要 旨
本診療ガイドラインPart 2 のGRADE アプローチによる推奨は,口腔癌患者の診療に携わるすべての医療従事者に,まだ標準治療として確立されてない口腔癌の治療法に関するエビデンスに基づく推奨を示し,治療成績の施設間格差を是正することを通じて,国民が安心して治療を受けられるようにすることを目的とする。
推奨:
- 早期例に対して,導入化学療法による術前療法は行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:非常に低)。
外科療法を行う場合,予防的頸部郭清術の併用を弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:中)。 - 切除可能な進展例に対して,導入化学療法による術前療法を行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:低)。
リンパ節転移に対する頸部郭清術の術式としては,選択的頸部郭清術を行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:非常に低)。
切除断端陽性や節外浸潤などの予後不良因子がある場合の術後療法は,放射線療法より化学放射線療法を弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:低)。 - 遠隔転移のない切除不能な初発局所進展例の一次治療として,CDDP を含む化学放射線療法を行う場合に導入化学療法を行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:非常に低)。
- 外科療法と放射線療法が不能な再発・遠隔転移例に対して,分子標的薬を含む薬物療法を行うことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:中)。
口腔癌患者に対しては,外科療法を中心に,化学放射線療法を併用することが望ましい。外科療法以外の治療法や再発・遠隔転移口腔癌患者に対する治療法のエビデンスは少ないことが明らかとなった。
Ⅰ.方法
1.作成方法について
診療ガイドラインの定義ならびに全体の構成は,旧米国アカデミー医学研究所(Institute of Medicine of the National Academies:IOM)の方針に従った(表2-1)2, 3)。詳細な手順としてはコクランハンドブックならびに,Grading of Recommendations, Assessment, Development and Evaluation(GRADE)ワーキンググループによって開発されたGRADE アプローチに従って作成した4, 5)。GRADE アプローチでは,エビデンスの効果推定値の確実性(表2-2)を評価したうえで,望ましい効果と望ましくない効果のバランスについて判断し,その後,推奨の強さを決断する(表2-3)。
本診療ガイドライン作成上の留意点は,① 1 つのクリニカルクエスチョン(clinical question :CQ)に対して1 つのシステマティックレビュー(systematic review : SR)を行い,1 つの推奨文を作成するのでなく,複数のキークエスチョン(key question : KQ)を作成してより患者が知りたい包括的な疑問に対応した。② SR であればエビデンスレベルが高いという従来の解釈でなく,質の高いSR であっても,そのなかのエビデンスの確実性が高い場合もあれば低い場合もあることを明確にした。③推奨の強さと方向に関する確実性の程度の判断には,確実性は「連続体」であるという認識が必要であり,例えば,「行うことを弱く推奨する」場合,さまざまな要因や患者との相談の結果「行わない」ことを選択する場合も少なくないことを明記した(図2-1)。
