本ガイドラインについて

1.目的

がん患者にとって“がんに対する不安”は大きいが,がんの直接的影響や治療による“身体障害に対する不安”も同じように大きい。がん治療の進歩により,がん患者の生存期間が長期化し,がん生存者が300 万人を超える現在,“がんと共存する時代”の新しい医療のあり方が求められている。

これまでわが国のがん医療では,身体的ダメージには積極的な対応がなされてこなかった。治癒を目指した治療からQOL を重視したリハビリテーションまで切れ目のない支援ができていないのが現状である。その一因は,がんのリハビリテーションに関する包括的なガイドラインが存在しないため,適切なリハビリテーションプログラムが組み立てられないことにある。今後,がんのリハビリテーションを普及・啓発していくためにはガイドラインの確立が必須である。作成されたガイドラインは更新され,全国へ均てん化される必要がある。

本ガイドラインの目的は,わが国で行われているがん患者に対するリハビリテーション診療を基礎に,エビデンスに基づいたガイドラインを作成し,現状での標準診療を明らかにするとともに,将来に向けてあるべき理想の診療方法を提示することである。

2.がんのリハビリテーション(Cancer Rehabilitation)の定義について

Fialka-Moser ら1)は,Cancer Rehabilitation を,がん患者の生活機能と生活の質(quality of life;QOL)の改善を目的とする医療ケアであり,がんとその治療による制限を受けた中で,患者に最大限の身体的,社会的,心理的,職業的活動を実現させることと定義し,Cancer Rehabilitation は,臨床腫瘍科医,リハビリテーション科医の指示により,医療ソーシャルワーカー,臨床心理士,理学療法士,がん専門看護師,作業療法士のコアメンバーと,その他がん患者特有の問題に対処するさまざまな専門職からなるチームとして提供されるとしている。

策定委員会では,本定義をがんのリハビリテーションの基本的な考え方とし,ガイドライン作成に取り組んだ。

3.利用にあたっての注意点

本ガイドラインは,現時点で利用可能なエビデンスに基づいて作成された診療の指針であるが,実際の診療でその指針に従うことを強制するものではない。また,診断・評価や治療について記載されていない管理方針を制限するものでもない。なお,クリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)によっては,利用可能なエビデンスが乏しいことも多く,このような事柄については策定委員会でのコンセンサスを得るように努めた。

本ガイドラインの記述の内容に対しては,日本リハビリテーション医学会が責任を負うものとする。しかし,ガイドラインを適用するか否かの最終判断および治療結果に対する責任は治療担当者が負うべきものである。

4.対象とする患者

本ガイドラインの取り扱う疾患・障害は,がん自体もしくはがんの治療によって生じうる障害を有する患者もしくは有する可能性のある患者とした。がんの原発巣,治療の種類,がんの病期については制限されない。

5.対象とする利用者

本ガイドラインは,がん患者のリハビリテーション診療に携わる多職種の医療従事者(医師,看護師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,義肢装具士,臨床心理士,管理栄養士,歯科衛生士等)を想定したが,がんのリハビリテーションを専門としない医療従事者にも利用可能なガイドラインとすることを心がけた。

6.作成過程

(1)作成の主体

本ガイドラインは,平成22〜24 年度厚生労働科学研究補助金(第3 次対がん総合戦略研究事業)「がんのリハビリテーションガイドライン作成のためのシステム構築に関する研究(H22〜24-3 次がん- 一般-038)(主任研究者 辻哲也)」の一環として作成された。日本リハビリテーション医学会診療ガイドライン委員会に,がんのリハビリテーションガイドライン策定委員会が設置され,ガイドライン作成作業を実施した。策定委員会の委員としては,さまざまな専門性を有するリハビリテーション科専門医が参加した。2010 年5 月7 日に第1 回委員会を開催し,2012 年10 月26 日の第9 回委員会でガイドライン最終案を完成した。

