良質な診療ガイドラインの条件
良質な診療ガイドラインとは、それを用いて診療することにより、当該時点において最良の患者アウトカム(診療を受けた結果としての健康状態)が期待できるものである。医学・医療の歴史上、いつの時点でも、最良の患者アウトカムが得られるよう最も理に適った論理(パラダイム)が用いられてきたはずである。長い目で見ると、パラダイムは大きく変遷してきていて、診療ガイドラインをめぐる少々の混乱の原因は、われわれがまさにパラダイム変遷の端境期にいたことにある。
20世紀の後半は、サイエンスとしての生物医学を単に医療に応用さえすればよいという幻想が一時的に抱かれた時期でもある。しかしながら、生物医学がいまだ人体のメカニズムを完全には解き明かしていないため、個々の患者での医学的介入に対して何が起こるのか100%確実な予測は不可能であり、臨床研究を行って、どのような医学的介入を行ったならどのような患者アウトカムになったのかを確率数値で示し、それを参考にして患者に対応するのが、より理に適っていると考えられるようになった。そして確率数値をできるだけ真実に近い値にするためには、データが拠って出るところの標本を、質的にも量的にもできるだけ母集団に近づける必要がある。標本を、質的に母集団に近づけるためには無作為抽出(ランダム化)が望ましく、量的に母集団に近づけるためには対象数をできるだけ増やす必要がある。そうして、「世界中で行われた臨床研究論文すべてを渉猟したうえで、可能な限りランダム化比較試験の結論を参考に」という、現在の診療ガイドライン作成の基本原則が導かれたのである。この手順をEvidence-based Medicine(EBM)と言う。実際は、医療上の膨大なテーマすべてについて質の高い臨床研究が行われているわけではないので、当該領域の専門家のコンセンサスで最適な医療内容を決める必要のある場面が少なくない。したがって、厳密には、現時点で作成される診療ガイドラインはEvidence-based Consensus Guideline(EBCG)でなくてはならないということができよう。
理想的なEBCGは以下のような手順で作成されるものであり、これらの項目をできるだけ多く満たす診療ガイドラインが良い診療ガイドラインということになる。
- 作成の目的(テーマ)・対象・利用者が明確であること
- 作成および改訂予定のおおよその時期を記載していること
- 当該テーマに関わるすべての分野を代表する委員からなる作成委員会を設置すること (作成委員には、作成方法の専門家、医療経済学の専門家、当該疾患の経験者あるいは患者の代弁者が加わることが望ましい)
- 当該テーマに係る製薬会社などと作成委員が利益相反関係にないこと
- 当該テーマに係る問題点を幅広い視点から抽出してクリニカル・クエスチョンを作成していること
- 文献検索の方法(データベース、キーワードなど)を明示していること
- 推奨の作成に参考とした文献を選択した基準を明示していること
- 文献の批判的吟味の参考になるアブストラクト・フォームを作成していること
- 参考とした文献に、真実を反映している(=研究デザインやデータの収集・解析などのプロセスにバイアスが入っていない)可能性の大小によるエビデンス・レベルを付していること
- 一定の分類に基づいた推奨の強さ(グレード)を付していること
(推奨は、(1)エビデンスの質と数、(2)有効性の大きさ、(3)論文ごとの結論のばらつき、(4)臨床適応性、(5)害や費用に関するエビデンスなどについて考慮したうえでの総合判断であることが望ましい) - エビデンスに乏しいクリニカル・クエスチョンについての推奨作成の方法(コンセンサスに至る手順)が明示されていること
- 外部評価を受け、試行されていること
- 作成した診療ガイドラインが期待した臨床効果をもたらしたかどうか評価されていること
- 作成した診療ガイドラインを活用するうえでの留意点、とくに、推奨がどの程度の割合の患者に当てはまるのかが明示されていること
(エビデンスが日本人を対象としているものかどうか、今後わが国で行うべき臨床研究テーマとその優先度などが記載されていることが望ましい)
(福井次矢)