日本語の用語は,Minds(日本医療機能評価機構EBM 医療情報部)の『Minds 診療ガイドライン作成の手引き2014』ならびに『Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2017』も参考にした6, 7)。ただし,作成方法は,GRADE アプローチのみに従って作成した。そのため,本診療ガイドラインは,『口腔癌診療ガイドライン2013 年版』(第2 版)や『頭頸部癌診療ガイドライン2018 年版』とは作成方法が大きく異なるが,できる限り用語の使用法などは統一させた1, 8)。さらに,利用者の混乱を防ぐため『口腔癌診療ガイドライン2013 年版』(第2 版)と『頭頸部癌診療ガイドライン2018 年版』と推奨などが異なる項目については,「Ⅲ.考察」に理由を記載した。
2.対象について
本診療ガイドラインは,口腔癌のみを対象としている。しかし,多くの研究が,口腔癌のみならず中咽頭癌などを含めた頭頸部癌を対象としているため,口腔癌の定義についてはChan ら9)のコクランレビューの基準(表2-4:50%が口腔癌の研究を選択)を基本とした。しかし,50%の基準については,診療ガイドライン委員会で検討した結果,できる限り口腔癌のみのデータを抽出するが,抽出が不能な場合は50%にこだわることなく,SR 担当者の判断で採用を決定することにした。また,抽出・層別が困難で,口腔癌以外が多く含まれる場合は,エビデンスの確実性を評価する際に非直接性の評価を下げることを検討した。ただし,口腔癌と他の頭頸部癌を区別する必要がある場合は,推奨の注意として記載することとした。また,明らかに対象が上皮内癌である研究は検索結果としても存在しなかったために除外した。
また,口腔癌のほとんどが扁平上皮癌であるため,扁平上皮癌以外の組織型は多くの研究で結論に影響するほどの比率ではないと考えられた。しかし,扁平上皮癌以外の比率が多い研究は,SR 担当者の判断で不採用とした。ベースラインリスクについては,Pulte ら9, 10)の方法に準じて実施されたChan らの研究9)を参考にした。
予後因子については,多くの因子(ステージ分類や口腔領域の亜部位分類など)の関与があり得るが,異質性があった場合には,Jadhav ら11)が示した予後因子に従って統合推定値の非一貫性の検討を行うこととした。また,生検や外科療法で得られた組織標本でのバイオマーカーの検索については,本診療ガイドラインでは予後因子としてのサブグループ解析は行わないが,今後エビデンスが明確になれば,その時点で解析することとした。
3.包括的疑問について
我が国の診療ガイドラインで多くみられるCQ と回答というQ&A 形式では,利用者がさまざまな疑問と回答についての組み合わせを考えなくてはならないために利便性が低下すると判断し,本診療ガイドラインでは,できる限り医療者が各状況の口腔癌患者に対し何をしたら良いかがわかりやすい文章で推奨することとした。
包括的疑問として,「早期例の口腔癌患者に対して,最も望ましい治療法は?」,「切除可能・進展例の口腔癌患者に対して,最も望ましい治療法は?」,「切除不能・初発進展例の口腔癌患者に対して,最も望ましい治療法は?」,「切除不能・再発進展例の口腔癌患者に対して,最も望ましい治療法は?」の4 つの疑問を設定した。さらにそのなかに,前治療,主治療,後治療などで細分類した詳細なKQ を組み合わせて設定した。
4.SR とevidence-to-decision framework(EtD)表
本診療ガイドラインを作成するために7 件のSR(SR1〜7)を行った。SR1〜5 およびSR7 は,エビデンスプロファイルを表で示した。その詳細は論文として報告予定である。
5.推奨度の表現について
GRADE アプローチでは,推奨文の日本語による表現としては,推奨の強さと方向で,「行わないことを強く推奨する」,「行わないことを弱く推奨する」,「行うことを弱く推奨する」,「行うことを強く推奨する」の用語が最も使用されている。しかし,「行わないことを弱く推奨する」は,利用者が直ちに理解できない懸念もある。その場合は,「提案する」,「条件付きで推奨する」,「臨床医は〜すると良いだろう」と置き換えて解釈しても差し支えない。また,「注意」として,誤解されないための文章を併記した。
Ⅱ.推奨と根拠
1.早期例の治療
- 推奨
- 早期例に対して,導入化学療法による術前療法は行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:非常に低)。
