診療ガイドライン

疫学

CQ1
わが国における甲状腺癌の罹患率,死亡率は?

考慮したアウトカム

✓ 甲状腺癌の罹患数(率)
✓ 甲状腺癌による死亡数(率)

エビデンス

  • わが国の2013 年における甲状腺癌推定罹患数は15,629 例(男性4,233 例,女性11,396 例)であった。人口10万人あたりの粗罹患率は男性6.84, 女性17.43,年齢調整罹患率は男性5.01,女性13.32 であった。
  • わが国の2016 年における甲状腺癌による死亡数は1,779 例(男性587例,女性1,192例)であった。人口10 万人あたりの粗死亡率は男性0.96,女性1.86,年齢調整死亡率は男性0.42,女性0.53 であった。
    (年齢調整罹患率,年齢調整死亡率はいずれも1985年モデル人口を基準人口とする。)
文献の要約

わが国における甲状腺癌の推定罹患数,推定罹患率の年次推移を示す(表2 , 図1~3)。国立がん研究センターによる統計等に基づき現時点における最新のデータ[1~7]を示した。

2013 年における甲状腺癌推定罹患数は15,629 例(男性4,233 例,女性11,396 例)であった。人口10 万人あたりの粗罹患率は男性6.84,女性17.43,年齢調整罹患率は男性5.01,女性13.32 であった。

推定罹患数の年次推移は,2010 年度版の本ガイドラインで見られた1990 年以降の男性の増加傾向が微増から横ばいを示している。これに対し1990 年以降ほぼ横ばいだった女性では2003 年以降増加傾向に転じている。粗罹患率は男女とも罹患数と同様の推移を示している。年齢調整罹患率は,2010 年度版に示した1990 年以降横ばいだった男性が横ばいから微増,1990 年以降減少傾向だった女性は増加を示している。

超音波検査等画像診断法の発達により甲状腺微小乳頭癌が発見される機会が多くなり甲状腺癌罹患数,罹患率が増加傾向を続けたといわれて久しいが,甲状腺集団検診の普及もさらなる癌発見頻度を高めていると考えられる[1]。

次にわが国における甲状腺癌による死亡数,死亡率の年次推移を示す(表3 , 図4~6)。こちらも国立がん研究センターによる統計に基づき現時点における最新のデータを示した。

2016 年における甲状腺癌による死亡数は1,779 例(男性587 例,女性1,192 例)であった。人口10 万人あたりの粗死亡率は男性0.96,女性1.86,年齢調整死亡率は男性0.42,女性0.53 であった。

年次推移をみると,死亡数,死亡率については男性が横ばい,女性は微増を示している。年齢調整死亡率は,2010 年度版に示した1990 年以降横ばいだった男性が減少傾向に,1990 年以降減少傾向だった女性も引き続き減少傾向をそれぞれ示している。

表2 わが国における甲状腺癌の推定罹患数,推定罹患率の年次推移
図1 甲状腺癌:罹患数の年次推移
図2 甲状腺癌:粗罹患率の年次推移
図3 甲状腺癌:年齢調整罹患率の年次推移
表3 わが国における甲状腺癌による死亡数,死亡率の年次推移
図4 甲状腺癌:粗死亡率の年次推移
図5 甲状腺癌:死亡数の年次推移
図6 甲状腺癌:年齢調整死亡率の年次推移

CQ2
甲状腺癌発症の危険因子とリスクの大きさは?

考慮したアウトカム

✓  甲状腺癌発症に関連する因子とその相対リスク,オッズ比あるいはハザード比

エビデンス

  • 甲状腺癌発症の危険因子として放射線被曝(相対リスク 2.15~7.7), 体重増加(ハザード比 1.2~1.53), 遺伝子(FOXE1) 異常(オッズ比 1.62~2.10)などがある。
  • 甲状腺癌発症リスクの低下と関連する因子として喫煙(ハザード比 0.68),飲酒(ハザード比 0.72),経口避妊薬使用(ハザード比 0.48)が報告されている。
文献の要約

(1)放射線被曝

1945 年広島・長崎の原爆被爆者や1986 年チェルノブイリ原発事故後の疫学調査などより,外部被曝のみならず放射性ヨウ素による内部被曝によるものと考えられる晩発性甲状腺癌が誘発される事が確認された[8]。特に若年者と甲状腺発癌との関連が認められ,Ron らの報告[9]によると15 歳以下を対象とした放射線治療のメタアナリシスでは,7.7 倍(ERR/Gy=7.7,95%CI,2.1-28.7),チェルノブイリ原発事故時18歳以下の若年者コホート調査では,甲状腺発癌発症の相対リスクは,Ivanov らの報告[10]では3.22 倍(ERR/Gy=3.22,95%CI,1.56-5.81),Zablostska らの報告[11]では2.15 倍(EOR/Gy=2.15,95%CI,0.81-5.47)と増加していた。またTaylor らの報告によると,約18000 人の15 歳以下の小児癌患者(ホジキン病や急性白血病等)に対して放射線治療による甲状腺発癌の影響を調査し,放射線治療を受けた患者は,放射線治療を受けていない患者に比して甲状腺癌発生相対リスクが4.6 倍(95%CI,1.4-15.1)に増加していた[12]。発癌リスクは,被曝時の年齢が若いほど影響を受けやすいと考えられる。一方,チェルノブイリ原発事故後の甲状腺癌発症に対して信頼性の問題点を指摘する報告もあり,事故直後に甲状腺癌が著増した理由として,スクリーニングの影響や各種バイアス(チェルノブイリ被害者として被曝地以外から移住してきた患者バイアス)があることを指摘し,再検討の必要があるとした[13]。また,1979 年のスリーマイル島原発事故後30 年の調査では,甲状腺癌発生率はわずかに増加したものの,甲状腺癌による死亡や悪性度の高い甲状腺癌が認められなかったことより,甲状腺癌発症は死亡率に影響を与えるものではないと報告した[14]。

わが国では,2011 年の東日本大震災時の福島原発事故後,福島県では小児に対する甲状腺超音波スクリーニングが施行されているが,これまでのところ原発事故による影響は明らかにはなっていない[15]。福島県外の他の地域で行った同様のスクリーニングにおいても,福島県と同様の頻度で甲状腺結節が認められた[16]。

(2)体重増加(肥満)

Kitahara らの統合解析によると,約8 5万人の経過観察中(平均観察期間10.3 年)に,約1100 人が甲状腺癌と診断され,BMIが5kg/m2上昇する毎に, 女性でハザード比1.16(95%CI,1.08-1.24),男性で1.21(95%CI,0.97-1.49)のリスク上昇を認めた。男女をまとめると正常体重群BMI(18.5~24.9kg/m2)に比較して,体重増加群(BMI 25.0~29.9kg/m2)はハザード比1.2(95%CI,1.04-1.38),肥満群(>30kg/m2)はハザード比1.53(95%CI,1.31-1.79)と,甲状腺癌が発生しやすい傾向があった[17]。また,小児期の体格と甲状腺癌発症について,約32 万人の7~13 歳児を平均38.6 年間観察したコホート調査において,小児期の高身長やBMI 増加が甲状腺癌発症に関わっていると報告された[18]。

(3)遺伝子異常

ゲノムワイド関連解析による分子疫学調査により染色体9q22.33 における遺伝子多型と甲状腺癌発症リスクとの関連が示唆されてきたが結論がさまざまであったため,Zhuang らは16 研究を統合したメタアナリシス解析を行って,FOXE1 関連遺伝子と甲状腺癌発症との間に関連があることを示した。FOXE1 は「forkhead domain」というDNA-binding motif を持ち,この転写因子が甲状腺形成,分化,機能に関与していると考えられている。1アレルあたりのオッズ比は,rs965513 が1.74(95%CI,1.62-1.86),rs1867277が1.62(95%CI,1.50-1.76) であった。また,FOXE1 polyalanine tract(rs71369530)のオッズ比は2.01(95%CI,1.66-2.44)であった[19]。

(4)その他

他の危険因子としては,喫煙,飲酒,アルコール,女性ホルモンなどが研究されている。5つの前向きコホートを統合した研究では喫煙者は非喫煙者に比べて甲状腺癌発症のハザード比0.68(95%CI0.55-0.85),また週に7杯以上の飲酒者は非飲酒者に比べてハザード比0.72(95%CI0.58-0.90)と報告されている[20]。さらに女性ホルモンとの関連はないものの,経口避妊薬使用者は未使用者に比べて甲状腺癌発症のハザード比0.48(95%CI,0.28-0.84)と推定されている[21]。

診断・非手術的管理

CQ3
甲状腺結節における悪性腫瘍の頻度は?

考慮したアウトカム

✓ 甲状腺腫瘍における悪性腫瘍の頻度

エビデンス

  • 触診で甲状腺結節が発見された場合,癌の頻度は5~17.0%である。
  • 超音波検査で甲状腺結節が発見された場合,癌の頻度2.6~8.3%である。
文献の要約

日本で報告された論文をまとめた志村らの報告がある[22]。集団検診(乳癌など)や人間ドックでの偶発的発見の論文の集積で対象者の総数は触診で最小が114 名,最大で152,651 名,超音波検査で最小が205 名,最大で19,824 名である。触診の結果は13編,超音波の結果は16編の論文を集約している。触診による甲状腺腫瘤の発見率は0.78~5.3%(男性0.2~8.3%,女性0.96~4.1%)であった。また甲状腺癌の発見率は0.06~0.9%(男性0~2.6%, 女性0~0.63%)であった。触診で発見された甲状腺結節における甲状腺癌の頻度は5-17%である。

超音波検査による甲状腺腫瘤の発見率は6.9-31.6%(男性4.4-18.5%,女性9.2-31.6%),甲状腺癌の発見率は0.1~1.5%(男性0.07-2.0%,女性0.15-1.5%)であり,超音波検査で発見された甲状腺結節における甲状腺癌の頻度は2.6-8.3%である。

CQ4
甲状腺結節患者において甲状腺癌の可能性を高める症状や所見は?

考慮したアウトカム

✓  甲状腺結節の良悪性鑑別診断における症状・所見の感度・特異度,尤度比,あるいはオッズ比

エビデンス

  • 具体的な触診所見の陽性尤度比は「周囲組織に固定」が27.8,「頸部リンパ節を触知」が13.1,「硬い結節」が1.9である。
  • 腫瘍径については3cm 未満を基準とすると,3.0-5.9cmで 悪性の可能性は高まり(オッズ比1.3),6cm 以上で悪性の可能性は低くなる(オッズ比0.84)。
  • 良性の診断で経過観察中の腫瘍径増大傾向は悪性の診断に関連しない。
  • 結節の急速な増大とそれに伴う疼痛などの急性症状は甲状腺未分化癌の59%に認められる。
文献の要約

(1)触診所見

Atli らによる,触診の各所見の診断能を表に示した[23](表4)。なお,後向き研究であり,検者が他の診断情報を知る機会を遮断したことが明記されていないので,これらの推定値は偏っている可能性がある。

(2)自覚症状

自覚症状としての「嗄声」は悪性を疑う症状であるが,陽性尤度比は1.6(95%CI:0.8-3.2), 陰性尤度比は0.95(95%CI:0.9-1.0)と報告され,有意でない[23]。

(3)腫瘍径

結節の腫瘍径と悪性との関連については2つの系統的レビューが報告されている[2425]。Shin らは数学的な集約を行わず,個々の研究結果から腫瘍径が大きいほど悪性の頻度が高くなるとしている[24]。Hammad らはメタ分析を行い,「3cm 未満」に対する,「3.0-5.9cm」のオッズ比は1.26(95%CI:1.13-1.39)で悪性の可能性が高くなるが,「6cm 以上」ではオッズ比0.84(95%CI:0.73-0.98)で悪性の可能性はむしろ低くなると推定した[25]。ただし,これらの系統的レビューが含めた研究は多くが後向き研究であり,これら推定オッズ比の正確さには限界がある。

(4)腫瘍径の増大傾向

Ospina らは細胞診で良性と診断された結節の経過観察中に増大傾向があった場合,それが悪性であるリスクをメタ分析で推定した[26]。悪性のゴールドスタンダードを病理組織診断(癌の診断) とした研究で尤度比は0.83(95%CI:0.56-1.2),細胞診断(「良性」以外の診断)とした研究で尤度比は1.8(95%CI:0.48-6.4)であり,有意な関連はない。ただし,思慮深い選択過程を経て対象論文を選んだメタ分析ではあるものの,それらに含まれる観察研究の質は低く,推定尤度比の信用性も低い[26]。

(5)急性症状

結節(腫瘍)の急速な増大とそれに伴う疼痛などの急性症状は甲状腺未分化癌の特徴である。わが国で組織された甲状腺未分化癌コンソーシアムが集計した“通常型”未分化癌547例のうち59%で急性症状を認めている[27]。

表4 触診所見による甲状腺癌の診断能

23 23 23

CQ5
甲状腺結節の鑑別診断に超音波検査,CT,MRI,FDG-PET 検査は推奨されるか?

推奨◎◎◎
超音波検査を行うよう推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨×××
CT,MRI,FDG-PET検査は行わないよう推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓  甲状腺腫瘍の鑑別診断における画像診断法の感度・特異度,または尤度比

エビデンス

  • 甲状腺結節の超音波診断カテゴリーとしてTIRADS(Thyroid Imaging Reporting AND Data System)がある。熟練した検者による超音波検査(Bモード)の鑑別診断能は,TIRADS 4a,4b,4c,5を陽性(悪性)とした場合,感度99%,特異度74%である。
文献の要約

甲状腺腫瘍の鑑別診断に用いられる画像診断法としては,超音波検査,CT,MRI,FDG-PET などが挙げられる。

(1)超音波検査

超音波検査には,最も多く普及しているBモード検査の他,血管構築を評価し血流速度解析を行うドプラモード,硬さ(弾性)を評価するエラストグラフィなどがある。

①B モード検査

Horvath らは甲状腺結節の超音波診断カテゴリーとしてTIRADS(Thyroid Imaging Reporting AND Data System)を提案した[28]。2016 年には502 結節を対象に病理組織診断をゴールドスタンダードとした前向き研究の結果を報告し[29],12 年以上の熟練した検者によるTIRADS 4a,4b,4c,5を陽性(悪性)とした場合の感度を99%(95%CI:99-100%), 特異度を74%(95%CI:69-80%)と推定した。診断カテゴリーを3つに分けて尤度比を推定すると,TIRADS 2-3 が0.005(95%CI:0.001-0.04),TIRADS 4 が2.7(95%CI:2.1-3.4),そしてTIRADS 5 が72(95%CI:10-518)である。なお,TIRADS についてのメタ分析[30]が報告されているがエビデンスの妥当性は低い。

超音波検査の各所見が悪性の診断にどの程度有効かを検証したメタ分析は2報告ある[3132]。陽性尤度比からは「縦径>横径」,「辺縁不整」,「内部石灰化」などを認めると悪性の可能性は高まる(表5)。

②ドプラモード検査

Khadra らのメタ分析は50 結節以上を対象としてドプラモードで血流を評価した前向き研究の14 文献を集約した[33]。ドプラモード所見「無血流」,「結節辺縁の血流」,「結節内部の血流」の鑑別診断における要約オッズ比はいずれも有意とはいえない結果であった。

③エラストグラフィ検査

エラストグラフィについては用手圧迫法と音響圧迫法の2種類に大別されるが,用手圧迫法の一つであるreal-time elastography(RTE) や音響圧迫法の一つであるshear wave elastography(SWE)の診断能を集約した2つのメタ分析研究が報告されている[3435]。2015 年に報告されたRTE の感度と特異度は,2010 年の報告と比べて明らかに低い(表6)。TrimboliらはB モード,ドプラモードにRTEを加えて多施設共同研究を行い,癌を疑う6所見のうち一つでもあれば陽性とすると感度は97%(特異度は34%)と推定した[36]。

(2)その他の画像診断検査

CT,MRI,FDG-PET 検査の目的は甲状腺癌の病期診断と治療計画にあたっての解剖学的把握にある。これらを結節の質的診断に用いることは推奨されない。MRI 検査の診断能についての臨床研究が報告されているが,対象となった悪性腫瘍の大半が乳頭癌である[3738]。Gupta らは濾胞性腫瘍28 例(濾胞癌8例,濾胞腺腫20 例)に対してダイナミックMRI を施行し,rapid enhancement の感度88%(95%CI:47-100%), 特異度85%(95%CI:62-98%),washout pattern の感度88%(95%CI:47-100%),特異度80%(95%CI:56-94%)と報告しているが[39],対象数が少ないために区間推定の幅がかなり広い。いずれの場合もMRI の空間分解能を考慮すると病変サイズには制限があることが予想され,現時点で良悪性鑑別を目的として広く用いるには困難が伴うこともあり,推奨されない。

鑑別診断におけるFDG-PET 検査の診断能は感度33.3〜88.8%,特異度43.9〜87.8%と報告されており[40~42],他の診断法よりも優れているとは言えない。

表5 超音波Bモード検査各所見の悪性腫瘍鑑別能(メタ分析)

31 32
表6 超音波エラストグラフィ検査の悪性腫瘍鑑別能(メタ分析)

34 35

CQ6
甲状腺結節の鑑別診断に血液検査は推奨されるか?

甲状腺結節の鑑別診断における血液検査は,他の臨床所見を考慮して判断する。

推奨◎◎◎
機能性結節を疑う場合には,血中TSH測定を推奨する(,コンセンサス++)。
推奨
濾胞性腫瘍を疑う場合には,血中サイログロブリン測定を推奨する(,コンセンサス++)。
推奨◎◎◎
髄様癌を疑う場合には,血中カルシトニン測定を推奨する(,コンセンサス++)。
推奨◎◎◎
髄様癌を疑う場合には,血中CEA測定を推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓  甲状腺結節の良悪性を鑑別する血液検査所見の感度・特異度,尤度比,あるいはオッズ比

エビデンス

  • サイログロブリン:濾胞性腫瘍の診断におけるサイログロブリン測定のカットオフ値を1,000 ng/mL とした場合,感度57%,特異度86%,尤度比4.4である
  • カルシトニン:甲状腺結節の鑑別診断法として測定した場合,高値を示す症例の頻度は0.3-1.7%,髄様癌の頻度は0.09-0.6%である
  • CEA:甲状腺結節の鑑別診断法として測定した研究報告はない
文献の要約

(1)TSH

甲状腺結節患者においてTSH 値が抑制されており,かつ甲状腺シンチグラムで機能性結節であると診断されれば悪性の可能性は少ない[43]。

一方,TSH 値が高いほど悪性腫瘍の可能性が高まるとする報告が複数あり,それらを集約したメタ分析は,TSH 値が1 mU/L を超えると両者の間に用量反応関係があることを観察し、TSH 1 mU/L上昇あたりのオッズ比を1.16(95%CI:1.12-1.21)と推定している[44]。TSH 高値を甲状腺癌診断の“独立した予測因子”としている報告があるが,超音波診断や細胞診断に追加して有用な診断情報をもたらすかは不明である。

(2)サイログロブリン

Okamoto らは濾胞性腫瘍の診断における血清Tgのカットオフ値を1,000 ng/mL とした場合,感度57%,特異度86%,尤度比4.4 と推定した[45]。以後,血中サイログロブリン値が術前の甲状腺癌予測因子になりえるかについて複数の論文が公開されているが,2015 年に報告された系統的レビューでも明確な結論は出ていない[46]。このレビューで指摘されていないが,過去の研究報告の多くは乳頭癌症例を少なからず含んでいる。誰を対象とするのか,どのような患者集団で検証するかという視点を定めてからその有用性を論じるのがよい。

(3)カルシトニン

血中カルシトニン測定は髄様癌の診断に有用であり多発性内分泌腫瘍症2型を疑う症例,細胞診で髄様癌を疑う症例,CEA 高値を伴う甲状腺結節症例で検査の適応がある。一方,これをあらゆる甲状腺結節の鑑別診断法として取り入れるべきかについては議論がある。甲状腺結節の鑑別診断における同検査の意義を調査したPaciniら,Iacobone ら,Herrmann ら,そしてSchneider らの報告を表(表7)に示した[47~50]。基礎値上昇あるいはカルシトニン分泌刺激試験陽性を示した症例の割合は0.3-1.7%であり,研究集団における髄様癌の頻度は0.09-0.6%であった。甲状腺を摘出しても病変を認めなかった症例もあり[48],カルシトニン分泌刺激試験には偽陽性があることが知られている[51]。髄様癌はまれな疾患なので発見率が極めて低いこと,偽陽性があることから甲状腺結節に対して日常的に行う鑑別診断法としては推奨されない。

(4)CEA

CEA も髄様癌の腫瘍マーカーである。Machens らは髄様癌初回手術症例77例において54 例(70%)が術前CEA 陽性(4.6 ng/mL 以上)であったと報告している[52]。しかしながらその特異性は乏しく,甲状腺癌のなかで髄様癌に限り,その治療効果の特定や予後予測因子としての測定は有効であるが,甲状腺癌全体のスクリーニング検査としては適さない。

表7 甲状腺疾患におけるカルシトニン値測定

47 48 49 50

CQ7
甲状腺結節の鑑別診断における穿刺吸引細胞診の診断能は?

