- 総論
- 胸腺上皮性腫瘍
解説
胸腺上皮性腫瘍の診療に関するこれまでの報告で強いエビデンスを有するものはなく,本ガイドラインを作成するうえではエビデンスの強さがC またはD の論文に基づいて作成せざるを得なかった。しかし,作成者間でクリニカルクエスチョン(CQ)に対する推奨度の相違は少なく,胸腺上皮性腫瘍の日常診療が概ね本ガイドラインの記載に沿って行われているものと思われた。一方で,本腫瘍の診療に関する新たなエビデンスの構築が困難であることも理解する必要がある。すなわち,胸腺上皮性腫瘍は発生頻度が低く,またその進展速度の組織間の相違も,エビデンス構築に大きな障壁となっていると考えられる。なかでも胸腺腫は,その遅い発育速度のため,至適な治療時期(高齢者への根治治療など),切除範囲,経過観察期間,再発腫瘍の治療などが,未だ議論の対象となっている。そのような現状において本ガイドラインが作成されたことをご理解いただき,日常診療の指針としていただければ幸いである。また,胸部CT の画像解像度の向上と人間ドックなどのスクリーニング検査で偶然発見される小さな前縦隔病変の検出の機会が増え,対応の指針が求められており,今回の改訂では新たにCQ として加えた。
1.定 義
胸腺腫(thymoma)はT リンパ球の成熟に重要な役割を果たす胸腺上皮に由来する腫瘍のうち細胞異型のないものである。一方,胸腺癌(thymic carcinoma)は細胞異型を伴うものである1)。
2.疫 学
胸腺腫・胸腺癌は30 歳以上に発症することが多い。発症頻度に男女差はなく,胸腺腫は人口10 万対0.44~0.68 人が罹患する稀な疾患である。胸腺癌はさらに稀である。
3.症 状
一般的に合併症を併発しない,あるいは周囲組織,器官にmass effect ないしは浸潤をきたさないかぎり症状はない。早期の発見は極めて困難で,他疾患ないしはCT を利用した健康診断などで発見されることが多い。
4.合併症
主な合併症としては重症筋無力症,赤芽球癆,低γグロブリン血症があり,これらの併発を疑う場合には,血清抗アセチルコリン受容体抗体,血球検査,血清γグロブリンなどのさらなる精査が必要となる。
5.診断・進行度
画像診断としては,胸部単純X 線写真,CT,MRI,FDG-PET などが用いられる。縦隔内に腫瘍性病変が認められる場合,胸腺上皮性腫瘍が最も頻度が高いが,その他の悪性腫瘍として,悪性リンパ腫や悪性胚細胞性腫瘍などの可能性がある。患者の年齢や血清βhCG(human chorionic gonadotropin),AFP(alfa-fetoprotein),およびLDH(lactate dehydrogenese)の測定値などによっても鑑別がある程度可能な場合がある。胸腺腫や胸腺癌は胸郭内にとどまることが多いが,胸膜播種は稀ならずみられる病態である。胸腺癌では,他臓器などへの転移や直接浸潤も比較的多くみられる。組織学的生検に関しては,切除困難な胸腺上皮性腫瘍を強く疑う場合には経皮的針生検を考慮するが,行う場合には可能なかぎり縦隔経路で施行すべきである。完全切除可能な胸腺上皮性腫瘍を疑う場合には,術前生検は回避すべきである。
6.病理組織
組織型としては,卵円形および紡錘形腫瘍細胞からなるA 型胸腺腫と類円形および多角腫瘍細胞からなるB 型胸腺腫,それらが混在するAB 型胸腺腫に分類され,B 型胸腺腫はさらにその腫瘍細胞の形態と随伴する未熟T リンパ球の多寡により,B1,B2,B3 型に亜分類される。組織診断はこのWHO 分類1)を用いて行う。鑑別診断には免疫染色も有用である。
7.進行度
胸腺上皮性腫瘍の進行度および病期分類には,正岡分類(表1),正岡-古賀分類(表2),および2017 年に発行されたUICC によるTNM 分類(表3)がある。臨床的にはこれまで正岡分類,正岡-古賀分類が汎用されてきていたため,多くの報告がこれらに基づいて記載されており,本ガイドラインでは原則正岡分類で記述した。
8.治 療
1)外科治療
完全切除が可能な場合には,胸腺上皮性腫瘍の治療法として最も多く行われるのが外科切除である。腫瘍と胸腺,および周囲浸潤組織を完全切除する。通常,胸骨正中切開で施行されるが,近年胸腔鏡補助下手術,ロボット支援下手術も行われている。胸腺腫では,病理病期Ⅰ-Ⅱ期では追加療法の必要はない。胸腺癌では,Ⅰ期完全切除例では追加療法の必要はなく,Ⅱ期以上では術後放射線療法を行うことが推奨される。不完全切除例では,術後に放射線療法または化学放射線療法を行うことが勧められる。
2)放射線治療
根治照射可能で切除不能胸腺上皮性腫瘍に対しては,放射線療法または化学放射線療法が第一選択となる。放射線療法は,少なくとも3 次元放射線治療で,線量分割は1 回1.8~2 Gy の通常分割法で,少なくとも50 Gy,可能であれば54~60 Gy 程度の照射を行うよう勧められる。術後放射線療法はR0 例では40~50 Gy,R1 例では50~54 Gy 程度,R2 症例では60 Gy 以上の照射が勧められる。
3)薬物療法
切除不能のⅣ期または再発に対して,胸腺腫ではシスプラチンおよびアンスラサイクリン系抗癌剤の併用療法が,胸腺癌ではプラチナベースの多剤併用療法が行われる。胸腺腫では,これらにステロイド剤を併用することもある。また,局所進行例に対する集学的治療の一環としての術前治療として,胸腺腫では薬物療法が,胸腺癌では薬物療法または化学放射線療法が行われることがある。
4)再発に対する治療
再発胸腺上皮性腫瘍に対しては集学的治療を考慮し,切除可能であれば外科切除も行われている。
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- Ⅰ.診 断
- 1
- 臨床症状と血液検査
- CQ1
- 胸腺上皮性腫瘍が疑われる場合,血清抗アセチルコリン受容体抗体の測定は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 血清抗アセチルコリン受容体抗体の測定を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
本邦の大規模な調査では胸腺腫症例の約23~25%に重症筋無力症が合併すると報告されている1)2)。また,ITMIG データベースを用いた欧米の報告によれば,胸腺上皮性腫瘍の32.8%に重症筋無力症の合併を認めた3)。胸腺腫に合併した重症筋無力症では,ほとんどが抗アセチルコリン受容体抗体が陽性である。胸腺癌においても重症筋無力症の合併を少数に認めた報告がある4)。
また,無症状の胸腺腫患者においても術後重症筋無力症が0.9~20%に発症することが報告されている(postthymectomy myasthenia gravis)。術前無症状の患者に術後重症筋無力症が発症する場合,多くは術前の抗アセチルコリン受容体抗体が陽性である5)。
以上より,胸腺上皮性腫瘍を疑う前縦隔腫瘍患者に抗アセチルコリン受容体抗体の測定を行うことが推奨される。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ2
- 胸腺上皮性腫瘍が疑われる場合,血球算定は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 赤芽球癆の存在の確認のため,血球算定を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:94%〕
解説
赤芽球癆は胸腺上皮性腫瘍例の0.7~2.6%に合併すると報告されている1)~3)。胸腺上皮性腫瘍を疑う前縦隔腫瘍患者に貧血症状が認められる場合,血球数検査6)7)と貧血精査を行うことが推奨される。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ3
- 胸腺上皮性腫瘍が疑われる場合,血清γグロブリンの測定は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 血清γグロブリンの測定を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
重症筋無力症や赤芽球癆と比べると頻度は低いが,低γグロブリン血症は胸腺上皮性腫瘍例の0.4~0.7%程度に合併すると報告されている1)2)。胸腺上皮性腫瘍を疑う前縦隔腫瘍患者に易感染性が認められる場合があり,γグロブリン8)の測定を行うことを提案する。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
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- 2
- 存在診断と画像的鑑別診断
- CQ4
- 胸腺上皮性腫瘍の検出に,胸部CT は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 胸腺上皮性腫瘍の検出に,胸部CT を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
重症筋無力症患者154 例での検討で,26 例に存在した胸腺腫の検出率は単純X 線写真15 例(58%)に対し,CT は実施された20 例中17 例(85%)と優れていた1)。また,単純X 線写真の異常所見はわずかと記載されている。したがって胸腺上皮性腫瘍存在診断において単純X 線写真はまず行われる検査ではあるが,その役割は限定的である。