外科療法を行う場合,予防的頸部郭清術の併用を弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:中)。
注意
術前療法の推奨は外科療法を含む局所治療に関するものである。早期に治療を行えない場合もあり,すべての術前療法を制限するものでない。
厳重な経過観察が可能であれば,予防的頸部郭清術を行わないこともある。
*原発巣治療には,外科療法以外に小線源治療があり,それに関してはPart 1 に記載した。
a.包括的臨床疑問の設定
早期例の原発巣治療には,外科療法以外に小線源治療などがあるが,既に確立された治療と認識されていることからPart 1 に記載した。
一方,多くの施設で外科療法が最も多く行われており,T1 症例では,手術時間も短く,入院期間も短期である。また,外科療法を含めた各治療と,外科療法を行わない治療(小線源治療や化学放射線療法など)をランダム化比較試験で直接比較しているエビデンスがないことから,本推奨では外科療法を前提とした。
しかし,同じ外科療法であっても,例えば領域リンパ節の郭清範囲や化学療法,放射線療法の前治療・後治療の併用の有無などに多様性があり,組み合わせすべてを比較して推奨を作成することは不可能である。したがって,外科療法を中心とした場合に,臨床医が特に悩む治療選択肢に対して複数のKQ を設定した(表2-5)。さらに,そのKQ に必要なエビデンスを求めるためにSR を行い,推奨はその結果に基づくものとした。
以上のように,外科療法を前提とした治療法についての推奨であるが,外科療法を望まない患者に対して,臨床研究として行われている超選択的動注化学療法と放射線療法の併用療法(超選択的動注化学放射線療法)12)に関しては,早期例でもエビデンスの存在を期待したSR を行った。
なお,臨床疑問を設定する診療ガイドラインパネル会議では,小線源治療を施行できる施設が限定されている現状を踏まえ,学会として普及を推進して欲しいとの意見があった。
b.推奨と注意の判断根拠
SR1
術前療法に対しては,外科療法単独の場合の前治療に対するエビデンスはなかったため,今回のエビデンスは,局所治療という放射線療法などの各治療法が入り交じった結果であることに注意が必要である。メタ分析の結果,全生存率のハザード比(hazard ratio:HR)は0.96 で,95%信頼区間(confidence interval:CI)は0.68〜1.33(以下,[0.68, 1.33]と記載)となり,望ましい効果はわずかであった(表2-6)。したがって,望ましい効果が望ましくない効果を下回ると判断された。また,メタ分析に含まれた研究は,いずれも3 クールの化学療法を行っており,我が国では外科療法がその期間で可能であると考えられた。したがって,外科療法まで待機する必要がないならば,術前の化学療法を行わないことを推奨することとなった。
また,術前療法として放射線療法ならびに分子標的薬などを使用したランダム化比較試験がないことから,今回の推奨は化学療法のみの場合となる。また,本推奨は,外科療法までの待機期間中の化学療法を妨げるものではないが,化学療法による有害事象のバランスを考慮しながら慎重に行うことが望まれる。しかし,「行わないことを弱く推奨する」という表現に対して,理解しにくいのではという意見があったことより,注意に「早期に治療を行えない場合もあり,すべての術前療法を制限するものでない。」との文章を追加することとした。
SR2
エビデンスの確実性は中等度で,全生存率のHR が0.64[0.49, 0.85]と臨床的に意味のある減少が認められた(表2-7)。また,頸部郭清術の施行は非施行に比較して当然有害事象は増加するため,それらの望ましくない効果を上回る望ましい効果でなければならない。採用論文に記載されていた有害事象は郭清範囲により異なるが,頸部郭清術を行えば肩関節障害と審美障害が生じることを前提として表2-8 に示した。いずれも望ましい効果が上回る程度より有害事象の頻度は低かった。なお,他のSR より,このSR での比較が有害事象の違いが最も大きいと思われたので一覧表を示したが(表2-8),他のSR は付録※のみの記載とした。