考慮したアウトカム

✓ 細胞診の感度,特異度
✓ 細胞診の各診断カテゴリーにおける悪性の頻度

エビデンス

  • 細胞診の感度は95-97%,特異度は47-51%である
  • 各カテゴリーにおける悪性の頻度
         ➢Unsatisfactory(検体不適正):12%
         ➢Benign(良性):5%
         ➢AUS/FLUS(意義不明):17%
         ➢FN/SFN(濾胞性腫瘍):25%
         ➢Susp Malignancy(悪性の疑い):72%
         ➢Malignancy(悪性):98%
背景

甲状腺穿刺吸引細胞診(FNA)の報告様式には変遷があり,わが国では1996 年にPapanicolau Society から公表されたガイドラインに基づき,甲状腺癌取扱い規約第6版において,これに準拠した報告様式が取り入れられた。すなわち,クラス分類を廃止し,不適正,良性,鑑別困難,悪性の疑い,悪性の5つのカテゴリーに分類することとなった。一方,米国では2008 年に“The Bethesda System for Reporting Thyroid Cytopathology(BSRTC)”が発表された[53]。これは“意義不明な異型あるいは意義不明な濾胞性病変(atypia of undetermined significance/follicular lesion of undetermined significance, AUS/FLUS)”と“濾胞性腫瘍あるいは濾胞性腫瘍の疑い(follicular neoplasm/suspicious for a follicular neoplasm, FN/SFN)”という新たなカテゴリーを作り,“不適正”,“正常あるいは良性”,“悪性の疑い”,“悪性”とともに6つのカテゴリーに分類するものである。

わが国の甲状腺癌取扱い規約は2015 年に改訂され(第7版),細胞診の判定区分については,BSRTC に準じて,「検体不適正,嚢胞液,良性,意義不明,濾胞性腫瘍,悪性の疑い,悪性」の7区分による報告様式が取り入れられた[54]。

文献の要約

(1)細胞診の感度,特異度

病理組織診断をゴールド・スタンダードとした2つの文献レビューがある。

Wang らは11 研究を集計した。「indeterminate」と「malignant」を検査陽性とした場合,感度は95%,特異度は47%であった(95%信頼区間は与えられていない)[55]。Bongiovanni らは8 研究を集計し,“AUS/FLUS”を含めて“FN/SFN”,“Susp Malignancy”,“Malignancy”を陽性とした場合の感度を97%(95%信頼区間:96-98%),特異度を51%(95%信頼区間:49-53%)と推定した[56]。

(2)各診断カテゴリーにおける悪性の頻度

Krauss らはBSRTC の各カテゴリーにおける悪性の頻度について,病理組織診断をゴールドスタンダードとした文献を系統的に通覧し,18 の研究報告を集約した[57]。各頻度(95%信頼区間)は“Unsatisfactory”で12%(9-14%),“Benign”で5%(3-7%),“AUS/FLUS”で17%(11-23%),“FN/SFN” で25%(20-29%),“Susp Malignancy” で72%(61-84%),“Malignancy”で98%であった。なお,これらはいわゆる票集計方式(“vote count”)による推定値であるが,同論文内のメタ分析による推定値は“AUS/FLUS”の頻度24%(16-32%)を除いてほぼ同じであった。

Straccia らのメタ分析は“AUS/FLUS”と”FN/SFN”の2つのカテゴリーに限定して51研究を集約し,悪性の頻度をそれぞれ27%(23-31%),31%(28-36%)と推定した[58]。

CQ8
甲状腺良性結節の自然史は?

考慮したアウトカム

✓  甲状腺良性結節の自然経過(増大,不変,縮小率)

エビデンス

約5年の自然経過で

  • 結節の増大を経験する患者は12%(95%CI:10-15%)
  • 結節が不変の患者は69%(95%CI:66-72%)
  • 結節の縮小を経験する患者は15%(95%CI:13-18%)
  • 結節の増大と縮小の両者を経験する患者は3%(95%CI:2-4%)
文献の要約

甲状腺良性結節の自然史に関する文献は複数あるが,Durante らによる報告[59]は唯一の前向き観察研究であり,内的・外的妥当性ともに高い。この8施設共同研究は,最多で4結節,最大で40mm の良性甲状腺結節を有する無症候性の患者992 名(1,567 結節)を対象とし,年に1回の超音波検査を行って5年間追跡した。彼らは少なくとも2方向で腫瘤径2mm 以上,かつ20%以上の増大または縮小を臨床的に意味のある変化と定義した。分析の単位を患者とした場合,結節の増大を経験した患者は12%(95%CI:10-15%),不変であった患者は69%(95%CI:66-72%),縮小を経験した患者は15%(95%CI:13-18%),増大と縮小の両者を経験した患者は3%(95%CI:2-4%)であった。

結節を単位としてみた場合,増大したのは11%(95%CI:10-13%)であった。

CQ9
甲状腺良性結節に対してTSH 抑制療法は推奨されるか?

推奨×
TSH 抑制療法を行わないことを推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓ 甲状腺良性結節に対するTSH 抑制療法の縮小効果
✓ 甲状腺良性結節に対するTSH 抑制療法の副作用
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 結節の縮小(体積で50%以上)を期待できるのは16 人に1人である。
  • 6人に1人が甲状腺機能亢進症症状を経験する。
  • 心血管系疾患や骨折などを起こす懸念はある。
  • 患者視点の健康状態についての報告はない。
文献の要約

(1)TSH 抑制療法の結節縮小効果

2つの系統的レビュー(メタ分析)が報告されている[6061](表8)。Yousef らは8つのランダム化試験と3つのコホート研究を集約した。結節縮小の基準や治療・追跡期間がさまざまであるが,TSH 抑制療法により縮小の可能性は1.7 倍(95%CI:1.3-2.1 倍)高くなる。プラセボ群での平均縮小率が23%であったことから,TSH 抑制療法によって平均縮小率は39%になると仮定し,僅かでも縮小を期待できるのは6人に1人と推定している[60]。

Bandeira-Echtler らによる系統的レビューはコクラン共同計画事業(Cochrane Database of Systematic Reviews:CDSR)として行われた[61]。Levothyroxine の効果検証について16 のランダム化試験を含めているが,50%以上の体積縮小を結節縮小と定義した10研究に限定して集約している。結節縮小率は治療群16%,対照群10%であり,縮小を期待できるのは16 人に1人である[61]。

(2)TSH 抑制療法の副作用

①甲状腺機能亢進症症状

Bandeira-Echtler らの系統的レビューによると3つのランダム化試験で甲状腺機能亢進症の症状について報告されている[61]。治療群で25%,対照群で7%に見られたとの記載から治療によって6人に1人が甲状腺機能亢進症症状を経験すると推定できるが,同症状は試験に予め組み込まれた評価項目ではないので,正確とは言えない。

②骨密度減少あるいは骨折

Bandeira-Echtler らの系統的レビューに含まれる1つのランダム化試験で,被験者の一部に対して骨密度測定(腰椎,大腿骨)を行い,1年間の介入前後で,治療群と対照群とで差を認めなかったとしている。

(3)TSH 抑制状態に伴う健康障害(甲状腺結節患者以外)

甲状腺結節患者を対象とした研究ではないがTSH 抑制に伴う健康障害を調査した報告がある。

Flynn らはlevothyroxine を服用している17,684 例を対象にTSH 値と心血管疾患,不整脈,骨折発症の関連を調査し,TSH 値が基準値内を参照基準とした場合のハザード比はTSH=<0.03 mU/Lでそれぞれ1.37(95%CI:1.17-1.60),1.6(95%CI:1.10-2.33),2.02(95%CI:1.55-2.62)と報告している[62]。

Blum らのメタ分析は軽度の甲状腺機能亢進症(subclinical hyperthyroidism)であっても,甲状腺機能正常に比べて,骨折の危険性は高いことを示した(あらゆる部位の骨折でハザード比1.28(95%CI:1.06-1.53))[63]。

表8 甲状腺結節の縮小をアウトカムにしたTSH抑制療法のメタ分析

60 61

乳頭癌

CQ10
甲状腺乳頭癌のリスク分類

  • 本ガイドラインでは乳頭癌を超低リスク,低リスク,中リスク,そして高リスクに分類する。
  • 分類はUICC/AJCC TNM 分類と取扱い規約をもとに行う。
  • リスク分類に基づいて管理方針を推奨する。
解説

甲状腺乳頭癌の管理方針は予想されるリスク(再発あるいはがん死) に応じて決定する(Risk-adapted approach)。UICC/AJCC TNM 分類は最も普及した病期分類であり[6465],わが国の甲状腺癌取扱い規約もこれを採用している[66]。本ガイドラインではこれらに基づいてリスク分類を行うことを提案する(表9)。

超低リスク乳頭癌は腫瘍径が1cm 以下で画像上あきらかなリンパ節転移や遠隔転移がない症例である(T1aN0M0)。低リスク乳頭癌は腫瘍径が1.1-2cm でリンパ節転移や遠隔転移を伴わない症例とする(T1bN0M0)。一方,高リスク乳頭癌は1)腫瘍径が4cm を超える,2) Ex2 に相当する浸潤がある,3) 画像上で径が3cm を超えるあきらかなリンパ節転移がある,4)画像上あきらかな遠隔転移がある,の1 項目以上を満たす症例を指す。そして中リスク乳頭癌はこれらのいずれにも該当しない症例である。なお,Ex2 については術前に診断できるとは限らない。手術所見としてEx2 に相当する浸潤が原発巣あるいは転移リンパ節(sN-Ex)にあればその時点で高リスクと判定する[67]。

乳頭癌の生命予後あるいは再発予後に関連する因子としてTNM の他に年齢,性,病理組織学的所見としての分化度などが報告されており,これらをもとにリスク分類が提唱されている[68~71](表10)。乳頭癌の管理方針決定には,本ガイドラインの提唱するリスク分類に加え,これらの予後因子が参考になる。

表9 甲状腺乳頭癌のリスク分類
表10 これまでに報告されている乳頭癌のリスク分類

68 69 70 71

CQ11
甲状腺乳頭癌に対して甲状腺全摘術は推奨されるか?

推奨×××
超低リスク・低リスク症例(T1N0M0)には全摘術を行わないことを推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎◎
高リスク症例には(準)全摘術を推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎
中リスク症例では予後因子や患者背景を考慮して全摘術か葉切除術かを決定する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 予後(再発,癌死)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 超低および低リスク症例(T1N0M0)に対する非全摘術(亜全摘術または葉峡切除術)の術後10 年無再発生存率は97%と報告されている。
  • 術式の違い(全摘術あるいは葉切除)が再発や癌死と関連するかは明確でない。
  • 術式選択に関連した手術合併症の報告はない。
  • 甲状腺切除範囲に関連した患者視点の健康状態についての報告はない。
文献の要約

甲状腺乳頭癌に対する手術術式として甲状腺全摘術と葉切除術とを比較検証したランダム化試験はない。これまで多くの観察研究がなされたが,両者同等とする報告と全摘術の治療効果が高いとする報告とがある。さらに過去の報告では対象集団を分化癌として乳頭癌患者と濾胞癌患者を併せた研究もあるので結論の解釈には注意を要する。

(1)米国の疾患登録データベースを利用した甲状腺全摘術と葉切除術の比較報告

米国の疾患登録データベースである SEER (the Surveillance, Epidemiology, and End Results) database あるいはNCDB (the National Cancer Data Base)の登録データを利用して,乳頭癌患者を対象にした大規模な後向き症例集積研究が最近10 年間に複数報告されているが,術式の違い(全摘術あるいは葉切除)が再発や癌死と関連するかは明確でない[72~76](表11)。

(2)わが国からの甲状腺全摘術と葉切除術の比較報告

わが国からも乳頭癌に対する全摘術と非全摘術の治療成績が後向き症例集積研究として報告されている(表12)。本ガイドラインで定義している超低および低リスク症例(T1N0M0)に対する非全摘術(亜全摘術または葉峡切除術)の術後10 年無再発生存率は97%と報告されており[77],葉(峡)切除術を推奨する[77~79]。

高リスク症例において全摘術がよいとするエビデンスは示されていないが,再発および生命予後不良と関連する要因を有するので,全摘術を行って放射性ヨウ素内用療法(RAI)や薬物療法を行う,あるいはそれらに備えるのが妥当である。中リスク症例についても,表12 からは,非全摘術で良好な経過を期待できる可能性があるが臨床所見や患者背景を特に十分に考慮して,症例ごとに決定することを推奨する。

なお,かつてわが国で施行されていた亜全摘は推奨されない。再手術(補完全摘)の必要が生じた際に永続性副甲状腺機能低下症や反回神経損傷を起こすリスクがあることに加え,葉(峡)切除にまさるベネフィットが見いだせないからである。

表11 米国の疾患登録データベースを利用した甲状腺全摘術と葉切除術の比較報告

72 73 74 75 76
表12 わが国からの甲状腺非全摘術の報告

77 78 79

CQ12
甲状腺乳頭癌に対して予防的リンパ節郭清は推奨されるか?

術前評価でリンパ節転移を認めない(cN0)乳頭癌症例に対して;

推奨◎◎
中央区域の予防的郭清は行うことを推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨×
外側区域の予防的郭清は,低リスク症例には行わないことを推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨
中・高リスク症例における外側区域予防的郭清の適応は,その他の予後因子や患者背景,意思を考慮のうえ決定することを推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓ 再発率
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 甲状腺全摘術に併せて行う予防的中央区域郭清の有無と局所リンパ節再発率との間には関連があり,これが治療効果であると仮定すれば1人の再発を防ぐのに43 人に郭清を行う必要がある。
  • 甲状腺全摘術に併せて行う予防的中央区域郭清は術後副甲状腺機能低下症に関連し,郭清により低カルシウム血症発症は一過性が9 人に1 人発症,永続性が50 人に1 人発症する。
  • 低リスク群で予防的外側区域郭清の実施が再発率を低下させることは証明されていない。
  • cN0 であってもリンパ節再発の予後因子を複数認める症例では,予防的外側区域郭清を行っても術後10 年の再発率は10%を超える。
  • 予防的外側区域郭清に伴う手術合併症として乳糜漏(1%)や一過性神経麻痺(1%未満)がある。
  • 予防的郭清に関連した患者視点の健康状態についての報告はない。
文献の要約

(1)中央区域の予防的郭清

①効果

予防的中央区域郭清の治療効果に関する系統的レビューは3 つ報告されており,最新はZhao による17研究(4437 患者)の集約である[80](表13)。甲状腺全摘術に併せて行う予防的中央区域郭清の有無と局所リンパ節再発率との間には関連があり,リスク比は 0.66 [95%CI: 0.49 – 0.90]と推定されている。予防的郭清の有無による再発率の絶対差は 2.3%であり,これが治療効果であると仮定すれば1 人の再発を防ぐのに43 人に郭清を行う必要がある(NNT 43)。ただし研究デザインは前向きが3,後向きが14 でいずれも観察研究であり,郭清群と非郭清群は様々な点で異なる。観察された率の差を説明する要因は郭清の有無以外にもあると考えるのが妥当であり,これらのエビデンスは偏って(過大に)推定されている可能性がある。

②合併症

郭清に伴って下副甲状腺の機能を損なう可能性が強まる。Zhao らによれば低カルシウム血症発症のオッズ比は一過性が2.37[95%CI:1.89-2.96](郭清により9 人に1 人発症),永続性が1.93[95%CI:1.05-3.5](郭清により50人に1人発症)と推定されている。

中央区域は甲状腺摘出術と同一の視野にあり,予防的リンパ節郭清に長時間を要しない。さらに非郭清で再発すれば癒着のなかでの再手術は合併症の懸念が増すことからも初回手術時に予防的郭清,すなわち甲状腺に対する術式が片葉切除術なら片側郭清(D1 uni),全摘術なら両側郭清(D1 bil)を行っておく意義はある。

③リンパ節転移予測因子

一方,合併症の発生を考慮し不要な郭清を避けるため,転移の可能性が高い症例を選んで予防的郭清を行うことを目的としてcN0症例における中央区域リンパ節転移の予測因子を同定する試みがある。Ma らはそうした研究の系統的レビューを行い,予測因子とそのオッズ比を集約した[81]。転移に関連する因子として年齢(45 歳未満),男性,腫瘍径,脈管浸潤などが挙げられている(表14)。

(2)外側区域の予防的郭清

外側区域郭清についての系統的レビューは2014 年に報告があるが,「分化癌」として濾胞癌症例を対象とした研究や治療的郭清の研究も含まれている[82]。そのなかで紹介されている乳頭癌の予防的郭清に関する報告と今回の検索で抽出した計5研究を表15, 16 にまとめた[83~87]。いずれも後向き症例集積研究である。

①効果:郭清と非郭清の比較

表15 は低リスク群を対象として予防的外側区域郭清の実施群と非実施群を比較した2 研究である[8384]。やはり観察研究なので郭清の有無で比較するには限界があるが,Kaplan-Meier 曲線は実施と非実施で有意差はなく,かつ非常に高い無再発率を示している。一方,予防的外側区域郭清に伴う合併症として,乳糜漏(1%),一過性副神経・横隔神経麻痺(0.2%)が報告されている[85]。

②予防的郭清後の再発

表16 はcN0 症例を対象に予防的外側区域郭清の成績を報告した3 研究である[85~87]。Ito らはリンパ節再発の予後因子として「55 歳以上」、「男性」、「高度の甲状腺外浸潤」、「腫瘍径3cm以上」を挙げ、術後10 年のリンパ節無再発率は2 因子を有すると88.5%、3因子以上では 64.7%であったとして、選択的に予防的外側区域郭清を行うことを推奨している[85]。

③非郭清後の再発

Sugitani らはcN0 またはcN1a 症例には中央郭清のみ,cN1b 症例には(治療的)外側区域郭清を行う管理方針の前向き研究を実施した[88]。前者のリンパ節無再発率を術後5年で97%,10 年で91%と推定し,リンパ節再発危険因子は「原発巣の腫瘍径が4cm 以上」(リスク比 3.6)と「遠隔転移あり」(リスク比 46.0)であった。

④合併症

外側区域郭清により癒着などが原因となって術後の愁訴は起きやすくなる。また,頻度は高くはないが乳糜漏,副神経麻痺,顔面神経麻痺,ホルネル症候群などの特有な合併症が起こりうる。一方でリンパ節再発は,ただちに生命予後には影響しないものの,患者に大きな心理的負担を及ぼす[89]。中リスク・高リスク症例においては個々の臨床所見と予想される合併症,そして患者の意思を考慮したうえで予防的外側区域郭清を実施することが望ましい。

表13 予防的中央区域郭清と非郭清の系統的レビュー[80
表14 中央区域リンパ節転移の予測因子に関する系統的レビュー[81
表15 低リスク群における予防的外側区域リンパ節郭清と非郭清の比較報告

83 84
表16 cN0症例に対する予防的外側区域リンパ節郭清の報告

85 86 87

CQ13
超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)に対して非手術・経過観察は推奨されるか?

推奨◎◎
転移や浸潤の徴候のない超低リスク乳頭癌患者が,十分な説明を受けたうえで非手術・経過観察を希望する場合には,適切な診療体制のもとで行うことを推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓ 腫瘍の進行(増大,浸潤,転移,癌死)
✓ 経過観察後に手術となった症例での手術合併症,予後
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 非手術・経過観察で超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)が増大する(腫瘍径で3mm 以上)患者の割合は5 年で4.9%,10 年で8.0%と推定されている。
  • 非手術・経過観察で超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)にリンパ節転移が出現する患者の割合は5 年で1.7%,10 年で3.8%と推定されている。
  • 非手術・経過観察で超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)が臨床的に進行(腫瘍径 12mm 以上,あるいはリンパ節転移の出現)する患者の割合は5 年で3.9%,10 年で6.8%と推定されている。
  • 腫瘍(結節)単位でみた場合,非手術・経過観察で増大する(腫瘍径で3mm 以上)超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)の割合は5年で6.3%,10 年で7.3%と推定されている。
  • 経過観察後に手術となっても安全や予後が損なわれることはない。
  • 患者視点の健康状態についての研究報告はない。
文献の要約

(1)非手術・経過観察で腫瘍が増大あるいは進行する可能性(表17

わが国の2 施設から超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)に対する非手術・経過観察の前向き研究の成果が報告されている。Ito, Miyauchi らは18 か月以上経過観察を行った1235 例で腫瘍径が3mm 以上増大する患者の割合を5 年で4.9%,10 年で8.0%,リンパ節転移が出現する患者の割合を5 年で1.7%,10 年で3.8%,臨床的に進行(腫瘍径 12mm 以上,あるいはリンパ節転移の出現)する患者の割合を5 年で3.9%,10年で6.8%と推定した[90]。

Fukuoka, Sugitaniらは12か月以上経過観察を行った480 病巣(384 症例)で径が3mm 以上増大する腫瘍の割合を5 年で6.3%,10 年で7.3%と報告している。また,平均6.3 年の経過観察期間内にリンパ節転移が出現した症例は1%であった[91]。

(2)非手術・経過観察中に腫瘍が増大あるいは進行する症例または病巣の特徴

Ito らは経過観察開始後5 年,10 年の時点までに腫瘍が増大する可能性を年齢層別に推定し40 歳未満で9.1%,12.1%,40-59 歳で5.0%,9.1%,60 歳以上で4.0%,4.0%と若年者ほど増大しやすく,高齢者が最も非手術・経過観察に適していると報告した[90]。Fukuoka らの研究でも50 歳未満で9.7%,15.3%,50 歳以上で6.4%,6.4%と10 年の時点で両者に9%の差を推定したが統計学的には有意とならなかった。そして進行しない乳頭癌の超音波検査所見として強い石灰化と血流に乏しい特徴を認めた[91]。Sugitani らは415 病巣(322 症例)を対象にした非手術・経過観察で血清TSH値と病巣増大との間には関連を認めなかった[92]。

(3)非手術・経過観察後の手術例とその予後

Ito らの報告では非手術・経過観察1235 人のうち191 人(15%)が,何らかの理由で後に手術を受け(93 人に全摘,34 人に外側区域郭清),うち1 人で後に再発(遺残甲状腺内)した[90]。また,Odaらは同じ施設で2005 年から2013 年までの間に非手術を選択し12 か月以上経過観察された1179 例について報告している。後に手術を受けた94 人(意思変更54%,腫瘍増大29%,リンパ節転移出現6%)における術後合併症は一過性,永続性声帯麻痺がそれぞれ7.4%, 0%,一過性,永続性副甲状腺機能低下症がそれぞれ35%, 1%であった。予後は頸部再発が1 名のみで遠隔転移や甲状腺癌死はなかった[93]。Sugitaniらが経過観察を行った非手術の230 症例のうち管理方針を変更して手術を受けた16 人(2 人に全摘,2 人に外側区域郭清)では手術合併症,癌の再発や癌死いずれもなかった[94]。

(4)非手術・経過観察を勧めない症例

上記の観察研究における除外基準は,1)明らかなリンパ節転移,2)明らかな遠隔転移,3)明らかな甲状腺外進展,4)気管や食道あるいは反回神経に近接した腫瘍とされており,これらの所見の有無を超音波検査や頚胸部CT 検査で確認する必要がある[90, 91]。Ito らは腫瘍と気管軟骨面によって形成される角度が鋭角であれば浸潤は否定的であり経過観察の適応となりうるが,鈍角であれば手術が望ましいとしている[95]。

以上,さらなる症例数と観察期間の蓄積が必要ではあるが,超低リスクの微小乳頭癌(cT1aN0M0)に対する非手術・経過観察(および臨床癌への進行後の手術)は管理方針の一つとして妥当である。ただし,非手術・経過観察を行う場合には,腫瘍径の増大やリンパ節転移の出現により手術が必要となる可能性はもとより,きわめて低い確率ながら遠隔転移の出現や未分化転化などのリスクが存在しうることを十分説明し,患者自身の自由意思による選択を求める必要がある。そのうえで,年1~2 回の定期的経過観察を確実に継続することが重要である。定期検査の際には経験豊富な検査者による頸部超音波検査を行い,腫瘍径の増大や新たな病変の出現,リンパ節転移の出現に注意し,これらの所見が明らかな場合には手術に方針を変更するべきである。

表17 超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)に対する非手術・経過観察の前向き研究

90 91

濾胞性腫瘍

CQ14
広汎浸潤型濾胞癌に甲状腺全摘術は推奨されるか?

