継続した評価を実施することとされており,評価の時期としてNCCN ガイドライン2023 ver. 2 5)では,少なくとも高度催吐性リスク抗がん薬の最終投与後3 日間,中等度催吐性リスク抗がん薬では投与後2 日間は注意が必要としている。一方で,高度・中等度催吐性リスク抗がん薬による悪心・嘔吐は,投与開始から1 週間程度と長期間遷延することも報告されており6),患者の症状評価の際には十分な情報収集が欠かせない。医療従事者は患者に,いつ,どの程度,悪心・嘔吐症状が出る可能性があるのか,いつ頃には症状が落ち着くのかといった見通しを伝えるとともに,症状が出た場合の対処法について患者が理解できるよう説明する必要がある。

患者ケアの視点として,食事や生活習慣に関する情報提供は重要である。悪心・嘔吐がある場合には,常温のものを少しずつ食べる,自分が食べられる物を食べるなど食事の摂り方の工夫,嗅覚が悪心や食欲低下を誘発している場合には,においが強い食物を避ける,においがこもらないように部屋の空気を入れ換えるなどの環境調整,消化管を圧迫しないようゆったりした着衣を身につけるなど7),生活上でその患者が取り入れられる工夫について患者・家族と検討することが有用である。

体調不良時には速やかに医療従事者に連絡する必要があるが,患者にとって,いつ,どんなときに病院を受診しなければならないのか,その判断に迷うことは少なくないと考えられる。そのため,医療従事者は患者・家族に対して,どのような症状があるときにはすぐに医療機関を受診するべきかを前もって説明しておく必要がある。例えば,救済治療薬を使用しても悪心・嘔吐が続いたり,水分摂取ができないなど,重篤な症状がある場合にはすぐに受診できるよう,緊急時の連絡先を伝えておくことなどが挙げられる。また,治療を受けている病院以外の地域医療機関や介護サービス等とも情報共有や連携を行うなどの支援体制を整備することが求められている。

がん薬物療法は長期に行われることも多いため,患者がセルフケアできるように医療従事者が指導するとともに,がん薬物療法導入期だけでなく継続的にタイムリーな患者支援ができる体制構築が望まれる。

参考文献

1)
National Cancer Institute. https://healthcaredelivery.cancer.gov/pro-ctcae/
2)
Miyaji T, Iioka Y, Kuroda Y, et al. Japanese translation and linguistic validation of the US National Cancer Institute’s Patient-Reported Outcomes version of the Common Terminology Criteria for Adverse Events(PRO-CTCAE). J Patient Rep Outcomes. 2017;1:8.
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4)
Naeim A, Dy SM, Lorenz KA, et al. Evidence-based recommendations for cancer nausea and vomiting. J Clin Oncol. 2008;26:3903-10.
5)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415
6)
Tamura K, Aiba K, Saeki T, et al:CINV Study Group of Japan. Testing the effectiveness of antiemetic guidelines:results of a prospective registry by the CINV Study Group of Japan. Int J Clin Oncol. 2015;20:855-65.
7)
Olsen M, LeFebvre K, Brassil K. Chemotherapy and Immunotherapy Guidelines and Recommendations for Practice. Oncology Nursing Society, 2019, pp293-306.

BQ13
悪心・嘔吐に対する患者の効果的なセルフケアを促進するために,求められる情報提供や支援は何か?

