がん診療ガイドライン 作成の経緯と組織体制

I.開始にあたって

提供する医療の質向上を目指して「EBMの実践」が基本的な要求との潮流が本邦における新たな医療展開となっている。その一環として科学的エビデンスに基づいた治療ガイドラインの作成とその普及の必要性が認識され、がん診療領域にもEBMの実践が待望されていた。このような状況を鑑み、日本癌治療学会としては、各種関連学会・研究会で提唱された基本的診療や基本的治療、およびその根拠となる重要論文・医薬品プロフィールを集積し、それらの医療情報を統合的にインターネット上に公開しようとの事業を平成13年から計画してきた。それ以後、ガイドライン作成にあたって日本癌治療学会としての基本的姿勢として、各種がんの診療・研究に携わる本邦の代表的な各種学術団体と密接な連携を取り、かつ明らかなエビデンスのない点に関しては専門家の経験的意見に基づいたコンセンサスを重視すべきとの原則を貫くこととした。さらに学術的視点からのガイドライン内容の作成にあたっては、学術組織との連関によるコンセンサスの形成という過程を必要十分条件とする最小限の整合性を図ることも確認してきた。的確な医療提供という基本原則を貫くためには、充分な吟味に至った内容をガイドラインとして公開すべきで、その過程としての方法論に位置付けられている「コンセンサスミーティング」や「ネット上でのガイドライン案公開後の意見収集」などについては実施していただくこととしている。その上で、第3者的組織によるガイドライン内容評価の過程を経て、公表していくとの流れを徹底してきた。がん診療に携わる臨床医にはもちろん、がん診療を受容する患者にその科学的情報を提供できるのならば、患者と臨床医(医療関係者含む)の双方が、がん診療に関わる基盤的情報を共有できることとなる。このことによって、相互に理解・納得がより深くなり、有用で効率の良いインフォームド・コンセントが可能となることに期待を寄せるところである。この事業が担がん患者、がん診療医療従事者のいずれの立場であっても共に望ましい医療環境作りに参加し、本邦のがん医療の質と成績の向上に繋げたいとの願いで、ネット上でがん診療ガイドライン内容を公開することはその第一歩と考えている。

さて、国内・外からのがん医療情報は加速度的に増しており、EBM実践のためのエビデンス内容については、年々刻々、変化しているといっても過言ではない。一方、国家間には医療制度の大きな違いが存在し、たとえ最新のエビデンスが国際的に広く容認されたとしても、本邦の医療現場への導入については、民族的要因と経済的要因の二大要因から困難なこともありうる。その結果、日常臨床の場では、いずれの診療方針あるいは推奨内容が患者個人に対し最良であると伝えることができるのか否か、難しい状況を生じうる。したがって、各時点での原則的な基本的情報を医療従事者に対してはもちろん、患者にも提言していくべきとの環境作りが必要となる。確かに、今日において、新たな情報が数多く提供される中で、国民にとってはエビデンスとは別に効果への期待が予測されうる試験的治療(治験など)を享受したいという要望や、国際会議などで専門家のコンセンサスを得たがん診療を享受したいとの願望の発生することは当然である。人として、その選択の権利があることも真実である。したがって、医療を囲む複雑な社会的要因の存在を熟知しつつもエビデンスと制度の存在を重視し、その可能な限りの情報提供の実践とその実践がわれわれの成すべき医療であるとの基本的理念を普及させることが当学会のあらためての役割とも考えている。

当学会の長年に渡るガイドライン公開のための基盤作りに対する討論と成果に加えて、平成17年度からは2年間に渡って当該事業へ厚生労働省のご支援をいただくこととなった。その研究内容は、がん診療の中でも治療ガイドラインの公開に重点を置き、各種ガイドライン内容の概要の一部を当該学会のホームページ上で紹介するとともに、必要となる専門系学会のホームページとのリンクも考慮に入れたWeb化を図ることを根幹に置いている。厚生労働省から平成16年度以前にガイドライン作成事業としての研究支援を受けたことのない7がん種を選択し、それらのガイドライン作成あるいはガイドラインの改訂を行い、その上で治療アルゴリズム、アルゴリズムのkeyともなる関連箇所のガイドライン概説、そして関連する50-60件の構造化抄録を、上記展開へ反映させることが具体的業務となっている。

日本癌治療学会としては、各種関連学会や研究会からそれぞれの専門領域を代表する分科会委員あるいは厚労省研究班の分担研究者をご推薦いただき、診療ガイドラインの作成と公開方法を検討してきた。インターネット上の公開は、日本癌治療学会のがん診療ガイドラインのホームページから各種がん診療ガイドラインへとリンクする形式を基本にしたいと思ってきたが、専門系学会の当該事業の展開における解釈や経緯の差から歴史的、表現型の統一性には若干の難しさが存在している。現時点では、基本的情報提供システムの完成とその早期公開が重要と考えそのことを先行して開始するものである。がん診療アルゴリズムおよび構造化抄録についてはほぼ同一のフォーマットにて作成した。ここに今日(平成19年3月現在)までの成果とコンセンサス内容を紹介する。

本サイト公開にあたり、本事業の推進に格別のご理解・ご助力賜った各領域専門学会関係各位、また、本事業の発足当初から長きに渡り多大なご尽力を賜った北島政樹前理事長および佐治重豊前委員長に心からの謝意を表する。

(平田公一)