重喫煙者に対する低線量CT を用いた肺がん検診のコホート研究において,縦隔病変の発見率がELCAP より報告されている2)。最初の検診時の縦隔病変発見率は,9,263 例中71 例(0.77%)であり,うち胸腺病変が41 例(0.44%)であった。そのうち10 mm 以下が6 例(15%),10~30 mm が30 例(68%),30 mm 超が5 例(12%)と小胸腺病変の検出率の高さが示されている。56,358 例の検診目的の低線量CT の解析では,413 例(0.73%)の前縦隔腫瘤が発見されており,そのうち85.2%は2 cm 以下の結節で,413 例中51 例で診断がついており,そのうち11 例が胸腺上皮性腫瘍であった3)。
CT 装置の性能が飛躍的に向上した現在ではさらに検出率が向上しており,胸腺上皮性腫瘍の存在診断におけるCT の有用性は十分にコンセンサスが得られている。
以上より,胸腺上皮性腫瘍の検出に胸部CT を行うよう推奨する。エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ5
- 縦隔病変の鑑別診断に,造影CT は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 縦隔病変の鑑別診断に,造影CT を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:94%〕
解説
縦隔腫瘍の存在診断および画像的鑑別診断において造影CT が非造影CT と比較して検討した報告は見いだせなかったが,造影CT は縦隔腫瘍の存在診断に際して,血管異常との区別などに有効である4)5)。
小さな胸腺腫では,造影CT での腫瘤内のCT 値が造影前と比べて平均18.7 で上昇する一方,前縦隔の嚢胞では平均4.3 とほとんど造影効果を受けず,これらの鑑別に有用であるとする報告がある6)。また,前縦隔の腫瘤の診断において,造影後の腫瘤内のCT 値が60 HU 以上であることが,縦隔の嚢胞から胸腺上皮性腫瘍を鑑別するのに有用な指標であるとの報告もある7)。
さらに造影CT では,腫瘍内の壊死などの描出がより明瞭になるため,腫瘤内にみられる不均一な造影所見が,高悪性度の胸腺腫や胸腺癌をより示唆する所見となるとする報告がある8)9)。造影CT は縦隔腫瘍の鑑別診断において,血管異常との区別に有効で,さらに嚢胞との鑑別,胸腺腫の悪性程度の指標になり得る。
以上より,縦隔病変の鑑別診断に造影CT を行うように推奨する。エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ6
- 胸腺上皮性腫瘍の検出や鑑別診断に,MRI は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 造影剤投与不能例,胸腺過形成,嚢胞性病変,その他の腫瘍との鑑別にMRI を行うことを提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
胸腺上皮性腫瘍において,嚢胞の鑑別の目的にも用いられるが,CT による診断でも確定しないことが稀ならずみられる(274 例中61 例,22%)10)。こうした例ではMRI による評価が有用である10)11)。胸腺過形成と胸腺上皮性腫瘍との鑑別が時に必要となるが,chemical shift MRI により胸腺過形成と腫瘍とが識別でき胸腺上皮性腫瘍の存在を疑うことができる12)。Chemical shift MRI が重症筋無力症をもった患者での胸腺腫とそれ以外の疾患を区別するのに役立つ13)。前縦隔に発生する悪性腫瘍は,胸腺上皮性腫瘍の他に悪性胚細胞性腫瘍と悪性リンパ腫とが挙げられ,これらの画像的な鑑別はしばしば困難であるが11),FDG-PET/CT が有効との報告もある14)。また,FDG-PET/CT におけるSUVmax は,胸腺癌と胸腺腫の2 群の鑑別に有用とする報告は多い15)16)。
胸腺上皮性腫瘍を対象としてCT とMRI の各所見の描出能を比較した報告12)によると腫瘍周囲被膜はCT 18%,MRI 75%,腫瘍内隔壁はCT 13%,MRI 43%,腫瘍内出血はCT 5%,MRI 17%と,MRI の描出能が有意に優れており,MRI で腫瘍を分割する線維性の隔壁や腫瘍を取り囲む被膜が描出された場合には,低悪性度の胸腺腫を示唆するとされ,悪性度の高い胸腺腫や胸腺癌との鑑別に有用と考えられる。なお,胸腺上皮性腫瘍の大血管浸潤評価に関しては,CT とMRI は同程度9)であることから,ヨードアレルギーなどのためCT で造影剤が使用できない場合に,MRI を用いた浸潤性評価が可能となる。
その他,ダイナミックMRI を用いて胸腺腫の悪性度が鑑別可能という報告17)や,前縦隔腫瘍から胸腺上皮腫瘍を識別可能という報告もある14)。また,胸腺上皮性腫瘍の拡散強調像の検討18)では,高リスク胸腺腫や胸腺癌は低リスク胸腺腫よりも見かけ上の拡散係数ADC の値が低いと報告されている。非造影で縦隔腫瘍の内部性状に関して付加的な情報が得られる可能性がある。
胸腺上皮性腫瘍鑑別に対するMRI の役割は,多くの症例による検討が尽くされてはおらず,現時点では限定的ではあるが,造影CT に付加する情報を得られる場合がある。
以上より,胸腺上皮性腫瘍の検出や鑑別診断にMRI を行うよう提案する。エビデンスの強さはC,また総合的評価ではMRI を行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
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- 3
- 確定診断
- CQ7
- 胸腺上皮性腫瘍が疑われる場合,経皮針生検は勧められるか?
- エビデンスの強さC
-
- a. 切除不能と判断される,術前治療を計画する,および他疾患との鑑別が必要な場合,経皮針生検を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:94%〕
- エビデンスの強さD
-
- b. 切除可能と判断される場合は,経皮針生検は行わないよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:65%〕
解説
- a. 縦隔腫瘍の鑑別診断は,臨床情報によりある程度可能であることが多い。奇形腫以外の胚細胞性腫瘍はほとんどが若年男性発生であり,重症筋無力症を合併していれば,ほぼ胸腺腫である。また前項に述べられているように,画像診断の精度も高くなっており,悪性リンパ腫や脂肪腫などの軟部腫瘍と胸腺上皮性腫瘍をある程度鑑別できるようになってきている。しかし,切除不能と判断される場合や,術前治療を計画する場合には,胸腺腫と胸腺癌で用いる薬物療法レジメンが異なる場合が多いことより確定診断を得るべきである。また画像所見や臨床情報から悪性リンパ腫の可能性が否定できない場合にも同様である。
縦隔腫瘍に対する生検としては,多くの場合CT ガイド下経皮針生検が行われる。しかしその方法は,穿刺吸引細胞診(FNA)から皮膚切開を行うものまでいくつかの報告があり,用いられた穿刺針の太さも一定ではない1)。Yonemori らは18~20 G の生検針を用いた報告で,胸腺上皮性腫瘍においても高い確率でWHO 組織型まで診断可能としている2)。また,FNA での診断の精度向上のために免疫染色,セルブロック,フローサイトメトリーの使用の報告もあるが3)4),Morrissey らは,FNA(19~22 G)での60 例とTru-Cut 針(14 G)での34 例を比較し,診断正確度はFNA で77%,Tru-Cut 針で94%であり,より正確な診断のためにはより大きな検体が必要と報告している5)。検体量に制限のある経皮針生検では,組織診断の確定に至らない場合も経験するという意見が委員から出された。よって,組織診断に大きな検体を要する悪性リンパ腫を強く疑う場合や,経皮針生検が困難または組織診断が得られなかった場合には,外科的生検(縦隔鏡,胸腔鏡を含む)を考慮してもよい6)。
経皮針生検の合併症(血痰,血腫,気胸など)については,ほとんどの報告で数%程度であるが,胸膜を貫通するルートでは,それに加えて悪性細胞の胸腔内散布のリスクもあり7),回避すべきと考えられている。
以上より,胸腺上皮性腫瘍が疑われ,切除不能と判断される,術前治療を計画する,および他疾患との鑑別が必要な場合には,経皮針生検を行うよう勧められ,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- b. 前項で述べたように,縦隔腫瘍の鑑別診断は,臨床情報によりある程度可能であることが多い。また経皮針生検では,a 項で述べた合併症に加え,かなり稀ではあるが,穿刺通路に腫瘍の再発をきたしたとの報告もある7)8)。したがって,胸腺上皮性腫瘍が疑われ,切除可能ならば確定診断を得ることを省略して,外科的切除を行うことは妥当である。この診断・治療戦略には明確なエビデンスはないが,Hakiri らによれば,画像と血清学的検査により胸腺上皮性腫瘍が疑われた切除可能の胸腺腫瘍157 例において生検なしに外科切除が行われ144 例(92%)が胸腺上皮性腫瘍と診断されたと報告されている9)。ESTS メンバーを対象としたサーベイランスにおいても,91%の施設が術前に組織診断をルーチンには行っていないと回答し,エキスパートのコンセンサスは得られていると考えられる10)。
したがって,切除可能と判断される場合には,経皮針生検は行わないよう推奨する。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行わないよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
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- 4
- 病期診断
- CQ8
- 胸腺上皮性腫瘍が疑われる場合,病期診断のために勧められる診断法は何か?