ステートメント
看護師,薬剤師等の医療チームは,医師からの説明に加え,予測される悪心・嘔吐の程度,発現時期,持続期間,生活への影響,制吐薬の種類や服用方法やその副作用,緊急時の連絡方法,生活の工夫など,治療前から継続した情報提供と支援を行う。患者が必要時に確認できるような教育資材等を活用しながら,個別性を踏まえて対応する。

合意率:100%(19/19 名)

❶本BQ の背景

がん薬物療法を受ける患者が,可能な限りQOL を維持しながら治療を継続するためには,自身の受けるがん薬物療法の悪心・嘔吐リスクや発現様式を理解する,処方通りに制吐薬を服用する,食事の工夫等により体調を維持するなどのセルフケアを実施できることが重要である。本BQ では,患者の効果的なセルフケアを促進するために,医療従事者が提供する適切な情報提供と支援方法について解説する。

❷解説

本Question は,当初CQ として,がん薬物療法を受ける患者を対象に,通常の治療前説明に加えて治療中の詳細な情報提供および各種支援を行う場合と通常の治療前説明を行う場合を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「QOL」「コスト(人的資源)」の4 項目をアウトカムとして設定して,システマティックレビューを試みた。文献検索の結果,PubMed 163 編,Cochrane 42 編,CINAHL 282 編,医中誌64 編が抽出され,これにハンドサーチ2 編を加えた計553 編がスクリーニング対象となった。2 回のスクリーニングを経て抽出された19 編がシステマティックレビューの対象となったが,対照群に設定された通常のケアの内容が様々であったこと,また,介入群に行われた情報提供や支援の時期や実施者,介入内容や提供方法が多様であり,研究結果を統合することが困難であったことから,BQ に転換した。

がん薬物療法を受ける患者の悪心・嘔吐を抑制しながら治療を継続するためには,医療従事者が適切な支持療法を行うことに加えて,患者が体調や生活を維持するためのセルフケアを行うことが重要である。患者のもつ知識はセルフケア行動と関連することが報告されており1),セルフケアを促進するためには,適切な情報提供とそれを実行するための支援が求められる。

がん薬物療法開始前には,治療に伴う有害事象とその対処方法を中心とした情報提供が行われている。悪心・嘔吐の抑制には処方通りに制吐薬を服用することが必要である2)。提供すべき重要な情報の一つは,患者に投与される抗がん薬の催吐性リスクと,制吐薬の服用についてである。特に,突出性悪心・嘔吐の抑制には,患者が救済治療の制吐薬を服用するかどうかの判断が影響する。軽度な悪心であれば救済治療薬の服用を好まない患者もいるが,悪心を経験することがその後の治療サイクルにおける予期性悪心・嘔吐につながる可能性もある。そのため,患者に救済治療薬の重要性を伝え,悪心がある場合は確実に服用することを患者が十分納得できるように治療開始前から説明しておく必要がある。また,制吐薬の副作用として,それ自体が悪心の誘因になる便秘等を引き起こすことがあるため,副作用情報と対処方法も併せて説明しておくことが重要である。

制吐薬の情報以外にも,予測される悪心・嘔吐の程度,発現時期,持続期間,生活への影響等を説明しておくことで,患者は先の見通しを立てられるようになり,心理的にもまた生活を維持するための準備をすることができる。併せて,悪心・嘔吐により制吐薬を処方通りに服用できないなど,医療機関に連絡すべき症状や困りごとが生じた際の連絡方法を伝えておくことで,症状の重篤化の予防や早期の対応につなげられる。

悪心・嘔吐やそれが誘因となる食欲不振に対しては,いくつかの工夫についての情報を伝えることで,改善する可能性がある。例えば,胃の内容物をあまり多くしないよう,1 回の食事量を少なくして食事回数を増やす,少量でもカロリーや栄養を摂ることができる食品や調理法を選択する,食事の温度を室温程度にするなどして悪心の誘発を避ける3)。初めてがん薬物療法を受ける患者は,悪心・嘔吐に対する生活の工夫を知らない場合もあるため,このような情報を伝えておくことで,患者が少しでも食事摂取ができる可能性がある。食事以外にも,仕事や家事など,今までは行えていたことが悪心・嘔吐により難しくなる場合がある。生活状況や社会的役割などは患者により異なるため,個々の状況に合わせたセルフケアの工夫を医療従事者が患者・家族とともに考えることは重要である。

