本ガイドラインについて

目的と作成の経緯

1. 目的と社会的意義

「がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2022」(以下,「本ガイドライン」)の主たる目的は,がん薬物療法中に生じるさまざまな腎障害の診療,および腎障害を合併したがん患者に対するがん薬物療法に関わる医療従事者が,日常診療においてよく遭遇すると考えられる疑問に対して,できるだけ具体的に回答し,現在の標準的な考え方や具体的な診療内容を伝えることにより,医療従事者の臨床決断を支援することである。

なお,本ガイドラインは医事紛争や医療訴訟における判断基準を示すものではないことを明記しておく。

2. 作成までの経緯

がんに対する薬物療法の重要な有害事象に腎障害があり,特に慢性腎臓病(CKD)を合併した患者でのがん薬物治療は,腎機能が低下するリスクとのバランスを十分に検討する必要がある。しかし,これまで臨床の現場では,医師の経験と勘によって治療が行われてきたため,エビデンスに基づくガイドラインが求められていた。

そこで,「がん薬物療法時の腎障害ガイドライン2016」(以下,「初版ガイドライン」)では,「Minds 診療ガイドライン作成の手引2014」に準拠し,臨床上の疑問(clinical question: CQ)とそれに対する推奨を作成することによって,実際の臨床において具体的に活用できる内容とすることを目指した。がんに対して用いる薬物はきわめて多岐にわたり,その腎障害の病態や,投与薬物の調整もさまざまである。CQ の設定にあたっては可能なかぎり網羅的に取り上げることを意識した。

このようにして初版ガイドラインが刊行されたが,以来,新たな薬物の導入が続いており,われわれが遭遇する腎障害も大きく変化したため,実地臨床の発展に即したガイドライン改訂が必要となった。そのため,2020 年10 月,改訂に向けて新たなガイドライン作成グループが組織され,約2 年の作成期間を経て2022 年版(本ガイドライン)の公表に至った。

3. 作成組織

作成組織の大きな特徴は,日本腎臓学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会の4 学会が参加したことであり,これは初版ガイドラインから変更はない。作成組織を表1 に示すが,現在のがん診療および腎疾患に関わる主要なグループのほとんどを網羅している。また,現在の本邦における標準的な考え方をまとめるという初版ガイドラインの方針を踏襲するため,初版の作成統括委員長を務めた堀江重郎先生にアドバイザーに就任いただいた。

本ガイドラインは,初版ガイドライン刊行後に改訂された「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017」に準拠するため,作成協力として,森實敏夫先生(日本医療機能評価機構客員研究主幹)と鈴木孝明先生(日本医学図書館協会)にも参加いただいた。さらに,文献検索ツールとして「Doctor K」を利用したため,その開発者である神田英一郎先生に作成委員となっていただき,的確なアドバイスをいただいた。また,作成委員による6 回の会議開催(下記「作成過程」を参照)にあたって,客観性を担保するために,オブザーバーとして横尾隆先生(東京慈恵会医科大学)と古市賢吾先生(金沢医科大学)に参加いただいた。この場を借りて感謝申しあげたい。

使用上の注意

1. 対象患者

すべての成人がん患者を対象としている。初版ガイドラインではがん薬物療法が必要な患者のがん薬物療法による直接的な腎障害を主たる対象としていたが,本ガイドラインではがん薬物療法が必要とされるが薬物療法開始前に腎障害ありと診断された患者,および,積極的な薬物療法を終了したがん患者(いわゆるがんサバイバー:経過観察中または治癒と考えられるがん患者)も対象とし,腎機能評価,薬剤性腎障害の対策,抗がん薬の投与計画,がん治療後のCKD 対策,がんサバイバーのCKD 診療に関して記述した。すなわち,本ガイドラインはindividual perspective(個人視点)で作成した。原則として小児がん患者は対象としていないが,がんサバイバーの診療に関しては一部取り扱われている。がんの外科的手術や個別のがん種については,本ガイドラインでは原則として扱わない。

2. 使用者

がん薬物療法に携わる医師,薬剤師,看護師,その他すべての医療従事者を含む医療チームおよび医療施設を使用者とする。

3. 個別性の尊重

本ガイドラインでは推奨に従った方針を画一的に薦めるものではない。また,われわれが診察するのは「がん」ではなく,あくまで「がん患者」であり,個々の診療行為にあたっては画一的に対応するのではなく,患者の個別性を十分に尊重することが望ましい。