※ガイドライン誌(『口腔癌診療ガイドライン』2019 年版)P191〜をご参照ください。
また,超音波検査による厳密な経過観察があれば,予防的頸部郭清術を行わなくても良いとの意見があった。これに関しては,施設の診断精度が求められ,患者の来院回数が増えることなどより,すべての施設で可能とは限らないために,注意として併記することとした。
次に,予防的頸部郭清術の際に全頸部郭清術と選択的頸部郭清術のどちらを行うべきかに関して,『頭頸部癌診療ガイドライン2018 年版』では「N0 症例に対する肩甲舌骨筋上頸部郭清術の適応には一定のコンセンサスが得られている」と記載されているが,適切な比較試験がないために,本診療ガイドラインでは言及しなかった。今後,さらなる研究が行われることを期待したい。いずれにしろ,予防的頸部郭清術を行う場合は,『頭頸部癌診療ガイドライン2018 年版』と同様に機能温存を考慮することは必要であろう。
SR4
後治療について,外科療法後の後治療の有無に関する研究がないため,追加治療を行うことを前提とした放射線単独療法と化学放射線療法とを比較したエビデンスを利用した。しかし,ハイリスク症例の研究しか存在せず,術前に早期例と診断されても,T2N0 症例で予防的頸部郭清術後にリンパ節節外浸潤などが判明すると,早期例ではなくハイリスク例になることから,今回のエビデンスのみで後治療に対する推奨を判断することは困難であると考えられた。
SR6
早期例の治療は,外科療法を前提としているが,我が国では早期例に対する超選択的動注化学放射線療法も臨床研究として行われていることを考慮してSR を行った。早期例においては,有意差がないものの外科療法が優位であった。しかし,SR に組み入れられた論文における研究対象に含まれるN0 とN1 例の割合が,外科療法群で100%であるのに対し,超選択的動注化学放射線療法では14%と明らかに少なく,この違いが外科療法群を優位としている可能性が大きく,望ましい効果と望ましくない効果は不明であると考えられた。したがって,推奨には含めなかった。
2.切除可能な進展例の治療
- 推奨
- 切除可能な進展例に対して,導入化学療法による術前療法を行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:低)。
リンパ節転移に対する頸部郭清術の術式としては,選択的頸部郭清術を行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:非常に低)。
切除断端陽性や節外浸潤などの予後不良因子がある場合の術後療法は,放射線療法より化学放射線療法を弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:低)。
注意
術前療法の推奨は外科療法を含む局所治療に関するものである。早期に治療を行えない場合もあり,すべての術前療法を制限するものでない。
リンパ節転移に対する頸部郭清術の術式に関しては,全頸部郭清術が一般的である。選択的頸部郭清術を行う場合には,症例ごとの慎重な検討が必要である。
術後療法を行う群と行わない群の比較試験はなかったが,予後不良因子がある場合は術後療法を考慮する。
a.包括的疑問の設定
ほとんどの切除可能な進展例が集学的治療(外科療法,放射線療法,化学療法の組み合わせ)の対象になるが,すべての組み合わせを網羅するSR は不可能であるため,外科療法を含む集学的治療を中心とした場合に,臨床医が特に悩む治療選択肢に対する複数のKQ(表2-9)を設定した。なお,化学療法間の比較はあまりにも多岐にわたるため,現時点ではSR が困難と判断し,今後の課題とした。
b.推奨と注意の判断根拠
SR1
術前療法については,早期例と同様に,外科療法単独の場合の前治療に対するエビデンスはなかった。メタ分析の結果,全生存率のHR は0.96[0.68, 1.33]となり,望ましい効果は,ごくわずかであった(表2-10)。
SR3