患者が後から自身で繰り返し確認できるようなパンフレット等の資材は,口頭のみの説明よりも患者の理解を深め,自宅などすぐに医療従事者とアクセスできない場合にも活用できるため,教育資材として提供することが望ましい。また,患者日誌等の活用は,自宅での症状等,患者が自身の症状評価をした内容を医療従事者が確認できるだけでなく,医療従事者と患者間での情報共有やコミュニケーション促進効果も期待できる。患者の頑張りや工夫を認めるといったポジティブなフィードバックを行い,患者がセルフケアを継続できるよう支援することが重要である。

効果的な情報提供や支援の方法として,がん専門看護師等からの計画された教育プログラムの提供4,5),通常診療にプラスした薬剤師や栄養士による支援6-8),モバイル機器やSNS を用いた支援8)などが検討されているが,どの方法が良いかは主に患者の好みによる9)ともいわれており,個々の患者に応じた方法を考慮する必要がある。

情報提供の際には,患者のヘルスリテラシーを考慮する10)。患者のヘルスリテラシーや患者個々の状況に応じて必要な情報を提供することは,定型的な情報提供よりも効果的なものとなる可能性がある。また,一方的な情報提供だけでなく,心理的支援も行って患者の自己効力感を高めることも,悪心・嘔吐に関するセルフケア行動を強化する11)といわれている。患者の状況に応じた個別性の高い支援のためには,医師だけでなく,看護師,薬剤師,栄養士ら多職種がチームを組み,それぞれの専門性を活かして患者に多角的に関わることが必要であり,がん薬物療法導入期だけでなく,治療期間中,継続的に支援することが求められる。

参考文献

1)
Prutipinyo C, Maikeow K, Sirichotiratana N. Self-care behaviours of chemotherapy patients. J Med Assoc Thai. 2012;95 Suppl 6:S30-7.
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NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology. Antiemesis. Version 2. 2023. https://www.nccn.org/guidelines/guidelines-detail?category=3&id=1415
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Lou Y, Yates P, McCarthy A, et al. Self-management of chemotherapy-related nausea and vomiting:a cross-sectional survey of Chinese cancer patients. Cancer Nurs. 2014;37:126-38.

CQ12
悪心・嘔吐の評価に,患者報告アウトカムを用いることは推奨されるか?

推奨の強さ1(強い)
エビデンスの強さB(中)
悪心・嘔吐の評価に,患者報告アウトカムを用いることを強く推奨する。

合意率:100%(22/22 名)

解説

患者報告アウトカム(PRO:patient-reported outcome)とは,患者自身が副作用の程度を判定する評価方法である。評価に医療従事者は介在しないため,患者自身が感じたままに評価した症状とその程度を治療担当者へ直接伝えることができる。

個々の患者に対する診療時間は限られており,患者-医療従事者間の情報格差,権威勾配も存在する。これらにより患者から担当医に限られた情報のみが伝達されるため,問診,診察のみでは副作用の把握は不十分になりがちである。患者の副作用の内容と程度を的確に医療従事者が把握するために,PRO を用いることを強く推奨する。

PRO には紙媒体で記載する患者日誌や診察前の質問票などと,電子媒体で行うePRO(患者報告アウトカム電子システム)もある。近年普及しつつあるモバイル端末を用いるePRO では,症状が発現した時点で報告が可能であることが特徴である。紙媒体,電子媒体にかかわらず,医療従事者はPRO から得られた情報をもとに適切な対応を行うべきである。

システマティックレビューの過程で評価したランダム化比較試験では,電話自動応答システム1,2)あるいはePRO3)が用いられ,その症状に応じて医療従事者が患者に介入する方法を採用していた。その多くが自宅など医療施設外で経時的に症状を報告し,症状が重篤な場合にはその都度,医療従事者が対応していた。その結果,QOL のみならず全生存期間を改善した研究4)も報告されている。一方,紙媒体による質問票を用いたランダム化比較試験はなかった。