- エビデンスの強さC
- 上腹部を含めた胸部造影CT を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
-
*胸部MRI は,ヨードアレルギーなどのためCT で造影剤が使用できない場合には行うよう提案する。
*FDG-PET またはPET/CT は,予期せぬ転移の発見の可能性はあるが,術前のリンパ節転移,遠隔転移の評価に用いるよう勧められるだけの根拠が明確ではない。
解説
胸腺上皮性腫瘍の臨床病期分類法としては,IASLC/ITMIG による大規模な統計学的解析から,新たなTNM 病期分類法が提案されている1)~3)が,この病期診断における画像診断の役割についての明確なエビデンスはまだない。
これまで一般的に用いられている正岡4)または正岡-古賀5)病期分類においては,胸部造影CT 所見のうち辺縁が不整,内部性状が不均一,リンパ節腫大,血管浸潤を認める場合は有意に癌の可能性が高く,Ⅲ期以上の浸潤性腫瘍が多いという報告6),大きさが7 cm 以上,辺縁が分葉状を呈する,周囲脂肪層への浸潤所見が認められる場合は有意にⅢ-Ⅳ期の頻度が高いという報告7),短径が小さい,形態が三角形を呈する,脂肪層浸潤の欠如がⅠ-Ⅱ期を推測し得るという報告8),正岡-古賀病期分類とCT による病期分類とが良好に相関していたという報告9)10)に加えて,片側性横隔膜挙上,血管内浸潤,胸膜結節,腫瘍の分葉状輪郭,不均一な内部吸収値などのCT 所見は,TNM 病期Ⅰ期と病期Ⅱ-Ⅳ期の間で有意差があったとする報告11)があり,造影CT の有用性は一定の見解が得られている。また,術前CT 所見で隣接血管との接触度が高い,あるいは胸膜結節を認める場合は浸潤性腫瘍であり非完全切除の可能性が高くなる12)など,造影CT 所見を治療前に評価する有用性も報告されている。また,ESTS メンバーを対象としたサーベイランスにおいては,全施設で術前に胸部造影CT を行っていると回答している13)。一方,胸部以外の領域をどこまで撮像するかに関しては一定の見解はないが,先のサーベイランスでは,多くの施設が胸腹部ないし上腹部を含む胸部撮影であった13)。胸腺腫の播種は横隔膜の裂孔を介して腹腔内へも進展することが知られており14),造影を用いた胸部CT は少なくとも上腹部まで含めることに関してはエキスパートのコンセンサスは得られていると考えられる。
*胸部MRI について
MRI を用いた胸腺上皮性腫瘍の検討では,正岡4)または正岡-古賀5)病期分類を用いた報告が主体で,TNM 分類への貢献の可能性に言及したものはない。
胸腺上皮性腫瘍を対象としてCT とMRI の各所見の描出能を比較した報告6)によると,MRI で腫瘍を分割する線維性の隔壁や腫瘍を取り囲む被膜が描出された場合には,低悪性度の胸腺腫を示唆し,浸潤性が低い(Ⅰ-Ⅱ期)とされる。なお,胸腺上皮性腫瘍の大血管浸潤の評価に関しては,CT とMRI は同程度6)であることから,ヨードアレルギーなどのためCT で造影剤が使用できない場合に,MRI を用いた評価が可能なことがある。また,ダイナミックMRI を用いて病期Ⅲ期の胸腺腫が鑑別可能という報告がある15)。その他,胸腺上皮性腫瘍の拡散強調像の検討16)17)では,高リスク胸腺腫や胸腺癌は低リスク胸腺腫よりも見かけ上の拡散係数(apparent diffusion coefficient;ADC)の値が低く,進行したⅢ-Ⅳ期の腫瘍はⅠ-Ⅱ期のものよりもADC 値が低いと報告されている。非造影で縦隔腫瘍の内部性状に関して付加的な情報が得られる可能性がある。さらに少数例の検討ではあるが,cine MRI は心大血管浸潤の術前判定に有用であったという報告もある18)。
胸腺上皮性腫瘍におけるMRI の役割は多数例による検討が行われているとは言い難いことから限定的ではあるが,上記のようにCT 診断に付加的情報を得られることがあり,MRI を行うことを考慮してもよいと考えられる。
*FDG-PET またはPET/CT について
PET を用いた胸腺上皮性腫瘍の検討では,FDG のSUVmax はWHO 組織型や正岡4)ないし正岡-古賀5)病期分類と相関したとする報告が多く19)20),ITMIG による前向きデータベース構築で得られた胸腺上皮性腫瘍の検討では,926 例のうち154 例でFDG-PET が行われ,SUVmax とWHO 組織型,正岡-古賀病期とはある程度,正の相関関係がみられ,SUVmax が高いほど腫瘍の悪性度が高く,病期Ⅲ/Ⅳ期の頻度が高い傾向にあると報告されている21)。一方,FDG 集積の測定値はSUVmax のみでは不十分で,縦隔との集積比(SUV T/M ratio)も重要とされる22)~24)。SUVmax およびT/M ratio は胸腺腫に比して胸腺癌で高く19)~24),次いで高リスク,低リスク胸腺腫の順に低い19)~23)とされ,胸腺癌と胸腺腫の鑑別には有用とする報告は多い19)~24)。その他,Ⅳ期の腫瘍はⅠ-Ⅱ期に比して有意にFDG 集積は高い24)と報告されている。TNM 分類に関しては,T3 およびT1b 胸腺腫のSUVmax はT1a 胸腺腫より高いとする報告25)があるが,病期診断を行い得るものではない。
FDG-PET/CT の検討では,予期せぬ遠隔転移の発見の可能性について述べられている19)23)が,術前のリンパ節転移や遠隔転移の評価にPET を勧められるだけの科学的根拠が明確ではない。
以上より,胸腺上皮性腫瘍が疑われる場合,病期診断のために上腹部を含めた造影胸部CT を行うよう推奨する。エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
引用文献
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- Ⅱ.治 療
- 1
- 外科治療
- 1-1
- 外科治療 Ⅰ-Ⅱ期
- CQ1
- 臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対して,外科切除は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 外科切除を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する外科切除の意義は,1980 年代より示されており標準治療として行われてきている1)2)。本邦ならびにITMIG などにおいて大規模な評価がなされており,いずれにおいても治療成績が良好であることから(胸腺腫:5 年全生存率95%程度,10 年生存率88%程度,胸腺癌:5 年全生存率85%程度,5 年無再発生存率80%程度),Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対しては外科切除が勧められる3)~7)。
以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では外科切除を行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ2
- 臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍切除手術において,腫瘍の完全切除および胸腺摘出術が勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 腫瘍の完全切除および胸腺摘出術を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍に対する外科切除の範囲については,従来,胸腺摘出術が標準的な方法として適用されている。完全切除を要すること,ならびに胸腺腫に高頻度に重症筋無力症が合併することから,腫瘍および胸腺組織を摘除するとの考えに基づいている。完全切除の治療成績は胸腺腫:5 年全生存率95%程度,10 年全生存率88%程度,胸腺癌:5 年全生存率85%程度,5 年無再発生存率80%程度と良好であり,腫瘍の完全切除および胸腺摘出術(あるいはそれを超える範囲の切除)を行うよう勧められる3)~7)。また,胸腺組織を残した腫瘍切除や胸腺部分切除については,主に胸腺腫小腫瘍例などに対して腫瘍の完全切除および胸腺摘出術と予後を比較した後ろ向き観察研究で,いずれも予後に遜色がなかったと報告されている。また,胸腺摘出術群で腫瘍のみの切除群よりも有意に合併症が多く観察されたという報告(胸腺摘出術群8.3%,腫瘍のみの切除群4.3%,P=0.0397)や,術後重症筋無力症寛解率においては胸腺摘出術群が腫瘍のみの切除群よりも有意に良好であったという報告(胸腺摘出術群91.6%,腫瘍のみの切除群50.0%,P<0.001)があるが,術後合併症や重症筋無力症寛解率についての詳細な検討報告は少ない8)9)。胸腺組織を残した腫瘍切除や胸腺部分切除については,切除範囲や長期成績に関する今後の評価が必要であり,術式として勧めるだけの根拠が明確でない8)~11)。
以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では腫瘍の完全切除および胸腺摘出術を行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ3
- 臨床病期Ⅰ-Ⅱ期胸腺上皮性腫瘍切除手術において,アプローチの選択肢として胸腔鏡補助下あるいはロボット支援下の切除は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 胸腔鏡補助下あるいはロボット支援下の切除をアプローチ法の1 つとして行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
胸腺上皮性腫瘍の手術は,従来,胸骨正中切開あるいは側方開胸によって行われてきたが,胸腔鏡補助下での切除が近年報告されており,Ⅰ-Ⅱ期の小病変に対する有用性を示すものがある。一方で術後再発の報告もあり長期成績を含めた評価が必要である。Ⅰ-Ⅱ期の胸腺上皮性腫瘍に対する胸腔鏡補助下の切除では,開胸手術と比較して出血量,手術時間,呼吸器合併症,術後入院期間などの周術期成績が良好であると報告されている12)~15)。また,R0 切除率はともに80%前後で差がなかった15)16)。重症筋無力症の改善率(低侵襲手術83.3% vs 開胸手術88.2%)に関しても差がなかった16)。遠隔期成績に関しては,全生存率,無病再発率に差がないとの3~5 年の中間観察期間を有す報告13)14)16)もみられる。以上より,胸腔鏡補助下の切除は,Ⅰ-Ⅱ期の小病変に対する術式の1 つとして許容される。しかし,いずれも後方視的研究であり,エビデンスの程度は低い。また,近年ロボット支援下手術に関する報告もみられる。周術期成績は開胸,胸腔鏡補助下よりも良好であったとの報告17)と胸腔鏡補助下と同等であったとの報告18)がある。遠隔成績に関しては,いずれも一部Ⅲ期以上の症例を含むが,5 年全生存率は胸腔鏡補助下,開胸と有意差がなかったとの報告18)19)がある。しかし,10 年を超える長期の遠隔期成績は未だ明らかにされていない。
