本ガイドラインについて

1. 本ガイドライン作成の経緯

がんに対する薬物療法の重要な有害事象に腎障害があり,とくに慢性腎臓病を合併した患者での抗がん化学療法は,腎機能が低下するリスクとのバランスを十分に検討する必要がある。しかしこれまで,臨床の現場では医師の経験と勘によって治療がなされてきたため,エビデンスに基づくガイドラインが求められていた。

本ガイドラインは,臨床上の疑問(クリニカル・クエスチョン:CQ)とそれに対する推奨を作成することによって,実際の臨床において具体的に活用できる内容とすることを目指した。がんに対して用いる薬物はきわめて多岐にわたり,その腎障害の病態や,投与薬剤量の調整もさまざまである。CQ の設定にあたっては可能な限り網羅的に取り上げることを意識した。既存のガイドラインだけでなく,現在作成中の急性腎障害診療ガイドライン(日本腎臓学会,日本透析医学会,日本急性血液浄化学会,日本集中治療医学会,日本小児腎臓病学会など)との整合性も考慮した。

2. 本ガイドライン作成の目的と想定利用者および社会的意義

本書は,がん薬物療法を行う患者の腎障害についてのガイドラインである。がんに対する医師,薬剤師,看護師,その他のすべての医療従事者を対象に,日常診療においてよく遭遇すると考えられるCQ についての判断材料になることを企図している。がん診療医の実際の診療における疑問にできるだけ具体的に回答し,現在の標準的な考え方および具体的な診療内容を伝えることにより,臨床決断を支援することを目的とした。ただし,われわれが診療するのは「がん」ではなく,あくまで「がん患者」であり,個々の診療行為にあたっては画一的な診療で対応するのではなく,患者の個別性を十分に尊重することが望ましい。

なお,本ガイドラインは医事紛争や医療訴訟における判断基準を示すものではないことを明記しておく。

3. 本ガイドラインが対象とする患者

すべての成人がん患者を対象とし,小児がん患者は対象としていない。がんに対する薬物療法による直接的な腎障害を対象としており,たとえばがん長期生存患者の他の原因による腎障害については対象としていない。

4. 作成組織

本ガイドライン作成の大きな特徴として,日本腎臓学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会の四つの異なる学会からのメンバーが参加したことにある。作成組織を表1 に示した。現在のがん診療および腎疾患に携わる主要なほとんどのグループを網羅しているため,現在のわが国における標準的な考え方をまとめることができた。さらに本ガイドラインは,「Minds 診療ガイドライン作成の手引き2014」に準拠し,Minds 診療ガイドライン作成支援ツール「GUIDE」を利用したため,アドバイザーとしてMinds より福井次矢,中山健夫両先生にご参加いただいた。作成委員会にて的確なアドバイスをいただき,議論の迷走を防いでいただいた。この場を借りて感謝申しあげたい。