診療ガイドライン委員会がんのリハビリテーションガイドライン策定委員会 委員一覧
担当理事 生駒 一憲 北海道大学病院 リハビリテーション科 教授
委員長 辻  哲也 慶應義塾大学医学部 リハビリテーション医学教室 准教授
委 員 佐浦 隆一 大阪医科大学総合医学講座 リハビリテーション医学教室 教授
委 員 田沼  明 静岡県立静岡がんセンター リハビリテーション科 部長
委 員 鶴川 俊洋 鹿児島医療センター リハビリテーション科 医長
委 員 水落 和也 横浜市立大学附属病院 リハビリテーション科 准教授
委 員 水間 正澄 昭和大学医学部 リハビリテーション医学教室 教授
委 員 宮越 浩一 亀田総合病院 リハビリテーション科 部長
委 員 村岡 香織 川崎市立川崎病院 リハビリテーション科 医長

(2)作成の方法

本ガイドラインでは,エビデンスに基づくガイドラインの作成を目指した。具体的な手順は日本医療機能評価機構の医療情報サービスMinds が公開している「診療ガイドライン作成の手引き2007 2)」に準拠した。クリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)を設定し,それぞれのCQ に対して文献を検索・通覧して利用可能なエビデンスの構造化抄録を作成し,委員会での検討を経て,推奨文と解説文を決定した。

  1. クリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)

    がん患者のリハビリテーションに関する臨床上の問題を,総論・評価および原発巣・治療目的・病期別に8 領域(消化器がん・肺がん・前立腺がん,頭頸部がん,乳がん・婦人科がん,骨軟部腫瘍・骨転移,原発性・転移性脳腫瘍,血液腫瘍(造血幹細胞移植),化学療法・放射線療法,進行がん・末期がん)に分けた。なお,平成22 年度診療報酬改定で新設された「がん患者リハビリテーション料」に記載されている8 項目の内容をすべて含むことに留意した。第1 回委員会でそれぞれの領域のCQ 立案を委員に依頼し,131 件のCQ から62 件のCQ を最終的に選定した。

  2. 網羅的文献検索

    各CQ の文献検索を国際医学情報センター(IMIC)に一括依頼した。検索データベース(検索対象期間)として,MEDLINE(1950 年1 月1 日〜2010 年7 月30 日),医学中央雑誌(1983 年1 月1 日〜2010 年7 月30 日),Cochrane(1993 年1 月1 日〜2010 年7 月30 日)およびPEDro(1929 年1 月1 日〜2010 年7 月30 日)を用いた。文献検索式と抽出された文献数を 文献検索式 に示した。各委員はこの検索結果を参照し,さらに各自が二次情報源も含めたハンドサーチにてこの期間の文献を追加して文献検索を終了した。

  3. 利用する文献の選択と構造化抄録の作成

    文献検索のリストからタイトルや抄録を参照し,関連がないと判断できるものを除外,利用可能と思われる文献については全文を読み内容を吟味した。文献の批判的吟味を統一して行うため,委員会ではインターネット上にグループウェア(ガイドラインサイト)を立ち上げ,文献のPDF ファイルや作成された構造化抄録を委員間で共有できるようにした。

  4. エビデンスの評価と採用基準

    本ガイドラインでは,以下のエビデンスレベル分類を採用した。本分類は,「脳卒中治療ガイドライン2009」で用いられたものであり,英国Royal College of Physicians が採用したNational Clinical Guidelines for Stroke の分類(1999)に準じ,Oxford Centre for Evidence-based Medicine(2001)を一部取り入れたものである。

    本ガイドラインで採用したエビデンスレベル分類
    Level 内容

    Ⅰa

    RCT のメタアナリシス(RCT の結果がほぼ一様)
    Meta-analysis(with homogeneity) of randomized control trials(RCTs)

    Ⅰb

    RCT
    At least one randomized control trial(RCT)

    Ⅱa

    良くデザインされた比較研究(非ランダム化)
    At least one well designed, controlled study but without randomization