頸部郭清術の範囲については,より機能を温存する方法が望ましいが,そのために全生存率が低下してはならない。検索し得た研究は,いずれも観察研究でありエビデンスの確実性が極めて低となった(表2-11)。また,これらの研究では,全頸部郭清術(根治的頸部郭清術・根治的頸部郭清術変法)と選択的頸部郭清術(顎下部郭清術,肩甲舌骨筋上頸部郭清術,拡大肩甲舌骨筋上頸部郭清術など)との選択基準は,不明な点が多くて判断不能であり,望ましい効果と望ましくない効果のバランスは不明とした。しかし,全頸部郭清術に対して選択的頸部郭清術のHR は0.83[0.65, 1.04]で,有意差がないものの点推定値が改善していたことから,少なくとも必ず全頸部郭清術を行わなければならないというエビデンスもないことがわかった。このメタ分析の結果への荷重が大きく,点推定値が全頸部郭清術優位になる大きな要因であったFeng らの研究14)においてのみ,選択的頸部郭清術として拡大肩甲舌骨筋上頸部郭清術が行われている。よって,選択的頸部郭清術を行った症例に本来ならば全頸部郭清術を行うべき症例が含まれることにより,全頸部郭清術の全生存率が優位となっている懸念を生じた。
また,全頸部郭清術を行うと約30%に肩関節障害が生じるとされているため,全頸部郭清術を行う場合は,患者に十分な説明が必要であることが確認された。
診療ガイドラインパネル会議では,選択的頸部郭清術を行うか行わないかの判断が分れたが,最終的に,画像診断精度が各施設で異なり,見逃しの可能性が否定できない限り,推奨の方向としてはより確実な全頸部郭清術を勧めるということになった。
SR6
外科療法を併用しない場合の超選択的動注化学放射線療法については,エビデンスの確実性は非常に低いが,外科療法と放射線療法の併用療法より,超選択的動注化学放射線療法の結果が優位であるというエビデンスが存在した。ただし,外科療法と超選択的でない化学放射線療法の併用療法と超選択的動注化学放射線療法の比較に関しては,ランダム化比較試験だけでなく,対照のある観察研究もなかった。また,進展例の場合,外科療法を選択しない患者もいると思われるので,超選択的でない化学放射線療法と超選択的動注化学放射線療法の比較も必要であるが,これについても対照のある観察研究は存在しなかった。
したがって,本SR は推奨には含めなかった。なお,対照のある観察研究を適格基準として採用した研究の症例数が少なく,評価には適切ではないことから,今後は症例集積研究をも含めたSR を検討課題とすべきとの意見があった。
SR4
術後療法については,追加治療を行うことを前提とした放射線療法単独と化学放射線療法の比較のみであったので,推奨にその前提を記載した。化学放射線療法は,HR は0.73[0.62, 0.86]であり,放射線療法と化学療法の両方の有害事象が若干増加するが,放射線療法単独よりも望ましい効果が優位であった(表2-12)。
3.切除不能な初発局所進展例の治療
- 推奨
- 遠隔転移のない切除不能な初発局所進展例の一次治療として,CDDP を含む化学放射線療法を行う場合に導入化学療法を行わないことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:非常に低)。
a.包括的臨床疑問の設定
切除不能な初発進展例のほとんどの症例に対しては,化学放射線療法が行われていると考え,化学放射線療法を前提としたKQ を設定した(表2-13)。しかし,化学放射線療法にはレジメンを含めて画一化された治療法はなく,施設ごとの違いが大きいのが現状である。そこで,切除不能な初発進展例の治療としては,最も望ましい治療法の推奨ではなく,化学放射線療法前に導入化学療法を行うべきかという臨床疑問に絞った推奨とした。今後,化学療法のレジメンなどについて詳細な検討を行う臨床研究が報告されれば検討したい。
b.推奨と注意の判断根拠
SR5