以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では胸腔鏡補助下あるいはロボット支援下の切除を弱く推奨(2で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
引用文献
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- 1-2
- 外科治療 Ⅲ期
- CQ4
- 完全切除が困難な臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対して,集学的治療は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 集学的治療を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
完全切除が困難なⅢ期胸腺上皮性腫瘍に対しては,術前導入化学療法1)~3)や化学放射線療法4)の忍容性と高い完全切除率,良好な予後が報告されている。また,集学的治療が長期生存に寄与するとの報告が第Ⅱ相試験2)で示されており,導入療法,手術,術後補助療法5)による集学的治療を行うよう推奨する。
以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ5
- 臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対して,腫瘍の完全切除を伴う胸腺摘出術は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 腫瘍の完全切除を伴う胸腺摘出術を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
Ⅰ-Ⅲ期胸腺腫の予後は良好であり,Kondo らは5 年生存率をⅠ期100%,Ⅱ期98.4%,Ⅲ期88.7%と報告している。しかしⅢ期はⅠ-Ⅱ期に比し再発率が高く成績は劣る6)。Yamada らはJART データベース(1991~2010 年)2,835 例を用いてⅢ期手術例の手術成績を解析し,10 年全生存率80.2%,無再発生存率51.6%と報告している7)。Ruffini らはESTS データベースに登録された2,151 例を解析し,Ⅲ-Ⅳ期,不完全切除を再発危険因子として報告し,完全切除は有意な予後因子として同定した8)9)。
一方,胸腺癌に関してはAhmad らはITMIG とESTS データベースを併せた1,042 例の切除例を解析し,Ⅰ-Ⅱ,Ⅲ期の5 年生存率はそれぞれ80%,63%で,多変量解析で完全切除,術後照射が生存期間を延長させる因子として報告している10)。Ruffini らはESTS データベースを解析し,完全切除率69%,5 年および10 年生存率はそれぞれ61%,37%で,可能なかぎり切除を行うことを推奨している9)。また,Hishida らはJART データベースにより,完全切除が全生存率の独立した予後因子であること,不完全切除でも非切除より予後が良好であることを報告した11)。以上により,臨床病期Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍に対しては完全切除が推奨される。
完全切除のためには浸潤臓器の合併切除を要するが,大血管合併切除に関する報告は少なく,上大静脈合併切除に関してもエビデンスの程度の高い報告はない。Okereke らは38 例の上大静脈合併切除で術後合併症8%,死亡率5%とリスクが高いが再建血管の開存率は良好であったことを12),Maurizi らは27 例の上大静脈置換(人工血管,ウシ・ブタ心膜,伏在静脈)術症例で術後合併症11.1%,死亡率7.4%で,術後3 年,5 年生存率がそれぞれ80%と58.1%であったことを報告している13)。また,大動脈,肺動脈合併切除例のエビデンスはない。これらにより,腫瘍の完全切除を得るためには可能であれば浸潤臓器の合併切除を伴う胸腺摘出術を行うよう推奨する。
以上より,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ6
- 臨床病期Ⅲ期胸腺腫に横隔神経浸潤が認められる場合,横隔神経を温存することは勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 片側の横隔神経を温存するよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:94%〕
解説
Ⅲ期胸腺腫において横隔神経浸潤が認められた際に,他臓器と同様に合併切除は可能であるが,特に重症筋無力症合併例では術後呼吸機能の低下が危惧される。Hamdi らはⅢ-Ⅳ期胸腺腫において横隔神経温存73 例と合併切除41 例を比較し,局所再発率はそれぞれ2.4%,9.7%と温存例で高いが,5 年生存率は85%,88%と差はないことを14),Yano らは横隔神経温存9 例と合併切除9 例において術後呼吸機能(努力肺活量,1 秒量)を比較し,切除群,温存群の肺活量,1 秒量は各々66%,69%,92.4%,94.1%で呼吸機能上の利点があることを示した15)。
以上より,エビデンスの程度は高くないが,重症筋無力症合併例,両側横隔神経浸潤例などのハイリスク患者においては片側の横隔神経を温存するよう提案する。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
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- 1-3
- 外科治療 Ⅳ期
- CQ7
- 臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対して,集学的治療は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 集学的治療を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
臨床病期Ⅳ期の胸腺上皮性腫瘍での病態は様々である。腫瘍の転移形式に関しては,日本のデータベースによるとリンパ節転移は胸腺腫では1.8%,胸腺癌では26.8%,胸腺カルチノイドでは27.5%に認め,血行性転移は,胸腺腫では1.2%,胸腺癌では12%,胸腺カルチノイドでは2.5%の頻度で認められた1)。臨床病期Ⅳ期胸腺腫に対する集学的治療についてはまとまった報告は少ないが,10 年全生存率は56~76%と報告されている2)3)4)。胸腺癌に関しては,やはり臨床病期Ⅳ期での集学的治療の報告は少なく,ITMIG・ESTS データベースの解析では5 年全生存率はⅣa 期で42%,Ⅳb 期で30%,JART データベース解析では5 年全生存率はⅣa 期で43%,Ⅳb 期で34%と報告されている5)6)。
以上より,Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対し,集学的医療チームによる治療方針を策定したうえで薬物療法・放射線療法・肉眼的完全切除や減量手術などの手術療法による集学的治療を考慮することは推奨される。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ8
- 肉眼的完全切除が可能な臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対して,外科切除は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 外科切除を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
臨床病期Ⅳ期胸腺腫に対する外科切除の前向き試験は報告がないが,これまでの外科切除の成績は良好と考えられている。2000 年に本邦で行われた後ろ向き調査では,臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍の多くの症例に対して手術を含めた集学的治療が行われており,胸腺腫の5 年生存率はⅣa 期で70.6%,Ⅳb 期で52.8%,胸腺癌では37.6%,胸腺カルチノイドでは72.9%であった7)。またJART が調査したデータベースからの報告でも,播種を伴うⅣa 期の胸腺腫に対して肉眼的に完全切除を施行した群での10 年生存率は88.6%と予後良好であった8)。ただしその術式・治療は様々で,播種巣切除から胸膜肺全摘術(±薬物療法),播種巣切除+胸腔内温熱化学療法など多岐にわたっており,治療法の定義は一義ではなかったため,注意が必要である2)~4)9)10)。
一方でⅣ期胸腺癌に対する外科治療の報告は少ない。本邦でのデータベースの解析では,胸腺癌Ⅳa 期40 例とⅣb 期68 例の5 年生存率は43%と34%であった6)。また国際共同のデータベースを用いた研究での胸腺癌1,042 例の報告では,Ⅳa 期114 例の5,10 年生存率はそれぞれ42%,28%で,Ⅳb 期139 例では30%,13%であった。そのうち外科切除例と完全切除例の割合は,Ⅳa 期が97 例と47 例,Ⅳb 期は94 例と43 例であった。また,多くの症例で薬物療法や放射線療法も施行されており,集学的治療を受けていた。多変量解析では,完全切除と放射線療法が予後良好因子であると報告されていた5)。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ9
- 肉眼的完全切除が困難な臨床病期Ⅳ期胸腺上皮性腫瘍に対して,減量手術は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 胸腺腫に対しては減量手術を行うことを提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
胸腺腫ではいわゆる減量(Debulking)手術も予後延長に寄与する(不完全切除症例が非切除症例よりも有意に予後が良い)と考えられている。2000 年に発表された本邦のデータでは,切除根治度に関してⅢ期とⅣ期を含めて解析されたが,完全切除・不完全切除・非切除例の5 年生存率は,胸腺腫では92.9%,64.4%,35.6%であり,胸腺腫において減量手術は有効である可能性が報告されている1)。減量手術の患者対象や定義は一定ではないが有用性を示す報告はいくつかあり,メタアナリシスでも有用性が示されている11)。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
胸腺癌については,2010 年の本邦のデータでは,完全切除・不完全切除・非切除例の5 年生存率は75%,44~47%,13%であり,ESTS のデータでも胸腺癌に対する減量手術の有用性が示唆されている6)12)。しかしながら,これらは対象集団が臨床病期Ⅳ期に限られていないこと,術前から減量手術を企図したのか,あるいは手術の結果で不完全切除となったものなのかなど不明であり,メタアナリシスでも有用性を示した報告がない。
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- 2
- 放射線治療
- CQ10
- 完全切除された胸腺腫に対して,術後放射線治療は勧められるか?