表1 本ガイドライン作成組織
(1)診療ガイドライン作成主体

日本腎臓学会
日本癌治療学会
日本臨床腫瘍学会
日本腎臓病薬物療法学会

(2)診療ガイドライン統括委員会
氏名 所属機関/ 専門分野 所属学会 作成上の役割
柏原直樹 川崎医科大学腎臓・高血圧内科学 日本腎臓学会 学術委員会
大家基嗣 慶應義塾大学医学部泌尿器科 日本腎臓学会 学術委員会
岡田浩一 埼玉医科大学腎臓内科 日本腎臓学会 学術委員会
南学正臣 東京大学大学院医学系研究科
腎臓内分泌内科
日本腎臓学会 学術委員会
(3)診療ガイドライン作成事務局
氏名 所属機関/ 専門分野 所属学会 作成上の役割
武藤 智 帝京大学医学部泌尿器科 日本腎臓学会 事務局統括
福田喜美子   日本腎臓学会 事務局
織田美佐緒   日本癌治療学会 事務局
多田千春   日本臨床腫瘍学会 事務局
西澤展美   日本臨床腫瘍学会 事務局
(4)診療ガイドライン作成グループ
氏名 所属機関/ 専門分野 所属学会 作成上の役割
堀江重郎 順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学 日本腎臓学会 作成全体の統括
安田宜成 名古屋大学大学院医学系研究科
病態内科学講座腎臓内科
日本腎臓学会 作成委員
小松康宏 聖路加国際病院内科 日本腎臓学会 作成委員
大家基嗣 慶應義塾大学医学部泌尿器科 日本腎臓学会 作成委員
南学正臣 東京大学大学院医学系研究科
腎臓内分泌内科
日本腎臓学会 作成委員
柳田素子 京都大学大学院医学研究科腎臓内科 日本腎臓学会 作成委員
武藤 智 帝京大学医学部泌尿器科 日本腎臓学会 作成委員
北川雄光 慶應義塾大学医学部外科 日本癌治療学会 作成委員
桑野博行 群馬大学大学院医学系研究科病態総合外科 日本癌治療学会 作成委員
西山博之 筑波大学医学医療系腎泌尿器外科学 日本癌治療学会 作成委員
石岡千加史 東北大学加齢医学研究所臨床腫瘍学分野 日本癌治療学会 作成委員
高石官均 慶應義塾大学医学部腫瘍センター 日本癌治療学会 作成委員
下平秀樹 東北大学病院腫瘍内科 日本癌治療学会 協力委員
茂木 晃 群馬大学大学院医学系研究科病態総合外科 日本癌治療学会 協力委員
安藤雄一 名古屋大学医学部附属病院 日本臨床腫瘍学会 作成委員
松本光史 兵庫県立がんセンター腫瘍内科 日本臨床腫瘍学会 作成委員
門脇大介 熊本大学薬学部臨床薬理学 日本腎臓病薬物療法学会 作成委員
福井次矢 聖路加国際病院 Minds アドバイザー
中山健夫 京都大学大学院医学研究科
社会健康医学系専攻健康情報学分野
Minds アドバイザー
(5)システマティックレビューチーム
氏名 所属機関/ 専門分野 所属学会 作成上の役割
杉浦正一郎 帝京大学医学部泌尿器科 日本腎臓学会 システマティックレビュー
高畑創平 順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学 日本腎臓学会 システマティックレビュー
長谷川正宇 聖路加国際病院 日本腎臓学会 システマティックレビュー
近藤尚哉 京都大学大学院医学研究科腎臓内科 日本腎臓学会 システマティックレビュー
水野隆一 慶應義塾大学医学部泌尿器科 日本腎臓学会 システマティックレビュー
塚本達雄 京都大学大学院医学研究科腎臓内科 日本腎臓学会 システマティックレビュー
松原 雄 京都大学大学院医学研究科腎臓内科 日本腎臓学会 システマティックレビュー
比良野圭太 京都大学大学院医学研究科腎臓内科 日本腎臓学会 システマティックレビュー
河合弘二 筑波大学医学医療系腎泌尿器外科学 日本癌治療学会 システマティックレビュー
酒井 真 群馬大学大学院医学研究科病態総合外科 日本癌治療学会 システマティックレビュー
染谷健次 群馬大学医学部附属病院薬剤部 日本癌治療学会 システマティックレビュー
浜本康夫 慶應義塾大学医学部腫瘍センター 日本癌治療学会 システマティックレビュー
足立雅之 慶應義塾大学医学部消化器内科 日本癌治療学会 システマティックレビュー
堀部昌靖 慶應義塾大学医学部消化器内科 日本癌治療学会 システマティックレビュー
川崎健太 慶應義塾大学医学部消化器内科 日本癌治療学会 システマティックレビュー
松岡 歩 名古屋大学医学部附属病院 日本臨床腫瘍学会 システマティックレビュー
加藤有紀子 名古屋大学医学部附属病院 日本臨床腫瘍学会 システマティックレビュー
猿渡淳二 熊本大学大学院生命科学研究部(薬学系)
薬物治療学分野
日本腎臓病薬物療法学会 システマティックレビュー

5. 作成方法

ガイドライン作成手順およびスケジュール
 ガイドライン作成手順およびスケジュール

作成手順をに示した。まず作成委員が101 個のCQ を作成・列挙し,そのなかから16 個を採用した。それぞれのCQ ごとに文献検索のためのキーワードを設定し,文献検索を行ったあと,システマティックレビュー委員による各文献の評価,ガイドライン作成委員による推奨の決定と解説の作成,各学会のパブリックコメントを経て,各学会理事会で承認された。

6. システマティックレビュー

日本医学図書館協会に依頼し文献検索を行った。キーワードから抽出されたすべての論文タイプを対象にした。遡及検索年代は1970 年〜 2014 年,検索データベースはPubMed,医中誌Web,The Cochrane Library である。エビデンスの評価は「Minds 診療ガイドライン作成の手引き2014」に準じた(表2)。一次スクリーニング,二次スクリーニング,評価シート作成までシステマティックレビューチームが行った。各CQ のデータベース検索結果と文献評価シートは各学会のウェブサイトに掲載する。必要に応じてご参照いただきたい。