現時点で標準的主治療とされているcisplatin(CDDP)を含む殺細胞性抗がん薬を化学放射線療法前に導入化学療法として行うことについては,望ましい効果も少なく,全生存率のHR は0.97[0.81, 1.15]であり,治療関連死が若干増加することから,導入化学療法として行わないことが良いと考えられた(表2-14)。ただし,導入化学療法を行わずに放射線療法の併用薬としてcetuximab(Cmab)を使用した化学療法と,導入化学療法としてdocetaxel+CDDP+5-fluorouracil(5-FU)(TPF)を使用した場合の比較では,TPF を導入化学療法として用いた方がHR は0.57[0.35,0.93]と効果があった。しかし,これ以外の研究はないため,導入化学療法としてCmab を用い,TPF を主治療とする場合との比較などの追加研究が必要と考えられる。さらに,CDDP を含む化学放射線療法前にCmab を用いた導入化学療法を行う効果(Cmab の上乗せ効果)を検討した試験や,Cmab とCDDP の効果を直接比較したランダム化比較試験も,現時点ではなかった。
SR6
超選択的動注化学放射線療法については,切除可能な進展例の治療においてSR6 を不採用としたのと同じ理由で採用しなかった(参照)。
4.局所治療が不能な再発例の治療
- 推奨
- 外科療法と放射線療法が不能な再発・遠隔転移症例に対して,分子標的薬を含む薬物療法を行うことを弱く推奨する(弱い推奨/ エビデンスの確実性:中)。
注意
nivolumab は特有の有害事象の可能性があるため,専門的な知識と経験をもつ医師と連携し,「厚生労働省.最適使用推進ガイドライン ニボルマブ(遺伝子組換え)〜頭頸部癌〜」15)に従った治療を行うことが必要である。
a.包括的臨床疑問の設定
切除不能な再発例については,多くの症例で既に放射線療法が行われているために,放射線療法の追加は困難な場合が多いので,化学療法を中心とした治療に関するKQ(表2-15)に対するSR を行った。
また,治療法は多岐にわたるため,幅広くランダム化比較試験を検索したが,以下の3 件の比較しか検討できなかった。さらに,これらの研究では治療法に関するネットワークメタ分析も不能であった。①高用量CDDP と低用量CDDP の比較研究,②プラチナ製剤を用いた化学療法とCmab とプラチナ製剤を併用した化学療法の比較研究,③ nivolumab と他の単剤による化学療法の比較研究であった。なお,国内で頭頸部癌に対して保険適用されている化学療法のみを選択した。
b.推奨と注意の判断根拠
SR7
まず,従来からCDDP などのプラチナ製剤を用いた化学療法が行われているが,この治療が有効か否かを検証するためエビデンスを検索した。プラチナ製剤とプラセボ(積極的支持療法のみ)と比較したランダム化比較試験において,今回の採用基準に一致する研究は存在しなかった。Morton らの研究16)では,4 群比較であるがCDDP 単独群とコントロール群(未治療と考えられるが詳細不明)の比較も行われていたが,再発例と進展例が混在することや途中でコントロール群への割付けが行われていないことなどから,ランダム化比較試験としては不備があるとして不採用とした。しかし,CDDP 単独群とコントロール群との比較試験が他にないことより,重要な研究ではあると考えられた。その結果は,CDDP 単独群がコントロール群より優位な結果であったが,上記の理由よりランダム割付けの不備が懸念された。
次に,①高用量CDDP と低用量CDDP の比較では,2 群間に差がなかったことから,従来のCDDP などによる化学療法についての推奨は検討できなかった。一方,近年,Cmab やnivolumab などの分子標的薬が登場してきたため,分子標的薬を含む化学療法についてのみ記載することとした。
②プラチナ製剤化学療法とCmab の併用療法と,プラチナ製剤化学療法の比較では,Cmab の併用療法で全生存率のHR は0.86[0.76, 0.99]であり(表2-16),7.4 か月に対して10.1 か月,8.0 か月に対して9.2 か月の延長があった。また,疾病進行に対しては,HR は0.60[0.49, 0.73]であり,3.3 か月に対して5.6 か月,2.7 か月に対して4.2 か月の延長であった。しかし,プラセボ(積極的支持療法のみ)との比較は不明であった。