このように,PRO を用いて医療従事者ががん薬物療法の副作用に対して迅速に対応する方法は,2023 年8 月時点で日本には普及・実装されていない。また,医療環境が海外と日本では異なるため,日本からのエビデンスを構築していく必要がある。

ePRO の収集と即応のシステムが日本に実装されるまでは,各施設で実施可能なPRO を用いるべきである。

❶本CQ の背景

がん薬物療法において最も発現が懸念され,不安視される有害事象の一つが,悪心・嘔吐である5)。がん薬物療法による悪心・嘔吐は患者の身体的・心理的負担となり,日常生活に大きく影響するため,適切な評価と効果的な治療ががん薬物療法の遂行に不可欠である。

外来がん薬物療法の普及によって,治療期間の大半を自宅で過ごすことが一般的になった。入院がん薬物療法であれば「今・ここで」の症状モニタリングが可能であるが,外来がん薬物療法においては「過去・あの場所」で生じた患者の症状をどのように収集・評価し,その後の治療において有害事象を可能な限り軽減できるのかが大きな課題となっている。

通常診療では患者による症状伝達がうまくいかない構造的な要因が存在する。悪心・嘔吐の程度を患者ではなく医療従事者が評価すると,過小/過大評価といったバイアスが発生し得る。そのため,患者が「過去・あの場所」で経験した悪心・嘔吐の症状を十分に医療従事者へ報告することは困難で,報告されたとしても患者が感じた通りに医療従事者が迅速・確実に評価することが難しい。

妥当性が検証されたPRO を用いて患者自身が評価,報告することによって,医療従事者は患者の症状を適切に評価することができる。さらにモバイル端末を用いたePRO であれば,病院外でも「今・ここで」の症状モニタリングが可能である。

このような背景のもと,がん薬物療法による悪心・嘔吐の評価にPRO を用いることが推奨されるかどうかをCQ に設定し,システマティックレビューを行った。

❷アウトカムの設定

本CQ では,がん薬物療法を受ける患者を対象に,患者報告アウトカムを用いた評価を行う場合と行わない場合を比較した際の「嘔吐抑制」「悪心抑制」「QOL」「コスト(人的資源)」の4 項目をアウトカムとして設定し,システマティックレビューを行った。悪心・嘔吐は間接的ではあるがQOL に強く影響すると判断し,QOL をアウトカムとした文献検索も行った。

❸採択された論文

本CQ に対する文献検索の結果,PubMed 211 編,Cochrane 161 編,CINAHL 178 編,医中誌115 編が抽出され,これにハンドサーチ1 編を加えた計666 編がスクリーニング対象となり,2 回のスクリーニングを経て抽出された3 編がシステマティックレビューの対象となった。

❹アウトカムごとのシステマティックレビュー結果

(1)悪心・嘔吐抑制

ランダム化比較試験が2 編1,2)抽出された。2 編とも単一のアウトカムとして悪心抑制,嘔吐抑制を評価していた。そのため今回のシステマティックレビューとしても悪心と嘔吐を分けず,単一のアウトカムとして記載した。

1 編1)は患者報告を用いた評価を行い,報告された症状が重ければ医療従事者側へ通知する群と,患者報告のみの群の比較であった。悪心・嘔吐を含む種々の症状の強さ,生活への支障について両群間に差はなかった。しかし,介入群で強い症状が発現したとしても医療従事者は連絡を受けるだけであり,結果として介入群で患者への対応を迅速に行わない試験デザインであった。ここを改善点として同じグループが再度行った試験がもう1 編の研究2)である。両群とも患者報告を用いた評価を行い,症状を自己管理する患者教育と医療従事者による電話でのフォローアップの有無で比較が行われ,悪心・嘔吐スコアの重症度が介入群で低いという結果であった。

両ランダム化比較試験で明確に試験治療群の介入の内容が変更されているため均質な研究とはみなし難く,メタアナリシスは行わなかった。いずれのランダム化比較試験にもコンシールメント,盲検化等のバイアスリスク,介入の非直接性の問題があった。
エビデンスの強さB(中)