4. 定期的な再検討の必要性

初版ガイドライン刊行以降,がん薬物療法の進歩はめざましい一方で,われわれがこれまでに経験したことのない腎障害も出現してきている。したがって,初版から本ガイドラインへの改訂と同様,本ガイドラインに関しても今後,継続的に内容の再検討を行う。(改訂責任者:日本腎臓学会)

5. 責任

本ガイドラインの内容に関しては,日本腎臓学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会が責任をもつが,個々の患者の適応に関しては,患者を直接担当する医師が責任をもつ。

6. 利害関係

本ガイドラインの作成にかかる費用は日本腎臓学会より拠出された。本ガイドライン作成のどの作成過程においても,その内容から利害関係を生じうる団体からの資金提供は受けていない。また,作成に関わった委員全員が,各所属学会の規定に則った利益相反に関する申告書を提出し,各学会事務局で管理している(後述の利益相反も参照)。

本ガイドラインは純粋に科学的な根拠と判断,または公共の利益に基づいて作成され,各委員の産学連携活動に伴う利益相反状態は,内科関連学会の「医学研究の利益相反(COI)に関する共通指針」を遵守し,適正にマネジメントされている。利益相反を最小化する目的で,システマティックレビューを行った委員が担当する臨床疑問と推奨は,特定の委員の意向が反映しないように,委員会内での合意形成を経て完成された。

作成過程

1. 概要

作成の過程の概略は図1 のとおりである。それぞれのCQ にキーワードを設定し,文献検索を行ったあと,システマティックレビュー委員による各文献の評価,ガイドライン作成委員による推奨と解説の決定,各学会のパブリックコメントを経て,各学会理事会で承認された。この過程で,下記のとおり4 回の全体会議と2 回の推奨文決定会議がすべてウェブ上で開催された。

 第1 回 作成グループ全体会議  2020 年10 月28 日
 第2 回 作成グループ全体会議  2021 年02 月28 日
 第3 回 作成グループ全体会議  2021 年04 月04 日
 第4 回 作成グループ全体会議  2021 年09 月05 日
 第1 回 推奨文決定パネル会議  2021 年12 月19 日
 第2 回 推奨文決定パネル会議  2021 年12 月26 日

2020 年10 月26 日に第1 回ガイドライン改訂全体会議が開催され,合計4 回の全体会議と,2 回の推奨文決定会議,パブリックコメント募集を経て作成された。同時に,初版ガイドラインに関する全国アンケート調査を実施し,今後の本ガイドライン改善に向けた情報収集を行った。

臨床疑問(CQ)は作成グループで設定した。その後,システマティックレビューグループを組織し,森實先生のご協力を得て同グループに対する講習会を開催した。2021 年6 月には,日本医学図書館協会のご協力を得て文献検索を行い,2021 年6 月から8 月にかけてシステマティックレビューを行った。その後,作成委員が推奨文案を作成し,ガイドライン作成グループによる2 回のウェブ上での会議を行い,最終稿を作成した。

図1 ガイドライン作成手順およびスケジュール

2. 構成の決定

まず,作成グループの全体会議にてガイドラインの全体構成が議論された。第1 回全体会議にてスコープで取り上げる重要臨床課題を決定したのち,実用性を考慮して,「第1 章:がん薬物療法対象患者の腎機能評価」「第2 章:腎機能障害患者に対するがん薬物療法の適応と投与方法」「第3 章:がん薬物療法による腎障害への対策」「第4 章: がんサバイバーのCKD 治療」の4 つの章に分けることが決定された。

本領域はさまざまな専門医療が関わる横断的な学術領域であることを考慮すると,より複雑化した臨床疑問を検討するためには,その前提として,異なる学術領域に共通した背景疑問を明確にしておく必要がある。そこで,「総説」として,システマティックレビューを行う臨床疑問を議論するための背景疑問を記載することとなった。

