はじめに

『大腸癌治療ガイドライン医師用2005 年版』が刊行されて以降,2009 年版,2010 年版と改訂を重ね,この2014 年版は3 回目の改訂となります。今回の改訂に際しても,2010 年版刊行以降に報告された臨床試験の結果や,新たに保険適応となった検査法・治療法や薬剤についての知見を含め,ガイドライン作成委員会にて討議が重ねられました。内視鏡治療や外科治療の領域では,内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)や腹腔鏡手術などの新しい治療法について,実地臨床での普及度やこれまで積み重ねられてきた経験なども踏まえ,委員のコンセンサスに基づいた改訂が行われました。化学療法の領域では,欧米で行われた臨床試験の結果ばかりでなく,日本で行われた第Ⅲ相大規模臨床試験の結果もようやく採用されるようになりました。日本では,2000 年代に入って大腸癌に関する第V相臨床試験が幾つも行われ,最近ではそれらの結果が次々に公表されるようになってきています。内視鏡診断技術や医療保険制度など,日本の大腸癌診療をめぐる環境は欧米諸国とは異なります。近い将来,日本で行われた第Ⅲ相臨床試験を中心に,より日本の実情に合ったガイドラインを提示できるようになればと期待しています。

また,『大腸癌治療ガイドライン』は,大腸癌の標準的な治療方針を示すことによって治療の均てん化を図り,最終的には日本の大腸癌の治療成績の向上と大腸癌患者さんのQOL の改善を目的としています。これらの目的の達成のためには,①ガイドラインの普及,次に②ガイドラインで推奨されている治療の普及,そして③生存率の改善や手術合併症の減少などの予後の改善,という3 つのステップがあります。初版の刊行から8 年以上が経過し,本ガイドラインは,これらのステップが達成されているかを検証するべき新たな時期に来ていると言えます。大腸癌研究会ではあらゆる機会を通してガイドラインの普及を推し進めており,現在までに約89,800 冊が販売されています。また,第2 のステップの検証として,ガイドラインで推奨されている治療が実施されている割合の調査にも2012 年から着手しました。今後は適切な時期を待って,ガイドラインの刊行に伴う生存率や再発率の変化も検討する予定です。

大腸癌研究会では,大腸癌の診療における様々な問題を解決するため,プロジェクト研究などの先進的な活動を活発に行い,その成果をガイドラインや取扱い規約に盛り込んできました。今後も大腸癌研究会は,日本のがん治療の均てん化を推進するリーダー的存在となり,多くの大腸癌患者さんが安心して治療が受けられるような,実地臨床に役立つガイドラインを発信していきたいと思います。

2014 年1 月10 日

大腸癌研究会会長
杉原健一


2010 年版 序


2010 年版 序

2009 年7 月に『大腸癌治療ガイドライン医師用2009 年版』が刊行されて以降,新たな大腸癌治療薬の保険収載や適応拡大がなされ,そのいずれもが大腸癌治療に重要な役割を占めています。そのため,ガイドライン作成委員会では,実地臨床の現場に正しい情報と適切な評価をすみやかに伝えることが大切であると判断し,この度,昨年に引き続いて新たに『大腸癌治療ガイドライン医師用2010 年版』を作成することとなりました。したがって,今版の改訂は化学療法の領域のみとなります。

大腸癌化学療法のレジメンが多様化し,治癒切除後の補助療法,切除不能大腸癌に対する一次治療や二次治療のいずれにおいても,いったいどのレジメンを選んだらいいのか,非常に迷うようになりました。臨床試験の結果を参考にしながらレジメンを選択するのですが,臨床試験の主要評価項目はあくまでも生存期間であり,生存期間が優れているレジメンがより治療効果が高いと評価されます。しかし,実地臨床では,生存期間のみならず副作用の種類や頻度・程度とその対策,患者さん個人の考え方やライフスタイルなども考慮して,レジメンを選択しています。治療効果が高いレジメンは副作用も高度な場合が多く,また,分子標的薬は独特の副作用を呈します。患者さんに提示するレジメンの副作用とその対策を十分に熟知して,診療にあたっていただきたいと思います。また,内視鏡治療や外科治療における日本と欧米との違いはよく知られていることですが,化学療法の領域でも違いがあります。“切除不能”の基準,再発大腸癌における再発の程度(再発時の腫瘍量)が日本と欧米では異なることも知っておいていただきたいと思います。