表2  システマティックレビューのエビデンス総体の強さの評価と定義
A(強) :効果の推定値に強く確信がある
B(中) :効果の推定値に中程度の確信がある
C(弱) :効果の推定値に対する確信は限定的である
D(とても弱い) :効果の推定値がほとんど確信できない

7. 推奨作成

推奨グレードの決定は,システマティックレビューチームからのエビデンス総体の評価を基に,利得と害/副作用/リスクのあいだのトレードオフ・バランスを考慮して作成した。ガイドライン作成委員会で合議し, informal consensus 方式で決定し,その判断理由を記載した。推奨の強さは以下の①〜④から選択した。

  1. 行うことを強く推奨する
  2. 行うことを弱く推奨する(提案する)
  3. 行わないことを弱く推奨する(提案する)
  4. 行わないことを強く推奨する

原則としてわが国における標準的な治療を推奨することとしたが,必ずしも保険適用の有無にはこだわっていない。

8. 外部評価

本ガイドラインは,草案を関連4 学会(日本腎臓学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会)のウェブサイトで公開し,パブリックコメントを受けた。各パブリックコメントと,それに対するわれわれの回答を各学会のウェブサイトに掲載する。なお発刊後にAGREE II の評価を受ける予定である。

9. 本ガイドライン作成上の問題点

9. 1 がんに対する薬物療法施行時の腎機能の評価

がんに対する薬物療法における腎障害をどのように評価するか確立していない。たとえば実際の臨床で腎機能の評価に用いられる血清クレアチニン値やeGFR に問題があるという認識はコンセンサスが得られているが,がんに対する薬物療法施行前後にどのように腎機能を評価するかは現在確立していない。無論,代理マーカーも同様である。

9. 2 がんに対する薬物の多様性

 「抗がん剤」といっても,非常に多くの薬物が存在する。それぞれの薬物で腎機能に対する影響は異なり,それを個別に論じることは本ガイドラインの趣旨ではない。実際のがん治療においてよく遭遇するCQ を採用しているため,どうしても汎用されている薬物を中心に論じることになった。より幅広いがん種および薬物の種類については,今後の課題とさせていただきたい。

9. 3 医療経済との関係

 本ガイドラインでは医療経済上の問題は検討していないため,作成や推奨度決定過程に医療経済上の問題は影響していない。

9. 4 患者の意見の反映

診療ガイドライン作成においては,患者の意見を反映させることが推奨されている。しかし,本ガイドラインは作成段階で患者の意見を取り入れる仕組みを構築することはできなかった。

10. 資金源と利益相反

作成にかかわった委員全員が,各所属学会の規定に則った利益相反に関する申告書を提出し,各学会事務局で管理している。本ガイドラインは,純粋に科学的な根拠と判断,あるいは公共の利益に基づいて作成され,各委員の産学連携活動に伴う利益相反状態は,内科関連学会の「医学研究の利益相反(COI)に関する共通指針」を遵守し,適正にマネジメントされている。

本ガイドライン作成のための資金はすべて日本腎臓学会と関連・協力3 学会(日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会)が負担した(表3)。資金は作成委員会のための交通費,会場費,弁当代に使用された。本ガイドラインの作成委員およびシステマティックレビュー委員(表1)に報酬は支払われていない。

表3  ガイドライン作成のための費用とその提供者
費用項目 予算(円) 資金提供者
委員会費(交通費) 347,080 日本腎臓学会
委員会費(交通費) 261,080 日本癌治療学会
委員会費(交通費) 420,600 日本臨床腫瘍学会
委員会費(交通費) 335,100 日本腎臓病薬物療法学会
委員会費(会議費) 287,460 日本腎臓学会
委員会費(謝礼) 210,000 日本腎臓学会
文献検索 200,000 日本腎臓学会

11. 今後の予定

11. 1 本ガイドラインの普及

本ガイドラインを書籍として刊行すると同時に,各関連学会誌に掲載する。また,各学会ウェブサイトでも公開する。英語の簡略版も作成し,日本腎臓学会英文誌(Clinical Experimental Nephrology:CEN)などに掲載する予定である。

11. 2 本ガイドラインの評価

日本医療機能評価機構のMinds でAGREE Ⅱ での評価を申請する。