(2)QOL

ランダム化比較試験が1 編抽出された3)。Web ベースのePRO を行う群と通常のケアの群にランダム化された。ePRO 群でQOL 改善のあった患者が多く,悪化のあった患者が少なかった。中程度のコンシールメント,盲検化等のバイアスリスクの問題があった。
エビデンスの強さC(弱)

(3)コスト(人的資源)

コストを評価した研究は抽出されなかったため,評価不能とした。

❺システマティックレビューのまとめ・考察

(1)益のまとめ

バイアスリスクと非直接性の問題があること,QOL について評価したランダム化比較試験が1 編しかないことには注意が必要だが,患者報告を用いた評価を行うことにより患者に益がもたらされる根拠は存在すると考えられる。

(2)害のまとめ

害を評価した研究は抽出されなかったため,評価不能であった。

(3)患者の価値観・好み

医療従事者と患者の関係には,時間的,情報的な制限と権威勾配があり,それらの不利な条件下で自らの症状とその影響を伝える労力は患者にとって過剰な負担である。そのため,PRO への期待は患者にとって大きいものがある。

(4)コスト・資源

コストを評価した研究は抽出されなかったため,評価不能である。

(5)総括

システマティックレビューでは,PRO を用いることにより悪心・嘔吐の抑制,QOL の改善が得られるとする研究は存在するが,エビデンスの強さは高くなかった。システマティックレビューに採択されたランダム化比較試験は医療制度・医療文化の異なる米国での研究であり,その結果を本邦に適用するには慎重な検討が必要であるものの,悪心・嘔吐を可能な限り軽減するために患者の主観的評価を反映したPRO を診療に用いること自体は有用と考えられる。

❻推奨決定会議における協議と投票の結果

推奨決定会議に参加した改訂WG 委員は23 名(医師16 名,看護師3 名,薬剤師2 名,患者2 名)であった。投票時は,本ガイドラインのCOI 管理方針に基づいて各委員が自己申告を行い,中島委員はCOI により投票には参加しなかった。

システマティックレビューレポートに基づいて,推奨草案「悪心・嘔吐の評価に,患者報告アウトカムを用いることを強く推奨する。」が提示され,推奨決定の協議と投票の結果,22 名中22 名が原案に賛同し,合意形成に至った。

❼今後の研究課題

全生存期間,QOL をアウトカムとしたePRO の有用性を検証するランダム化比較試験〔PRO-MOTE 試験(UMIN000042447)〕が本邦で進行中であり,結果が待たれる。

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Ⅷ 制吐療法の医療経済評価

1背景

近年,がん医療全体について新規薬剤,治療法の登場で治療成績の目覚ましい向上がある一方,経済毒性(financial toxicity)1)と称される,患者の経済的負担が増している。医療費の高騰を受け,社会全体としても医療の持続可能性について議論が行われている。

制吐薬においても同様で,新規薬剤の開発が進み,治療成績が向上している一方,薬剤費の高騰により患者個人,社会全体の負担も増加している。このことが制吐薬に関しても医療経済評価が求められている所以である。

医療経済評価には誰の視点からの費用負担なのかを意識することの重要性が指摘されている2)。医療経済評価では,患者個人の視点(individual perspective)と,社会集団としての視点(population perspective)の2 つの区別が明確になされるべきである。患者個人の視点でいうと,主な費用はその制吐効果に対する支払いであり,そのバランスによって論ぜられるべきということになる。一方,社会集団としての視点からの医療経済評価は臨床試験をもとに検討される。これは医療技術を評価してその技術あるいは薬物を国として認可すべきかの検討,あるいは保険収載時や収載後に薬価を決定する資料とするためであることが多い。その際に計算される費用は,社会が投入する資源の量であり,個々の患者が負担する費用ではない。