推奨◎◎◎
遠隔転移を伴う(M1)広汎浸潤型濾胞癌には甲状腺全摘術とその後の放射性ヨウ素内用療法による治療を推奨する(コンセンサス+++)。
推奨◎◎◎
遠隔転移を伴わない(M0)広汎浸潤型濾胞癌にも補完甲状腺全摘術を推奨する(,コンセンサス+++)。

片葉切除を施行した遠隔転移を伴わない(M0)広汎浸潤型濾胞癌に対して補完全摘術の追加,そしてその後の放射性ヨウ素内用療法が予後を向上させるかを検証した臨床試験は行われていないが,その予後は微少浸潤型よりも不良である。甲状腺全摘術を行ってサイログロブリン値測定による再発の有無を監視し,遠隔転移または再発時の放射性ヨウ素内用療法に備えることを強く推奨する。

考慮したアウトカム

✓ 治療予後(転移・再発率,生命予後)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 遠隔転移を伴わない(M0)広汎浸潤型濾胞癌で術後に放射性ヨウ素内用療法(アブレーション)を行わない場合,数年後に20-30%の再発が起こると推測される。ただし術後10 年程度の期間では生命予後を損なう可能性は低い。
  • 濾胞癌手術における合併症として反回神経麻痺(一過性が3%,永続性が0.4%),低カルシウム血症(一過性が20%,永続性が6%)がある。
  • 甲状腺全摘術に関連した患者視点の健康状態についての報告はない。
文献の要約

広汎浸潤型濾胞癌で遠隔転移を伴う(M1)症例に対しては放射性ヨウ素内用療法による治療の適応があり,そのためには甲状腺全摘術が必要になる。臨床上の疑問は遠隔転移を伴わない症例(M0)に甲状腺全摘術(とその後の放射性ヨウ素内用療法)が必要かどうかである。臨床試験は行われておらず,その是非は広汎浸潤型濾胞癌(M0)症例の臨床経過を推定した後向き観察研究から検討する他ない(表18)。

わが国からの2 報告は補助療法としての放射性ヨウ素内用療法未施行例を多く含んでいることが特徴である。Ito らが観察した56 例ではアブレーション施行は3 例のみであった。Kaplan-Meier 法による無再発率は5 年で86%,10 年で65%,疾患特異的生存率は5年で97%,10年で97%であった(区間推定不明)[96]。Sugino らは10 例のM0症例で無遠隔転移率を70%(95%信頼区間:35-93%)と報告している(追跡期間は不明)[97]。一方,Loらはアブレーション施行の52 例を含む64 例の予後を観察し,無再発率は88%(95%信頼区間:77-94%),疾患特異的生存率が92%(95%信頼区間:83-97%)であった(追跡期間は不明)[98]。また,Poddaらは全例にアブレーションを施行し,平均125 か月の追跡観察で無再発率を76%(95%信頼区間:56-90%),疾患特異的生存率を100%(95%信頼区間:88-100%)と推定した[99]。

遠隔転移を伴わない広汎浸潤型濾胞癌の予後因子は不明であり,積極的な治療を勧める症例を選別することは困難である。再発(遠隔転移)を早期に診断できるように補完全摘およびアブレーションを行うことが望ましい。

なお,Lo らは濾胞癌手術における合併症を報告している。片葉切除例を含む156例での反回神経麻痺は一過性が3%(95%信頼区間:2-6%),永続性が0.4%(95%信頼区間:0-2%),両葉に及ぶ手術を施行した131 例での低カルシウム血症は一過性が 20%(95%信頼区間:13-28%),永続性が6%(95%信頼区間:3-12%)であった[98]。

表18 遠隔転移を伴わない(M0)広汎浸潤型濾胞癌の予後

96 97 98 99

CQ15
片葉切除後に微少浸潤型濾胞癌と判明した症例に補完甲状腺全摘術は推奨されるか?

推奨×
遠隔転移を伴わない(M0)微少浸潤型濾胞癌に補完甲状腺全摘術は一律には推奨されない(,コンセンサス++)。

微少浸潤型濾胞癌に対して補完全摘術の追加,そしてその後の放射性ヨウ素内用療法が予後を向上させるかを検証した臨床試験は行われていない。

考慮したアウトカム

✓ 治療予後(転移・再発率,生命予後)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 微少浸潤型濾胞癌でも1-9%の頻度で初回治療時に既に遠隔転移を伴っていることがある。
  • 遠隔転移を伴わない(M0)微少浸潤型濾胞癌で術後に放射性ヨウ素内用療法(アブレーション)を行わない場合,数年後に0-14%程度の再発が起こると推測される。ただし生命予後は良好である。
  • 微少浸潤型濾胞癌手術における合併症の報告はない。
  • 微少浸潤型濾胞癌に関連した患者視点の健康状態についての報告はない。
文献の要約

(1)微少浸潤型濾胞癌における初回治療時遠隔転移例(M1)の頻度

その頻度をAsari らは9%(95%信頼区間:5 -16%),Sugino らは9%(95%信頼区間:6 -13%),Ito らは2%(95%信頼区間:1 -5%),Lo らは1%(95%信頼区間:0.03-8%)と報告している[100~103]。O’Neill らの経験では,M1 症例の多くは術後アブレーション時の画像で診断されている[104]。Sugino らも予防的に補完甲状腺全摘術を施行した2 例で術後に遠隔転移を診断している[105]。

(2)遠隔転移を伴わない(M0)微少浸潤型濾胞癌の予後(表19

Sugino らはKaplan-Meier 法によって無遠隔転移率を術後10 年 86%,15 年 75%,20 年 74%,疾患特異的生存率を術後10 年 98%,15 年 95%,20 年 93%と報告している(区間推定不明)[105]。Lo らは無再発率を99%(95%信頼区間:92-100%),疾患特異的生存率を100%(95%信頼区間:95-100%)とし(追跡期間は不明),Ito らは平均117か月の追跡観察で無再発率を93%(95%信頼区間:90-96%),疾患特異的生存率を99%(95%信頼区間:97-100%)と推定した[102, 103]。Podda らは全例に甲状腺全摘術とアブレーションを施行し,平均113 か月の追跡観察で無再発率,疾患特異的生存率ともに100%(95%信頼区間:92-100%)と報告した[103]。

(3)遠隔転移を伴わない(M0)微少浸潤型濾胞癌の予後因子

微少浸潤型濾胞癌は,広汎浸潤型濾胞癌に比べて,予後良好であることから,補完全摘やアブレーションなどを追加する補助療法は画一的には推奨されない。一方,上記のように微少浸潤型であっても再発する症例があり,追加治療によってそれを未然に防ぐことができるかもしれない。どのような症例で再発が起こるのか,その臨床的あるいは病理学的な特徴を把握することが臨床判断に役立つかもしれない。

M0 微少浸潤型濾胞癌の予後因子を表20 に示した。Sugino らによると遠隔転移再発に関連する因子のオッズ比として,「年齢45 歳以上」が9.6(95%信頼区間:3.7-32.7),「補完全摘未施行」が2.9(95%信頼区間:1.2-9.0) であった[105]。Podda らは「腫瘍径 > 4cm」がオッズ比6.8(95%信頼区間:1.01-44.9)の再発関連因子であると結論している[106]。Ito らが検討した予後因子のうち再発の危険を高める因子のオッズ比は「年齢45 歳以上」が9.8(95%信頼区間:2.2-43.8),「広汎な脈管浸潤」が5.4(95%信頼区間:1.7-17.0),「腫瘍径> 4cm」が3.5(95%信頼区間:1.1-11.4)であった[107]。さらに癌死と関連する因子は「広汎な脈管浸潤」であり,そのオッズ比は17.0(95%信頼区間:1.7-250)であった[107]。なお,甲状腺癌死した症例はすべて45 歳以上であり, 腫瘍径が4cm を超えていた[107]。これに対して,Sugino らは予防的に補完全摘を施行した101 例を検証し,予後不良とされる45 歳以上の補完全摘群で原病死症例はなかった[105]。

以上のことから片葉切除後に微少浸潤型濾胞癌と診断された症例はおおむね予後良好であり,遠隔転移がすでにない限り,補完全摘を一律に推奨するものではない。しかし,上記の再発の危険因子が複数あるような症例には考慮してもよいかも知れない。

表19 遠隔転移を伴わない(M0)微少浸潤型濾胞癌の予後

105 103 102 99
表20 遠隔転移を伴わない(M0)微少浸潤型濾胞癌の予後因子(多変量解析)

105 107 106

髄様癌

CQ16
甲状腺髄様癌で遺伝性を疑う症状・所見は?

  • 家族歴に褐色細胞腫あるいは副甲状腺機能亢進症があれば多発性内分泌腫瘍2型を,甲状腺髄様癌のみあれば家族性甲状腺髄様癌を疑う。
  • わが国の多発性内分泌腫瘍2 型集計調査では褐色細胞腫を46%に,副甲状腺機能亢進症を8%に認めている。
  • 稀ながら多発性内分泌腫瘍症2A 型では皮膚苔癬アミロイドーシス,ヒルシュスプルング病,2B 型ではマルファン症候群様徴候,口唇舌神経腫,腸管神経節腫,角膜神経肥厚などを伴う。
  • 髄様癌が両葉多発性の場合は,遺伝性を疑う所見である。
文献の要約

遺伝性髄様癌は,MEN2(Multiple endocrine neoplasia type 2:多発性内分泌腫瘍症2 型)あるいはFMTC(Familial medullary thyroid carcinoma:家族性甲状腺髄様癌)であり,MEN2 は臨床的にMEN2A とMEN2B に分類される。遺伝性髄様癌ではさまざまな随伴病変が知られている。またRET 遺伝学的検査の有無,変異コドンの部位によって集積症例の背景は異なり,MEN2 あるいはFMTC の定義の違いによっても随伴症状の頻度は異なる。

家族歴では,髄様癌や褐色細胞腫(Pheo),原発性副甲状腺機能亢進症(pHPT)の聴取が不可欠であり,これらの家族歴があることはその疾患が遺伝性であることを強く示唆する。家族歴の情報は不確かな場合があり,家族歴聴取の範囲,聞き取りが十分になされていない場合は,家族歴を入念に再聴取する。

遺伝性髄様癌の診断のためには甲状腺以外の臨床徴候の存在が重要である。遺伝性髄様癌に随伴する疾病として,MEN2A では,Pheo,pHPT の合併に加え,皮膚苔癬アミロイドーシスやヒルシュスプルング病などを併発していることがある。MEN2B では,Pheo,マルファン症候群様徴候,口唇舌神経腫,腸管神経節腫,角膜神経肥厚などが併発する。MEN2 における髄様癌の生涯浸透率は90%以上であり,Pheo とpHPT はそれぞれ約30-60%, 約10-30%である[108~110]。疾病頻度は,対象集団によるコドン634 変異の頻度により左右され,634 変異が多い研究においては必然的にPheo とpHPT の頻度が上昇する[111, 112]。わが国のMEN コンソーシアムによる505 例(MEN2A 67.9%,MEN2B 5.7%,FMTC 20.4%) の集積調査[113]では,Pheo 45.6%,pHPT 8.1%であり,ヒルシュスプルング病,口唇舌神経腫,腸管神経節腫,皮膚苔癬アミロイドーシスの頻度は低かった(いずれも10 例以下)。

MEN2B の多くは新生突然変異(両親には変異がみられない)によるものであり,そのような場合は家族歴からの発見は難しいが,身体的特徴から臨床的に発見できることが多い。FMTC はMEN2A の亜型と考えられ,Pheo,pHPT,皮膚苔癬アミロイドーシスなどの合併頻度は極めて低いものの,稀に認められることがある[114, 115]。臨床的には髄様癌が若年発症あるいは両葉多発性に存在する場合は,遺伝性が疑われる。

しかし家族歴あるいは既往歴がないからといってただちに散発性であるとは言えず,臨床的観点だけで遺伝性の鑑別を間違いなく行うことは不可能である。遺伝性か散発性かの最終的な診断はRET 遺伝学的検査の結果に依るべきである。

CQ17
甲状腺髄様癌患者に対してRET 遺伝学的検査は推奨されるか?

推奨◎◎◎
すべての髄様癌患者にRET 遺伝学的検査を行うことを推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 検査診断能
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • RET 遺伝学的検査(以下,RET 検査)により遺伝性症例の98%以上にRET 変異を証明できる。
  • 変異はエクソン10,11,13~16 のいずれかの部位に認められる。
  • 患者の視点としてRET 遺伝学的検査の結果は陽性でも陰性でも不安と安堵の両者を含むさまざまな心理反応を招くことがある。
文献の要約

甲状腺髄様癌の術前の治療方針を決定する上で最も重要なことは,遺伝性と散発性を鑑別することである。

RET 遺伝学的検査(以下,RET 検査)は,臨床的に髄様癌と診断がついた患者,あるいは髄様癌が強く疑われる患者が対象となる。本検査により遺伝性症例の98%以上にRET 変異を証明することができ,変異はエクソン10,11,13~16 のいずれかの部位に認められる[116]。遺伝性の場合は,常染色体優性遺伝性疾患である多発性内分泌腫瘍症2 型(MEN2)あるいは家族性甲状腺髄様癌(FMTC)である。本検査は従来の血縁者に対するカルシトニンスクリニングに比べ,より優れた検査法である[117, 118]。家族歴や臨床的特徴だけで遺伝性と散発性を完全に区別することは不可能であり,臨床的に一見散発性にみえる髄様癌の約10~15%はRET 検査により遺伝性であることが判明する[119]。本検査を行うにあたっては,遺伝カウンセリングを行い,一定の手続きにより文書で同意を得なければならない。またRET 変異が明らかな家系においては,遺伝的リスクのある血縁者に対してRET 検査が勧められる(コラム1 参照)。早期に甲状腺全摘を行えば予後良好な疾患であるため,着床前診断・出生前診断に関しては,我が国では適応外である[120]。

RET 変異の部位と臨床病型には密接な関連がある(表21)。遺伝性髄様癌の手術は甲状腺全摘が基本術式であるが,散発性の場合は,甲状腺全摘は必ずしも必要ではなく,病巣の範囲に応じた甲状腺切除が可能である[121]。またRET 変異の存在するコドン部位に応じて,髄様癌の発症時期や悪性度が異なる傾向があり,変異の有無だけではなく,変異コドンの部位情報も重要である(CQ18 参照)。RET 検査により遺伝性髄様癌と診断がついた場合は,術前に褐色細胞腫の有無を検査し,褐色細胞腫の手術適応があれば副腎手術が優先となる。MEN2A でpHPT を最も多く合併するのはコドン634 変異であり,ヒルシュスプルング病ではエクソン10(コドン609,618,620)に変異が集中する[122]。

GrosfeldらはMEN 2 患者の血縁者とそのパートナーを調査し,RET 遺伝子検査の結果が陽性でも陰性でも不安と安堵の両者を含むさまざまな心理反応を招くことを報告している[123]。また子供の検査結果が陽性であった場合,その親にはより強い心理反応が起こることを示した[124]。

表21 主なRET 遺伝子変異部位と臨床病型との関連

CQ18
未発症RET 変異保有者に対して予防的甲状腺全摘は推奨されるか?

推奨×
未発症変異キャリアに対して一律に予防的甲状腺全摘を行うことは推奨しない(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 治療予後(転移・再発率,生命予後)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • リンパ節転移陰性症例の手術時平均年齢は細胞外ドメイン変異(コドン609,611,618,620,630,634)で10.2 歳,細胞内ドメイン変異(コドン768,790,791,804,891)で16.6 歳である。
  • 術後カルシトニン値からみた予防的甲状腺全摘術後の再発率は11-12%である。
  • 予防的全摘例における永久性副甲状腺機能低下症は20%,反回神経麻痺は5%とする報告がある。
  • 患者視点の健康状態に関する報告はない。
文献の要約

甲状腺髄様癌に対して,RET 遺伝学的検査に基づいて,リンパ節転移や遠隔転移が生じる前の段階で手術することが可能である。欧米では,MEN2B は1 歳までに甲状腺全摘を勧め,MEN2A では5 歳までに全摘を勧めるとする論文が多い[125~127]。カルシトニン基礎値が正常で頸部超音波検査で異常がみられない場合,カルシトニン誘発刺激試験は微小髄様癌の診断として有用な検査法である[128]。2001 年にBrandi ら[125]は,髄様癌悪性度に関して,RET 変異部位別にリスク分類し,予防的甲状腺全摘を推奨する年齢を提唱した。2009 年に米国甲状腺学会(ATA)が甲状腺髄様癌に関する管理ガイドライン[129]を発表し,その中で髄様癌リスクレベルと予防的全摘の推奨年齢を提唱し,さらに2015 年に改訂版が出された[130](表22)。これらのガイドラインによる手術の推奨年齢の目安は,既存の報告例における髄様癌発症の最少年齢を参考にしている[131]。両親家族に対して,予防的甲状腺全摘と合併症のリスクに関して十分に理解を得て同意を得る必要がある。したがって,すべての小児に対して欧米ガイドラインに書かれている推奨年齢どおりに手術を実施していくことは現実には困難である。

20 歳以下のRET 変異を有する小児に対して甲状腺全摘を行った症例の集積研究から,各変異において,年齢を経るに従って前癌状態のC 細胞過形成から髄様癌へと進展することが確認されている[132~134]。Machens ら[132]の報告によると,髄様癌でリンパ節転移陰性(N0)の症例の手術時平均年齢は細胞外ドメイン変異(コドン609,611,618,620,630,634)で10.2 歳,細胞内ドメイン変異(コドン768,790,791,804,891)で16.6 歳であった。コドン634 変異に絞ると,C 細胞過形成の手術時平均年齢は6.9歳,N0髄様癌は10.1 歳,N1 髄様癌は16.7 歳であった。20 歳以下のRET 変異を有する小児に対する甲状腺全摘例の術後再発に関する研究では,術後カルシトニン基礎値あるいは誘発刺激試験によるピーク値上昇を含む再発を50 例中6 例(12%,手術時平均年齢10 歳,平均追跡期間7 年)に認めたとする報告[133]と,46 例中5 例(11%,手術時平均年齢13 歳,平均追跡期間6.4 年)に認めたとする報告[134]がある。これらの研究で永久性反回神経麻痺の症例は報告されていないが,永久性副甲状腺機能低下症の発生率は2~6%と報告されている。オランダの1 施設の報告[135]では,44 例の予防的全摘例において,永久性副甲状腺機能低下症は20%で,年齢が低いほどその頻度は高かった。また一過性両側反回神経麻痺が2 例にみられ,うち1 例は片側の永久性麻痺が残っている。彼らはATA リスク分類のHigh risk(コドン634)に対しては3 歳以下での手術は勧めないとしている。

わが国において,何歳からRET 検査を勧めるべきか,また変異のタイプに応じて何歳から全摘を勧めるかに関するコンセンサスはまだ存在しない。しかし,本邦でのこれまでの(RET 遺伝子診断普及前の症例を含む)小児髄様癌46 例の術後生化学再発を含めた再発率は39%と高く,特に術前カルシトニン値2,000 pg/mL 以上あるいはリンパ節転移2 個以上の症例に多かった[136]。RET 変異を有する小児に対して,手術合併症を極力おこさずに,髄様癌がより早期の段階で甲状腺全摘術を行っていくことが望まれる。日本の保険制度上,甲状腺髄様癌が未発症の状態の正常甲状腺を切除する予防的甲状腺全摘か,微小な髄様癌が既に発症している甲状腺に対する治療的早期甲状腺全摘かは明確に区別すべきである。一般的に本邦の髄様癌は欧米に比べ性質が穏やかであり,また欧米とは異なる社会的背景や保険制度などから考えて,発症後早期に治療的早期甲状腺全摘が選択されることが多い。

表22 <参考>米国におけるRET 変異コドンに基づく遺伝性甲状腺髄様癌のリスクレベルと臨床的対応:米国甲状腺学会(2015 年改訂版)[130]による

CQ19
髄様癌に対して甲状腺全摘は推奨されるか?

