がん診療ガイドライン 公開にあたって

日本癌治療学会理事長
門田守人(大阪大学医学系研究科外科学講座)

今日の医学・医療分野の基礎研究、臨床研究の新展開についてはめざましく、確実な日進月歩の進展を感じとることができる。さらにあらゆる領域のglobalizationとネットを介しての情報伝達の普及から、それら情報の国際的・社会的共有化を生じている。その結果として医療においては、「患者の権利」と「医療従事者の義務」の両視点からコンセンサスを得た標準的診療法とくに治療法の提案の必要性が迫られている。臨床上の判断には患者個人の死生観・生命哲学への尊重と倫理感が大きく関与するため、標準的診(治)療の提案をすることが、標準的医療を基礎として良質な個別化医療の提供が可能となり、そのための情報提供が必要とされている。一方、 “個別化”医療とひと言で表現するその内容については、極めて複雑かつさまざまな情報の収得と過程を経て実施されるものである。先にも述べたように、人の意志決定においては、価値観や生命観の差、心理・精神反応の差、遺伝的素因による物理学的な個体差、疾患特性の差そして患者を支える因子(人間関係、経済的状態など)の差、などさまざまな背景因子が関与する。また、提供する医療技術についてはそれが高度であればあるほどvariationを生じうるため、ひとつの診療方針の決まる経緯については如何に複雑なものとなりうるかについては、想像するに難くない。そのような状況の中で、各々の時代の社会的背景を熟慮した上で、誰が客観的な臨床的判断の材料となる標準的な医療内容の提案を行うべきかについては、当然のごとく、専門家による努力に期待が寄せられよう。

日本癌治療学会はがん診療という専門性を同じくする医師・研究者・コメディカルが、学術内容の高度化を図ることを目的として集う学術団体で、本邦のがん診療に重要な役目を果たしてきた歴史を有す。そして今日においては、がん診療全般に渡る学術的知見の提供と一定の医療水準の担保と保証を社会に提示していく立場にあるとも考えている。21世紀の国民死亡の3人に1人ががんによるものとされることが明らかとなっており、その担癌状態にある患者数の多さを考えると、日本癌治療学会としては標準的がん診療内容を国民とともに共有し、共に納得を得ていく機会をつくることができることを願うものである。そこでがん診療ガイドラインの作成促進とそこに記載される標準的診療を公表することによって、上記の目的達成が第一歩と考え、それを計画・推進してきたところである。この間、併せて、各専門領域の学術団体とは上記目標達成のために連携を形成してきた。このたび一定の水準に到達した、すなわち専門領域学会の承認を経て本学会のがん診療ガイドライン評価委員会での検討を経たがん診療ガイドラインに限って、本学会のホームページにおいて、少なくとも診療(治療)アルゴリズム、アルゴリズムに関わるガイドライン説明内容(簡略版もありうる)、重要関連構造化抄録の掲載(基本的には50-60編)を公表できる段階に至ったことは、会員とともにその意義の大きさを分かち合いたいと思っている。

本事業の開始にあたってその主旨をご理解をいただいた前理事長北島政樹先生、また発案者である前委員長佐治重豊先生に敬意を表するとともに、公開する資料の一部については、2005年度、2006年度の2年間に渡り厚生労働科学研究費補助金を受けたものであることを御紹介申し上げたい。そして何よりもこれまでの事業に尽力されてきた本学会の会員諸氏そしてそれを支持して下さりご支援をいただいた各専門系学会・研究会へ謝辞を申し述べさせていただく。