次に,作成グループの全体会議にて,初版で設定された16 のCQ の見直しが行われた。そこで,初版の刊行後に広く有効性が認識されたものや,今後臨床試験が行われる見込みが少ないという結論にいたったものをGPS(good practice statement)として扱うこととした。具体的には,初版ガイドラインのCQ 10(腎機能に基づくカルボプラチン投与量設定は推奨されるか)と,CQ 14(維持透析患者に対してシスプラチン投与後に薬物除去目的に透析療法を行うことは推奨されるか)である。

さらに,全体会議では本ガイドラインでの新たなCQ の組み入れも行われた。その過程で,初版ガイドラインのCQ のうちシステマティックレビューを行う優先度が相対的に低いと判定されたCQ は,推奨グレードを外して「総説」の中に組み込むこととした。具体的には初版ガイドラインのCQ 3(腎機能の低下した患者に対して毒性を軽減するために抗がん薬投与量減量は推奨されるか),CQ 4(シスプラチンによるAKI を予測するために,リスク因子による評価は推奨されるか),CQ 8(利尿薬投与はシスプラチンによる腎障害の予防に推奨されるか),CQ 9(マグネシウム投与はシスプラチンによる腎障害の予防に推奨されるか),CQ 11(大量メトトレキサート療法に対するホリナート救援療法時の腎障害予防には尿のアルカリ化が推奨されるか),CQ13(ビスホスホネート製剤,抗RANKL 抗体は腎機能が低下した患者に対しては減量が推奨されるか),CQ 15(腫瘍崩壊症候群の予防にラスブリカーゼは推奨されるか),CQ 16(抗がん薬によるTMA に対して血漿交換は推奨されるか)の8 項目が総説に組み込まれた。一方,CQ 5(シスプラチン分割投与は腎障害の予防に推奨されるか)とCQ 6(シスプラチン投与時の補液(3L/ 日以上)は腎障害を軽減するために推奨されるか)は,本ガイドラインでは新たなCQ 6(シスプラチン投与時の腎障害を軽減するために推奨される補液方法は何か)に組み込まれることとなった。

最終的に,16 項目の総説,4 項目のGPS,そして初版ガイドラインから4 つと,新たに加えられた7 つの合計11 項目のCQ が採用され,第1 章に5 つの総説と3 つのCQ が,第2 章には3 つの総説と2 つのGPS と2 つのCQ が,第3 章には4 つの総説と5 つのCQ が,第4 章には4 つの総説と2 つのGPSと1 つのCQが含まれる構成とするスコープが委員会で了承された。

3. システマティックレビュー

日本医学図書館協会に依頼し文献検索を行った。各CQ に対して設定されたキーワードと検索式により抽出されたすべての論文を対象にした。遡及検索年代は1970 年1 月1 日~2021 年3 月31 日,検索データベースはPubMed,医中誌Web,Cochrane Library である。介入の検索に際してはPICO フォーマットを用いた。P とI の組み合わせが基本で,ときにCも特定した。O については特定しなかった。エビデンスの確実性の評価にあたっては「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017」に準じて,①既存の診療ガイドライン,②システマティックレビュー論文,③個別研究論文(RCT,non-RCT,観察研究)の順に検索を進めた。症例報告は対象としなかった。

2021 年4 月に文献検索式が固定され,2021 年6 月に一次スクリーニングが提出された。2021 年9 月に二次スクリーニングが提出され,評価シートが作成された。これらの過程はシステマティックレビューチームが行った。

各CQ の文献検索式,データベース検索結果と文献評価シートは各学会のウェブサイトに掲載する。必要に応じて参照いただきたい。

4. 推奨の作成

エビデンスの確実性の評価にあたっては「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017」に従った。個々の研究のバイアスリスク評価にはCochrane の評価ツールを利用した。推奨の作成にあたり,システマティックレビューチームによりアウトカムごとに評価されたエビデンスの総体の「エビデンスの確実性」を統合して,CQ に対するエビデンス総体の総括が提示された。エビデンス総体の総括の記載には以下の4 つのグレードを用いた。

A(強):効果の推定値が推奨を支持する適切さに強い確信がある。
B(中):効果の推定値が推奨を支持する適切さに中等度の確信がある。
C(弱):効果の推定値が推奨を支持する適切さに対する確信は限定的である。
D(非常に弱い):効果の推定値が推奨を支持する適切さはほとんど確信できない。