推奨◎◎◎
遺伝性髄様癌は両側のC細胞領域に発生するため,たとえ臨床的に片側葉の病変であっても甲状腺全摘を推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎
片葉に限局した散発性髄様癌では非全摘(片葉切除)を推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 治療予後(転移・再発率,生命予後)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • わが国の全国調査によると遺伝性髄様癌の術後10 年生存率は全摘で94%,非全摘で90%である。
  • 遺伝性髄様癌の術後再発率は全摘の14%に対し,非全摘で45%とする報告がある。
  • 散発性髄様癌の進行度に応じて施行した非全摘手術で術後カルシトニン値の正常化率は74%である。
  • 遺伝性髄様癌に対する甲状腺全摘術後の永続性副甲状腺機能低下症を29%に認めたとする報告がある。
文献の要約

遺伝性髄様癌の術式に関する報告は2 つあり,全摘 /非全摘(片葉切除)は同等との結果と全摘の方が優れているとの結果がある。Iihara ら[137],は全摘(n=102)の10 年生存率は94%に対し,非全摘(n=24)では90%と,両者の違いはないとしている。宮澤ら[138]は全摘の再発率14%に対し,非全摘では45%と報告している。またKebebew ら[139]の単一施設での症例集積研究では,平均観察期間8.6 年で,無再発生存において有意差をもって全摘が優れているとされたが,この研究では遺伝性46 例と散発性58 例の両者を含んで解析している。遺伝性髄様癌は両側のC 細胞領域に発生するため,たとえ臨床的に片側葉の病変であっても甲状腺全摘が推奨される。

散発性髄様癌で全摘と非全摘を比較した研究は少ない。Miyauchi ら[140]の観察研究ではエンドポイントを術後の刺激試験によるカルシトニン値の正常化としており,全摘群で18 例中13 例(72%),非全摘群では19 例中14 例(74%)の正常化が得られた。ここで非全摘の選択はランダム化されたものではなく,超音波検査にて対側の甲状腺葉に病変がないと判断した症例のみを対象としている。他の症例集積研究においても,全摘が非全摘に比べて再発や死亡の予後を改善するかは明らかにされていない。したがって非全摘でも全摘と同等な予後が得られる可能性が十分あることを考慮し,片葉に限局した散発性髄様癌の場合,不要な手術合併症や術後補充療法を避ける意味で,非全摘(片葉切除)が推奨される[140~142]。

Rodrigues らは多発性内分泌腫瘍症2 型の43 名に横断的調査を行い,遺伝性髄様癌で甲状腺全摘を受けた41 例のうち12 例(29%)に永続性副甲状腺機能低下症を認めた。また,患者が抱える精神的苦痛として42%に不安症状を,26%にうつ症状を認めている[143]。

CQ20
髄様癌に対する予防的リンパ節郭清は推奨されるか?

推奨◎◎◎
中央区域の予防的郭清を推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨
患側あるいは対側外側区域の予防的郭清については,個々のカルシトニン値や予後因子を踏まえて決定することを推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 治療予後(転移・再発率,生命予後)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • リンパ節郭清の有無は生存率に関連しないとされている。
  • 術後カルシトニン値の正常化率は郭清施行で68%,郭清非施行で41%と報告されている。
  • 術前カルシトニン基礎値別にみた患側と対側外側区域リンパ節転移の陽性率は20~200 pg/mLで,それぞれ12%と0%,200~2,000 pg/mLで43%と14%,2,000 ~10,000 pg/mLで74%と44%,10,000 pg/mL以上で96%と80%と報告されている。
  • 手術合併症に関する報告はない。
  • 患者視点の健康状態に関する報告はない。
文献の要約

リンパ節郭清の有無が予後に影響を及ぼすかについては単一施設での症例集積研究がいくつか報告されている。Kebebew ら[144]の散発性と遺伝性を含めた104 例の報告ではリンパ節郭清の有無で予後に差はみられず,Grozinsky-Glasbergら[145]の散発性41 例,遺伝性10 例を合わせた報告でも全摘+リンパ節郭清郡の15 年生存率80%に対し,全摘単独群では79%と両者に違いを認めていない。一方で症例数は少ないが,甲状腺全摘にリンパ節郭清を加える術式で無再発生存率が良好との報告もある[146]。ただ,これらはいずれも進行度に応じた治療法を選択し,後ろ向きに解析している。

遺伝性髄様癌については多施設での139 例の症例集積研究がある[147]。エンドポイントを刺激試験による術後カルシトニン値の正常化とし,系統的リンパ節郭清を行った群と非郭清郡との比較を行っている。郭清群では69 例中47 例(68%),非郭清群では17 例中7 例(41%)の正常化が得られ,郭清群でカルシトニン値の正常化率が高い。

Scolloら[148]は散発性54 例,遺伝性47 例に甲状腺全摘および中央区域+両側外側区域郭清を行い,リンパ節転移の有無を検討した。中央区域,同側外側区域,対側外側区域でのリンパ節転移陽性率は,散発性でそれぞれ50%,57%,28%,遺伝性では45%,36%,19%であり,散発性,遺伝性のいずれにおいても各領域にリンパ節転移を高率に認めた。

Machens ら[149]は遺伝性+散発性195 例の領域別リンパ節転移個数とその関係を分析した。中央区域リンパ節転移がない場合の患側と対側の外側区域リンパ節転移(skip metastasis)の陽性率はそれぞれ10%と5%であったのに対し,患側外側区域リンパ節転移の陽性率は中央区域リンパ節転移個数が1~3 個では77%,4 個以上では98%と高かった。対側外側区域リンパ節転移の陽性率は,中央区域リンパ節転移の個数が1~9 個では38%であったが,10 個以上では77%と高かった。また彼らは遺伝性+散発性300 例の解析にて,カルシトニン値と各領域のリンパ節転移の陽性率を検討している[150]。術前カルシトニン基礎値別にみた患側と対側外側区域リンパ節転移の陽性率は20~200 pg/mL で,それぞれ12%と0%,200~2,000 pg/mL で43%と14%,2,000~10,000 pg/mLで74%と44%,10,000 pg/mL 以上で96%と80%であった。再手術のリスクを減らすためには200 pg/mL 以上の場合は中央区域+両側外側区域郭清の必要があるかもしれないと述べている。

リンパ節郭清の有無や郭清範囲の違いが予後にどのような影響を及ぼすかについてはまだはっきりしない点もあるが,中央区域リンパ節転移陽性率や同部のリンパ節再発がその後のQOL に与える影響を考慮すると,少なくとも中央区域郭清は必須である。患側あるいは対側外側区域郭清の追加の決定に関しては,術前のカルシトニン基礎値は重要な因子ととらえ,それに年齢,腫瘍径,甲状腺被膜外浸潤の有無,リンパ節転移の有無など髄様癌の予後因子も考慮に入れて決定する。

コラム1:RET遺伝学的検査について

平成28 年4 月,甲状腺髄様癌に対するRET 遺伝学的検査が保険収載された。診療報酬点数表によると,保険適応によるRET 遺伝学的検査は甲状腺髄様癌に限り算定でき,診療報酬点数は3,880 点である。RET 遺伝学的検査は,甲状腺髄様癌の患者に限られる。したがって対象となるのは,①穿刺吸引細胞診で甲状腺髄様癌を疑う,②血清カルシトニン(+CEA)が高値の場合であり,遺伝カウンセリングを施行した上でRET 遺伝学的検査を行う。不要なRET 遺伝学的検査や遺伝カウンセリングが行われないためにも,上記2 ついずれもが満たされた場合のみ実施されることが望まれる。診療報酬点数表によれば,RET 遺伝学的検査を含む保険適応になっている遺伝学的検査の実施にあたっては,厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」(平成16 年12 月)および日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(平成23 年2 月)の2 つのガイドラインを遵守しなければならない。また,厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているものとして地方厚生局長等に届け出た保険医療機関において,臨床遺伝学に関する十分な知識を有する医師が,甲状腺髄様癌を含む保険適用となっている遺伝学的検査を実施し,その結果について患者またはその家族に対し遺伝カウンセリングを行った場合には,遺伝カウンセリング加算として,患者1 人につき月1 回に限り,500 点を所定点数に加算できることになっている。遺伝カウンセリング加算に関する施設基準としては,遺伝カウンセリングを要する診療に係る経験を3 年以上有する常勤の医師が1 名以上配置されていること,遺伝カウンセリングを年間合計20 例以上実施していることが要件である。

一方,甲状腺髄様癌が診断されていない血縁者に対しては本検査は自費診療となる。変異がすでに確定している家系の血縁者で,甲状腺髄様癌をまだ発症していない場合,もしくは臨床検査(頸部超音波検査,穿刺吸引細胞診,血清カルシトニン(+CEA)測定)が未施行で無症状かつ臨床的に甲状腺髄様癌の発症の有無が不明な場合は,RET 遺伝学的検査を受ける時点では患者ではないため,通常の医療の対象とはならず,自費診療となる。

結果報告書の解釈に関しては,十分注意をはらわなければならない。遺伝子変異が既知のよく知られた変異であるかどうか,稀な変異ではないかどうかをよく確認する必要がある。変異はミスセンス変異が多いため,遺伝子多型(コドン691,769,904)との区別が特に重要である。検査結果を誤って解釈をすると,誤った診断や不適切な治療,不必要な血縁者への介入などにつがる危険性は否定できない。結果の解釈に迷った場合は,RET 遺伝学的検査に関して経験豊富な専門家に相談し,意見を求めるべきである。

表23 甲状腺髄様癌に対する RET 遺伝学的検査の保険適応・自費診療の区別

低分化癌

CQ21
低分化癌はどのように定義されているか?その頻度,予後はどれくらいか?

  • 低分化癌は,「高分化癌(濾胞癌ないし乳頭癌)と未分化癌との中間的な形態像および生物学的態度を示す濾胞上皮由来の悪性腫瘍」と定義される。ただし,その組織診断基準には変遷がある。
  • 2017 年のWHO 分類(トリノ基準)に基づく低分化癌の頻度はわが国で0.3%と推定されている。
  • 術後5年生存率は44-72%と推定されている。
  • 乳頭癌症例の中から抽出した取扱い規約第6版(2005 年)に基づく低分化癌の10 年無再発生存率および疾患特異的生存率はそれぞれ53.8%および80.0%である。
  • 濾胞癌症例の中から抽出した取扱い規約第6版(2005 年)に基づく低分化癌の10年無再発生存率および疾患特異的生存率はそれぞれ43%および71%である。
文献の要約

①WHO 分類

低分化癌は1980 年代にSakamoto やCarcangiu によって提唱された概念で,2004 年のWHO 分類で濾胞癌や乳頭癌から独立した腫瘍組織型と定められた[151~153]。低分化癌の増殖様式を示す病理組織学的所見として1)充実性(solid),2)索状(trabecular),3)島状(insular)の3つの成分(低分化成分)が挙げられる。2004 年のWHO 分類はこれらに加えて4)乳頭癌に典型的な核所見を欠くことを要件とし,乳頭癌の充実亜型(Solid variant of papillary carcinoma)を低分化癌から除外した。2007年のトリノ会議はさらに5)脳回状の核型,あるいは核分裂像の増加ないし腫瘍壊死像を加える,より厳しい組織診断基準を提案した[154]。2017 年のWHO 分類でも5)を加えた基準を採用している。

②甲状腺癌取扱い規約

わが国の甲状腺癌取扱い規約は第6版(2005 年)で低分化癌を独立した組織型としたが[155],WHO 分類とは異なりSakamoto の診断基準を踏襲した。第7版(2015 年)では2004 年のWHO 分類を採用し,上記所見1)~3)が腫瘍の50%以上を占め,4)を満たすことを診断基準とした[156]。しかし2017年にWHO分類が改訂されたため両者には再び差違が生じている[157]。

③頻度

わが国における低分化癌の頻度は,2004 年のWHO 分類(第7版の取扱い規約)に従うと0.8%であるが,2017年 のWHO 分類(トリノ会議の基準)に従うと0.3%と極めて少ない[158]。同じ基準に基づくと北米での頻度は1.8%,ヨーロッパとくに北イタリアを中心とするアルプス地方では4.0~6.7%と高い[159, 160]。こうした頻度の差異は組織診断基準の変遷のほか,ヨード摂取量などの地域差も関与している可能性がある。

低分化癌は分化癌(乳頭癌ないし濾胞癌)よりも予後不良である。ただし,これまでの後向き症例集積研究で推定された術後5年生存率の点推定値は44%から72%と幅があり,診断基準や地域,施設による違いを反映していると思われる[161~165]。

日本の報告では乳頭癌のシリーズと濾胞癌のシリーズにおいてそれぞれ検討したものがあり[166, 167],どちらのシリーズにおいても低分化癌(正確には低分化成分が全体の50%以上を占めるもの)であることは,多変量解析で独立した再発予後および生命予後因子であった。

CQ22
低分化癌は術前に診断可能であるか?

  • 術前の診断は不可能である。
文献の要約

低分化癌の画像診断(超音波検査,CT 検査,MRI 検査)については症例報告ないし少数例の研究で,十分な統計的な解析は行われていない。

穿刺吸引細胞診の検討は,2004 年のWHO 分類を診断のゴールドスタンダードとした研究がわが国と欧米から報告されている[168, 169]。Bongiovanni らは6施設からの標本収集による後向き研究で低分化癌40例と分化癌40 例の細胞診標本を比較し以下の4所見が低分化癌に特徴的であったとしている[169]:①Insular, solid or trabecular pattern(感度93%, 特異度95%), ②Single-cell pattern(感度75%,特異度83%),③High N/C ratio(感度67%,特異度82%),④Severe crowding(感度70%,特異度100%)。病理組織診断に対してブラインドで細胞所見の評価を行ったことは研究の妥当性を高めるが,評価の再現性は報告されていない。

CQ23
低分化癌に対して甲状腺全摘術,(予防的)リンパ節郭清,放射性ヨウ素内用療法は推奨されるか?

推奨
低分化癌に対しては甲状腺全摘術,(予防的)リンパ節郭清,放射性ヨウ素内用療法を推奨する(エビデンスなし,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓  治療法と予後の関連
✓  患者視点の健康状態

エビデンス

  • 低分化癌に対する放射性ヨウ素治療と予後の関連は明らかでない。
  • 患者視点の健康状態に関する報告はない。
文献の要約

低分化癌に対して甲状腺全摘や広範囲なリンパ節郭清が患者の予後を延長するかどうかを検証した前向き研究はない。また,その診断は病理医によるバイアスがかなり強く,さらに古い論文では定義も統一されておらず,異なった論文の結果を比較することは妥当でない(CQ21 を参照)。

Ibrahimpasic らは壊死と核分裂像から定義される低分化癌の91 例を後方視的に検証しpT4a(ハザード比6.85,95%CI:1.37-34.3)とM1(ハザード比2.97,95%CI:1.32-6.68)が疾患特異的生存率の低下と関連することを示した[170]。

Kazaure らは米国のSurveillance, Epidemiology, and End Results (SEER) database (1999-2007)にICD コードで登録された甲状腺分化癌34021 例,Insular carcinoma 114 例,そして未分化癌497 例を検証した。Insular carcinoma の生命予後に関連する因子を放射性ヨウ素内用療法(ハザード比0.15,95%CI の記載なし)と遠隔転移(ハザード比15.3,95%CI の記載なし)と推定したが,放射性ヨウ素内用療法の詳細は不明である[171]。

Insular carcinoma についてはLai らが23 文献から収集した73 例と自験例9例とを合わせた82 例を検討し,10 年生存率を52%と推定した。年齢45 歳以上と遠隔転移は予後不良と関連したが,放射性ヨウ素内用療法や外照射療法は予後延長と関連しなかった[172]。

以上のように低分化癌に対して甲状腺全摘とリンパ節郭清術,放射性ヨウ素内用療法,あるいは外照射が有効であるとのデータは示されていない。しかし予後不良であることを鑑み,あらゆる治療法を駆使すべきであるという意見は妥当と考えられる[173~175]。また,分子標的薬剤も治療戦略の一つであるが[176, 177],現時点では放射性ヨウ素内用療法に抵抗性であることが使用条件となっており,この点からも甲状腺全摘が推奨される。

未分化癌

CQ24
甲状腺未分化癌の予後,およびその予測因子は?

<予後>
甲状腺未分化癌の診断からの生存期間中央値は6ヶ月以下,1年生存率は20%以下である。
<予後因子>
診断時の年齢,被膜を越える原発巣の広がり,遠隔転移の存在,急性増悪症状,大きな腫瘍径,白血球数が有意な予後不良因子である。

エビデンス

  • 甲状腺未分化癌の診断からの生存期間中央値は3-4ヶ月である。
  • 1年生存率は18-20%である。
  • 甲状腺内に限局した未分化癌,被膜を越える進展のある癌,遠隔転移のある癌の生存期間中央値は,それぞれ8-9,4-5,2-3か月である。
  • 診断時の年齢(70 歳以上),原発巣の広がり(T4b 以上),遠隔転移の存在,1か月以内の急性増悪症状,大きな腫瘍径(5cm を越える),白血球数(10,000/mL 以上)が予後不良を予測するのに有用な因子である。
文献の要約

甲状腺未分化癌の予後は極めて不良で,診断からの生存期間中央値は4か月程度,1年生存率は20%以下とする報告が多い[178~182]。本邦で集積された未分化癌547 例での解析では,生存期間中央値3.8 か月,1年生存率18%[183],米国のSurveillance, Epidemiology, and End Results(SEER)データベースを用いた516 例での解析でも,生存期間中央値3か月,1年生存率19.3%[184]と,同様の結果である。UICC/TNM 第7版では未分化癌は全てStage Ⅳに分類され,原発巣の状況と遠隔転移の有無で,T4a(Tumor limited to the thyroid)をⅣA,T4b (Tumor extends beyond the thyroid capsule)をⅣB,M1 をⅣC に区分している[185]。米国のNational Cancer Database(NCD)を用いた699 例での解析結果によると,生存期間中央値は,Stage ⅣA 9.0 か月,ⅣB 4.8 か月,ⅣC 3.0 か月であり[186],他の報告もほぼ同様の結果である[183, 184]。

Sugitani らは単施設での後方視的解析から,急性増悪症状,5cm を越える腫瘍径,遠隔転移,白血球10,000mm3 以上の4つが有意な予後不良因子であり,これらの該当数の総和が未分化癌の予後と相関することを示し[188],その後の前向き試験で予後予測に基づいた治療戦略の有用性を報告した[189]。さらに,本邦で集積された547 例の解析で,上述の4項目および甲状腺外浸潤(T4b)と,年齢70 歳以上が有意な予後不良因子で,該当因子の総和別の疾患特異的生存率に各群間で有意差を認めたことを報告した[184]。また,Akaishiらは単施設での解析で,70 歳以上,白血球数10,000mm3 以上,甲状腺外への進展,遠隔転移あり, が独立した予後不良因子であったことを報告した[190]。海外では, 上記SEER データベース[184]や,Slovenia[191],Korea[192]からのいずれの解析でも,年齢,腺外への進展の2項目が有意な予後不良因子に含まれている。一方,米国のNCD を用いた2742 例での解析で,治療因子以外では年齢85 歳以上が,唯一生存期間と相関していたとしている[186]。遠隔転移を有さない症例であっても,高齢者,腫瘍が腺外に進展している症例は,予後不良と判断できる。

CQ25
根治手術を施行しえた未分化癌に対する術後補助療法は推奨されるか?