③ nivolumab と他の単剤による化学療法の比較では,第III 相試験17)が1 つのみであった。この試験では,対照群として他の単剤の化学療法のうち日本で保険認可されていない医薬品が含まれるので,非直接性を深刻とした。全生存率のHR は0.70[0.51, 0.96]であり,中央値は,5.1 か月[4.0,6.0]から7.5 か月[5.5, 9.1]と約2 か月延長し,サブグループ解析では,6.2 か月と9.5 か月であり3.3 か月の延長があった。最も効果が少ないとされる95% CI の上端でもHR は0.96 であるため,治療必要数は25 名に治療を行って1 名の利益となる。この25 名という人数は,切除不能な再発例においては臨床的に意味があるという意見もあった。しかし,疾病進行は,OR は0.66[0.37, 1.20]であり,2.3 か月から2.0 か月と減少していた。切除不能・再発進展例の場合,QOL を考えると口腔の腫瘍が増大しないことが重要なアウトカムとなると考えられる。また,nivolumab とCmabとの直接比較は15 例のみであり,Cmab の生存期間中央値は4.1 か月,HR は0.47[0.22, 1.01]であった。nivolumab の有害事象は,市販後調査の結果の詳細は不明であるが,免疫関連の有害事象が重要視されている。
次に,アウトカムの重要性として,切除不能・再発進展という状況下であるために口腔の機能などのQOL を考慮すると,無増悪生存期間(progression-free survival:PFS)などの疾病進行のアウトカムを全生存率より重要と考える患者もいると推測されることより,価値観と意向は不確実性またはばらつきがあると判断された。
以上の②と③の結果から,診療ガイドラインパネル会議では,それぞれの場合に対して行うことを弱く推奨することとした。そして推奨文は,例えばCDDP とCmab の用量など研究の条件や病態が不明な点が多いため,②と③を合わせて,分子標的薬を含む薬物療法を行うことを弱く推奨することとした。
また,Cmab は中央値で約2 か月,nivolumab は約2 か月の生存期間の延長がみられるが,社会的リソースを併せて考えると,これらの値をどのように評価するのか,今後の議論が必要と考えられた。海外の費用対効果に関する論文やNICE のTechnology Appraisal Guidance では18),nivolumab は費用対効果が小さく,日常的な使用は推奨できないとされている。診療ガイドラインパネル会議では,あくまでも患者の直接コスト(支払額)のみを推奨の要因として評価した。
今回はエビデンスが少ないため,例えば「Cmab とプラチナ製剤を含む化学療法をまず行い,プラチナ製剤耐性の場合にはnivolumab を行う」などの具体的な治療法の推奨ではなく,分子標的薬を含む薬物療法を「弱く推奨する」という内容に留まっている。今後,積極的支持療法,Cmab とプラチナ製剤を含む化学療法,あるいはプラチナ製剤耐性の制限がある場合に,nivolumab を含む化学療法など,いずれの効果が最も高いのか,さらに,その効果の順番などに関する研究が必要である。
Ⅲ.考察
今回,口腔癌患者を早期例,切除可能な進展例,切除不能な初発進展例,局所治療が不能な再発・転移例の4 つに分け,GRADE アプローチに従って診療ガイドラインを作成した。結果は,エビデンスの確実性は中等度から非常に低であり,いずれも弱い推奨となった。
本診療ガイドラインでは,外科療法を含むためランダム化比較試験が少なく,作成は困難を極めた。よって,以下にあげるような限界があるが,特に①〜③に対しては他の固形癌の診療ガイドラインでも同じ問題があると思われる。①外科療法の手技が予後に影響するような介入に対しては,外科療法の術式が研究で異なっていたり,対照を含む観察研究ですらほとんど存在しない,② HR の記載がなかったり,アウトカムの定義が研究によって異なっている,③できる限り5 年生存率のHR などのデータを利用したが,予後に多くの要因(再手術なども含む)が関与するため,長期予後の統合が困難である,④口腔癌の領域では,TNM 分類19)に従ったベースラインリスク別に介入を明確に分けている研究が少なく,多くの研究は部位,手術可能不能,早期例進展例などの用語で分類されている,⑤できる限りGRADE アプローチに従ったが,困難な点もあった。
④に関しては,本診療ガイドラインにおける分類は,口腔癌の専門医にとっては納得できるものと思われる。しかし,他の領域からすると違和感があるかもしれない。今回は臨床医が使いやすい形式とした。