社会集団の視点から行われた経済評価の結果を患者個人に単純に当てはめることはできない。公的医療保険の仕組みによって,患者個人が負担する費用と,社会全体が負担する費用には乖離があるからである。さらに,包括支払いなどの制度が加味されると,患者の負担を医療提供側が肩代わりするということもあり得るために,その検討は複雑になる。

治療によって効果・利益を得られるのは患者個人が中心であり,診療ガイドラインは通常,個人としての患者アウトカムの最大化を目指すのが通例である。その意味で診療ガイドラインは個人の視点でつくられるといえる。対して,医療経済評価は多くが社会集団の視点でなされるため,その結果を個人の視点のガイドライン推奨にそのまま反映させることはできない。

医療の持続性の観点から制吐療法においても医療経済評価は必要であるが,前述のように検討に際して克服すべき課題は多い。今後の議論に資するため,本ガイドラインでは「制吐療法選択時に費用対効果を考慮することが推奨されるか?」というCQ を立て,システマティックレビューを行った。

2システマティックレビューの結果

定式化された文献検索の手順に従って,費用対効果を考慮した場合としなかった場合を比較した研究を検索した。直接的にそのような比較をしている報告は抽出されなかったが,制吐療法自体の費用対効果を検討した研究は多数あり,制吐療法の費用対効果自体は研究課題として重要な問題であることが反映されていると考えられた。

3制吐薬の費用の評価

各制吐薬の薬価は大きく異なり,非常に高額のものがあることから,費用が注目されるのは自然な流れであり,その検証には個人の負担する費用と効果を比較する解析が必要になるが,文献検索では利用可能な研究は抽出されなかった。もし,そのような研究が存在したとしても,本邦の医療保険制度では,患者によって負担割合が異なること,高額療養費制度によって月ごとに負担限度額が決められていることにより,患者ごとまた月の中での使用時期や他の診療費用との兼ね合いによって負担が異なるため,検証による知見を一般化することは困難であると考えられた。

4個別性を考慮した制吐薬の費用

臨床現場において,個々の患者の状況に合わせて制吐薬を使用する場合に費用を考慮すべきかは,研究として行われる経済評価の結果には当てはまらない。むしろ個々の患者に対する費用負担は,経済毒性として,患者に必要ながん医療を提供する際の避けられない有害事象の一つである。

単に薬剤費の低減という意味では後発品の活用は一つの方策であるが,費用負担の捉え方は個々の患者で異なり,実際の負担額もまた,適用される医療保険や生活状況によって忍容性は異なる。医療従事者は,個々の患者の制吐薬使用の必要性とともに費用負担も考慮し,また医療機関あるいは社会が負担する費用も考慮して医療を提供すべきである。

5今後の研究課題

以上より,費用考慮の有無を直接比較する研究は成立しないと考えられたが,特定の費用推定法などが提案された場合に従来の費用考慮のみとの比較は成り立つため,今後の研究が望まれる。

さらに,不要な薬を使わないことが患者の心理的負担の軽減や副作用リスク低減につながると考えられることから,どのような患者・状況において,標準的な予防的制吐療法の中で一部の制吐薬が省略可能か,といった課題を解決するような研究も今後望まれる。例えば,1 サイクル目に標準的な多剤併用の予防的制吐療法を行ったがまったく悪心が生じなかった患者には,2 サイクル目から制吐薬を一部減らせるか,悪心・嘔吐リスクの低い患者(高齢の男性,飲酒習慣なし,など)に対して制吐薬を減らせるか,といった研究を行うことが今後必要になると考えられる。

参考文献

1)
Zafar SY, Abernethy AP. Financial toxicity, Part Ⅰ:a new name for a growing problem. Oncology(Williston Park). 2013;27:80-1, 149.
2)
Minds 診療ガイドライン作成マニュアル編集委員会編.第5 章 医療経済評価.Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver. 3.0.公益財団法人日本医療機能評価機構,2021.https://minds.jcqhc.or.jp/methods/cpg-development/minds-manual/