成人の精巣に発生する腫瘍の大半は胚細胞腫であり,本ガイドラインは,「精巣胚細胞腫瘍」の診療に主眼を置くこととする。
精巣腫瘍の発生率は,人口10 万人あたり1―2 人とまれな疾患である。小児期にも小さなピークがあるが,最大のピークが20―30 歳台であり,これらの年代における悪性新生物の中では最も発生頻度が高い。また,比較的早期から転移をきたすことが知られており,悪性度が高いことも特徴の1 つである。
精巣腫瘍の約50%は,転移を認めないStage Tのセミノーマであり,経過観察や予防的放射線療法が選択され,Stage Tの非セミノーマに関しては,経過観察,化学療法,即時の後腹膜リンパ節郭清などの選択肢がある。これらの早期精巣腫瘍に関しては,再発の際いかに早く発見できるか,またいかに再発率を低下させるかが主要な課題である
精巣腫瘍の約30%の症例は,転移を有する進行性精巣腫瘍として認められるが,シスプラチンの導入以降,たとえ転移を認めても,抗がん剤による化学療法が著効し,転移のある症例の約80%を治癒に導くことができるようになった。特に1997 年にInternational Germ Cell Cancer Collaborative Group(IGCCCG)からIGCCC(International Germ Cell Classification)が発表されて以来,転移を有する精巣腫瘍の治療指針がある程度,整えられたといえる。
しかしながら,導入化学療法であるBEP 療法が適切に行われなかった場合や,導入化学療法に抵抗性を示す場合,非常に治療に難渋する場合があるのも事実である。この場合,救済化学療法が必要になるが,以前から行われていたVIP 療法やVeIP 療法では満足のいく成績が得られず,大量化学療法が試みられたが,明らかな優位性は証明されていない。新規抗癌剤として,パクリタキセルやゲムシタビン,イリノテカンといった薬剤が使用され,特にパクリタキセルは本邦でも保険診療が可能となった。また,化学療法後の残存腫瘍に対する方針も非常に重要であり,現状では,可能であれば後腹膜リンパ節郭清などにより残存腫瘍は全て摘除することが望ましいと考えられる。摘出腫瘍に残存癌を認める場合は,補助化学療法が考慮される。
青年期・壮年期に発生し長期生存が望めるため,晩期合併症や忍容性の問題が付きまとう。このため,精子保存や5 年目以降も継続的な経過観察が必要となる。
以上のように,精巣胚細胞腫瘍は,転移があったとしても根治の望める数少ない固形癌であるが,一部の症例は難治例となる。また,化学療法後の残存腫瘍切除には高度な技術が要求されることおよび複数領域の医師による「集学的治療」が必要となることから,経験豊富な施設で系統的な治療が行われることが望まれる。
精巣腫瘍診療ガイドラインは,一般実地医家および一般泌尿器科を対象として,精巣腫瘍に関してevidence based medicine の手法に基づいた,効果的・効率的な診療を体系化することを目的とする。
日本泌尿器科学会では泌尿器癌に対するガイドライン作成および改訂を進めており,その一環として精巣腫瘍に対して,平成24 年10 月に,京都府立医科大学泌尿器科 三木恒治教授を委員長として,委員16 名,事務局2 名の構成で「精巣腫瘍診療ガイドライン」作成委員会を組織した(表1)。
委員長 | 1 |
三木 恒治(京都府立医科大学) |
東部B | 2 |
荒井陽一(東北大学) |
3 |
羽渕友則(秋田大学) | |
4 |
篠原信雄(北海道大学) | |
東部A | 5 |
河合弘二(筑波大学) |
6 |
小川良雄(昭和大学) | |
7 |
近藤幸尋(日本医大) | |
中部 | 8 |
野々村祝夫(大阪大学) | 9 |
原 勲(和歌山県立医科大学) |
西部 | 10 |
金山博臣(徳島大学) |
11 |
松原昭郎(広島大学) | |
12 |
中川昌之(鹿児島大学) | |
他科 | 13 |