推奨◎◎
根治手術を施行しえた未分化癌に対して術後補助療法を推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓  根治手術を施行した甲状腺未分化癌の予後,術後補助療法の予後延長効果

エビデンス

  • 根治手術後の長期生存例には補助療法が行われていることが多い。
  • 放射線外照射(RT)あるいは化学療法を併用した放射線外照射(CRT)の追加により生命予後を延長する可能性がある。
  • RT, CRT とも生活に支障のある有害事象,後遺症を来す可能性がある。
  • RT, CRT を施行したあとに化学療法を追加することにより生命予後を延長する可能性がある。
  • 有用な化学療法薬剤,投与法は確立されていない。
  • 現状では,分子標的薬剤は術後補助療法には用いるべきではない。
文献の要約

甲状腺未分化癌が甲状腺内にとどまっている症例(stage ⅣA)の割合は,6-13%[193~197]と報告されている。癌が周囲組織に進展(stage ⅣB)していても気管,喉頭,食道,反回神経,前頚筋への浸潤であれば拡大合併切除と再建により根治手術は可能[198]である。Haymart ら[199]は,National Cancer Database を用いた未分化癌患者2,742 例の予後を検討し,stage ⅣA 患者の生存中央値が手術のみでは4.3(95% CI 3.1-7.4)か月で,補助療法として放射線,化学療法,あるいは両者を追加した患者の 9.3,6.4,11.2 か月より短いことを示した。Yoshida ら[200]は,術後の病理検索で偶発的に発見された未分化癌25 例の根治切除後の生命予後を検討し,手術のみで治療を終えた場合の1年生存率は50%で,術後に放射線療法や化学療法を追加した場合の87%と大きな差があると報告した。Kimら[194]は多施設の121 例の生命予後を解析し,長期生存例ではほとんどが根治手術後に放射線外照射治療を行っていたと報告した。Sugitani ら[197]も,677 例の甲状腺未分化癌研究コンソーシアム(http://www.atccj.com/)の集計結果から,stageⅣA では根治術後の放射線療法により有意ではないが生命予後延長が見られた(6.2 vs 13.0 か月p=0.078)と報告している。また,stage ⅣA では根治術後の放射線療法に化学療法を追加しても有意な生命予後延長が見られていない(13.0 vs 10.5 か月)が,stage ⅣBでは根治術後の放射線療法に化学療法を追加した症例で有意な生命予後延長(6.5 vs 14.0 か月)を認めたとしている。一方で Chen ら[201]は,261 例のSurveillance, Epidemiology, and End Results (SEER) データベース解析から,stage ⅣAでは放射線治療の施行,非施行により予後に差はなかったと報告している。これらはすべて後ろ向きのデータベース解析であり,投与薬剤の種類や投与法が不詳であり,長期予後を期待できる患者を選択して補助療法が追加されているバイアスも否定できない。化学療法では,血液毒性やそれ以外にも有害事象が高頻度で経験される。放射線治療でも高頻度に皮膚炎,咽喉頭炎,嚥下障害が見られ,頻度は低いものの脊髄への影響[199],肺臓炎,食道狭窄[202]などの後遺障害が報告されており,hyperfractionated radiation therapy(多分割放射線照射)[199]やintensity modulating radiation therapy(強度変調放射線療法)[202]による対策が考察されている。 現時点で適用が認められている分子標的薬は切除不能甲状腺癌への適用であり,根治手術後の補助療法に使用することを意図したものではない。また,補助療法に使用した場合の成績,有害事象については報告されていない。以上のような検討からは,根治術後の長期生存例では放射線外照射,化学療法による補助療法が生命予後の改善に有益である可能性があるが,一方で有害事象・後遺症を来す可能性があり,計画通りの十分な補助療法を追加できないこともある。補助療法の実施に当たっては,予後因子や年齢などを踏まえて,個々の患者でのリスクとベネフィットを十分に考慮する必要がある。

CQ26
切除不能甲状腺未分化癌に対する集学的治療は推奨されるか?

推奨◎◎
切除不能甲状腺未分化癌に対して集学的治療を推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓  切除不能甲状腺未分化癌に対する集学的治療の予後延長効果

エビデンス

  • 集学的治療による甲状腺未分化癌の生存延長効果は限定的であるが,治療奏効例では生存延長が示されている。
  • 放射線療法,放射線化学療法により局所制御が期待できる。
  • タキサン系の薬剤による化学療法は14-23%の奏効率が得られ,引き続いて根治切除が行い得た場合長期予後が期待できる。
  • 遠隔転移を制御できる薬物療法は確認されていない。
  • 分子標的薬が使用できるが,安全性や有効性についてはさらに検討が必要である。
  • 各治療による重篤な有害事象,あるいはQOL を損なうような有害事象が報告されている。
文献の要約

未分化癌では初診時に手術が不可能な局所進展ないしは遠隔転移を認めることが多く,病巣のコントロール,生存率やQOL の改善目的に姑息手術・放射線・薬物を用いた集学的治療が行われる。再発率,生存率やQOL を比較した前向き検討は無いが,大規模な後ろ向き検討では集学的治療を行った症例の予後が,行っていない症例に比べて良好と解析されている[203~205]。一方で,過去20 年間未分化癌の生存率は変化しておらず[203]集学的治療がすべての症例に対し,予後の改善をもたらすかどうかは明らかではない。

単施設からの探索的な集学的治療の症例集積検討では,長期の予後が得られている例には手術・放射線・化学療法のすべてを行っているものが多い[206, 207]。とくに放射線外照射を含む治療(術前照射,術後照射,化学療法併用)[206~210]で長期無再発・生存例が報告されている。

Paclitaxel の毎週投与は,症例集積検討で奏効率31%,stage ⅣB 症例で投与後に根治手術が可能であった場合に有意に良好な生命予後が得られると報告された[211]。その後,前向き試験で認容性が確認され,奏効率23%と全生存中央値6.7 か月,1年生存率 26.8%が報告された。とくに術前療法としての有用性が示唆されている[212]。Docetaxel も同様な有効性(奏効率14%,病勢コントロール率43%)が報告されている[213]。しかし,Paclitaxel, Docetaxelによる遠隔転移の制御効果は認められていない。

現在わが国で未分化癌に対して有効性が確認され適用が認められている薬剤はLenvatinib である[214]。未分化癌に対してはSorafenib の有効性は確立していない[215]。(CQ44 参照)

切除不能甲状腺未分化癌の治療においては,集学的治療を行わざるを得ない状況に遭遇する頻度が高いが,探索的な治療とならざるを得ない。いずれの治療法を選択した場合にも治療に伴う有害事象の発現率は高く,予後因子や患者の状態を把握し,十分な説明を行った上で治療にあたる必要がある。

CQ27
分化癌再発時に未分化癌と診断された場合,未分化癌として治療することが推奨されるか?

推奨◎◎◎
分化癌再発時に未分化癌と診断された場合,未分化癌として治療することを推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓  分化癌再発時に未分化癌と診断された症例の予後

エビデンス

  • 未分化癌にはTSH 受容体は発現せず,TSH抑制療法の適応はない。
  • 未分化癌にはヨウ素の取り込み能はないため,放射性ヨウ素内用療法の適応はない。
  • 治癒切除された転移再発巣に偶然未分化癌が発見された場合,通常の未分化癌に比較して長い生存が期待できる。
  • 姑息手術は,予後やQOL を改善する効果がある。
文献の要約

甲状腺分化癌の再発時に未分化癌の組織型を呈する(未分化転化)症例がある[216]。未分化転化した癌細胞にはTSH 受容体は発現せず[217],サイログロブリンの産生能も認められず[218],ヨウ素の取り込み能はないことから,分化癌で行われるTSH 抑制療法や放射性ヨウ素内用療法は適応とはならず,通常の(初発の)未分化癌と同様の治療を選択するべきである。本邦で集積された677 の未分化癌の解析報告[219]では,頚部リンパ節での未分化転化95 例の生存中央値は5.8 か月,1年生存率は30%,と通常の未分化癌に比較して有意に良好であったが,遠隔転移巣での未分化転化6例の生存中央値はわずか1.5 か月,1年生存はなし,と極めて不良であった。手術的治療は,治癒切除されたリンパ節転移再発巣などに偶然に未分化癌が発見された例でのみ生存期間の延長が期待でき[220],気管切開などの姑息手術は,窒息を回避することで予後やQOL を改善する効果があると報告されている[216, 221]。

分子生物学的解析から未分化癌では分化癌と同様の遺伝子異常が継承[222]されている場合があり,分子標的治療の有効性が期待できる。一方で,未分化癌では分化癌では見られない種々の異常が加わっている[218, 223~225]ため,分化癌同様の治療成績が得られるとは限らない。

CQ28
甲状腺未分化癌治療に際して緩和ケアの介入は推奨されるか?

推奨◎◎◎
緩和ケアの介入を推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓  甲状腺未分化癌治療時の緩和ケア介入の有用性

エビデンス

  • 緩和ケア介入による有用性を示した報告は無い
文献の要約

甲状腺未分化癌の進行は極めて速く,癌告知に対する患者の一般的反応過程,すなわち初期の衝撃・否認・混乱から病状の認識・受容・適応を待つ時間的余裕のないうちに治療が開始されることが多くなる。気管切開などの治療に伴う喪失体験も加わり,心理的なダメージが大きい。患者のみならず,医療者の予想を上回る病状の進行も稀ではなく,結果として治療やケアが後手に回ることで相互の信頼関係の構築を妨げる結果となり得る。ほとんどの症例で根治的治療はなく,予後は診断後半年以内と“癌の終末期”と考えられる期間に等しい。積極的な抗癌治療といえども治療に対する反応性を確認しつつ,経過の中で随時中止することが考慮される。さらに治療が奏効しない場合,急速に(数日単位で)病状が悪化していく。他覚的に認識できる苦痛を伴う症状が認められるため,適切な症状緩和や支持療法が行われなければ,患者周囲の関係者の心理的反応は当然強く,患者側・医療者側ともに治療に対する満足感を得ることは極めて困難となる。双方ともに不安・抑うつなど心理的ストレスを感じる機会は多く,互いに病気に対して正面から向き合うことは容易ではない。

甲状腺未分化癌と診断した患者に対しては,診断当初から短期間でできるだけ患者のQOL を低下させない全人的緩和ケアを提供する必要がある。緩和ケア担当者に介入を依頼し,多職種を含めたチームを構成することで切れ目のないケアの提供を目指す。緩和医療の講習会も広く実施されており,癌診療に関わる医療者は担当者に任せるだけではなく個々に十分な知識・技術を備えるべきである。病状の変化が激しい本疾患では,あらかじめ長期的な治療計画について話し合うことが困難な場合も経験される。患者本人以上に周囲関係者とのコミュニケーションが必要になることも少なくない。スムーズな医療を行うためには,治療開始時から継続した患者・家族・医療者間のコミュニケーションを保ち,抗癌治療の中止や終末期の迎え方を含めた話し合いが持てる環境を整えることが重要である。

コラム2:甲状腺扁平上皮癌は未分化癌とは独立した疾患単位として分類されているが,
治療の方針や予後は一般的な未分化癌と同様か?

甲状腺原発扁平上皮癌は発育・進行が急速で,放射線療法・化学療法に抵抗性であり,予後は不良である。進行例では未分化癌と同様QOL に重点を置いた治療を中心とすべきである。

甲状腺扁平上皮癌は,「腫瘍全体が扁平上皮への分化を示す癌」と定義されている[226]。頻度は甲状腺癌の1%未満で,急速に発育し,腫瘍は硬く,局所での周囲進展のために気管や食道への狭窄症状が出現することが多い。遠隔転移が20%程度,リンパ節転移も頻度が高く,未分化癌と同様の病期分類を行う[226]。甲状腺癌取扱い規約(第7版)[227]には「腫瘍の全体が扁平上皮への分化を示すものであり,未分化癌と同様の臨床経過をたどる。通常は周囲組織への浸潤が顕著である。」と記載されている。乳頭癌に扁平上皮癌への化生を有するものは予後良好であり,他臓器原発の扁平上皮癌が甲状腺を冒した場合も治療に反応することが多い[228]。未分化癌組織が混在する扁平上皮癌では未分化癌が予後を規定することとなる。このような理由から,腫瘍全体が扁平上皮癌であることが診断の条件となる。扁平上皮化生を来した癌やCASTLE との鑑別診断が困難な場合もあり,注意を要する。

89 例の文献的解析[229]では,年齢中央値63.0(24-90)歳,男:女30:59,甲状腺に限局22.5%,周囲進展70.8%,遠隔転移6.7%,生存中央値は9.0(6-23)か月,3年生存率は20.1%,若年,R0 手術が有意な予後良好因子,術後補助療法の有無では予後に差が無い,と報告されている。有効な薬物療法は報告されておらず,放射性ヨウ素内用療法は無効である。

放射線治療

放射性ヨウ素内用療法の定義と効果判定

放射性ヨウ素内用療法の定義

放射性ヨウ素内用療法を行う際には,患者の病状と施行目的により国際的な定義に従って「アブレーション(ablation)」,「補助療法(adjuvant therapy)」,「治療(treatment)」の三つに分類し,適切に効果を判定することが重要である。

放射性ヨウ素内用療法の効果判定

内用療法の効果判定あるいは不応性の判断には画像診断所見だけでなく,症状,身体所見,血清サイログロブリン値や抗サイログロブリン抗体値なども考慮する。

解説

国内では,放射線治療病室が不足していることより,国際的には「補助療法」と定義される症例の多くが「アブレション」として報告されており,海外文献と国内情報に混乱を来している。2015 年の新しい米国甲状腺学会(ATA)ガイドライン[230]では,内用療法を,残存腫瘍がないと考えられる患者における正常濾胞細胞除去を目的にした「アブレーション(ablation)」[230, 231],周囲組織浸潤部位などに微小病巣が残存する患者における「補助療法(adjuvant therapy)」,肉眼的残存腫瘍や遠隔転移の存在する患者における「治療(treatment)」の三つに分類している[232](表24)。国内では「アブレーション」と呼称されるものの多くは,ここでいう「補助療法」であると考えられる。この理由としては,我が国において過去に内用療法の実施が困難であったために,ATA の定義する「アブレーション」に相当するものがあまり行われていなかったことがあげられる。また,「補助療法」として行う場合には3.7 GBq(100 mCi) 超の投与量が推奨されているが[232],我が国では治療病室の不足のために,このような症例でも“外来アブレーション”の呼称のもとに1.1 GBq(30 mCi)の外来投与が行われていることも混乱の理由と考えられる。しかし,今後,我が国の治療成績を国際的に正しく比較するためには,国際的な定義付けに沿った用語の使用が推奨される。

分子標的薬が近年承認されたが,分化癌においては内用療法不応性症例に用いることが原則である[233]。そのためには内用療法の効果判定あるいは不応性の判断を適切に行うことが必要である。各転移臓器・残存腫瘍存在部位ごとの治療効果に関わる事柄はCQ32 を,また内用療法不応性に関わる考え方はコラム4を参照されたい。重要なことは,単一の指標で効果判定を行うのではなく,画像診断,血中サイログロブリン値・抗サイログロブリン抗体値,症状を総合的に考えることである。たとえば,サイログロブリンは全身の腫瘍容量を判断するのに有効であり,その倍加時間が予後と相関するが,病状悪化は必ずしもすべての残存病巣で同じ速度で生じるわけではなく,少数箇所のみが急激な変化を生じ,クリティカルになることもありえる。したがって,サイログロブリン値で全身の評価をしつつ,各病巣の変化を個別に評価することが肝要である。また,漫然と内用療法を継続することなく,適切なタイミングで治療方針を再考することが求められる。

補足

最近,治療病室の待機時間に改善傾向は見られるものの,依然として充足してはいない。したがって,補助療法を100 mCi 超で実施するには入院が必要なため,適切なタイミングで補助療法が実施できない事例が発生することが危惧される。現在,100 mCi 外来投与の承認を目指して学会で活動を行っているが,承認まで時間がかかりそうである。そのため,承認までの期間は,上記のことを十分理解した上で,補助療法を30 mCiで行うこともやむを得ないと思われる。

表24 放射性ヨウ素内用療法の分類

CQ29
甲状腺分化癌の術後に放射性ヨウ素内用療法は推奨されるか?

推奨◎◎◎
高リスク乳頭癌には推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨
中リスク乳頭癌には予後因子を考慮したうえで推奨する(,コンセンサス++)。
推奨×××
低リスク乳頭癌には推奨しない(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎◎
広範浸潤型濾胞癌には推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨××
微少浸潤型濾胞癌には推奨しない(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓ 治療効果(無再発生存率,生存率)
✓ 治療に伴う有害事象
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 低リスク乳頭癌:極めて予後良好であり,放射性ヨウ素内用療法追加による再発や癌死抑制効果はない。
  • 中リスク乳頭癌:米国の大規模コホート研究によれば補助療法追加による死亡のリスク比は対象全体で0.71,45 歳未満で 0.64 と推定されている。
  • 高リスク乳頭癌:米国のコホート研究によればstage ⅢないしIV の分化癌に対する放射性ヨウ素内用療法は予後改善と関連し,そのリスク比は全死亡に対して 0.74,癌死に対して 0.68,再発に対して0.76 と推定されている。
  • 広汎浸潤型濾胞癌,微少浸潤型濾胞癌については,CQ14 および15 を参照されたい。
  • 急性期副作用として,消化器症状,放射線性唾液腺炎が60-70%に発生する。一時的な性腺機能・骨髄への影響が発生し得る。二次発癌リスクは投与量が増加すると発生すると言われているが,頻度は非常に低い。
  • 患者の視点として「甲状腺癌の診断は人生を変える体験」,「内用療法の決断は必ずしも容易ではない」,「内用療法後にさまざまな症状を経験する」ことが語られている。
文献の要約

放射性ヨウ素内用療法に関するエビデンスの注意事項:

✓ 研究対象について,研究対象を「分化癌」として乳頭癌と濾胞癌の両者を含む場合がある。また,リスク分類の定義は研究ごとに異なり,本ガイドラインのそれとは異なっている。

✓ 放射性ヨウ素内用療法に関する論文では,海外からの報告であっても,「アブレーション」,「補助療法」,「治療」を必ずしも明確に区別してはいない。

✓ I-131 の投与量も様々である。

(1)治療効果

①低リスク乳頭癌(表25):本ガイドラインでは低リスク乳頭癌(T1N0M0)に対して甲状腺全摘術を推奨しておらず,放射性ヨウ素内用療法の適応はない。Lamartina らは米国甲状腺学会ガイドラインで定義された低リスク甲状腺分化癌(T1-3N0M0)に対する放射性ヨウ素内用療法について文献を通覧し,「補助療法」は再発や死亡などの抑制に関連しないとした[234]。Hu らによる観察研究のメタ分析でも微小癌に対する「アブレーション」の追加は再発と癌死の抑制に関連しない[237]。

②中リスク乳頭癌(表26):同じくLamartina らは米国甲状腺学会ガイドラインで定義された中リスク甲状腺分化癌(T1-3N1a-bM0)に対する放射性ヨウ素内用療法についても文献を通覧し,再発抑制に関連するとした10 研究と,関連しないとした14 研究があることを報告した[234]。Ruel らは米国のNational Cancer Database に登録された中リスク乳頭癌(T3N0M0-x, T1-3N1M0-x)21870 例を対象に放射性ヨウ素内用療法追加と全死亡との関連を検証した。内用療法(「補助療法」としている)追加による死亡のリスク比は対象全体で 0.71(95%CI 0.62-0.82),45 歳未満で 0.64(95%CI 0.45-0.92)であった[238]。これを治療効果と見做した場合のNNT(number needed to treat)は全患者で 54(95%CI 39-87),45 歳未満で162(95%CI 90-800),65 歳以上で22(95%CI 11-233)と推定できる。ただし,この研究での中リスクの定義は,本ガイドラインのそれとは異なっていることに注意を要する。また放射性ヨウ素に関する情報は投与の有無のみで投与量は検証できていない。

③高リスク乳頭癌(表27):米国のThe National Thyroid Cancer Treatment Cooperative Study Group(NTCTCSG)は甲状腺分化癌 2936例のうち,高リスク群として定義したstage ⅢないしIV症例で放射性ヨウ素内用療法は予後改善と関連していることを報告し,そのリスク比を全死亡で 0.74(95%CI 0.61-0.91),癌死で0.68(95%CI 0.53-0.88),再発で 0.76(95%CI 0.60-0.98)と推定した[239]。本ガイドラインで定義する高リスク乳頭癌症例で放射性ヨウ素内用療法がどの程度予後を改善するか,文献からは確認できない。しかし長期予後が不良であることを鑑みれば,その改善に利用可能な方略として放射性ヨウ素内用療法が推奨される。

なお,術後補助療法を目的とする放射性ヨウ素内用療法は,治療目的と同様の容量が推奨される[240]。(CQ31 参照)

(2)有害事象(表28
①初期(急性)障害

消化器症状:食欲不振,悪心などの消化器症状が60-70%に発生する[241]。嘔吐まで来すのは希で10%未満である。ホルモン休薬に伴う甲状腺機能低下症による便秘が生じやすい。制吐剤,緩下剤を適宜使用するのがよい。

放射性唾液腺炎:軽微なものを含めると60-70%と高率に発生する[242]。レモンキャンディーなどで唾液分泌を促すことの是非については定まった見解はない[243]。症状が強い場合は消炎剤使用を考慮する。治療回数が増えるに従い,導管狭窄による食事時などの唾液腺腫脹が生じるようになり,徐々に唾液腺分泌低下に至ることは希ではなく,内用療法継続不能にいたる因子になりえる。味覚障害は生じても確実に回復する。涙腺機能異常は,潜在的に高頻度で障害が発生していることを示唆する報告があるものの[244],臨床的に問題となることは少ない。

前頚部痛・腫脹:残存甲状腺のある場合は放射線性甲状腺炎による症状が20%に起こりえる[245]。形態学的に残存甲状腺がない状態でも,痛みを伴わない前頚部腫脹を経験することがある[241]。通常48 時間以内に生じる。非常に希であるが,喘鳴を伴う症状に繋がることがあり注意が必要である。

神経症状惹起:脳転移や椎体転移で脊柱管内に腫瘍が入り込んでいる例では,放射性浮腫あるいはTSH 刺激による腫瘍増大による神経症状惹起のリスクがあるため,一般的には禁忌である[246]。

若年女性への影響:妊娠可能な女性では,一時的無月経が20-30%で生じる[247]。早期の閉経に繋がる可能性が否定できない[247]。妊娠中の内用療法は禁忌であるが,治療後の妊娠機会における不妊,胎児奇形のリスク増加には繋がらない[247]。治療後1年以内の妊娠では流産の頻度が増加するとする報告があるものの[248],否定的な報告もある[247]。男性では,一時的な精子減少が発生するものの,数回の治療で不妊などに繋がる性腺機能障害が発生する可能性は低いと考えられる[249]。

末梢血数低下:内照射後,軽度の末梢血数低下が生じるが一過性である[241]。複数回施行時には,永続的な末梢血数低下発現は希ではない。腎機能低下例では,クリアランス低下が骨髄線量増加に繋がるため,投与量の減量なども考慮すべきである。

②晩期障害

放射性肺臓炎・肺線維症:びまん性肺転移に強集積する例では放射性肺臓炎・肺線維症のリスクが発生するが希である[241]。しかし,急性呼吸不全による死亡例が報告されており,注意を要する[250]。古典的には,投与48 時間後の肺集積が80mCi を超えない投与量を設定すべきであると言われている。

二次発癌:投与量に比例した二次発癌(固形癌,白血病)リスクの増加が示唆されている一方で[251, 252],否定的な意見もある[253]。発生リスクがあるとの報告でもその程度は極めて低く,高リスク乳頭癌などでは内用療法の適応が妥当である。なお,アブレーション投与量(1.1GBq,すなわち30mCi)ではリスク増加につながるとの報告はない。小児例への適応については報告が少なく,成人例よりもさらに症例ごとの慎重な判断が必要である[254]。

(3)患者視点の健康状態

Sawka らは甲状腺癌の診断と放射性ヨウ素内用療法が患者にどのような体験をもたらすかを学ぶため,甲状腺分化癌患者16 名を対象に質的研究を行った[255]。彼らが語ったのは,『甲状腺癌の診断は人生を変える体験』(生き方や人生観を変える,将来に対する恐れと不安,「おとなしい癌」という説明は不安解消にならず「大したことではない」と軽んじられている気がする),『内用療法の決断は必ずしも容易ではない』(主な情報源は甲状腺専門医,医師とインターネットで異なる情報,内用療法の効果と害に関する分かりやすい説明を望む,数値化された情報が好まれるとは限らない,患者が意思決定の主役を望むとは限らない),『内用療法後にさまざまな症状を経験する』(半数以上が精神的・身体的症状を体験,しかし担当医は気が付かないことも多い)などである。彼らはそうした体験に基づき,内用療法の相談に際して医療者が重視すべきこととして「治療を勧めるか否かの理論的根拠を患者個人の状況に合わせて説明」,「治療の効果と副作用に関する分かりやすい情報提供」,「生殖系への影響と二次発癌」,「治療を受けても再発する可能性」,「多職種によるチーム医療」,「診療ガイドラインの共有」を挙げている[255]。

表25 低リスク乳頭癌に対するアブレーション

234 237
表26 中リスク乳頭癌に対する補助療法

234 238
表27 高リスク乳頭癌に対する放射性ヨウ素内用療法

239
表28 内用療法の副作用

CQ30
術後放射性ヨウ素内用療法施行前にヨウ素制限は推奨されるか?

