近年のがんの分子生物学的特性の解明により,がん細胞のもつ遺伝子異常が明らかとなり,これに基づいた数多くの抗腫瘍薬が開発されてきました。さらに異なる臓器に生じたがんでも共通の遺伝子異常を有する場合には,同じ治療薬の効果が期待できることから,臓器横断的な治療(tumor agnostic treatment)が行われています。がんゲノムプロファイリング検査の保険診療が開始され,がんゲノム情報をもとにした治療へのアクセスが可能となった事から,臓器横断的な治療の機会は拡大してきました。特に高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)を有する固形がんに対する抗PD-1 抗体(2018 年12 月)や,NTRK 融合遺伝子を有する固形がんに対するTRK 阻害薬の承認(2019 年6 月)により,低頻度ではあってもほとんどのがん種において検出され得るこれらのがんに対する治療は大きく前進したと考えられます。
これを背景に2019 年3 月に「ミスマッチ修復機能欠損固形がんに対する診断および免疫チェックポイント阻害薬を用いた診療に関する暫定的臨床提言」(第1 版)が公開され,さらに時を移さずして同年10 月に「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン」第2 版が発刊されました。この第2 版では,主にミスマッチ修復機能欠損(dMMR)およびNTRK 融合遺伝子を有する固形がんの,臨床的特徴,検査の対象・方法および治療についてシステマチックレビューによるエビデンスに基づいた推奨と詳細な解説が示されています。
第2 版発刊後,dMMR/MSI-H 固形がんに有効と考えられる免疫チェックポイント阻害薬や,TRK 阻害薬が新たに登場し,dMMR/MSI-H を検出するための新たなコンパニオン診断薬が承認されました。また2021 年8 月には血液検体を用いた固形がんに対する包括的ゲノムプロファイリング検査(リキッドバイオプシー)も承認され,がんゲノム検査の機会が拡大しています。さらに免疫チェックポイント阻害薬の効果との関連が強く示唆されている腫瘍遺伝子変異量(Tumor mutation burden:TMB)に関して,2020 年に米国では高いTMB(TMB-H)を有する固形がんに対するペムブロリズマブが承認され,本邦でも既に承認申請がなされるなど,新たなtumor agnostic treatment の対象としてTMB の重要性が高まってきました。そのため今回の改訂第3 版では,dMMR/MSI-H,NTRK 融合遺伝子の項目では新たな文献を加えた内容の更新を行い,さらにTMB-H の項目を新設して検査対象・方法,治療の詳細な解説を加えました。これにより検査手法や治療適応が目まぐるしく変化する臓器横断的ゲノム診療の環境下で,適切な診療を行う確かな指針となることと思われます。
今後,複数の固形がんにおいて共通に見られるBRAF,BRCA 遺伝子異常や相同組み換え修復欠損(homologous recombination deficiency:HRD)なども臓器横断的ゲノム診療の対象としての取扱いの検討が可能と思われます。一方,今回取り上げた臓器横断的なバイオマーカーの解釈と治療への応用における成人と小児の違い,あるいは臓器による違いには常に注意を向ける必要があり,更なる研究が望まれます。
改訂第3 版は日本臨床腫瘍学会,日本癌治療学会,日本小児血液・がん学会の共同で作成することができました。副委員長として議論をまとめて頂いた寺島慶太先生,西山博之先生,そして委員の先生に深謝申し上げます。また初版から本ガイドラインの作成に携わり,今回はアドバイザーとしてご尽力下さった吉野孝之先生(第2 版委員長)に感謝申し上げます。
成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン第3 版 委員長
九州大学大学院医学研究院 連携社会医学分野 馬場 英司