坂田耕一(放射線科)(札幌医科大学) |
14 |
安藤正志(腫瘍内科)(愛知県がんセンター) | |
文献検索 | 樋之津史郎(新医療研究開発センター)(岡山大学) | |
山口直比古(日本医学図書館協会[個人会員]) | ||
事務 | 15 |
中村晃和(京都府立医科大学) |
16 |
垣本健一(大阪府立成人病センター) | |
外部評価委員 | 平岡真寛(放射線科)(京都大学) | |
勝俣範之(腫瘍内科)(日本医科大学) | ||
藤元博行(国立がん研究センター) | ||
永森 聡(北海道がんセンター) | ||
鳶巣賢一(都立駒込病院) |
本ガイドラインは,Minds「診療ガイドライン作成の手引き」に基づいて作成した。
まず初版のクリニカルクエスチョン(CQ)を見直し,統合や変更を行った。その結果,32 項目あったCQ を30 項目とし,HCG 測定に関する注意点をコラムという形で追加した。文献検索のためのkey word を設定し,2006 年―検索辞典に出版された文献をPubMed および医学中央雑誌を用いて検索した。検索にあたっては,日本医学図書館協会の協力を得て,山口直比古先生および樋之津史郎先生を中心に行った。また,期間外の文献でも重要な文献に関しては,各委員の裁量で適宜追加を行った。
各CQ に対して,必要な文献を抽出し,先に述べた海外のガイドラインとも照らし合わせて適切な文献が選択されているかを確認したのち,各CQ に対する本文作成,つまり,推奨グレード・解説の作成を行った。各CQ で引用された文献に対して,各委員の所属する大学および関連施設の協力を得て,批判的吟味を加え,構造化抄録の作成を行った。
なお,エビデンスレベル,推奨グレードはMinds「診療ガイドライン作成の手引き」の基準を用いて作成したが(表2),エビデンスレベルの低いまたは評価の分かれるものに関しては,作成委員会の議論および合意を反映することとした。本ガイドライン公開に当たっては,外部委員の評価を受けた(表1)。
(Minds 「診療ガイドライン作成の手引き」の基準)
A | 強い根拠があり,行うよう強く勧められる |
---|---|
B | 科学的根拠があり,行うよう勧められる |
C1 | 科学的根拠はないが,行うよう勧められる |
C2 | 科学的根拠がなく,行わないよう勧められる |
D | 無効性あるいは害を示す科学的根拠があり,行わないよう勧められる |
Ⅰ | システマティックレビュー/RCT のメタアナリシス |
---|---|
Ⅱ | 1 つ以上のランダム化比較試験による |
Ⅲ | 非ランダム化比較試験による |
Ⅳa | 分析疫学的研究(コホート研究) |
Ⅳb | 分析疫学的研究(症例対照研究,横断研究) |
Ⅴ | 記述研究(症例報告やケース・シリーズ) |
Ⅵ | 患者データに基づかない,専門委員会や専門家個人の意見 |
ガイドラインは,作成時点での標準的と考えられる診断・治療における指針であり,運用に際しては現場の実情,患者の特性などに応じて柔軟に使用すべきものである。また,エビデンスの根幹をなす文献については,本邦での文献が主体であることが望ましいが,わが国ではrandomized control trial が少なく,海外の文献が主体となっていることに注意を払う必要がある。
本ガイドラインは,広く利用されるために,出版物として公表し,日本泌尿器科学会,日本癌治療学会およびMinds のホームページから,医療従事者および一般市民向けに公開する。また,構造化抄録に関しては,日本泌尿器科学会のホームページで公開する。
本ガイドライン作成に関与した委員および評価者は,特定の利益団体との関与はなく,委員相互の利害対立もないことが確認されている。各委員の利益相反は,日本泌尿器科学会に届けている。
公開後,泌尿器科学会を中心に各関係者からの評価を受け,また新しいエビデンスを勘案し,3 年をめどに改訂作業を行う予定である。