推奨◎◎◎
残存正常あるいは悪性甲状腺組織への放射性ヨウ素の集積を向上させるため,ヨウ素制限を推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓  効果(アブレーション成功率,無再発生存率,生存率)
✓  有害事象
✓  患者視点の健康状態

エビデンス

  • わが国でのヨウ素制限の実状と効果は十分に把握されていない
  • 放射性ヨウ素内用療法時のヨウ素制限が長期予後の改善に関連するかは検討されていない
  • ヨウ素制限中に低ナトリウム血症を発症した報告がある
  • 患者視点の健康状態に関する研究報告はない
文献の要約

関連する報告は複数あるが,ヨウ素制限の内容,期間,内用療法に使用した放射性ヨウ素量,アブレーション成功の定義などが異なることに注意を要する。また,わが国の食生活は,地域差はあるものの欧米に比較してヨウ素摂取量が格段に多く,最近の放射性ヨウ素内用療法施行前のヨウ素制限についての調査によると[256],現在においても実態把握・対策・評価が不十分であることは否めない。放射性ヨウ素内用療法施行前のヨウ素制限は必須であることについて専門家の意見は一致しているものの,欧米並みのヨウ素制限をわが国で遵守することは困難であるという考えもあり,評価法や数値目標については,今後の調査結果の公表や指針の策定を注視する必要がある。

Sawka らは系統的レビューを行ってヨウ素制限の有効性を示したが[257],Li らは既報の多くが後ろ向き観察研究であることから更なる検証が必要としている[258]。また,諸外国からの報告は上記の理由により,わが国の実情には当てはまらない。

なおLi らによれば,頻度は不明ながら放射性ヨウ素内用療法準備のヨウ素摂取制限中に低ナトリウム血症を発症した報告がある[258]。また,患者視点の健康状態に関する研究報告はない。

ヨウ素制限とは,ヨウ素含有率の高い食品の摂取を控え,ヨウ素含有率の高い薬品の投与を行わないことである。ヨウ素含有率の高い食品の摂取を控えて,できるだけヨウ素含有率の低い食品を摂取する食事を「ヨウ素制限食」あるいは「低ヨウ素食」と呼ぶ(以下ヨウ素制限食)。「ヨウ素制限食」の基準は,1 日のヨウ素摂取量が50μg/day 以下である。術後放射性ヨウ素内用療法の少なくとも2 週前よりヨウ素制限食を開始すべきである。ヨウ素含有率の高い薬品としては甲状腺ホルモン剤(リオチロニンナトリウム;T3 剤,レボチロキシンナトリウム;T4 剤など),抗不整脈剤(アミオダロンなど),胃炎・消化性潰瘍剤(マリジン M,ガストロフィリンなど),肝不全治療薬(アミノレバンなど)が挙げられる。大量のヨウ素が含有されるものとして,ルゴール液,ヨウ素含有うがい液,ヨウ素ヨード造影剤などがある。甲状腺癌の術後放射性ヨウ素内用療法に際して行うヨウ素制限は,組織ヨウ素摂取率の高い甲状腺機能亢進症に際して行う放射性ヨウ素内用療法の場合とは意味合いが異なり,甲状腺分化癌での組織ヨウ素摂取率は低いため,ヨウ素制限は厳格に行われるべきである。なお,わが国においては独特のヨウ素含有量の多い食事習慣のためヨウ素制限食の基準をクリアするのは大変に難しく,患者への指導を徹底することが重要である。そのためには管理栄養士の介入も考慮すべきである。また,家庭での食事準備によるヨウ素制限は,患者あるいは家族の負担が大きいことが否めない。そのような場合には,適宜,市販のヨウ素制限食の利用を勧めるなどの工夫も必要であろう。

ヨード造影剤使用後の待機期間については様々な意見はある。通常,1-3ヶ月間 とされるが[259],明確なエビデンスがあるとは言いがたい。

CQ31
術後放射性ヨウ素内用療法に用いる放射性ヨウ素の投与量は?

  • アブレーションには1.1 GBq(30 mCi)を用いる。
  • 補助療法には3.7-5.6 GBq(100-150 mCi) を用いる。
  • 治療には3.7-7.4 GBq(100-200 mCi) を用いる。
文献の要約

術後放射性ヨウ素内用療法に必要な放射性ヨウ素(I-131)の投与量についてはさまざまな報告がなされてきた。その多くは 1.1 GBq (30 mCi)投与と3.7 GBq(100 mCi)投与の比較である[260~266]。しかし対象となった患者集団の特徴や内用療法の目的が異なっており,これらの研究を通覧して投与量の優劣を論じることは適切でない。近年,各症例の再発・がん死危険度に即して術後放射性ヨウ素内用療法の目的を定め,それに応じた投与量がより明確に示されるようになってきた。

正常甲状腺組織(甲状腺床)の焼灼(アブレーション)は主に低危険度の症例に実施され,1.1 GBq(30 mCi)で十分であることが示されている[267]。顕微鏡学的な残存悪性甲状腺組織などの高危険度症例に対する補助療法としては,主に残存・転移病巣の治療と同様の投与量で検討されている[268~270]。残念ながら本邦で外来使用上限とされている1.1 GBq(30 mCi)という投与量の検討はなされておらず,補助療法としてこれを妥当とする根拠は今のところ存在しない。したがって,補助療法として根拠のある適切なI-131 の投与量はあくまでも治療目的投与に準ずることが推奨される。

CQ32
分化型甲状腺癌の再発(局所,リンパ節転移,遠隔)に対して放射性ヨウ素内用療法は推奨されるか?

推奨◎◎◎
病変の部位,数,大きさ,全体の進行度を考慮して判断することを推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎◎
肺転移には強く推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎◎
骨転移には強く推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨
手術適応外だが治療を要する局所再発,リンパ節転移には弱く推奨する(,コンセンサス++)。
推奨×××
脳転移には推奨しない(,コンセンサス+++)。
推奨×××
その他の臓器転移には推奨しない(,コンセンサス+++)。
推奨×××
転移部位が明らかでないサイログロブリン髙値症例には推奨しない(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓  治療効果(奏功率,生存率)
✓  治療に伴う有害事象
✓  患者視点の健康状態

エビデンス

  • ヨウ素集積を認める肺転移例での奏効率はCR 17%,PR 44%,SD 33%,PD 6%と推定されている
  • ヨウ素集積を認める肺転移例の全生存率は5年で87%,10年で69% ,15 年で56%と推定されている
  • ヨウ素集積を認めない肺転移例の全生存率は:5年で70%,10年で38% ,15 年で21%と推定されている
  • 骨転移のCR は45 歳以下(8例)で50%,46 歳以上(99 例)で21%と推定されている
  • 有害事象として37%に血液系障害を認めたとの報告がある
  • 患者視点の健康状態に関する報告はない
文献の要約

甲状腺分化癌の再発に対しては,可能であれば外科治療を行う。そして手術困難例や遠隔転移例に対して放射性ヨウ素内用療法の実施を検討することになる。その判断にあたっては病変の部位,数,大きさ,全体の進行度を考慮することが大切である。放射性ヨウ素内用療法の効果は転移部位により異なるため,部位毎に有効性を評価した。

(1)肺転移(表29

微小肺結節でI-131 集積が認められる場合は内用療法の効果が最も期待できる状況であり,積極的な加療が望ましい[271~275]。画像診断で病巣が認識できない微細な病巣に I-131 が集積を示す場合は特に有効であると考えられ,文献により差はあるものの,治癒が30-80%の確率で期待できる[271~275]。若年者では効果が良好である[273, 275, 276]。一方,40 歳を超える例や,粗大結節型転移ではその効果は低下する[274, 275]。I-131 集積がある場合は,総じて肺転移患者の生命予後改善に寄与し,集積があり治療後に病巣消失が得られた場合の15 年生存率は,89%と著しく良好である[271]。肺にびまん性集積を認める場合,頻度は低いものの肺線維症を惹起する可能性があるので注意を要する[277]。

(2)骨転移(表29

骨転移のみを有する症例を対象にして放射性ヨウ素内用療法の効果を検証した研究報告はない。Petrich らは1965 年から1997 年までに経験した,初回治療時に骨転移を有する甲状腺分化癌107 例(乳頭癌 29 例,濾胞癌 78 例,うち肺転移合併 44 例を含む)を対象とし,放射性ヨウ素内用療法による骨転移の完全寛解率を45歳以下(8例)で50%,46 歳以上(99 例)で21%と報告した。ただし完全寛解の要件とした “lack of tumor tissue” の意味は明確でないことに注意を要する。一方,治療に伴う有害事象として37%に血液系障害(貧血,白血球減少,血小板減少)を認めた。Bernier らは1958 年から1999 年までに経験した甲状腺分化癌骨転移患者109 例(乳頭癌 19 例,濾胞癌 77 例,不明 13 例,うち肺転移合併 14 例を含む)の生命予後(死亡原因を問わない)を検証し,放射性ヨウ素内用療法の蓄積投与量 200mCi 以上は死亡率の低減と関連することを示した[279]。

(3)局所再発・リンパ節転移

一般的な画像検査で認められる大きさの局所再発・リンパ節転移は,内用療法で制御は困難であり,最も望ましい対処は外科的切除である[280]。内用療法は手術後の補助療法として用いるが[281, 282],補助療法としての意義はないとする報告もある[283]。内用療法のみで腫瘍縮小を得ることは多くないものの,著効例も時に経験されるため[284],手術がなんらかの要因で適応とならない場合に試みてもよいだろう。

(4)脳転移

手術,放射線外照射(CQ34 を参照)など他の手段での対応が第一選択である。脳転移に対する内用療法のまとまった報告は乏しいが,I-131 集積は不良であることに加え[285],集積した場合には脳浮腫を惹起しかねないため勧められない。しかしながら,脳転移の多くの症例では肺転移・骨転移も合併しており,脳転移に対し他の治療手段で対応した上で,残存する肺・骨転移病巣に対する効果を期待し,放射性浮腫などに留意しながら慎重に行う事は可能である。

(5)他の臓器転移

甲状腺分化癌は,肝,腎,副腎などにも転移を来すことがある。内用療法の効果に関するまとまった報告はなく意義は不明であるが,これらは多臓器転移の一部であったりや,大きな切除不能病巣を有する病状が非常に進行した例で認められたりすることが多いので,内用療法による対応は困難であることが考えられる[286, 287]。

(6)転移部位が明らかでないサイログロブリン髙値症例

サイログロブリンが髙値であるが,一般的な画像検査や診断シンチグラフィで病巣が不明である例で,内用療法を試みることがあり,I-131 投与後のシンチグラフィで病巣存在部位が判明することが少なからずある[288, 289]。しかし, 生命予後を改善する意義は明らかではない[288, 290]。

表29 肺転移・骨転移に対する放射性ヨウ素内用療法

274 278

CQ33
放射性ヨウ素を投与する際にTSHを上昇させる手段として遺伝子組換えヒト型甲状腺刺激ホルモン製剤(recombinant human Thyroid Stimulating Hormone, rhTSH)は推奨されるか?

推奨◎◎◎
放射性ヨウ素全身シンチグラフィ(I-131 Whole Body Scan;WBS)や血清サイログロブリン(Thyroglobulin;Tg)試験を行う際に,あるいはアブレーションを行う際に,甲状腺ホルモンの投与を中止する従来法に代わって,rhTSH の使用を推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓  診断能
✓  アブレーション成功率
✓  治療に伴う有害事象
✓  患者視点の健康状態

エビデンス

  • rhTSH の使用は,甲状腺ホルモンの投与を中止する従来法と比較して,短期間での診断が可能であり,甲状腺機能低下に伴う生活の質 (quality of life:QOL) 低下を回避でき,がん細胞増殖促進のリスクを低減できるなどの利点がある
  • 診断におけるrhTSHの使用は,甲状腺ホルモンの投与を中止する従来法と比較して,同等の診断能である
  • アブレーションにおけるrhTSHの使用は,甲状腺ホルモンの投与を中止する従来法と比較して,同等の成功率である
  • rhTSH の使用は,甲状腺ホルモンの投与を中止する従来法と比較して,費用負担が大きい
  • rhTSH の有害事象として頭痛,嘔気,嘔吐,全身倦怠感,めまい等がある
rhTSH 使用の保険適応

rhTSH は以下の場合に使用することが保険承認されている。

  1. 分化型甲状腺癌で甲状腺全摘又は準全摘術を施行された患者における,WBS とTg 試験の併用又はTg試験単独による診断の補助
  2. 分化型甲状腺癌で甲状腺全摘又は準全摘術を施行された遠隔転移を認めない患者における残存甲状腺組織のI-131 によるアブレーションの補助
文献の要約
(1)診断能

従来法と同等の診断能であることが報告されている[291]。

(2)アブレーション成功率

アブレーションにおけるrhTSH 使用の妥当性は,2つの大規模多施設共同ランダム化比較試験で報告されている[292, 293]。従来法,rhTSH 法,1.1 GBq 投与,3.7 GBq 投与の組み合わせによる4群比較において,rhTSH 法はアブレーション成功率で同等,副作用の発現率で低率を示して有用とされており,米国甲状腺学会(ATA)のガイドラインでも強く推奨されている[294]。

(3)治療に伴う有害事象

従来法では,甲状腺ホルモン薬の投与を中止し人為的に甲状腺機能低下症をつくることで,内因性TSH を上昇させ,WBS やTg 試験の診断準備とする。しかし,この方法では数週間にわたって甲状腺機能低下に伴う諸症状(寒がり,体重の増加,便秘,動作緩慢,皮膚冷感,眼瞼浮腫,心臓・腎臓機能の低下,認知機能の低下等)が避けられないという欠点がある[295~300]。これらの諸症状によるQOL・全身臓器・代謝機能の低下に加え,従来法による欠点として,診断準備期間が2週間以上と長いこと,甲状腺機能低下が検査後も当分続くこと,がん細胞の増殖促進の危険性がある。これに対し,rhTSH 法による利点としては,QOL の低下がない,5日間と短期間での診断が可能,甲状腺機能低下がない,唾液腺障害の低減[301],がん細胞の増殖促進への影響が最小限[302, 303],腎機能低下がないため被ばく量が軽減[304, 305]が挙げられる。副作用は頭痛,嘔気,嘔吐,全身倦怠感,めまい等があるが,その発現率は高いものではない。禁忌は,甲状腺刺激ホルモン製剤に対し過敏症の既往歴のある患者,妊婦,妊娠している可能性のある婦人及び授乳婦への投与である。

(4)患者視点の健康状態

rhTSH 法による利点としては,QOL の低下がない,rhTSH 法による欠点としては,医療費負担が大きいことが挙げられる。

高リスク症例に対する補助療法や遺残例,遠隔転移例に対する治療においてもrhTSH 法を用いた複数の前向き試験やメタアナリシスが報告され,その効果が従来法と同等であると評価[306~312]されているが,ATA ガイドラインでは推奨されておらず今後の課題である。なお,保健診療上は,補助療法におけるrhTSH の使用を妨げるものではない。個々の症例において,リスクを検討した上で,rhTSh を補助療法に用いることの可否を考慮することが必要である。

CQ34
進行再発甲状腺分化癌に対して放射線外照射は推奨されるか?

推奨
腫瘍による症状があり,かつ外科治療や放射性ヨウ素内用療法あるいは分子標的治療薬治療の適応がない症例においては,その緩和を目的として,放射線外照射による治療を推奨する(,コンセンサス+)。
文献の要約
(1)甲状腺癌の原発巣に対する適応

甲状腺分化癌は放射線感受性が高いとは言えず,手術や高線量が照射可能なヨウ素内用療法,あるいは分子標的治療が中心的治療法であり,放射線外照射の適応は残念ながら少ないとされてきた[313~315]。後ろ向き試験では,放射線外照射により,手術不能あるいは術後残存・術後再発腫瘍で局所再発の低減が報告され[316~321],またリンパ節転移症例にもその有効性が示され[317, 322],化学療法併用の有用性も報告されている[323]。特に近年,顕微鏡的残存腫瘍に対して追加外照射を行うことによって局所非再発率の低減が報告された[324, 325]。病理学的には乳頭癌において局所再発率が低減するとの報告もある[324]。このように手術やヨウ素内用療法の非適応例や,これらの治療後の追加治療として放射線外照射が行われる傾向にあり有効性も示されているが,一方でそれを否定する報告もある[326~328]。

放射線治療技術に関してもいくつかの報告があり,放射線外照射の照射野に関しては上縦隔リンパ節領域も含めた広範な照射で局所制御率が高かったとの報告[329330],照射線量に関しては 50Gy 以上で再発率の低減が報告されている[331]。さらに,三次元原体照射(3 Dimensional Conformal Radiation Therapy(3DCRT))や強度変調放射線治療(Intensity Modulated Radiation Therapy(IMRT))を用いると正常組織の照射線量が低減できる[321, 325, 332]ため,以前に問題となった放射線性脊髄障害[324, 333]等を避けることができ,腫瘍に対する照射線量を増大することが可能となった。今後,放射線外照射の適応は拡大されると考えられる[321, 325, 332]。

(2)甲状腺癌の転移巣に対する適応

転移をきたした症例で,骨転移による疼痛,脳転移による神経症状など,また局所腫瘍の進行による出血,喘鳴,上大静脈閉鎖,嚥下困難などの症状,あるいは近い将来その発生が生じる危険性のある場合に適応を考慮する。症状緩和に向けて手術療法,ヨウ素の集積のある場合は内用療法などを考慮し,放射線科・外科・整形外科,さらに緩和医療チームへのコンサルトが重要である。骨転移,脳転移,肺転移に対する放射線外照射は症状緩和に有効である[334]。脳転移に対するヨウ素内用療法は脳浮腫発生の危険性もあり,手術を勧める報告もあるが[335],3DCRT の進歩により短期照射での有用性も期待できる[336]。一般には3か月以上の予後が期待できる全身状態の比較的良好な患者が適応となる。

コラム3: 放射性ヨウ素内用療法に際しては,
事前に診断量(トレーサ量)I-131 シンチグラフィを行う必要があるか?

内用療法前に診断量のI-131 シンチグラフィは,病巣検出能に限界があることや手順の煩雑さなどから,必ずしも必要ではない。

放射性ヨウ素内用療法前にTSH 刺激下に診断量(トレーサ量)の検査シンチグラフィを行う意義は,病巣へのI-131 集積性を確認することにある。シンチグラフィで集積が確認された後に治療量のI-131 を投与すると,直前のI-131 集積が濾胞細胞および分化癌細胞のヨウ素摂取に影響を与え,治療時のI-131 病巣集積が低下してしまう可能性があることが指摘されている(stunning 現象)[337]。我が国では,I-131を大量投与する場合には発注を前週までに行っておく必要があるため,stunning 現象が臨床の場で問題になることはない。

治療前検査シンチグラフィのもう一つの問題点として,検査シンチグラフィの病巣検出能が治療時シンチグラフィに劣ることが挙げられる。システマティックレビューでは,再発リスクの高いと考えられる例では,診断量シンチグラフィ陰性でもサイログロブリン髙値の場合には治療を行う正当性が示唆されている[338]。

内用療法前の検査シンチグラフィは,病巣検出感度に限界があるため必ずしも推奨するものではない。しかし,治療適応を判断する一助として,治療までの待機時間に検査を組み込んでおくという考えもあり得る。

コラム4: 内用療法不応とは?

