リンパ浮腫診療ガイドラインについて

1.背景と目的

2017 年の癌の罹患数予測が100 万人を超えるわが国では,癌治療の後遺症として発症するリンパ浮腫に苦しむ患者もまた相当数存在することが予想される。リンパ浮腫診療に関するガイドラインは2008 年度,リンパ浮腫指導管理と弾性着衣・包帯が保険収載(療養費扱い)されたことを受けて初版が出版され,2014 年に第2 版,2018 年に第3版の出版へと至っている。

この間,2016 年度には診療の対象職種に作業療法士が追加されるとともに,一部の癌術後を対象に「複合的治療料」が新設され,包括的なリンパ浮腫診療の保険収載が実現して,医療現場でのリンパ浮腫治療の機会は今後さらに増加することが予想される。本ガイドライン作成の目的は,このような状況を踏まえたうえで,リンパ浮腫診療チームの医療者が常に最適な診療計画を実行するために必要な,最新の科学的根拠となる情報を提示し,リンパ浮腫に対する適切な診療支援を通じて,上質で施設差のない標準的なリンパ浮腫診療を提供する医療環境を整えることである。

2.対象

国内のリンパ浮腫人口の大半を占める続発性(二次性)リンパ浮腫,特に癌治療の一環としてリンパ節郭清,放射線治療,化学療法などが施行され,上肢・下肢にリンパ浮腫が発症した成人癌患者を対象とする。 原発性(一次性)リンパ浮腫はクリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)21 で取り上げているが,続発性リンパ浮腫とは発生機序が異なり,また疾患の性質上,実態の把握が困難で質の高い臨床論文が乏しく,十分な科学的根拠を示すことは困難であった。同様に,顔面や体幹の続発性リンパ浮腫についてもエビデンスが乏しく,対象外とした。

3.リンパ浮腫の指標

リンパ浮腫の発症あるいは治療効果の判定手段として周径,体積,自覚症状,運動機能,生活の質(quality of life;QOL)などを指標とする場合が多いが,普遍的な代用評価方法はいまだに明らかではない。四肢体積の定量は客観性が高いがセルフケアの視点からは継続性に乏しく,現状では術前後の周径比較が,発症や治療効果の判定には最も安価で簡便な方法といわざるを得ない。確定診断,鑑別診断などについては,総論に厚生労働省後援「リンパ浮腫研修」が打ち出した必要な検査項目リストを示す(表2 参照)。

4.個別性と人間性の尊重

本ガイドラインは,画一的なリンパ浮腫診療を勧めるものではない。ガイドラインは臨床的,科学的に満たすべき一定の水準を定めているが,個々の患者への適用は,対象となる患者の個別性に十分配慮し,医療チームが責任をもって決定するべきものである。

また,本ガイドラインの適用にあたっては,ガイドラインの各項目を満たすかどうかを判断するのではなく,ガイドラインの項目ごとに十分な検討がなされ,これを通じて患者と医療チームがゴールを共有することが重要である。

本ガイドラインはリンパ浮腫診療に限定して表記しているが,実際の適用にあたっては,リンパ浮腫診療のみを議論するにとどまらず,患者の生活全体に及ぶ包括的な配慮が必要である。

5.本ガイドラインの作成過程

作成過程に係るすべての議案は,ガイドライン委員会を設置し,メーリングリストで補足的な議論を行った後に合議制で決定した。具体的な作成手順は下記の通りである。

  1. 作成に携わるメンバーならびに査読に携わるメンバーについては,日本リンパ浮腫学会ガイドライン委員に加え,リンパ浮腫診療にかかわる職種の同学会会員,外部有識者ならびに癌サバイバー等から広く公正に人選した。
  2. メンバーの利益相反について申告した。
  3. 作成方法や過程についてメンバーの合意を得た。
  4. 指針が必要な臨床的課題を特定し,CQ を作成した。
  5. CQ を疫学や診断にかかわるものと治療にかかわるものに大別し,後者については原則としてPICO 形式を適用した。

    P(Patient) :○○の患者に対して
    I(Intervention) :○○による治療を行うと
    C(Comparison) :行わなかった場合に比べて
    O(Outcome) :○○という結果となった

  6. CQ の担当者を決定した。
  7. CQ に対応する最新のエビデンスのシステマティック・レビューを実施した。
  8. アウトカムについて,エビデンスレベルの高い報告を引用してCQ の構造化抄録と本文を作成し,グレーディングを行いDropbox で共有した。構造化抄録とは,作成委員会メンバーが十分な情報に基づく意思決定を行えるよう支援するために,根拠となるエビデンスの質評価を簡潔に要約したものである。
  9. 委員会において,担当CQ の主旨と推奨グレードの根拠について,構造化抄録を用いて発表し,議論する。
  10. 委員会での議論に基づいてCQ 本文の校正を行い,最終稿をDropbox で共有した。
  11. 委員会においてデルファイ法により,CQ 本文と推奨グレードについて,その妥当性を1(適切でない)〜9(適切である)の9 点法で匿名で投票し,評価した。CQ と推奨ごとに中央値,最小値,最高値を委員に公開し,相違点を議論した。すべてのCQ と推奨において,中央値8 点以上で主要な相違を認めないと考え,修整を加えたものをもって完成とした。

6.参考文献のエビデンス(科学的根拠)レベルの基準

参考文献のエビデンスレベルは「診療ガイドライン作成の手順ver.4.3」に準拠した 1)


7.CQ の推奨グレード・エビデンスグレードの基準

推奨グレードは下記の5段階とした。発症因子など推奨グレードにそぐわないCQ については,エビデンスグレードを採用した 2)

①推奨グレード 

②エビデンスグレード 

8.外部協力委員によるガイドラインの評価

ガイドライン委員会が作成した暫定稿に対して,外部委員(本ガイドライン作成過程に関与していない医師,看護師,理学療法士,作業療法士,患者代表)にAGREE Ⅱ 3)のチェックリストによる評価実施を依頼した。

なお,本ガイドラインは第2 版同様,日本癌治療学会ガイドライン委員会ならびに公益財団法人日本医療機能評価機構「Minds」のガイドライン作成グループに参画している。

9.改訂

本ガイドラインの改訂にあたっては,日本リンパ浮腫学会のガイドライン委員会と学術委員会が連携して常に論文情報をリサーチし,2〜3 年を目途に改訂を理事会に申請,承認後に同学会ガイドライン委員会が改訂作業を実施する。

10.責任

本ガイドラインの編纂内容については日本リンパ浮腫学会が責任をもつが,個々の症例に対する適用に関しては,担当する医師,看護師,理学療法士,作業療法士等からなる診療チームが,責任をもって行うものとする。

11.利益相反

本ガイドラインの作成過程のいずれの段階においても,ガイドライン作成に参加した全委員は,ガイドライン中で扱われている物品の販売企業等,利害関係を生じ得るいかなる団体からも資金提供を受けておらず,また,利益関係をもたない。

参考文献

1)
福井次矢,丹後俊郎.診療ガイドライン作成の手順 ver. 4.3. 2001.11.7.
2)
World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer:a Global Perspective. Washington DC:AICR, 2007
3)
The AGREE Next Steps Consortium. AGREE Ⅱ( Appraisal of Guidelines for Research & Evaluation Ⅱ). May 2009, update September 2013. https://www.agreetrust.org/agree-ii/(公益財団法人日本医療機能評価機構EBM 医療情報部.AGREE Ⅱ日本語訳.2016.7. https://minds.jcqhc.or.jp/docs/minds/guideline/pdf/AGREE2jpn.pdf