- エビデンスの強さC
-
- a. 完全切除されたⅠ,Ⅱ期胸腺腫に対しては,術後放射線治療を行わないよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
-
- b. 完全切除されたⅢ期胸腺腫に対しては,術後放射線治療を行うよう勧められるだけの根拠が明確でない。
〔推奨度決定不能〕
解説
- a. 完全切除されたⅠ期胸腺腫の局所再発率は極めて低く,その長期成績は良好であり,術後補助療法の生存に与える影響は乏しいと考えられる1)2)。Zhang らは胸腺腫29 例と少数ではあるがランダム化比較試験を行い,術後照射による生存率の改善を認めなかった3)。また,SEER 登録の多数例の解析においてもⅠ期胸腺腫に対する術後照射の有用性は認められなかった4)5)。
完全切除されたⅡ期胸腺腫の局所制御率も良好である。術後照射についての比較試験の報告はないが,Kondo らによる日本の208 例の解析では術後照射施行86 例,非施行122 例の局所再発率は4.7%と4.1%といずれも低値であった1)。また,Omasa らによるⅡ期症例840 例においても術後照射施行200 例と非施行640 例の5 年全生存率(96.5%,96.2%),5 年無増悪生存率(94.3%,92.3%)とも良好で差は認められなかった6)。また,1988 年~2013 年のSEER 登録症例2,234 例を検討したMou らの報告では,完全切除されたⅠ-ⅡA 期胸腺腫に対する術後照射は,原病生存率を有意に悪化させた5)。一方,Zhou らは14 文献のメタアナリシスを行い,完全切除Ⅱ期胸腺腫において術後放射線治療により全生存率の改善がみられた〔HR 0.57(95%CI:0.41-0.80,P=0.001)〕としている7)。また,ITMIG データベースの完全切除されたⅡ期胸腺腫870 例の解析では術後照射施行の5,10 年全生存率は97%,91%と非施行例の93%,83%と比較し有意に良好であった8)。
以上より,Ⅱ期胸腺腫については一部有用性を示す論文もあるものの多くは否定的であり,日本の現状・良好な手術成績を考慮し,完全切除されたⅠ-Ⅱ期胸腺腫では術後放射線治療を行うことは推奨されず,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行わないよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- b. 前述のOmasa らの報告において完全切除された270 例のⅢ期胸腺腫の解析では,術後照射施行123 例と非施行147 例の5 年全生存率(92.9%,89.7%),5 年無増悪生存率(62.0%,69.3%)と両者に差を認めなかった6)。Korst らも22 の後ろ向きコホート研究592 例のシステマティックレビューで完全切除されたⅡ-Ⅲ期胸腺上皮性腫瘍では補助放射線治療による有意な再発低下は得られなかったとしている9)。一方,Lim らは2000~10 年のSEER 登録浸潤性胸腺腫529 例の傾向スコア解析を行い,術後照射はⅢ-Ⅳ期症例の全生存率およびⅢ期症例の原病生存率において有意に良好な因子であることを示した10)。またRuffini らも1990~2010 年にESTS に登録された2,030 例の傾向スコア解析により完全切除症例において術後補助療法(主に放射線)は全生存に寄与していたと報告している11)。前述のITMIG 登録例の解析では,完全切除されたⅢ期胸腺腫393 例では術後放射線治療施行例で有意に5,10 年全生存率が良好であった8)。米国National Cancer Data Base の3,031 例の手術施行胸腺腫(1,444 例術後照射あり)の解析では正岡-古賀病期Ⅱb,Ⅲ期において術後照射群が有意に全生存率が良好であった12)。さらに,前述のMou らのSEER 登録症例の解析では,Ⅲ-Ⅳ期完全切除後の術後照射は全生存率および原病生存率いずれも改善すると報告されている5)。
以上のように,完全切除されたⅢ期胸腺腫に対する術後照射の意義は一定していないが,現状ではその有効性を示すエビデンスは乏しい。上記報告や日本の現状も踏まえ術後放射線治療を行うよう,または行わないよう勧められるだけの科学的根拠が明確ではなく,エビデンスの強さはC,また総合的評価では推奨度決定不能とした。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ11
- 完全切除された胸腺癌に対して,術後放射線治療は勧められるか?
- エビデンスの強さC
-
- a. 完全切除されたⅠ期胸腺癌に対しては,術後放射線治療を行わないよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
- エビデンスの強さC
-
- b. 完全切除されたⅡ-Ⅲ期胸腺癌に対しては,術後放射線治療を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
- a. 完全切除されたⅠ-Ⅱ期胸腺腫と同様に,完全切除されたⅠ期胸腺癌を含む検討においても長期成績は良好であり,術後照射の生存に与える影響は乏しいと考えられる1)2)4)11)。また,229 例の胸腺癌のみを対象とした多変量解析において,完全切除が全生存における有意な予後因子であるとしている13)。胸腺癌1,025 例を切除単独群(468 例)と切除+術後照射群(557 例)に分けて後方視的に比較した検討では,多変量解析において切除+術後照射群で有意に全生存が改善した(HR 0.73,95%CI:0.58-0.91,P=0.006)。一方,Ⅰ-Ⅱa 期においては有意差を認めなかったとしている12)。
以上より,日本の現状・良好な手術成績を考慮し,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行わないよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- b. 1991~2012 年にITMIG とESTS データベースに登録された胸腺癌1,042 例の検討では,多変量解析で完全切除と放射線治療(多くは術後照射)が全生存の改善に寄与していたと報告されている14)。また前述のOmasa らの報告ではⅡ-Ⅲ期胸腺癌では全生存率には差がなかったが,無増悪生存率は術後照射例で有意に良好であった6)。前述のJackson らの胸腺癌1,025 例の報告でも,Ⅱ-Ⅲ期を約半数含んでおり,この病期における術後照射の有用性を示している12)。胸腺癌のみを対象とした術後照射に関するメタアナリシスでは,術後照射が有意に全生存(HR 0.66,95%CI:0.54-0.80,P<0.001)および無病生存(HR 0.54,95%CI:0.41-0.71,P<0.001)を改善したとしている15)。さらに,SEER データベースに登録された胸腺癌312 例(Ⅱ期以上が64.4%)において術後照射の有無でpropensity-score matching を行い,両群128 例を検討した結果では,5 年全生存率が術後照射群で63.2%に対し,術後照射未施行群で50.5%と有意差を認めたとしている(P=0.007)16)。
以上より,完全切除されたⅡ-Ⅲ期胸腺癌では術後照射を行うことを考慮してもよく,エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ12
- 顕微鏡的または肉眼的不完全切除となった胸腺上皮性腫瘍に対して,術後放射線治療は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 術後放射線治療または術後化学放射線療法を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:82%〕
解説
Kondo らによる日本の1,320 例(Ⅰ-Ⅳ期)の後方視的解析では,Ⅲ-Ⅳ期胸腺腫および胸腺癌において,不完全切除は重要な予後不良因子であった1)。また,Ruffini らのⅠ-Ⅳ期の胸腺癌194 例を対象とした後方視的解析においても不完全切除は有意な予後不良因子であった13)。これらの報告より不完全切除例に対しては,追加補助療法が必要と考えられる。不完全切除例に対する術後放射線治療の必要性を検討する前向き比較試験は行われていないが,Forquer らによるSEER 登録の胸腺腫・胸腺癌(Ⅰ期275 例,Ⅱ-Ⅲ期626 例)の検討では,Ⅱ-Ⅲ期であっても完全切除ができなかった症例については術後照射が生存に寄与する可能性が示されている4)。
以上より,顕微鏡的または肉眼的不完全切除となった胸腺上皮性腫瘍に対しては放射線治療または化学放射線療法を行うことが勧められ,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう推奨(1で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ13
- 切除不能胸腺上皮性腫瘍に対して,放射線治療は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 根治照射可能な切除不能胸腺上皮性腫瘍に対しては,放射線治療または化学放射線療法を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
Loehrer らは,限局型切除不能胸腺腫・胸腺癌23 例に対する第Ⅱ相試験(CDDP,DXR,CPA)の導入化学療法を2~4 回施行後に,原発腫瘍と縦隔リンパ節領域に54 Gy/27 回の放射線治療を施行した。再発までの期間中央値は93 カ月であり,導入化学療法のORR は69.6%であった。中間生存期間は93 カ月,5 年生存率は52.5%であった17)。また,Wang らは切除不能局所進行胸腺腫瘍に対して非手術治療を行った42 例を後方視的に検討している。放射線治療単独,逐次化学放射線療法,同時化学放射線療法(総線量中央値60 Gy)を実施した結果,ORR はそれぞれ43.8%,50%,87.5%,5 年全生存率はそれぞれ30%,50%,61.9%で,同時化学放射線療法が放射線治療単独と逐次化学放射線療法と比較して有意に良好な成績であった18)。一方,Korst らによる局所進行胸腺上皮性腫瘍(Ⅰ-Ⅳ期)に対する術前化学放射線療法の効果を前向きに検討した第Ⅱ相試験では,施行した22 例中21 例が導入療法を完遂し,17 例(77%)が完全切除であった19)。以上の結果より,放射線治療あるいは化学放射線療法は胸腺上皮性腫瘍に対し有効性が高いことが示唆された。
以上より,切除不能胸腺上皮性腫瘍に対しては放射線治療または化学放射線療法を行うことが勧められ,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- 胸腺上皮性腫瘍に対する放射線治療の基本事項
-
- a. 放射線治療は,少なくとも3 次元放射線治療(3D-CRT)で,照射標的体積は腫瘍床および残存病巣として行うよう勧められる。
-
- b. 予防的縦隔鎖骨上リンパ節領域照射は,原則的に行わないことが勧められる。
-