    Ⅱb

    良くデザインされた準実験的研究
    At least one well designed, quasi-experimental study

    良くデザインされた非実験的記述研究(比較・相関・症例研究)
    At least one well designed, non-experimental descriptive study
    (ex. comparative studies, correlation studies, case studies)

    専門家の報告・意見・経験
    Expert committee reports, opinions and/or experience of respected authorities

    なお,検査法・評価に関する論文に関しては,介入研究と同様のエビデンスレベル分類では適切な評価が困難であるため,以下の分類を採用した。本分類は「肝癌診療ガイドライン2009 年版」で用いられたものであり,同ガイドライン研究班が独自に作成したものである。

    検査法・評価に関する論文に関して本ガイドラインで採用したエビデンスレベル分類
    Level 内容

    1

    新しい検査法とgold standard とされる検査とを同時に行い,ブラインド(他方の検査結果を知らせない)で検査の特性(感度と特異度,ROC 曲線)を評価

    2a

    新しい検査法とgold standard の両方を同時に行うのではなく,2 つの異なるグループにそれぞれの方法を施行して比較

    2b

    新しい検査法とgold standard の両方を同時に行うのではなく,全員に新しい検査法を施行し,過去のデータと比較

    3

    新しい検査法のみを全員に施行し,比較はなし

  5. 各CQ に対する回答の推奨グレードとその分類

    それぞれのCQ に対する回答には,下記の推奨グレードを使用した。推奨度の分類は,海外,国内を問わず,いまだスタンダードとされるものはない。本ガイドラインでは,以下の推奨グレードを採用した。本グレードは,「脳卒中治療ガイドライン2009」で用いられたものである。日々の臨床でどの程度利用・実践すべきか,その推奨度を5 段階に分け,推奨グレードとした。

    推奨の強さは,以下の要素を勘案して総合的に判断した。

    • エビデンスのレベル
    • エビデンスの数と結論のばらつき
    • 臨床的有効性の大きさ
    • 臨床上の適用性
    • 害やコストに関するエビデンス
    本ガイドラインで採用した推奨グレード分類
    Grade 内容

    A

    行うよう強く勧められる
    (少なくとも1 つのレベルTの結果*)

    B

    行うよう勧められる
    (少なくとも1 つのレベルUの結果)

    C1

    行うことを考慮してもよいが,十分な科学的根拠がない

    C2

    科学的根拠がないので勧められない

    D

    行わないよう勧められる

    *レベルⅠの結果が1 つあっても,そのRCTの症例数が十分ではない,研究デザインの質が低いなどの理由で,再検討がいずれ必要と委員会が判断した場合には、グレードを1 段階下げてB とする。

7.ガイドラインの妥当性に対する作成委員会外部からの評価

日本リハビリテーション医学会ホームページの掲示版機能を利用して,本ガイドライン原案を公開し,同医学会会員約1 万人を対象に2012 年10 月29 日〜11 月30 日までの期間,外部審査を実施し,結果を校正に反映させた。

8.改訂版の予定

がんのリハビリテーションガイドライン策定委員会はガイドライン公開後も活動を継続する。文献検索を継続し,関連するエビデンスの集積に努め,3〜4 年後を目途に改訂をする予定である。

9.資金

本ガイドライン作成に要した資金は,平成22〜24 年度厚生労働科学研究補助金(第3 次対がん総合戦略研究事業)「がんのリハビリテーションガイドライン作成のためのシステム構築に関する研究(H22-3 次がん- 一般-038)(主任研究者 辻哲也)」の負担によるものである。

10.利益相反

各作成委員に本ガイドラインにおける利益相反について報告をしてもらったが,利益相反(日本癌治療学会「がん臨床研究の利益相反に関する指針」)に該当する事実は認められなかった。

◆文献

1) Fialka-Moser V, Crevenna R, Korpan M, Quittan M: Cancer rehabilitation: particularly with aspects on physical impairments. J Rehabil Med 2003; 35: 153-62.

2) 福井次矢,吉田雅博,山口直人編.診療ガイドライン作成の手引き2007(Minds 診療ガイドライン選定部会 監).医学書院,2007.