発刊にあたり

20 世紀後半に発がんの分子機構の解明が急速に進み,がんの薬物療法は21 世紀初頭からがん分子標的治療薬の臨床開発が加速しました。2010 年頃からは,非小細胞肺癌を初めとする固形がんの一部では分子標的治療薬とその体外診断薬の開発が同時に進みました。そして,2021 年2 月の時点で50 種類以上の標的分子に対して130 種類以上の薬剤が内外で薬事承認されています。さらに最近ではがんゲノム解析技術の進歩により,進行がんの体外診断薬および分子標的治療薬の開発は,これまでの臓器別,小児・成人別,造血器腫瘍・固形腫瘍別から臓器横断的に移行しつつあります。このような背景から,国内の診療ガイドラインはこれらのカテゴリーを超えて複数の学会が合同で作成する時代を迎え,「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン」が発刊されました。一般社団法人日本癌治療学会と公益社団法人日本臨床腫瘍学会が編纂し一般社団法人日本小児血液・がん学会が協力して作成したわが国で初めての診療ガイドラインです。前回2019 年の改訂2 版では,当時,DNA ミスマッチ修復機構の異常の検査法と免疫チェックポイント阻害薬適応,NTRK(neurotrophic receptor tyrosine kinase)遺伝子の異常の検査法とTRK 阻害薬の適応の2 点を中心に適格な診療指針が示され,保険償還が間もない時期の刊行とも相まって専門医の好評を得ました。

今回の主な改訂点は,①ミスマッチ修復遺伝子産物の免疫組織化学(IHC)検査の承認,②第2 のNTRK 阻害薬ラロトレクチニブの薬事承認,③TMB-high 進行固形癌に対するペムブロリズマブの承認申請(本稿執筆時),④その他の進行中の臓器横断的バイオマーカー(BRAF/ERBB2 等)に対する薬剤開発に対応するもので,めまぐるしく変化する保険診療の中にあってタイムリーな改訂です。解説は,医学的エビデンスに加え,国内の薬事承認および保険収載状況や海外の診療ガイドラインとの比較により読者がこれらの新しい診断・治療を正しく理解できるように配慮されています。また,クリニカルクエスチョンに対する推奨は,最新の重要な学会発表を含めた文献のシステマチックレビューにより,作成委員の投票結果を開示して決定されています。医学的エビデンスとして頂点となる大規模比較試験によるエビデンスが乏しい希少疾患分画に対して優先薬事承認が行われるがんゲノム医療時代にマッチしており,読者が推奨内容をより深く理解できるように配慮されています。この診療ガイドラインががん治療に係わる多くの医療従事者に速やかに周知され,対象となるがん患者に質の高い治療が速やかに提供されることを切に望みます。

最後に,馬場英司委員長をはじめ本ガイドラインの作成ワーキンググループの皆様には,多大なるご尽力に心から感謝いたします。

2022 年(令和4 年)2 月

公益社団法人 日本臨床腫瘍学会 理事長
石岡 千加史


がんゲノム医療が本邦でも保険診療も含めて本格的に開始され,これまで発生臓器ごとに策定されてきたがん診療ガイドラインもより一層,臓器の枠組みを超えて横断的に作成する必要性が増してきています。

日本癌治療学会は領域,職種横断的ながん医療関連学術団体として,各種専門領域学会では取り組みにくい臓器横断的課題に積極的に着手して参りました。今回の取り組みも本学会の重要課題である臓器横断的な診療ガイドラインの策定の一環として関連各学会の皆様とともに推進して参りました。

今回の「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン(第3 版)」は,「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン(第2 版)」をもとに,さらに蓄積された論文,エビデンスを対象として,しっかりとしたシステマチックレビューを行い,ここに発出するに至りました。馬場英司委員長,西山博之副委員長,寺島慶太副委員長をはじめ膨大な情報を丹念に評価,解析を行ってくださった委員/アドバイザーの皆様のご尽力に心から感謝の意を表します。