さらに,これらをもとに,益と害と負担のバランスを考慮して,推奨を作成した。

推奨グレードの決定にはガイドライン作成委員の他に,外部委員(表1 の7)として,患者会代表,作成組織以外の関連学会(日本透析医学会,日本腎不全看護学会)に所属する医師,薬剤師,看護師を加えた合意形成会議を開催のうえ,投票によって推奨を決定し,その判断理由と合意率を記載した。なお,75%以上の合意が集約された場合は推奨の強さを決定し,全ての項目が75%未満の場合は,結果を公表したうえで推奨案を修正して再投票を行ったが,本行程を2 回繰り返しても決定できない場合は「推奨なし」とした。推奨の決定は,エビデンスの評価と統合で作成された資料を参考に,アウトカム全体にわたる総括的なエビデンスの確実性,益と害のバランス,患者の価値観を考慮して以下の①~④から選択した。

  1. 行うことを強く推奨する。
  2. 行うことを弱く推奨する(提案する)。
  3. 行わないことを弱く推奨する(提案する)。
  4. 行わないことを強く推奨する。

原則として本邦における標準的な治療を推奨することとしたが,必ずしも保険適用であることにはこだわっていない。

また,GPS では推奨グレードの記載はないが,草案に対して上記と同様の投票を行い,75%の合意率が得られるまで修正を重ねた。

推奨の記述にあたっては,読みやすさや,「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2020」(最新版)も考慮し,下記の2 点の変更を行った。

  1. 1. 読みやすさなども考慮して以下のとおり書式を変更し,全てのCQ で統一した。
    • 「作成グループにおける推奨に関連する価値観や好み」は,「作成グループにおける」を省略し,「推奨に関連する価値観や好み」とした。
    • 「益と害のバランスが確実(コストを含まず)」は,本ガイドラインでは医療経済上の問題については検討していないため,「(コストを含まず)」を削除した。
  2. 2. エビデンスの総括の記載については,「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2020」(最新版)を参考に,「エビデンスレベル」という用語に代えて「エビデンスの確実性」を使用した。

5. 外部評価

前述のとおり,推奨案作成(推奨グレード決定)の際には患者会代表,作成組織以外の関連学会(日本透析医学会,日本腎不全看護学会)に所属する医師,薬剤師,看護師を加えた。また,草案作成後は日本腎臓学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会に加えて,日本透析医学会による関連学会査読を依頼した。さらに,草案を作成主体の4 学会および日本医療薬学会,日本がんサポーティブケア学会,日本透析医学会のウェブサイトで公開し,パブリックコメントを募った。学会査読結果およびパブリックコメントとそれに対するわれわれの回答を各学会のウェブサイトに掲載する。

6. 承認

上記,各学会と関連団体による査読とパブリックコメントを受けたあと,日本腎臓学会,日本癌治療学会,日本臨床腫瘍学会,日本腎臓病薬物療法学会理事会により承認された。

7. 普及と活用促進のための工夫

本ガイドラインが書籍として刊行されると同時に,各関連学会誌に掲載する。また,各学会のウェブサイトでも公開する予定である。

ガイドライン作成過程で作られた各種のテンプレートもウェブサイト上に掲載し,本ガイドラインの作成過程や内容の詳細を知りたい読者が閲覧できるようにする予定である。

CQ やGPS に関しては英文化し,国際誌などにも投稿する予定である。

8. 資金源とガイドライン作成者の利益相反

本ガイドライン作成のための資金はすべて日本腎臓学会が負担した(表2)。

会議はすべてウェブ上で行われた。資金は文献検索,文献入手,転載許諾料・申請料,作成協力講師への謝礼に使用された(表2)。本ガイドラインの作成委員,システマティックレビュー委員,アンケート協力委員,外部委員(表1)に報酬は支払われていない。本ガイドラインの利益相反を表3 に示す。日本腎臓学会・日本癌治療学会・日本臨床腫瘍学会・日本腎臓病薬物療法学会の利益相反に関する指針,細則,報告事項については各学会のウェブサイトでご確認いただきたい。

表2 ガイドライン作成のための費用とその提供者

表3 利益相反(COI)開示(2019 〜2021 年)