- c. 線量分割は1 回1.8~2 Gy の通常分割法で,術後放射線治療は完全切除例では40~50 Gy,顕微鏡的不完全切除例では50~54 Gy 程度,肉眼的不完全切除症例では54~60 Gy 程度行うよう勧められる。
-
- d. 局所進行切除不能胸腺腫に対する放射線治療の総線量は,通常分割で少なくとも50 Gy,可能であれば54~60 Gy 程度行うよう勧められる。
-
*正常組織への線量制約は肺癌の治療に準ずるが,より若年者・長期生存者が多いため,特に心臓への線量に配慮することが勧められる。
解説
- a. 胸腺上皮性腫瘍は主に前縦隔に存在し,周囲を心臓・心膜,肺,気管気管支,食道,脊髄などの重要正常臓器に囲まれている。そのため治療効果比を上げるためには可及的に腫瘍床・残存腫瘍に線量を集中させ,周囲正常臓器への線量を下げることが重要である。そのため,少なくとも3 次元治療計画に基づく放射線治療を行うことを推奨する20)。また,さらに線量分布の改善,正常臓器への線量低下を目指し近年進歩しているIMRT などの高精度放射線治療も考慮する21)。照射標的および線量についての前向き比較試験は行われておらず,エキスパートの意見による。臨床標的体積(CTV)は,治療前のCT で認められる原発病巣部を含む範囲とし,手術所見および病理所見による組織型,進展範囲(被膜外浸潤や切除断端の状況)を考慮する22)。
- b. 胸腺腫のリンパ節転移の頻度は低い23)。胸腺腫・胸腺癌術後照射47 例の後ろ向き多変量解析では縦隔予防的照射の有無は予後に関与しておらず24),C 型胸腺上皮性腫瘍53 例に対し腫瘍床のみへの術後照射を行った検討では照射野外リンパ節領域単独再発は2 例のみであった25)。以上より,予防的な縦隔鎖骨上リンパ節領域照射は原則的に行わないことが勧められる22)。
- c. 線量分割はいくつかの後ろ向き解析およびNCCN ガイドラインを参考とし,1 回1.8~2 Gy の通常分割法で,完全切除例では40~50 Gy,顕微鏡的不完全切除例ではさらに断端陽性残存が疑われる部分に追加照射を行い計50~54 Gy 程度,肉眼的不完全切除例では54~60 Gy 程度が勧められる22)26)27)。
- d. 浸潤性胸腺腫に対する部分切除または生検後の放射線治療が行われた28)。照射線量の中間値は50 Gy(範囲30~70 Gy)であった。全例の5 年および10 年生存率は51%,39%であり,部分切除例の5 年および10 年生存率は64%,43%,生検のみでは39%,31%で,切除の程度が予後に関与していた。一方,薬物療法の有無は予後に相関していなかった。局所再発は8.5 年で31 例/90 例(34%)と高率であった。また,CQ13 で引用した切除不能例に対する報告では投与線量の中央値は54 Gy17),および60 Gy18)であった。以上より,放射線治療の総線量は,通常分割で少なくとも50 Gy,可能であれば54~60 Gy 程度が必要であると考えられた。
なお,正常組織については肺癌など他の胸部放射線治療に準じて線量制約を行う29)。若年者・長期生存者が多いため,特に心臓への線量に配慮する。Fernandes らはSEER 登録例の検討で術後放射線療法による心臓死および二次癌の発症リスクの増加はなかったと報告している30)。
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- 3
- 薬物療法
- 3-1
- 胸腺腫に対する薬物療法
- CQ14
- 臨床病期Ⅳ期または再発胸腺腫に対して,薬物療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 薬物療法を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
根治切除が不能な臨床病期Ⅳ期または再発胸腺腫が対象となる。これまでに根治切除が不能な臨床病期Ⅳ期または再発胸腺腫を対象とした薬物療法の臨床試験では希少癌のためランダム化比較試験はされておらず,エビデンスの程度の低い少数例による第Ⅱ相試験や後方視的研究による報告のみとなっている。このため,薬物療法を行うことで予後をどれくらい改善できるかは不明である1)~8)。さらに本邦では保険適用となる抗癌剤はない。しかしこれまでの報告では薬物療法では比較的高いORR が示されており,薬物療法により,少なくとも症状緩和の効果は期待できる。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価ではPS 0-2 など全身状態良好な症例では薬物療法を行うことを強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ15
- 臨床病期Ⅳ期または再発胸腺腫に対して,シスプラチンとアンスラサイクリン系抗癌薬の併用療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- シスプラチンとアンスラサイクリン系抗癌薬の併用療法を行うことを推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
本邦および海外より報告された胸腺腫に対する薬物療法は主にアンスラサイクリン系を基軸とした併用療法が多い(エビデンスの強さはD)。シスプラチンとアンスラサイクリン系を用いた薬物療法は,ADOC 療法1),PAC 療法2),CODE 療法3),CAMP 療法4)5)などが報告され,ORR は70~92%(平均75%)であった。一方,アンスラサイクリン系を用いない治療法では,VIP 療法6),カルボプラチンとパクリタキセル療法7),シスプラチンとエトポシド療法8)が報告されており,ORR は35~52%(平均40%)であった。いずれも,エビデンスの程度が低い少数例による第Ⅱ相試験や後方視的な研究であり,プラチナ系およびアンスラサイクリン系併用療法と,プラチナ系および非アンスラサイクリン併用療法を比較するとアンスラサイクリン系のほうが良好な傾向がみられている。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価としては可能な症例ではシスプラチンとアンスラサイクリン系を含むレジメンを行うよう強く推奨する(1 で推奨)と判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ16
- 一次治療に不応となった胸腺腫に対して,薬物療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 薬物療法を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:76%〕
解説
既治療胸腺腫への薬物療法に関してはペメトレキセド9)やアムルビシン10),オクトレオチド11)12)といった薬物療法が報告されている。ペメトレキセドは症例数が少ないが前向き第Ⅱ相試験でORR 27%,無増悪生存期間中央値12.1 カ月および全生存期間中央値46.4 カ月と一定の有用性が示唆されている。オクトレオチドについてはオクトレオチド・シンチグラフィーで腫瘍部位に集積またはカルチノイド症候群の症状があるケースの一部で有用性が報告されており,該当する症例においては考慮してもよい。以上のように少数例の報告ではあるが,有用性の報告もあることから薬物療法を行うことを提案する。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ17
- 局所進行胸腺腫に対して,術前化学療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 術前化学療法を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:88%〕
解説
局所進行胸腺腫に対しては少数例の試みではあるが,様々な術前化学療法が行われ,良好なORR と完全切除率が報告されている13)~16)。局所進行胸腺腫および胸腺癌に対する術前化学療法の効果を検討した第Ⅱ相試験では,術前化学療法としてCAMP 療法を受けた22 例中17 例(77%)で奏効を認めた(CR 3 例,PR 14 例)。そのうち,21 例が手術を受け16 例では完全切除,5 例では非完全切除であった4)。いずれもエビデンスの程度が低い少数例による第Ⅱ相試験や後方視的研究であるが,比較的高い完全切除率が示されている。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では局所進行胸腺腫に対しては主に化学療法を術前治療として行うことを弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- 3-2
- 胸腺癌に対する薬物療法
- CQ18
- 臨床病期Ⅳ期または再発胸腺癌に対して,薬物療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 薬物療法を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
胸腺癌に対する薬物療法は胸腺腫よりもさらに報告数が少なく,胸腺腫に準じたレジメンが主に用いられてきた。最近は胸腺癌に限定して行われた研究も報告されているが,多くが少数例の第Ⅱ相試験か後方視的な研究であり薬物療法のエビデンスは乏しい7)17)。しかし,ORR は約22~36%と一定の効果はみられており,PS 0-2 の全身状態良好な症例では薬物療法を行うことが勧められる。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ19
- 臨床病期Ⅳ期または再発胸腺癌に対して,カルボプラチンとパクリタキセルまたはアムルビシンの併用療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- カルボプラチンとパクリタキセルまたはアムルビシンの併用療法を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:88%〕
解説
胸腺腫と異なり,胸腺癌においてはアンスラサイクリン系と非アンスラサイクリン系レジメンとの間に奏効率については大きな差はなくキードラッグはプラチナ製剤と考えられている。カルボプラチンとパクリタキセル併用療法は複数の海外および本邦からの第Ⅱ相試験においてORR 22~36%と比較的良好であることが報告されている7)17)。また,本邦から報告されたカルボプラチンとアムルビシンの併用療法の第Ⅱ相試験では未治療例ではORR 30%,無増悪生存期間中央値7.6 カ月と報告されており,治療選択肢の1 つと考えられる18)。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うことを弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ20
- 臨床病期Ⅳ期または再発胸腺癌に対して,分子標的薬は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 分子標的薬を行わないよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