「内用療法不応」の判定にはI-131 集積判定のためのシンチグラフィ診断,進行性評価のための経過観察の画像診断,増悪判定での時間的判断をあわせた総合的な判断が推奨される。「内用療法不応」=「分子標的薬治療の適応」とは限らないので注意を要する。

甲状腺癌薬物療法委員会(日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会,日本核医学会の共同)から「放射性ヨウ素治療抵抗性の局所進行性,再発・転移性分化型甲状腺癌に対する分子標的薬治療の適応患者選択の指針」(以下,「指針」)が出され,放射性ヨウ素内用療法不応性に関する定義がなされた(一部改定,ver. 3)(表30)[339]。「内用療法不応」の定義において,I-131 集積判定では全身だけでなく,個別の病変で見るように記載し,感度の高いSPECT/CT の追加が望ましいとしている[340~341]。

診断量シンチグラフィで集積がない場合でも,治療量(3.7-7.4GBq)投与後のシンチグラフィで集積を示す病変は多いことから[342~345],診断シンチグラフィで「内用療法不応」の判断をすべきでないという意見もある。上記「指針」では,「放射性ヨウ素治療未実施の患者で,病状の急速な進行などのやむを得ない事情がある場合には,診断シンチグラフィで放射性ヨウ素の取り込みを確認することも許容される」との一文が追加されている。

進行性評価のための経過観察の画像診断では,CT, FDG-PET/CT が重要である。I-131 集積とFDG 集積は一般に反比例の関係にあるとされ,FDG-PET/CT が増悪を予見しうる可能性が示唆される[346, 347]。しかし,FDG陽性が必ずしも「内用療法不応」となるわけではないため,総合的な判断が必要である。

「内用療法不応」を判定する際に注意すべき点は,1)I-131 集積を示す病変と示さない病変が同一患者でも併存しえること,2)I-131 集積があっても進行,増大,増数する病変が存在すること,3)進行,増大,増数はしていても,その時間的な進行が遅いものと早いものがあること,である。I-131 集積を示さない病変があっても,その進行が遅ければ,比較的良好な予後を期待され,高いQOL を維持している患者も存在するため[348],I-131 集積を示さない病変の存在は必ずしも分子標的薬治療導入に直結するわけではない。すなわち,「内用療法不応」の定義,判断には,1)I-131 集積判定のためのシンチグラフィ診断,2)進行性評価のための経過観察の画像診断,3)血中サイログロブリン値[349]等を含めた経時的な増悪判定,が必要である。

Na/I シンポーター発現欠落等の遺伝子変異の関与から「内用療法不応」を説明しようとする研究も進みつつあり[350~352],一部の分子標的治療薬では放射性ヨウ素の取込みを促進する効果も認められている[353]。画像診断機器の普及もさらに期待される。これらの進歩に応じて,「内用療法不応」という定義,概念も今後変化すると思われる。

表30 「放射性ヨウ素治療抵抗性の局所進行性,再発・転移性分化型甲状腺癌に対する分子標的薬治療の適応患者選択の指針」による内用療法不応の定義(ver.3,2016 年12 月18 日現在)
http://www.jsmo.or.jp/thyroid-chemo/case/
(ホームページの記載を一部要約した。)

分化癌進行例

CQ35
反回神経浸潤例に神経合併切除は推奨されるか?

推奨◎◎◎
術前から反回神経麻痺の症状や所見を認める場合には神経合併切除を行うことを推奨する(,コンセンサス+++)。(CQ36 を参照)。
推奨◎◎
術前に反回神経麻痺の症状や所見を認めない場合には癌を遺残させないよう神経から鋭的に剥離し(いわゆるシェービング),神経を温存することを推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 予後(再発,癌死)
✓ 発声機能
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 反回神経だけに浸潤を認めた乳頭癌症例でシェービング部の再発は5%である。
  • 術前に反回神経麻痺を認めない場合,シェービング後に永続性声帯麻痺を呈する頻度は8–17%である。
  • 温存される反回神経の径が1/2以下でも,発声機能は83%の症例で保たれる。
  • 反回神経浸潤例における手術に関連した患者視点の報告はない。
文献の要約

本CQ に答える前向き研究は存在しない。報告されている文献はすべて後向き観察研究である。

(1)術前に反回神経麻痺を認める場合

術前から反回神経麻痺の症状や所見を認める症例において神経合併切除の有無から予後や発声機能あるいは患者視点の健康状態を検証した報告はない。こうした症例では癌の遺残なく神経を温存することは困難であり,かつ発声機能の回復も見込めないことから根治手術を目指して反回神経を合併切除し,併せて神経再建術を施行することが推奨される。

(2)術前に反回神経麻痺を認めない場合

Nishida らは術中に反回神経への浸潤を認めた乳頭癌45 例と濾胞癌5例の計50 例(気管浸潤28 例,遠隔転移7例)に対し23 例で反回神経温存(シェービング),27 例で反回神経合併切除を施行した(どのような理由で温存/切除を決めたかは不明)。放射性ヨウ素内用療法は行っていない。術後10 年までの無再発率は温存群で35%,切除群で44%,生存率は温存群で78%,切除群で52%,と切除群で予後不良であった(P 値は5%を超えており「有意差はない」)。温存群23 例のうち永続性声帯麻痺を呈したのは4例(17%)であった[354]。

Kihara らは温存される反回神経の径が1/2以下となる“partial layer resection”を施行した18 例を観察し,術後声帯機能は麻痺なし2例,一過性麻痺13 例,永続性麻痺3例であり,術後1年の時点で15 例(83%)は発声機能が保たれていたと報告している[355]。

Lang らは乳頭癌の手術中に反回神経への浸潤を認めた77 例(うち26 例は他臓器への浸潤あり)で39 例にシェービング,38 例に神経合併切除を行った(どちらを行うかは術者の判断)。全症例の69%が放射性ヨウ素内用療法(3.0-5.5 GBq)を,57%が外照射(40–50 Gy)を術後に受けた。シェービング例での永続性声帯麻痺は3例(8%)であった。Kaplan-Meier 法によると局所無再発率はシェービング例で77%,切除例で79%,疾患特異的生存率はシェービング例で76%,切除例で66%であった[356]。

Leeらは反回神経だけに乳頭癌の浸潤を認めた34 例のうち20 例でシェービングにより神経を温存できたが,14 例では温存できなかった(神経再建なし)。術後は全例が放射性ヨウ素内用療法(3.7–7.4 GBq)を,79%がTSH 抑制療法を受けた。シェービング例での永続性声帯麻痺は2例(10%)であった。シェービング例では4例(20%)に再発をみたが,うち1例はシェービング部での再発であった。平均85 か月の追跡期間で癌死を認めていない[357]。

CQ36
反回神経合併切除例で反回神経再建は推奨されるか?

推奨◎◎◎
切除と同時に再建することを推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 発声機能
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 神経再建後約1年以内に発声機能は回復する。
  • 神経再建術に関連した患者視点の報告はない。
文献の要約

反回神経を再建しても神経過誤再生現象(misdirected regeneration)は避けることができず声帯の動きは改善しないが,声帯内筋の萎縮を防止し発声機能は改善する。したがって反回神経合併切除例では,できる限り同時に再建を行うことが推奨される[358]。

反回神経の再建手技には,いくつかの方法がある。Miyauchi らは1)反回神経端々吻合,2)遊離神経移植,3)頚神経ワナ-反回神経吻合,4)迷走神経-反回神経吻合を報告している。反回神経麻痺患者の最長発声持続時間(MPT)は健常者よりも短いが,術後1年のMPT は反回神経を再建症例で声帯麻痺患者より有意に長い。MPT で評価した声帯機能回復までの時間(平均)は端々吻合(5例)で67日,頚神経ワナ-反回神経吻合(19 例)では89 日,遊離神経移植(8例)で147 日,迷走神経―反回神経吻合(2例)で約12 ヶ月であった[359]。また,MPT は性差があるが,発声効率指数(PEI;MPT/肺活量)では男女差で違いがないと報告している[360]。Ezaki らによる反回神経端々吻合7例と非再建10 例の調査[361],山田らによる再建22 例と甲状軟骨形成術12 例の調査でも神経再建症例で発声時間が長い[362]。Yumotoらも神経再建9例(大耳介神経間置法8例,端々吻合1例),非再建9例,披裂軟骨内転術4例を対象に調査を行い,神経再建で良好な発声機能が得られることを報告している[363]。

神経再建は,同時再建が二期的の再建より容易と考えられるが, 二期的再建も音声機能の改善に有効である[365, 366]。また,Meng らは,二期的再建の場合,神経再建は神経損傷後,2年以内に施行することがよいと報告している[366]。

CQ37
気管浸潤例に対して気管合併切除は推奨されるか?

推奨◎◎
気管合併切除を推奨する。ただし,その適応と方法は病期,腫瘍の広がり,手術合併症の危険,術後のQOL,予測される予後,治療チームの技量を十分に考慮して決定する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 予後(局所(気管部)再発,癌死)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • シェービング後の局所(気管壁)再発率は約5%である。
  • 気管合併切除・吻合再建では縫合不全により,稀ながら重篤な転帰となることがある。
  • 気管浸潤に関連した患者視点の健康状態についての報告はない。
文献の要約

甲状腺分化癌による気管浸潤は気道狭窄を起こしうるので,外科治療の役割は大きい。ただし,気道や食道は呼吸や発声,嚥下に関わる重要な臓器であり,手術合併症の懸念もある。気管合併切除の決定にあたっては術後のQOL と病期から予想される生命予後を十分に考慮する必要がある。

(1)気管合併切除後の生命予後

気管浸潤例の予後は根治的気管合併切除例で,非切除や不完全切除(肉眼的残存)例と比べて,良好との報告があるが[367~371],非切除や不完全切除例におわる症例は,完全切除例よりも進行度が高いことは容易に想像できるため,術式と予後の因果関係の証明にはならない。また,進行癌では他臓器浸潤の状況や術後治療も個々に異なるので報告されている気管合併切除後の生命予後は外挿しがたい。

(2)気管合併切除か,シェービングか

分化癌の浸潤が内腔(気管粘膜)に及ぶ深層浸潤例では気管合併切除が必要である。深層浸潤が明らかでない気管浸潤例においても合併切除は選択肢であるが,浸潤部を中心に気管表層を鋭的に切離して,内腔に達せずに腫瘍を切除する,いわゆるシェービングが可能である。気管合併切除は根治手術の可能性を高めるが,気管皮膚瘻または一期的再建などの形成術が必要となる。一方,シェービングは形成術を要しないが,切除断端に腫瘍を遺残させるかもしれない。これら術式の選択にあたって考慮するアウトカムは気管切除に伴うリスクと患者から見た健康状態,そしてシェービングで起こりうる局所再発である。

Shadmehr らは気管管状切除・吻合再建を行った18 例のうち2例で縫合不全を起こし,そのうちの1例が縦隔炎から敗血症になり死亡したと報告している[370]。Tsaiらも気管切除18 例のうち2例で縫合不全を経験し,うち1例は大血管への穿破で死亡した[372]。

シェービング後の臨床経過を調査した研究報告を表31 に示した。術後数年の経過であるが,局所(気管)での再発率はおよそ5%である[372~376]。Tsai らの報告は局所再発率が50%と高いがシェービングを行った全例で断端陽性であった。

患者から見た健康状態の研究報告はない。

表31 気管浸潤に対するシェービング手術の報告

373 374 375 372 376

CQ38
気管内腔に達する明らかな浸潤に対して,気管部分切除(楔型切除や窓状切除)よりも気管管状切除・再建が推奨されるか?

推奨
気管管状切除・再建は患者の疾患状況(腫瘍の解剖学的位置,病期,併存症,耐術能,予測される予後)と手術合併症の危険,術後のQOL,そして担当医療チームの技量を十分に踏まえ,患者や家族の意向を勘案したうえで実施することを推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 予後(局所(吻合部)再発)
✓ 手術合併症
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

気管管状切除・再建(端々吻合)では,

  • 再建(吻合)部の再発は極めて稀と思われる
  • 縫合不全の頻度は0–10%と報告されている
  • 手術関連死亡の頻度は0–8%と報告されている
  • 気管合併切除について患者視点の報告はない
文献の要約

分化癌の浸潤が内腔(気管粘膜)に及ぶ深層浸潤例では気管合併切除が必要である。その術式として気管管状切除・再建(端々吻合)や気管部分切除(楔型切除や窓状切除)がある。気管管状切除では離断後の再建術が必要となる。これら術式の選択にあたっては患者の状況(腫瘍の病期,併存症,耐術能,患者や家族の意向)に加えて担当医療チームの技量を十分に勘案する必要がある。その際に考慮するアウトカムは各術式に伴う局所再発のリスクと合併症,そして患者から見た健康状態である。

表32 には対象集団に明らかな気管浸潤症例を含む後向き症例集積研究の要約を示した[377~378]。

局所再発の頻度はあまり報告されていない。Ozaki らは気管管状切除・端々吻合の21 例で局所再発を認めていない[377]。Ebiharaらは窓状切術とその後に気管皮膚瘻孔の二次閉鎖を41 例に施行し,7例(17%)で再発を経験した[381]。その他の報告は再発の情報がないか,内容が不明である。

気管端々吻合の手術合併症として縫合不全がある。Ozaki らは重篤な合併症を認めなかった[377]。Grillo らは再建手術69 例で縫合不全を3例(4%)に,手術関連死(喉頭浮腫による気道閉塞)を1例(1%)に経験した[380]。Musholt らは「重大な合併症」を記載しているが,内容が不明である[378]。Nakao らの40 例では縫合不全が4例(10%)で発生し,うち3例が死亡(動脈穿破2例,縦隔炎1例)した[379]。Lin らの19 例でも縫合不全を2例(10%)に認めている[382]。

気管合併切除について患者視点からの研究はこれまで報告されていない。

なお,進行例の生命予後も重要な情報であるが,対象集団の病期によって大きく影響されるのでエビデンスとして採用することを控えた。

表32 対象集団に明らかな気管浸潤症例を含む外科治療の後向き症例集積研究

377 378 379 380 381 382
コラム5:気管喉頭,食道,縦隔進展例に対する治療と管理方法

気管喉頭,食道,縦隔進展例に対する切除は拡大切除となることも多く,腫瘍広がりと切除による手術合併症,術後のQOL と予測される予後を総合的に考慮し適応されるべきである。

甲状腺分化癌の局所進行(気道や食道浸潤,縦隔進展)に対する切除は,分化癌進行例の解説のように一定の見解が得られていない。しかし,局所進行の切除不能例は,気道閉塞や出血を伴うものも多く,分化癌の死因の多くを占める[383]。このため局所制御の観点からは,切除が推奨される。

甲状腺癌による周囲臓器への浸潤は,食道癌や喉頭癌が粘膜に発生し周囲に広がるのとは違い,これら臓器の外側から浸潤が始まり内方(内腔)に向かうこと,その進行は比較的緩徐であるという特徴をもつ。浸潤が内腔に達しないものも多く,また切除マージンを小さくできる可能性があり,腫瘍の切除と同時に機能温存を行える症例も多い。しかし,複数臓器に広範囲に浸潤が広がる場合には,切除不能や切除困難(腫瘍残存の可能性が高いや術後合併症のリスクが高い)な症例もある。

喉頭への浸潤は,甲状軟骨や輪状軟骨に直接浸潤し内腔に達するものや,甲状軟骨背側から傍声帯間隙に進展し内腔に達するものがある。またこれらは同時に咽頭にも浸潤する可能性がある。食道浸潤は,甲状腺癌の直接浸潤や転移リンパ節からの浸潤が多い[384]。またこれらの浸潤は単一臓器ではなく,複数臓器に及ぶ可能性が高い[385]。

輪状軟骨を含む気管浸潤の切除・再建は,管腔の確保と反回神経浸潤の有無から術後機能の予測が可能である。一方,甲状軟骨および喉頭内腔への浸潤では,切除・再建後の機能の予測は難しい。しかし,甲状軟骨浸潤を認めても表層にとどまるものでは,軟骨の合併切除(シェービングを含む)で対処でき,喉頭機能は温存されることが多い。頻度は低いが喉頭内腔(もしくは傍声帯間隙に深く)浸潤したものでは,浸潤の程度に応じた機能再建を考える必要がある。しかし,内腔浸潤を認めても,喉頭全体に浸潤が及ぶことは少なく,可能な限り喉頭全摘を避けたいところである。

食道浸潤は筋層にとどまることが多い[384]。筋層の合併切除で一部粘膜が露出したとしても,食道の管腔の保持という点では大きな問題はない。しかし,内腔浸潤のため食道合併切除を行った場合には,食道の再建が必要である。食道と共に喉頭を摘出した場合は,遊離空腸など管腔臓器の自家移植を行うことが多い。食道のみ部分切除(喉頭温存)を行った場合には,前腕皮弁など薄い皮弁が有効である。

喉頭や食道浸潤の切除は,気道や食道の内腔が露出するため不潔手術となる。周術期管理として術後感染を起こさないことが重要である。特に,再建部での瘻孔形成に注意が必要である。頸動脈や腕頭動脈の外膜切除や血管置換を行った場合の瘻孔形成は致死的な合併症となる可能性が高い。

さらに,縦隔内で気管や食道の切除が必要な場合,また縦隔大血管の操作が必要な場合は,縦隔炎や出血など致死的な合併症につながる可能性がある。縦隔気管孔を形成する場合の気管孔は,胸壁よりかなり深い位置に形成される。このため,DP(Deltopectoral flap)皮弁や大胸筋皮弁の利用やGrillo 手術[386]を行い,死腔を作らない工夫が必要である。縦隔内で食道切除が必要な場合は,通常は胃管や有茎結腸で食道を置換することが多い。

甲状腺分化癌の局所進行例に対する術後補助療法としての外照射は,前向き検討はなく,単施設からの報告のみであるが,微小残存例に対する術後照射は,局所再発までの期間を延長させるという報告がある[387, 388]。

局所進行の浸潤程度による予後の比較では,内腔浸潤例は表層浸潤例よりも局所および遠隔再発が多く,また再発までの期間も短いと報告され,生物学的特性の変化も示唆されている[389]。

術後治療(再発・転移を含む)

CQ39
甲状腺分化癌に対する術後補助療法として TSH 抑制療法は推奨されるか?

推奨×××
乳頭癌の超低リスク・低リスク症例に対してはTSH 抑制療法を行わないことを推奨する(,コンセンサス++)。
推奨◎◎
乳頭癌の中リスク症例に対しては術中所見と病理診断に基づいてTSH 抑制療法の適応を決定することを推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎
乳頭癌の高リスク症例に対してはTSH 抑制療法を行うことを推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎
濾胞癌では広汎浸潤型症例に対してTSH 抑制療法を行うことを推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 予後(再発,癌死)
✓ 有害事象
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 高リスクでない乳頭癌症例ではTSH 抑制療法に再発抑制効果はない。
  • 分化癌の再発・死亡抑制に軽度(“subnormal”)のTSH 抑制が関連する(リスク比0.05–0.37)との報告がある。
  • TSH 抑制療法は心血管系事象による死亡や骨密度低下との関連が示唆されている。
  • 患者の視点としてTSH 抑制療法の解除はQOL の明らかな改善には結びつかない。
文献の要約

(1)再発や癌死に対する抑制効果(表33

TSH 抑制療法の効果については2002 年にMcGriff が系統的レビューを報告した[390]。10 の観察研究を集約し,TSH 抑制療法を受けている症例は予後が良好であり,そのリスク比を0.73[95%CI:0.60-0.88]と推定した。ただし,このメタ分析は妥当性に懸念があり,推定されたリスク比の解釈は困難である[391]。

TSH 抑制の効果を検証する唯一のランダム化比較試験は日本で行われた[392]。Sugitani とFujimoto が対象とした乳頭癌433例は甲状腺外進展(Ex2)例が15%,明らかなリンパ節転移(cN1)例が38%と,いわゆるハイリスク症例は少なく,甲状腺全摘が施行されたのは15%であった。対象をTSH 抑制群(< 0.01μU/ml)と非抑制群に割り付け,平均6.9 年の追跡を行った。5年無再発率は抑制群で89%,非抑制群で91%,5年疾患特異的生存率は抑制群で98%,非抑制群で99%であり,抑制せずとも効果は劣らないことが示された。

観察研究からはTSH 抑制療法が有効と推測する報告もある。分化癌366 例を対象に前向き観察研究を行ったHovens らはTSH 抑制の程度と予後との間に関連があることを示した[393]。Carhill らはすべての病期で,TSH Score 2.0-2.9(”subnormal”) は Score 3.0-4.0 (”normal/elevated”)に比べて死亡や再発のリスク低下と関連するが,抑制の程度が強い TSH score 1.0-1.9 (”undetectable”) をTSHScore 2.0-2.9 (”subnormal”)と比較してもリスク低下とは関連しないことを報告した[394]。一方,Wangらによれば米国甲状腺学会のガイドラインで定義される low risk あるいは intermediate risk 症例に対するTSH抑制は再発抑止と関連しなかった[395]。

(2)有害事象

TSH 抑制療法に伴う有害事象として骨や心血管系の続発症,あるいは心理学的影響が懸念されているが,これらの関連を検証した観察研究の結果は分かれる[396]。Sugitani とFujimoto は再発抑制効果を検証するランダム化比較試験のなかで,女性患者を対象に腰椎骨密度への影響を調べ,TSH 抑制療法を受けた50 歳以上の女性で骨密度が有意に低下することを示した[392, 397]。Hesselink らはTSH 抑制療法を受けている甲状腺分化癌患者と一般人口対照群の予後を比較し,TSH 抑制群では心血管系死亡が3.35倍,全死亡が4.40 倍となることを報告した[398]。

(3)患者視点の健康状態

Eustatia-Rutten らは術後にTSH 抑制療法を10 年以上受けている甲状腺分化癌患者24 名を対象にTSH 抑制療法継続群とTSH 正常化群とでquality of life (QoL)を比較するランダム化比較試験を行った。QOL 測定に使われた調査票はSF-36,Mfi-20,HADS,SRS,SDS であり,甲状腺疾患に特異的な尺度は含まれていない。介入6カ月後の両群間比較で有意差を認めたのはSF-36 の「身体的問題による役割制限」(TSH 抑制群で良好)とMfi-20の「モチベーション低下」(TSH 正常化群で良好)のみであった[399]。

表33 甲状腺分化癌に対するTSH 抑制療法

392 393 394 395

CQ40
進行・再発甲状腺癌分化癌に対して,化学療法は推奨されるか?