このガイドラインの第3 版改訂では第2 版に続きミスマッチ修復機能欠損(dMMR)およびNTRK 融合遺伝子を有する固形がんを中心にクリニカルクエスチョンを設定しています。第2 版から約2 年と比較的短い期間ですが,この間に遺伝子パネル検査の拡大により急速に多くのエビデンスが得られており,改訂の必要に迫られました。今後,リキッドバイオプシーの導入によりパネル検査の件数は飛躍的に増えると思います。二次的所見として遺伝性腫瘍症候群としてのリンチ症候群の同定が増える可能性があります。本ガイドラインが最適な治療薬の選定と,患者さんに理解しやすい適切な遺伝カウンセリングを行う上で重要な役割を果たすものと期待しています。また,遺伝子パネル検査が増えるにつれて,その結果の解釈に関して各施設でのエキスパートパネルの負担が増えております。dMMR/NTRK ともに治療方法の確立された標的遺伝子変異として今後のその重要性がますます大きくなると期待されており,適切なガイドラインがエキスパートパネルや遺伝子カウンセリングの負担を少しでも減らすことに貢献できるのではないかと期待しています。

今後,この領域においてさらなるエビデンスが蓄積されることが予想され,日本癌治療学会としても各関連諸学会の皆様とともに,この活動を継続して参りたいと存じます。

2022 年(令和4 年)2 月

一般社団法人 日本癌治療学会 理事長
土岐 祐一郎


日本臨床腫瘍学会と日本癌治療学会によって編集された「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン」の初版発刊後,日本小児血液・がん学会も2019 年の第2 版から協力させて頂きました。今回,第3 版の改訂にあたって三学会の編集活動として参加させて頂き光栄に存じます。吉野孝之前委員長と馬場英司委員長をはじめ関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

日本小児血液・がん学会は,小児の血液疾患とがん領域の学術研究,社会への広報,調査研究および資格認定等を行い,わが国の小児血液疾患と小児がんの医学と医療の向上に寄与することを目的とする学術団体です。1)学術集会,研究発表会,講演会の開催等による学術研究事業,2)学会誌及び論文図書等による広報事業,3)調査研究事業,4)専門医認定基準の策定,公表および資格認定事業,5)国内外の諸団体との連携事業,のほか,小児血液・がん領域に関連する活動を実施しています。

年間100 万人を超えるわが国のがん罹患者数のうち,小児がんは0.25%と稀少です。15 歳未満の年間発生は約2100 人で半数以上は造血器腫瘍ですが,固形腫瘍の種類は多様で,病理学的にも鑑別診断が難しい未分化なものが多くあります。その稀少性と多様性から,遺伝子診断とともに,同一がん種へのリスク群別,層別化治療研究は小児領域で早くから取り入れられてきました。がん化学療法,外科手術,放射線治療などの集学的治療が進み,国内の小児がん拠点病院や連携病院でも小児科と小児外科を中心とする多職種のTumor board が組織されるようになりました。小児がん全体の治癒率は80%に達するようになり,治療を終えたAdolescent and Young Adult(AYA)世代(15~39 歳の思春期・若年成人)が社会で活躍する時代です。精神的・肉体的に成長途上にある彼らは,小児から成人へ自らの人生を歩み始め,次の世代に命を繋ぎます。一方で,AYA 世代に発症するがんは15 歳までの発症数の10 倍にも相当します。

がんゲノム医療の実装は,小児がん・稀少がんの診断と予後予測,そして治療方針の決定に大きくかかわります。効果的な治療に至りその恩恵を受ける患児はますます増えると予想されます。小児領域では遺伝性腫瘍などのがん素因とともに,とくに二次所見として様々な遺伝性素因に関する情報の取扱いに注意しなくてはなりません。遺伝カウンセリングは小児のみならず成人領域のゲノム医療体制の中でも重要性が増しています。私たちは成人のゲノム医療提供体制とその基盤を共有しながら,小児がん特有の課題についてAYA 世代まで見据えて解決していくことが使命です。本ガイドラインが進化を続け,小児から成人まで広く活用されることを祈ってやみません。

2022 年(令和4 年)2 月

一般社団法人 日本小児血液・がん学会 理事長
大賀 正一