胸腺癌ではc-KIT 発現は73~86%と高頻度に発現しており,診断には有用であるが,c-KIT 遺伝子変異は10%未満であり,c-KIT 阻害薬であるイマチニブは臨床試験では全体集団として期待された効果を示していない19)。c-KIT やVEGFR,PDGFR などマルチターゲット阻害薬であるスニチニブは既治療胸腺癌に対する第Ⅱ相試験でPR 26%(6/23),SD 65%(15/23)と報告された20)。またmTOR 阻害薬であるエベロリムスは既治療胸腺癌に対する第Ⅱ相試験でPR 10.5%(2/19),DCR 77.8%と報告されている21)。しかし,いずれも少数例での報告であり,推奨できる分子標的薬はない。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では胸腺癌に対する分子標的薬の使用は行わないよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ21
- 一次治療に不応となった胸腺癌に対して,薬物療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 薬物療法を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:94%〕
解説
一次治療不能となった胸腺癌への薬物療法については,胸腺癌単独のエビデンスはないが,胸腺腫を合わせた胸腺悪性腫瘍を対象とした前向き第Ⅱ相試験が相次いで報告されている。米国にてペメトレキセド9),アムルビシン10)の第Ⅱ相試験が実施され,既治療胸腺癌へのORR はそれぞれ9%,11%であった。前向き試験の数はまだ少ないが,一次治療不能となった胸腺癌に対する薬物療法のエビデンスは増えてきている。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では一次治療不能になった胸腺癌への薬物療法として行うことを弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ22
- 局所進行胸腺癌に対して,術前化学療法は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 薬物療法または化学放射線療法を術前治療として行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
局所進行胸腺癌に対しては少数例の試みではあるがいくつかの術前化学療法が行われ,良好なORRと完全切除率が報告されている13)~16)22)。
局所進行胸腺腫および胸腺癌に対する術前導入化学放射線療法の効果を前向きに検討した第Ⅱ相試験では,施行した22 例中21 例が術前化学療法を完遂し,17 例(77%)で完全切除することができた16)。また術前化学療法としてシスプラチンとドセタキセルを行った第Ⅱ相試験では完全切除率が19 例中15 例(79%)であった22)。これらの報告はいずれも,エビデンスの程度が低い少数例による第Ⅱ相試験や後方視的な報告であるが,比較的高い奏効率と完全切除率が報告されている。
以上より,エビデンスの強さはD,また総合的評価では局所進行胸腺癌に対しては薬物療法または化学放射線療法を術前治療として行うことを弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
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- レジメン
- 胸腺腫・胸腺癌に対する薬物療法
- 4
- 再発腫瘍の治療
- CQ23
- 切除可能な再発胸腺上皮性腫瘍に対して,外科切除を含めた集学的治療は勧められるか?
- エビデンスの強さD
- 外科切除を含めた集学的治療を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:100%〕
解説
胸腺上皮性腫瘍再発に対して外科治療を受けた患者に対する集学的治療に関する比較対象試験は存在しない。48 例の再発胸腺腫に対し25 例の外科切除を行い単変量解析の結果,薬物療法の追加が外科的治療後の生存率を改善することができた(多変量解析では,この効果は消失した)が,無増悪生存期間は改善しなかったとの報告がある1)。胸腺癌に関しては,手術のみでは生存率は改善せず,薬物療法が(P=0.0295)再発後の無増悪生存期間延長に寄与した1)。胸膜再発胸腺上皮性腫瘍に対して,外科治療兼胸腔内温熱化学療法の報告2)3)がある。前者では14 例の90 日死亡率は2.5%,周術期合併症は24%に発症した。5 年,10 年,15 年生存率はそれぞれ67%,56%,28%であり,後者では周術期死亡はなく,合併症は26%(化学療法関連合併症16%)に発症し,生存期間の中央値は63 カ月であった。症例数は少ないが勧められる治療法と考える。
以上より,切除可能な再発巣に対しては,外科切除を含めた集学的治療を行うことを勧める。エビデンスの強さはD,また総合的評価では行うよう強く推奨(1 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
- CQ24
- 切除可能な再発胸腺上皮性腫瘍に対して,外科切除は勧められるか?
- エビデンスの強さC
- 外科切除は行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:100%〕
解説
再発胸腺上皮性腫瘍の治療に関する国内外のデータベース研究は行われているが,前向き研究は存在しない。1990 年代の国内での胸腺上皮性腫瘍完全切除後の病期別再発率はⅠ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳ期でそれぞれ0.9%,4.1%,28.4%,34.3%であった4)。ITMIG でのWHO 分類別再発率はA,AB,B1,B2,B3 型でそれぞれ4%,2%,8%,13%,14%と報告されている5)。JART での胸腺上皮性腫瘍の術後無再発期間は2.7±2.3 年,術後再発部位・頻度は胸膜,肺,局所,遠隔転移(脳,骨,肝臓)がそれぞれ54.1%,21%,17.3%,11.3%であった6)。一方,胸腺癌は同じくJART での完全切除後の再発率は39.1%であり,再発部位・頻度は局所再発,肺転移がそれぞれ41%,33%であった7)。
術後再発治療は外科治療と非外科治療に大別される。胸腺上皮性腫瘍術後再発に対し外科的治療は40%に施行されている6)ものの,JART データベース研究やメタアナリシスによる外科治療・非外科治療に対する後ろ向き比較研究が存在し外科治療の優位性が報告されているが,対象症例の背景はそれぞれ異なる。外科治療成績は,5 年および10 年生存率がそれぞれ58.0~82.7%,56.0~68.2%であり,非外科治療成績は43.5~68.2%,23.4~37.0%であった6)8)9)。後ろ向き研究では外科治療の全生存率に対する有効性が示唆される1)6)8)~10)。また,非手術治療に対する手術治療の生存率に関するハザード比は,5 年/10 年で0.34,0.47 であり,手術群が良好であった8)。再発胸腺上皮性腫瘍に対する治療法による長期予後の研究では,外科治療が生存期間と無再発生存期間1),完全切除が生存期間11),WHO 組織型B3 型以外が腫瘍特異的生存期間9)に寄与した。Ⅳa 期症例を含め再発胸腺上皮性腫瘍(胸膜・心膜播種症例)に対し,胸膜肺全摘術が良好な長期生存を提供する可能性があるとの報告もあるが,再発症例は8 例と少なく今後の検討が待たれる12)。一方,再発胸腺上皮性腫瘍に対する完全切除が生命予後を改善したとの報告13)14)はみられるが,不完全切除(debulking surgery)と非外科治療を直接比較した報告はみられない。
以上より,切除可能な再発巣に対する外科切除は行うよう提案する。エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
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- 5
- 治療後の経過観察
- CQ25
- 胸腺上皮性腫瘍に対し根治的治療が行われた場合,定期的な経過観察は行うべきか?
- エビデンスの強さC
- 胸腺腫の場合10 年以上,胸腺癌の場合5 年以上の経過観察を行うよう提案する。
〔推奨の強さ:2,合意率:88%〕
解説
胸腺上皮性腫瘍に対する根治治療後の経過観察を,どの程度の期間,どのような方法で,どのような間隔で行うべきかを検討した研究は行われていない。しかし,これまでの外科治療成績や再発腫瘍に関する報告から,根治治療後の再発は組織型や病期に関連して頻度が増加し,再発までの期間が20年以上に及ぶ例も知られている1)~4)。組織型ではいずれも中央値が,胸腺腫61 カ月(2~242 カ月),胸腺癌10 カ月(2~54 カ月),胸腺カルチノイド54 カ月(5~97 カ月)と異なっていたとの報告もあり,胸腺癌に比し胸腺腫では再発までの期間が長期にわたることが知られている2)。また,進行期例であるほど再発の頻度は高いものの,Ⅰ期例での再発も経験されている1)~4)。「5.再発腫瘍の治療」の項(CQ23,24)でも述べられているが,再発に対しても積極的に治療を行うことで生存期間の延長が可能となることから,再発の早期発見は意義あるものと考えられる1)~5)。
経過観察の方法については一定の見解はないものの,再発巣の多くが胸部に限局していることから5),通常の外来診療とともに,CT(胸部~上腹部)を含めた画像診断法を用いて行うのが一般化している4)。術前に無症状の胸腺腫患者においても,術後重症筋無力症(post-thymectomy myasthenia gravis)を発症する可能性がある。術前無症状の患者に術後重症筋無力症が発症する場合,多くは術前の抗アセチルコリン受容体抗体が陽性であるが,術前に抗体が陰性の症例でも重症筋無力症が発症することがある6)。また,経過観察が終了した胸腺腫術後の患者に重症筋無力症が発症したことで精査され,胸腺腫の再発が発見されるという報告もある7)。以上より,根治治療後に抗アセチルコリン受容体抗体を測定することは妥当であると考えられる。一方,胸腺腫例では二次癌(多重癌)の発生頻度が非胸腺腫例より高いことが報告されており8)9),これらを早期発見することも胸腺腫例の経過観察では念頭におく必要がある。しかし,経過観察を行う適切な間隔は明らかにされておらず,少なくとも6 カ月ないし12 カ月毎には行うことを考慮してもよいとした。
以上より,胸腺上皮性腫瘍に対し根治的治療が行われた場合には,定期的な経過観察を行うよう提案する。エビデンスの強さはC,また総合的評価では行うよう弱く推奨(2 で推奨)できると判断した。下記に,推奨度決定のために行われた投票結果を記載する。
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- 6
- 偶発的に発見された小さな前縦隔病変への対応
- CQ26
- 偶発的に発見された小さな前縦隔病変に対して,外科的切除は勧められるか?