⑤に関しては,エビデンスがないことが困難の一番の要因であった。そのため,推奨の判断に必要となる臨床上重要なアウトカムすべてを利用できない状況で,推奨を行わないといけなかった。
以上のような限界があるものの,口腔癌領域の診療ガイドラインとしては,作成方法が最も明確で,透明性や公平性にも長けているものと考える。特に,SR だからエビデンスレベルが高いとする従来の診療ガイドラインの作成方法とは根本的に異なった方法とした。
従来の診療ガイドラインと作成方法が異なることにより,何らかの相違点が生じることは当然であるが,臨床医が混乱しないように解説を加える。診療ガイドラインは,解説文まで熟知して使用することが求められるが,表2-17 に『口腔癌診療ガイドライン2013 年版』(第2 版)の要約を記載した。例えば,CQ 4-9 やCQ 4-11 などは確立された方法であり,本診療ガイドラインはこれらの知識を前提として作成されているために推奨文としなかった。一方,今回の推奨と方向が異なるのが,CQ 5-1,CQ 6-1,CQ 9-1 である。CQ 5-1 は,D’Cruz らの研究20)が2015 年に追加されたために推奨が異なっている。CQ 6-1 に関しては,『口腔癌診療ガイドライン2013 年版』で研究デザインによるエビデンスレベルが高いとして採用しているMohr らの研究21)を,本診療ガイドラインでは採用しなかったことが大きな要因である。このMohr らの研究では,術前の化学放射線療法を行った群が外科療法単独群よりも生存率が高かったという結果を示している。しかし,放射線の継続を望む者を術前療法群より25 名(16.4%,127 名がプロトコールに従った術前療法群)も除外していることより,ランダム化割付けを行ったとは言えないために採用しなかった。また,この研究は,80%以上がステージIV であったFurness らのコクランレビュー22)においても,25%以上の脱落があるためにメタ分析の統合には採用されていない。CQ 9-1 は,2013 年以降分子標的薬に対してのエビデンスが蓄積されてきたので,推奨が異なることになっても問題ではない。
今回の作成では,介入間の比較を厳密に分類することとした。その結果,従前より標準治療とされていた治療に根拠がないことが判明した。例えば,主治療として外科療法の前に術前療法を行わないなどの根拠となっていたPignon らのSR23)では,論文の選択基準が曖昧であり,今回行ったSR で不採用となった論文が多く含まれていただけでなく,術前療法後の主治療は局所治療というだけの記載であり,種々の治療が混在していると考えられ,さらには,外科療法が含まれている場合と含まれていない場合も混在していた。
従来は,再発,転移口腔癌患者に対しては高用量のプラチナ製剤を使用した化学療法が行われていたが,その根拠となるランダム化比較試験がプラセボや積極的な支持療法との比較では行われていなかったことが判明した。確かに,このような患者に対してランダム化比較試験を行うのは困難であるが,今後増えてくるであろう分子標的薬に関する研究が同じように行われるのであれば,従来のプラチナ製剤を使用した化学療法より害が少なく,さらに生存期間が延長したとしても,積極的な支持療法だけの場合より本当に望ましい効果があるのかが不明のままになることが懸念された。
参考文献
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- 口腔腫瘍学会,日本口腔外科学会,合同委員会.科学的根拠に基づく口腔癌診療ガイドライン2013 年版,金原出版,東京,2013.
- 2)
- National Research Council. Clinical Practice Guidelines We Can Trust. Washington, DC : The National Academies Press, 2011.
- 3)
- 相原守夫.診療ガイドラインのためのGRADE システム 第2 版.凸版メディア.2015.
- 4)
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