新たな化学療法を熟知し,大腸癌の患者さんの治療に役立てていただきたいと思います。

2010 年6 月30 日

大腸癌研究会会長
杉原健一


2009 年版 序


2009 年版 序

『大腸癌治療ガイドライン医師用2005 年版』は2005 年7 月に出版されてから2009 年5 月までに31,000 冊が販売されました。ガイドラインが刊行されるまでは,大腸癌治療を専門にしている医師にはコンセンサスとしての標準的な大腸癌の治療法があり,その治療成績は世界のトップであることが示されていました。一方,この25 年間に大腸癌の罹患数は約4 倍に増え,平成14 年の大腸癌罹患数は10 万5,195 人(地域がん登録全国推計値)であり,平成20 年の大腸癌死亡数は4 万2,998 人(平成20 年人口動態統計月報年計)となりました。これだけ多くの方が大腸癌に罹患するようになった現在,多数の方は必ずしも大腸癌治療の専門施設・専門の医師の治療を受けているわけではないことが推測されます。大腸癌研究会はこのような状況を鑑み,大腸癌治療ガイドラインを作成することにより標準治療を普及させ,日本全国の大腸癌治療の質や治療成績の向上を目指しました。ガイドライン作成の成果は治療成績の向上で評価すべきですが,現状では,日本全体の大腸癌治療成績を適正に評価する方法はありません。しかし,『大腸癌治療ガイドライン医師用2005 年版』が3 万冊以上売れたことから,提示された標準治療がかなり普及しているものと思います。

ガイドラインが作成された後も,その普及のためにさまざまな活動やアンケート調査が行われました。その後,2007 年7 月に本版の作成のためにガイドライン作成委員会を改組し,活動を開始しました。本版の作成においては,論文検索を網羅的に行い,大腸癌研究会の委員会やプロジェクト研究の研究成果を踏まえ,大腸癌治療の専門家の討論により,標準治療を提示しています。日本と欧米では大腸癌に関する診断学および手術に対する考え方やその成績が異なること,内視鏡治療や手術ではランダム化比較試験がほとんどないこと,からエビデンスレベルや推奨度の設定がかなり困難です。このようなことから,本版では独自の推奨度カテゴリーを設定しました。

大腸癌研究会では大腸癌の診療における問題を解決するために,問題提起を行い,委員会やプロジェクト研究を通して1 つずつ解決し,それを規約やガイドラインに盛り込んできています。一方,本邦でも大腸癌治療に関する大規模臨床試験がいくつも行われ,それぞれ1,000 例以上の症例集積が完遂されていて,数年内にはそれらの成果も公表されるものと思います。今後も大腸癌治療ガイドラインの改訂を継続していきますが,日本と欧米との大腸癌診療の違いを踏まえたうえで標準治療の普及を目指したいと思います。

2009 年6 月30 日

大腸癌研究会会長
杉原健一


初版 序


初版 序

人は誰しも,どの病院へ行っても同質のがん医療が受けられることを期待している。同質でしかも質の高いがん医療を,病院の如何を問わずに提供することががん医療の理想の姿であるが,現実は決してそうではない。がん相談,がんのセカンドオピニオンなどから得られる情報から推察すると,医師が説明する内容が違う,あるいは治療方針が違うために,現場では多くの患者さん達が混乱していることが少なくないようである。厚労省が,がん治療の均てん化(生物がひとしく雨露の恵みにうるおうように,各人が平等に利益を得ること)を目指して,全国にがん拠点病院を選定し,がん医療の質の向上と均一化に着手したことは,正に時代の要望に則した対応であり,評価されるべき政策であると思う。しかし,どの様にして均てん化を行うかという大きな課題も残されていて,理想からはまだ程遠いのが現状である。

この様な実状と社会的要請に対応すべく,大腸癌治療の均てん化を目指して,大腸癌研究会の中に大腸癌治療ガイドライン作成委員会が設置されたのは2003 年7 月のことであった。本ガイドラインは,大腸癌治療に従事する医師を対象に,大腸癌治療の指針を示すものであるが,これによって,①大腸癌の標準的治療方針の提示,②施設間格差の解消,③過剰診療・治療,過小診療・治療の解消,などが可能になることを期待している。本ガイドラインは大腸癌研究会内の作成委員会と評価委員会の熱心な討議の末に出来上がったものであるが,今後のがん医療の変化に則して改訂を重ね,より良いものに変えていきたいと考えている。ガイドラインは多岐にわたる大腸癌に対する治療法のメニューを示したものであり,決して治療方針を限定しているものではないことも明記しておきたい。今後さらに,なるべく早い時期に一般向けのがんガイドラインを作成して,患者・医師の相互理解を深める一助にしたいと思っている。

本ガイドラインが大腸癌治療に携わる医師の日常診療に,少しでも役立つことを期待して止まない。

2005 年6 月30 日

大腸癌研究会会長
武藤徹一郎