- エビデンスの強さD
-
- a. 充実性病変が疑われる場合,外科的切除を行うよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:70%〕
- エビデンスの強さD
-
- b. 嚢胞(胸腺嚢胞や心膜嚢胞など)が疑われる場合,外科的切除を行わないよう推奨する。
〔推奨の強さ:1,合意率:65%〕
解説
近年,肺癌CT 検診や人間ドックの普及など,胸部CT 検査の普及に併い,偶然に無症状の小さな前縦隔腫瘤が発見される機会が増えており,その頻度は0.7~0.9%と報告されている1)~3)。しかし,その後の診療方針についてまとまった報告はなく,これまではある程度医師の裁量で治療方針を決定していた経緯がある。今回推奨を作成するにあたり,エビデンスの質が高い報告がないことから,エキスパートのコンセンサスとして提案した。
- a. Yano らは3 cm 以下の前縦隔充実性病変28 例に対して手術を行った結果,腫瘍性病変は胸腺腫24 例,胸腺癌1 例,MALT リンパ腫1 例の計26 例(92.9%)であったと報告している4)。多くが胸腺腫や胸腺癌であるが,サイズが小さいことからほとんどが早期のステージで完全切除がなされており,低侵襲手術の良い適応であるとしている。胸腺腫の割合が最も多く,胸腺腫は一般的に発育が遅いことを考えると,1 cm 程度の小病変で画像上浸潤傾向がなく,高齢の患者や手術リスクのある患者では,経過観察を考慮してもよい。しかし,その場合でも胸腺癌の可能性も考慮した注意深い観察が必要である。
- b. 嚢胞(胸腺嚢胞や心膜嚢胞など)は治療の必要がないことはコンセンサスが得られている。病変内部のCT 値が液体成分を示し分葉や壁肥厚のない場合は,胸腺嚢胞や心膜嚢胞の可能性が高い。ただし,Yoon らは偶発的に発見された前縦隔病変413 例中,内部濃度がCT 値20 HU 以下の嚢胞を疑わせる病変は20%で,残りの80%は腫瘍との鑑別が困難であったと報告している3)。また,切除などで確定診断がついた51 例中39 例(76.5%)は良性病変であったことからも,正確な診断が困難な症例が多いことを示している。嚢胞の正確な診断には造影CT やMRI を施行するのが望ましい。Yano らは3 cm 以下の壁肥厚や分葉を呈する嚢胞や増大傾向のある嚢胞性病変15 例に対して手術を行った結果,胸腺嚢胞などの嚢胞が11 例(73%),腫瘍性病変が4 例(胸腺腫3 例,奇形腫1 例)と報告している4)。画像的に壁在結節や壁肥厚を伴う場合や分葉不整な形状の嚢胞は,腫瘍性病変の可能性があり,外科的切除を考慮してもよい。また,嚢胞の経過観察において,サイズが増大あるいは縮小することがあり注意が必要である1)3)。
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Ⅲ.病理診断
- 1
- 病理診断
- 病理診断
- 病理診断には細胞診,生検,外科治療による切除検体が含まれる。細胞診の有用性については報告が少なく不明である。
-
- a. 切除検体の処理:外科医が胸腺腫瘍と周囲臓器との位置関係を明確にするために印を付けたのち,台板上で伸展し,速やかに十分量の固定液で固定する。腫瘍にCT 断最大面で割を入れ,それに平行して厚さ3~5 mm 間隔で割を加える。肉眼所見が異なる部位は必ず標本にし,浸潤部位は周囲組織との関係がわかるように標本にする。最低5 切片を作成し,最大径5 cm 以上の腫瘍では1 cm あたり1 切片を標本とする。
-
- b. 病理組織分類:世界的に使用されているWHO 分類を用いて組織分類を行う。鑑別診断には免疫染色も有用である。
-
- c. 病理診断報告:最終的な病理報告書には,術式,肉眼所見,腫瘍の大きさ,組織分類,浸潤の程度,切除断端,病期分類,術前治療が行われた場合の治療効果の程度を記載する。
-
- d. 生検による病理診断:術前診断が必要な場合や完全切除が不可能な場合,生検で病理診断を行うことができる。ただし,検体採取や病理学的評価にはある程度の熟練を要することから慎重に取り扱う。
-
- e.術中迅速診断:縦隔腫瘍の術中迅速診断は非常に難しく,その有用性は限られている。
-
- f.セルブロック検体を用いた病理診断:種々の免疫組織化学染色などを用いてある程度の推定診断が可能な場合があり得るが,判断は専門性が高いことから慎重に取り扱う。
解説
- a. 縦隔腫瘍の切除材料は周囲組織との位置関係が不明瞭なことが多く,正確な病理診断のためにオリエンテーションを明確にすることが大切である。特に周囲組織への浸潤が疑われて合併切除された組織は必ず標本にして組織学的検索をする必要がある。切除断端への腫瘍の浸潤の確認のために組織用カラーインクを使用し,切離面を明らかにしておくことも有用である1)。胸腺腫は多様な組織所見を示すことも多く,できるだけ多数の切片を作成し,検討することが必要である2)。
- b. WHO 分類3)では,胸腺上皮性腫瘍は核異型,組織構造,形質発現により胸腺腫,胸腺癌,胸腺神経内分泌腫瘍に分類される。胸腺腫は腫瘍細胞の形態と随伴する未熟T リンパ球の多寡によりA,AB,B1,B2,B3 型胸腺腫およびそれ以外の稀な組織型に分類される4)。組織型と予後の関連性については一定の見解は得られていない5)~9)。また,核異型,細胞密度上昇や核分裂像の増加,壊死を伴うA 型胸腺腫は異型A 型胸腺腫と分類されるが,これは通常のA 型胸腺腫と比べた際,よりアグレッシブな臨床像とは必ずしも関連しないとする報告が複数みられる10)11)。胸腺癌は明らかな核異型を示す腫瘍で,多くの組織型に分類されるが,扁平上皮癌が最も多い12)13)。胸腺腫あるいは他臓器からの転移性腫瘍との鑑別には免疫染色も非常に有用で,胸腺の扁平上皮癌で陽性となるCD5 やCD117 は胸腺腫や肺の扁平上皮癌では陰性のことが多い14)~16)。胸腺癌におけるGlut-1 陽性所見はB3 型胸腺腫との鑑別診断に有用である17)~19)。胸腺腫ではTdT やCD1a,CD99 陽性の未熟T リンパ球を認める。胸腺神経内分泌腫瘍は肺腫瘍と同様に,定型カルチノイド,異型カルチノイド,大細胞神経内分泌腫瘍,小細胞癌に分類される。神経内分泌マーカーが広い範囲で陽性となる。胸腺原発のカルチノイドは多くが異型カルチノイドに分類され,予後も不良である20)~22)。
- c. 臨床病期分類としては正岡—古賀分類23)24)が最も使用されているが,ITMIG の提唱25)に基づき最新版のUICC-TNM 分類に初めて胸腺上皮性腫瘍が加えられた26)。今後はTNM 分類を使用することが勧められるが,正岡—古賀分類を併記することも可能である。臨床病期と完全切除が予後に最も関係しているので,病理診断においてこれらを決定するのは非常に重要である。切除断端までの距離が3 mm 以内の場合は記載することが望ましい。
- d. 縦隔腫瘍は臨床像や画像所見,血清腫瘍マーカーなどで,ある程度は診断可能であるが,診断が不可能な場合や完全切除ができない場合には治療方針決定のためコア針生検や切開生検の適応となる27)。18~20 G の針を使用し,3 個以上の組織片を採取することが勧められる27)28)。針生検の病理診断精度に関する報告は少ないが,国内のがん診療専門施設からはその感度と特異度は93.3%と100%であり,WHO 組織分類との一致率は79.4%で,術前診断に有用であるという報告がある28)。ただし,生検組織は腫瘍のごく一部しか採取されず,その病理学的評価にはある程度の熟練を要する。また,目的の組織が採取されていない場合もあることを理解しておく必要がある。
- e. 術中迅速診断は確定診断が未定の場合に,十分な組織量が採取されているか確認する場合や胸部手術中に偶然発見された縦隔腫瘍の確認のために行う場合は適応があるが,リンパ芽球性リンパ腫とリンパ球の豊富な胸腺腫との鑑別やB3 型胸腺腫と胸腺癌,A 型胸腺腫と間葉系腫瘍の鑑別は非常に困難であり,有用性は限られる1)。
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