刊行にあたって

Minds のガイドラインライブラリで「がん」と入力して検索すると380 ものガイドラインが出てきます(2023 年8 月現在)。高血圧や糖尿病などの成人病よりもはるかに多い数のがんに関するガイドラインが存在するということは,それだけ多くの医師,医療関係者,患者,一般市民が困っているということを示しているのだと思います。日本癌治療学会はがんに関する診療ガイドラインを多数作成していますが,臓器・領域横断的な学会として,特にがんの支持療法に関するガイドラインに力を入れています。その代表的なものが「制吐薬適正使用ガイドライン」です。

「制吐薬適正使用ガイドライン」は2010 年に初版を刊行し,2015 年に第2 版,途中の部分改訂を挟みながら,8 年という長い歳月を経て,このたび全面改訂し,第3 版となりました。この第3 版の大きな特徴は,Minds の指針に従い,CQ(clinical question)に対してシステマティックレビューを行い,エビデンス総体を評価したことです。今では当たり前になりましたシステマティックレビューという手法は膨大なマンパワーを要しますが,客観的,普遍的で,エビデンスの評価手法としての信頼性は最も高いとされています。

昔から,抗がん薬による副作用として,悪心・嘔吐は最も患者さんを悩ませていた症状です。これらの症状をコントロールすることは,患者さんの苦痛を取ると同時に薬物のコンプライアンスを上げて,がん治療の成績そのものを大きく向上させてきました。しかし,現在でも「がん治療において,身体的なつらさがある時にすぐに医療スタッフ相談ができると思う患者の割合は46.5%」(第4 期がん対策基本計画より)と半数に至っていません。副作用を軽減するための支持療法を発達させると同時に,我々医療スタッフが症状や治療についての十分な知識をもち,患者さんに寄り添うことにより,真の意味で患者さんが安心して治療に専念できる環境が整うのだと思います。

青儀健二郎委員長のもと,本ガイドラインの作成に携わってこられた制吐薬適正使用ガイドライン改訂ワーキンググループ,システマティックレビューチームをはじめ,制吐薬適正使用ガイドライン評価ワーキンググループ,がん診療ガイドライン作成・改訂委員会,がん診療ガイドライン評価委員会,ガイドライン作成事務局など多くの方々に深謝申し上げます。

このガイドラインが多くの医療関係者,患者さん,市民の方に活用され,臨床の現場で生かされることを祈念しております。

2023 年9 月

一般社団法人日本癌治療学会
理事長 土岐 祐一郎