ガイドライン総説

1.目的

消化器に発生する神経内分泌腫瘍(neuroendocrine neoplasms;NEN)は,年間人口10 万人に3~5 人の新規患者が発生する比較的稀な腫瘍で,その多くは膵臓と消化管に発生する。約100 年前に小腸 NET に対してカルチノイドという名称が使われて以来,現在に至るまでの長い間,NEN は概念が不明瞭なカルチノイドと呼ばれてきた。しかし,NEN の臨床病理学的研究が進むにつれてNEN の悪性度の多様性が認識され,2000 年のWHO 病理組織学的分類の改訂では,カルチノイドという名称がなくなり,分化度を基軸とした分類が作成された。さらに,2010 年版では,臨床的経過と最も相関するとされるKi-67 指数と核分裂数という腫瘍細胞の増殖動態を反映する指標を用いたGrade 分類に基づく病理組織学的分類が作成された。最新の2017 / 2019 年版ではNEN を高分化のNET と低分化のNEC に分けることが提起され,現在に至っている。NEN 患者の治療においては,この病理組織学的分類に基づいて治療することが極めて重要である。しかし,一般の臨床医は,膵・消化管NEN 患者の診療において,最新の知識を知らないままに診療することがあり得る状況にある。

また,機能性NET であるインスリノーマやガストリノーマ,グルカゴノーマ,VIP オーマなどはそれらの分泌するホルモンの身体的影響が強く,患者の社会的活動にも有害な影響を及ぼすばかりか,時には生命の危機をもたらす。しかし,現在においてもNET の特徴的内分泌症状が発現してから正しい診断がなされるまでの期間は5~7 年と報告されていて,NEN に関する知識の普及が望まれている。

本ガイドラインは,消化器のなかで最も発生頻度の多い膵臓と消化管のNEN 患者が少しでも早く診断され,最新の知識に基づく診療がなされることを願って,臨床医のためのNEN 診療ガイドラインとして作成された。

2.本ガイドラインを使用する際の注意事項

本ガイドラインはエビデンスに基づき,推奨度を決定することを基本として作成されている。しかし,膵・消化管 NEN は希少疾患に属し,治療薬に関する情報を除いてランダム化比較試験に基づくエビデンスは少なく,多数例の後ろ向き研究が多い。したがって,国際的ガイドラインである米国のNCCN(National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインや ENETS(European Neuroendocrine Tumor Society)のガイドラインを参照しつつ,本邦の専門医師たちの討議と多数決により決定して記載された部分を含んでいる。

3.作成方法

2018 年 4 月に,内科医,内分泌内科医,病理医,外科医,内分泌外科医,放射線科診断医,放射線治療医,化学療法医,遺伝医学・予防医などから構成される作成委員会を形成し,文献検索を医学図書館に依頼した。評価委員会を医師と患者に依頼した。診断,病理,外科治療,内科・集学的治療,MEN1/VHL をテーマとして分科会を形成して各部門のリーダーを選び,各分科会での討論を経た結論をリーダー会議と全委員による委員会での討論を経て素案をまとめたのが本ガイドラインである。

2019 年に日本膵臓学会,日本内分泌外科学会,日本肝胆膵外科学会で公聴会を開催し,ホームページ上でパブリックコメントを募集した。刊行後には日本癌治療学会がん診療ガイドライン評価委員会の評価を受ける予定である。

4.文献検索


クリニカルクエスチョンごとの検索式はガイドライン誌p.151 を参照。

5.文献レベルの分類法と推奨度

「Minds 診療ガイドライン作成の手引き 2007」1)のもとに行った。

表1 エビデンスのレベル分類(質の高いもの順)

表2 Minds 推奨グレード

6.資金

日本神経内分泌腫瘍研究会の資金をもとに活動した。

7.利益相反

日本医学会の「診療ガイドライン策定参加資格基準ガイダンス」に基づき,作成委員および評価委員が利益相反の開示を行った。開示内容は書籍の冒頭に掲載した。

8.参考文献

1)
福井次矢,吉田雅博,山口直人 編.Minds 診療ガイドライン作成の手引き.医学書院,東京,2007.
2)
NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines TM Neuroendocrine Tumors Version 1). 2019, NCCN. org.

9.略語一覧

ACTH adrenocorticotropic hormone;副腎皮質刺激ホルモン
CT computed tomography
DFS disease free survival;無再発生存
EMR endoscopic mucosal resections;内視鏡的粘膜切除術
ENETS European Neuroendocrine Tumor Society
ESD endoscopic submucosal dissection;内視鏡的粘膜下層剥離術
EUS endoscopic ultrasound/ultrasonography;超音波内視鏡検査
EUS-FNA endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration;超音波内視鏡ガイド下生検
FDG-PET fluorodeoxyglucose positron emission tomography
FNA fine needle aspiration;穿刺吸引生検
GH growth hormone;成長ホルモン
GRF growth hormone releasing factor;成長ホルモン放出因子
5-HIAA 5-hydroxyindole acetic acid
IGF1 insulin-like growth factor 1;インスリン様成長因子 1
MDCT multi detector-row CT
MEN1 multiple endocrine neoplasia type 1;多発性内分泌腫瘍症 1 型
MiNEN mixed neuroendocrine-non-neuroendocrine neoplasm
MRI magnetic resonance imaging
NANETS North American Neuroendocrine Tumor Society
NCAM neural cell adhesion molecule(CD56)
NCCN National Comprehensive Cancer Network
NEC neuroendocrine carcinoma;神経内分泌癌
NEN neuroendocrine neoplasm
NET neuroendocrine tumor;神経内分泌腫瘍
NF1 neurofibromatosis type 1;神経線維腫症 1 型
NIPHS noninsulinoma pancreatogenous hypoglycemia syndrome
OS overall survival
PET positron-emission tomography
PFS progression-free survival;無再発生存期間
PP pancreatic polypeptide
PPI proton pump inhibitor;プロトンポンプ阻害薬
PS performance status;全身状態
PRRT peptide receptor radionuclide therapy;放射性核種標識ペプチド治療
PTH parathyroid hormone;副甲状腺ホルモン
QOL quality of life
RFA radiofrequency ablation;ラジオ波焼灼術
SASI テスト selective arterial secretagogue injection test;選択的動脈内刺激薬注入法
SEER Surveillance Epidemiology and End Results
sm submucosal layer;粘膜下層
SMT submucosal tumor;胃粘膜下腫瘍
SRS somatostatin receptor scintigraphy;ソマトスタチン受容体シンチグラフィ
SSTR somatostatin receptor;ソマトスタチン受容体
TACE transcatheter arterial chemoembolization;肝動脈化学塞栓術
TAE transcatheter arterial embolization;肝動脈塞栓術
TEM transanal endoscopic microsurgery;経肛門的内視鏡下マイクロサージャリー
TTP time to tumor progression
US ultrasound/ultrasonography;超音波検査
VHL von Hippel-Lindau 病
VIP vasoactive intestinal polypeptide