推奨×
進行・再発甲状腺分化癌に対して殺細胞性抗癌薬による化学療法は行わないことを推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓ 抗腫瘍効果
✓ 有害事象
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • ドキソルビシン単剤での奏効率(CR+PR)は5%とする報告と31%とする報告がある。
  • ゲムシタビン+オキサリプラチン併用療法で奏効率は57%である。
  • 化学療法に関連した患者視点の報告はない。
文献の要約

殺細胞性抗癌薬として最も検証されてきたのはドキソルビシンである。

Shimaoka らによるドキソルビシン単剤(60 mg/m2 every 3 weeks) とドキソルビシン(60 mg/m2 every 3 weeks) + シスプラチン併用療法(40 mg/m2 every 3 weeks)のランダム化比較試験では対象に分化癌,髄様癌,そして未分化癌を含んでいた[400]。このうち分化癌35 例での効果はドキソルビシン単剤(16 例)でCR0%(95%CI 0-21%),PR31%(95%CI 11-59%),併用療法(19 例)でCR11%(95%CI 1-33%),PR5%で(95%CI 0.1-26%)あった。試験全体での重篤な有害事象はドキソルビシン単剤で4%,併用療法で12%であり治療関連死はなかった。Droz らは10 年間で49 例の転移を有する甲状腺癌(未分化癌を含まない)にドキソルビシンを含む5 つのレジメンを使用した経験を調査し,奏効率3%と報告した[401]。Matuszczyk らはヨウ素不応性の進行性乳頭癌または濾胞癌22例にドキソルビシン単剤(8 cycles of 15 mg/m2 weekly or 3 cycles of 60 mg/m2 every 3 weeks)を投与し,11 カ月の観察でPR5%,SD42%,PD53%と報告した[402]。

ドキソルビシンにインターフェロンαを併用した後ろ向き研究では,ドキソルビシン単剤と比較して奏効率に差はなく副作用が増加した[403]。エトポシドの前向き研究では,全例で無効であり研究は途中で中止された[404]。

Spano らは内用療法不応性14例を対象としたゲムシタビン+オキサリプラチン併用療法で奏効率を57%(CR7%, PR50%, SD28%)と報告したが,少数例の後向き解析であること(奏効率の信頼区間:29-82%)から,多数例での前向き試験で検証すべきとしている[405]。

本邦では甲状腺分化癌に対する化学療法において,保険が適用される殺細胞性抗癌薬はない。また報告されている奏効率の信頼区間は幅が広いことからその臨床使用は推奨されない。

CQ41
甲状腺癌治療として補完代替治療法は推奨されるか?

推奨×××
甲状腺癌の進行抑制や延命効果が確認できる補完代替治療法は存在せず,行わないことを強く推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 抗腫瘍効果
✓ 症状緩和効果
✓ 有害事象
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • なし
文献の要約

癌患者における補完代替療法は大まかに,(1)代替医療システム(伝統医学系統,民族療法,東洋医学など),(2)エネルギー療法(気功,レイキなど),(3)肉体的療法(カイロプラクティック,マッサージ療法など(4)精神・心体介入(精神療法,催眠,瞑想など),(5)薬物学・生物学にもとづく療法(漢方,サメ軟骨,アガリスク,食事療法,免疫療法など)の5 つに分類される。

補完代替療法の海外での利用は,標準的な癌治療に伴う有害事象や疼痛などの症状緩和や心理的不安の軽減などを目的にしているのに対し,本邦では癌に対する直接的な進行抑制や延命効果を期待して利用されていることが多い。さらに,利用者の大半が十分な情報収集や専門医師への相談を行わず,広告媒体や周囲の人からの勧めをもとに利用している状況がある。現在までに甲状腺癌の補完代替治療法に関しては, 使用頻度を調査した報告があるのみで[406],他の癌腫で見られるような化学療法の吐き気を軽減する効果,痛みや不安を取り除く効果も確認されていない。

また,ヨウ素摂取,特にヨウ素含有量が多い昆布などの食品の摂取が甲状腺癌の進行再発に影響を与えるエビデンスを示した検討は存在しない。

分子標的薬治療

CQ42
進行・再発甲状腺分化癌に対して,分子標的薬の使用は推奨されるか?

推奨◎◎◎
病勢進行が明らかな放射性ヨウ素内用療法不応性の進行・再発甲状腺分化癌に対して分子標的薬の使用を推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 有効性
✓ 有害事象
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 無増悪生存期間(中央値)はソラフェニブによって5 か月,レンバチニブによって15 か月延長した。
  • 疾患制御のNNT(number needed to treat)(治療開始後6か月まで)はソラフェニブが5,レンバチニブが2であった。
  • 主な有害事象(NNH(number needed to harm)=< 5)はソラフェニブ治療で手足の皮膚反応(2),下痢(2),脱毛(2),皮疹・落屑(3),体重減少(3),高血圧(4),疲労(4),食欲不振(4),口内炎(5)であり,レンバチニブ治療で高血圧(2),下痢(2),食欲不振(3),体重減少(3),口角炎(3),疲労(3),肢端紅斑異感覚症候群(3),タンパク尿(3),嘔気(4),嘔吐(5),頭痛(5),発音障害(5)であった。
  • 分子標的薬治療に関連した患者視点の健康状態についての報告はない。
文献の要約

進行・再発甲状腺分化癌に対する分子標的治療についてランダム化比較試験の結果を表に示した(表34)。

ソラフェニブはVEGFR-1-3,RET,RAF,PDGFRβをターゲットとするチロシンキナーゼ阻害剤である。過去14 か月以内に病勢進行し,甲状腺癌に対する薬物治療歴(分子標的薬,サリドマイド,化学療法)がない放射性ヨウ素内用療法不応性の局所進行または転移性甲状腺分化癌を対象としたプラセボとソラフェニブとの無作為化比較第3 相試験(DECISION 試験)が実施された[407]。ソラフェニブは主要評価項目である無増悪生存期間を統計学的有意に5 か月延長し,病勢進行のリスクをおよそ41%低下させ,奏効率12.2%を示した。クロスオーバー(プラセボ群も病勢進行後にソラフェニブ服用可能)の影響で全生存期間は両群間で有意差は認められなかった。主な有害事象は,手足の皮膚反応(76.3%),下痢(68.6%),脱毛(67.1%),皮疹/落屑(50.2%),疲労(49.8%)であり,主なグレード3以上の有害事象は手足の皮膚反応(20.3%),下痢(5.8%),疲労(5.8%),体重減少(5.8%),皮疹/落屑(4.8%)などであった。有害事象による治療中止は全体18.8%,日本人(12 例)50%(手足の皮膚反応,皮疹・落屑など)であった。

レンバチニブはVEGFR-1-3,FGFR-1-4,RET,c-KIT,PDGFR をターゲットとするチロシンキナーゼ阻害剤である。過去13 か月以内に中央判定にて画像で病勢進行が確認され,VEGFR を標的とする治療歴が1レジメン以内であるRAI 治療抵抗性の甲状腺分化癌を対象としたプラセボとレンバチニブとの無作為化比較第3相試験(SELECT 試験)が実施された[408]。レンバチニブは主要評価項目である無増悪生存期間を統計学的に有意に14.7 か月延長させ,病勢進行のリスクを79%低下させ,さらに奏効率65%を示した。VEGFR を標的とする治療歴を有した患者においてレンバチニブ投与群の無増悪生存期間は15.1か月と統計学的に有意に延長させ,ハザード比0.22 と良好な結果が得られた。クロスオーバー(プラセボ群も病勢進行後にレンバチニブ服用可能)の影響で両群の全生存期間は統計学的有意差を示さなかった。プラセボ群の無増悪生存期間はDECISION 試験のプラセボ群と比較して短かった(3.6 か月vs. 5.8 か月)ことから,SELECT試験では,DECISION 試験に比較してより病勢進行の早い患者が登録されていたことが示唆される。主な有害事象は,高血圧(67.8%),下痢(59.4%),疲労・無力症(59.0%),食欲減退(50.2%),体重減少(46.4%),悪心(41.0%)であり,主なグレード3以上の有害事象は高血圧(42%),体重減少(10%),蛋白尿(10%),倦怠感(9%)であった。日本人では高血圧(全グレード87%,グレード3以上80%),蛋白尿(全グレード63%,グレード3 以上20%)手足の皮膚反応(全グレード70%,グレード3 以上3%)などが全体より頻度が高かったが,治療中止となった頻度は少なかった(全体14.2%,日本人3.3%)[409]。

分子標的薬の適応と治療開始の時期

a)適応

本邦ではレンバチニブ,ソラフェニブともに「根治切除不能な甲状腺癌」に対して適応(効能・効果)が得られているが,「根治切除不能」という適応病名だけで投与の適応を決めるべきではない[410, 411]。根治切除不能な甲状腺分化癌ではまず放射性ヨウ素内用療法の適応を検討すべきであり,分子標的薬の適応はその適応がない場合に限る(内用療法不応性の詳細については,放射線治療のコラム4とそれに続く表を参照)。

現時点では術前・術後の補助療法に分子標的薬を使用する場合の安全性・有効性は確立していない。血管新生阻害剤であることから創傷治癒遅延・出血のリスクがある。よって,分子標的薬投与による腫瘍縮小後に外科的切除を行うことや術後の再発リスクが高い患者に補助療法として分子標的薬を投与することは勧められない。また,放射線照射歴のある部位からの再発腫瘍あるいは動脈浸潤・皮膚浸潤した腫瘍を有する患者において重篤な出血や出血死が報告されており,特に皮膚浸潤例では投与を慎むべきである。

b)治療開始の時期

転移・再発巣が内用療法不応性であっても比較的ゆっくりと進行することがあり,治療開始のタイミングは慎重に検討すべきである。NCCN のガイドラインでは急速な増大または症状を有する患者に分子標的薬の投与を考慮すべきとされている[413]。American Thyroid Association のガイドラインではこれらに加えて,切迫して命が脅かされる場合(病状悪化して治療が必要となる,かつ又は予後が6 か月未満と予想される)も分子標的薬の投与を考慮すべきとしているが[412],これを適切に判断するのは一般的に難しい。症状を有しない患者が症状出現または急速な増大を示すまで投与を控える(先延ばしする)ことで,動脈浸潤・皮膚浸潤による出血リスクの増加,QOL の悪化など患者に不利益をもたらす・投与の機会を失うリスクがある。よって,症状を有しない場合でも再発・転移を有する患者には積極的な経過観察が勧められる。定期的な画像診断にて転移再発腫瘍の動脈・脊柱管・気管・食道・皮膚などへの浸潤リスクの有無,腫瘍の増大スピード,血液検査にてサイログロブリン,抗サイログロブリン抗体の増減から,適切に出血・QOL 悪化のリスク,病勢進行の有無を判断すべきである。一概に急速な増大または症状を有する場合に治療開始するのではなく,治療に伴う益と害を考慮して患者の状態を適正に評価した上で,投与の適応・開始の時期を決めることが必要である。

分子標的薬の副作用管理

副作用は決して軽いとは言えず,特に投与開始初期は副作用の頻度,重症度も高い。たとえばレンバチニブの投与期間中央値は1 年を超えており,患者のQOL を悪化させないためにも,休止,減量,再開など細やかな副作用管理を必要とする。心筋梗塞,出血性梗塞,出血などの致死性の副作用もあり,患者・家族に事前説明を要する。また,薬物療法の副作用管理に精通した医師のみならず,副作用発現時に適切に対応可能な施設整備,患者教育も必須である。特に副作用を早めに察知して適切に対応することが重篤化を防ぎ,患者のQOL 悪化・副作用中止も抑制することにつながることを認識すべきである。

分子標的薬の選択

本邦では,根治切除不能な甲状腺分化癌に対してレンバチニブ,ソラフェニブの2剤が選択可能である。根治切除不能な再発・転移を有する癌患者の治療ゴールは,quality of life(QOL)を損なうことなく生存延長を示すことである。腫瘍の縮小は症状の改善に,長期の病勢コントロールや治療に伴う副作用がより軽く忍容性が高いこともQOL 維持につながると想像されるが患者視点の健康状態に関しては報告されていない。

レンバチニブ,ソラフェニブの2剤の直接比較のデータはないが,プラセボとの比較試験で示された有効性や副作用のプロファイルは異なる。ソラフェニブは皮膚毒性の頻度が高く,日本人では海外と比べて副作用による中止に至る患者が多かった。一方,レンバチニブでは高血圧,食欲不振,倦怠感の頻度が高いが,休薬や減量で管理可能であった。グレード3以上の手足皮膚反応の頻度も少なく,副作用による中止は日本人で1 例(3%)のみであった。

NCCN ガイドラインでは内用療法不応性の甲状腺分化癌患者の中でも急速な増大または症状を有する患者にレンバチニブ,ソラフェニブの投与を考慮すべきとされており[413],奏効率(CR+PR)が前者は65%であるのに対し後者は12%であったことから,同ガイドライン作成委員会はレンバチニブを“preferred agent”としている。臨床の現場においては両者薬剤の奏効率,増悪抑制効果,忍容性に関するエビデンスを提示したうえで選択の決断を患者と共有するのが良い。

なお,両剤ともVEGFRを標的とする薬剤の治療歴を有する症例に対する2 次治療としての有効性は検証されていない。

表34 進行・再発甲状腺分化癌に対する分子標的薬のランダム化試験

407 408

CQ43
進行・再発甲状腺髄様癌に対して,分子標的薬の使用は推奨されるか?

推奨◎◎◎
病勢進行が明らかな進行・再発甲状腺髄様癌に対して分子標的薬(バンデタニブ)の使用を推奨する(,コンセンサス+++)。
推奨◎◎
病勢進行が明らかな進行・再発甲状腺髄様癌に対して分子標的薬(ソラフェニブまたはレンバチニブ)の使用を推奨する(,コンセンサス+++)。

考慮したアウトカム

✓ 有効性
✓ 有害事象
✓ 患者視点の健康状態

エビデンス

  • 無増悪生存期間(中央値)はバンデタニブによって11 か月延長した。
  • バンデタニブによる疾患制御のNNT(治療開始後6 か月まで)は5 であった。
  • 主な有害事象(NNH=<5)は下痢(3),皮疹(3),TSH 上昇(3),高血圧(4)であった。
  • 患者視点の疼痛無増悪期間はバンデタニブによって有意に延長した(ハザード比0.61)。
文献の要約

進行・再発甲状腺髄様癌に対するバンデタニブのランダム化比較試験の結果を表に示した(表35)。

バンデタニブはVEGFR,RET,EGFR をターゲットとするチロシンキナーゼ阻害剤である。切除不能な局所進行・再発転移の甲状腺髄様癌を対象にバンデタニブとプラセボとの無作為化比較第3相試験(ZETA 試験)が実施された。バンデタニブは主要評価項目である無増悪生存期間を統計学的有意に延長させ,ハザード比0.46 と病勢進行のリスクを64%低下させることを示した[414]。バンデタニブの奏効率は43.7%であった。クロスオーバーの影響で全生存期間は両群間で有意差は認められなかった。主な有害事象は皮膚症状(82.7%),下痢(46.8%),高血圧(26.4%),悪心(23.4%),疲労(18.6%)であり,主なグレード3以上の有害事象として下痢(10%),高血圧(9%),QTc延長(8%),倦怠感(6%)などが認められた。

レンバチニブは,本邦における全組織型の甲状腺癌を対象とした第2相試験にて髄様癌に対して22%(95%CI:3-60%) の奏効, 無増悪生存期間中央値9.2 ヶ月を示した[415, 416]。また海外における甲状腺髄様癌を対象とした第2相試験にて奏効率36%(95%CI:24-49%),無増悪生存期間中央値9ヶ月と有用性が示されている[417]。

ソラフェニブは,本邦における甲状腺未分化癌,髄様癌を対象とした第2 相試験にて, 髄様癌に対して25%(95%CI:3-65%)の奏効を示した[418]。

分子標的薬の適応と治療開始の時期

髄様癌の治療体系については,CQ16-20を参照されたい。バンデタニブが「根治切除不能な髄様癌」に対して適応(効能・効果)が得られているが,「根治切除不能」という適応病名だけで投与の適応を決めるべきではない。すべての髄様癌の進行も決して早いわけではなく,分化癌同様にリスク・ベネフィットを考慮して患者の状態を適正に評価した上で,投与の適応・開始のタイミングを決めることが必要である。

分子標的薬の副作用管理

バンデタニブでは稀ながら間質性肺疾患(間質性肺炎,肺臓炎,肺線維症,急性呼吸窮迫症候群等)があらわれることがあり,息切れ,呼吸困難,咳嗽,疲労等の症状確認および胸部画像検査にて観察を十分に行う必要がある。また,QTc 延長があるので,定期的に心電図を実施する必要がある。さらに下痢,光線過敏症などの皮膚毒性にも注意する[419]。

分子標的薬の選択

本邦ではバンデタニブが「根治切除不能な髄様癌」に対して,レンバチニブ,ソラフェニブともに「根治切除不能な甲状腺癌」に対して適応(効能・効果)が得られており,根治切除不能な甲状腺髄様癌に対して3剤が使用可能である。3剤の直接比較のデータはないが,バンデタニブはプラセボとの第3相試験を実施しており,より質の高いエビデンスを有する。さらにグレード3以上の有害事象,有害事象中止の頻度が低いことから忍容性が高いことが示唆される。以上から,根治切除不能な甲状腺髄様癌に対してバンデタニブが他の2剤より推奨される。

VEGFR を標的とする薬剤の治療歴を有する髄様癌に対する臨床試験のデータがないことから,レンバチニブ,ソラフェニブの投与後に別の薬剤の投与を検討する場合は,十分なデータがないことを患者に説明する必要がある。

表35 進行・再発甲状腺髄様癌に対する分子標的薬のランダム化試験

414

CQ44
進行・再発甲状腺未分化癌に対して,分子標的薬の使用は推奨されるか?

推奨◎◎
根治切除不能の進行・再発甲状腺未分化癌に対する分子標的薬(レンバチニブ)は,特に期待される効果と予想される危険を十分に評価したうえでの使用を推奨する(,コンセンサス++)。

考慮したアウトカム

✓ 有効性

エビデンス

  • 未分化癌に対する部分奏効率はレンバチニブで27%(95%CI:6-61%),24%(95%CI:7-50%), ソラフェニブで0%(95%CI:0-31%),10%(95%CI:1-32%)である。
文献の要約

レンバチニブの添付文書に示された社内資料で未分化癌に対する部分奏効率は27%(95%CI:6-61%)とされている[420]。また,本邦における全組織型の甲状腺癌を対象とした第2相試験では未分化癌に対して24%(95%CI:7-50%)の奏効,無増悪生存期間中央値は7.4か月と報告されている[420, 421]。

ソラフェニブは,本邦における甲状腺未分化癌,髄様癌を対象とした第2相試験にて,未分化癌に対して0%(95%CI:0-31%)と奏効が認められなかった[418]。また海外で実施された甲状腺未分化癌を対象とした第2相試験においても奏効率10%(95%CI:1-32%),無増悪生存期間中央値1.9 か月とその有用性は示されなかった[422]。

分子標的薬の適応と治療開始の時期

未分化癌の治療体系については,未分化癌の項(CQ24~28)を参照されたい。切除不能の未分化癌は病勢進行が早く予後が悪いので,症状がなくても分子標的治療の適応を早急に検討する必要がある。分化癌に対する分子標的治療薬の項(CQ42)で述べた通りであるが,未分化癌ではとくに腫瘍の食道や気管などの周囲臓器・大血管・皮膚などへの浸潤の有無を評価して,瘻孔形成・出血のリスクを十分に勘案したうえで治療による益を考慮する必要がある。未分化癌は術後に再発リスクが高いが,レンバチニブには強い創傷治癒遷延効果があり,また前述の通り,現時点では術前・術後の補助療法の安全性・有効性は確立していないので,勧められない。

分子標的薬の副作用管理

CQ42 を参照

分子標的薬の選択

現在,進行・再発の未分化癌に対して,レンバチニブのみが保険適用である。ソラフェニブの未分化癌に対する有用性・安全性は確立していない[418]。

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