本ガイドラインでは,「エビデンスレベル」を,「治療による影響がどれくらいかを推定した時の確実さの程度」と定義した。エビデンスレベルは,委員会の合意に基づき,研究デザイン,研究の質,結果が一致しているか(consistency),研究の対象・介入・アウトカムは想定している状況に近いか(directness)から総合的に臨床疑問ごとに判断した。エビデンスレベルは,A からC に分けられており,それぞれ,「結果はほぼ確実であり,今後研究が新しく行われたとしても結果が大きく変化する可能性は少ない」,「結果を支持する研究があるが十分ではないため,今後研究が新しく行われた場合に結果が大きく変化する可能性がある」,「結果を支持する質の高い研究がない」ことを示す(表1)。
研究デザインは,エビデンスレベルを決定するための出発点として使用し,表2 の区別をした。
A(高い) |
結果はほぼ確実であり,今後研究が新しく行われたとしても結果が大きく変化する可能性は少ない |
---|---|
B(低い) |
結果を支持する研究があるが十分ではないため,今後研究が新しく行われた場合に結果が大きく変化する可能性がある |
C(とても低い) |
結果を支持する質の高い研究がない |
A | 質の高い,かつ,多数の一致した結果の無作為化比較試験;無作為化比較試験のメタアナリシス |
---|---|
B | 不一致な結果の無作為化比較試験;質に疑問のある,または,少数の無作為化比較試験;非無作為化比較試験※ 1;多数の一致した結果の前後比較研究や観察的研究※ 2 |
C | 少数の前後比較研究や観察的研究;症例報告;専門家の意見 |
※ 1:クロスオーバー比較試験を含む。
※ 2:無作為化比較試験の治療群または対照群を前後比較研究や観察的研究として評価したものを含む。
研究の質は,割り付けの隠匿,盲検化,追跡期間など研究そのものの質を指す。
結果が一致しているか(consistency)は,複数の研究がある場合に,研究結果が一致しているかを指す。
研究の対象・介入・アウトカムが想定している状況に近いか(directness)は,本ガイドラインの根拠となる研究を評価する際には特に問題となった。すなわち,対象(がん患者を対象としていない,痛みの種類が異なるなど),介入(同じ種類の薬物での試験はあるが同じ薬物での試験はない,投与量が国内で使用される投与量と異なるなど),アウトカム(消化管閉塞や骨合併症がアウトカムの研究結果を痛みの根拠としてよいか)の点について,結果を推奨の直接の根拠とすることができない場合が多かった。特に,対象については,緩和ケアの領域では,痛みなど症状の原因や病態による分類が確立していないため,均一の病態を対象とした研究は非常に限られていた。これらの研究をすべて除外して検討する選択もあるが,本ガイドラインでは,より適切な推奨を行うためには,類似のまたは均一ではない対象から得られた結果を問題に適用できるかを個々に検討することが望ましいと考えた。
例えば,対象に関しては,がん疼痛を対象として非オピオイド鎮痛薬をオピオイドと併用することにより痛みが緩和する複数の無作為化比較試験がある(エビデンスレベルA)が,この知見は突出痛に限定して実施された試験ではないため,突出痛ではエビデンスレベルはC とした。非がん患者の神経障害性疼痛に対して多くの鎮痛補助薬が鎮痛に有効であるとのメタアナリシスがある(エビデンスレベルA)が,がん患者には必ずしも当てはまるわけではないと考え,エビデンスレベルはB とした。
介入に関しては,モルヒネの徐放性製剤と速放性製剤とで鎮痛効果に差がないとするメタアナリシスがある(エビデンスレベルA)が,使用量は国内で一般的に使用される量よりも高用量が使用されているため,国内での一般的な使用量での結果には当てはまらない可能性があるためエビデンスレベルはB とした。がん疼痛に対してNSAIDs が鎮痛効果を示すというメタアナリシスがある(エビデンスレベルA)が,国内で主に使用されているNSAIDs が試験されているわけではないためエビデンスレベルはB とした。
アウトカムについては,骨合併症の減少をアウトカムとしたビスホスホネートのメタアナリシス(エビデンスレベルA)で痛みの改善も示されているが,痛みが主要評価項目ではないためエビデンスレベルはB とした。消化管閉塞の再開通や悪心・嘔吐をアウトカムとしたソマトスタチンやコルチコステロイドの複数の無作為化比較試験やメタアナリシスがある(エビデンスレベルA)が,痛みが主要評価項目ではないためエビデンスレベルはB とした。
以上のように,本ガイドラインでは,エビデンスレベルを研究デザインだけでなく,研究の質,結果が一致しているか,研究の対象・介入・アウトカムは想定している状況に近いかを含めて総合的に判断した。
本ガイドラインでは,「推奨の強さ」を,「推奨に従って治療を行った場合に患者の受ける利益が害や負担を上回ると考えられる確実さの程度」と定義した。推奨は,エビデンスレベルや臨床経験をもとに,推奨した治療によって得られると見込まれる利益の大きさと,利益と治療によって生じうる害や負担とのバランスから総合的に判断した。治療によって生じる「負担」には,全国のすべての施設で容易に利用可能かどうか(利用可能性,availability)も含めて検討した。
デルファイ法の過程において,委員が各推奨文を「1:強い推奨」と考えるか,「2:弱い推奨」と考えるかについての集計を行った。推奨の強さに対する意見が分かれた場合には,「専門家の合意が得られるほどの強い推奨ではない」と考え,「弱い推奨」とすることを原則とした。
「強い推奨」とは,得られているエビデンスと臨床経験から判断して,推奨した治療によって得られる利益が大きく,かつ,治療によって生じうる害や負担を上回ると考えられることを指す(表3)。この場合,医師は,患者の多くが推奨された治療を希望することを想定し,患者の意向もふまえたうえで,推奨された治療を行うことが望ましい。
「弱い推奨」とは,得られているエビデンスと臨床経験から判断して,推奨した治療によって得られる利益の大きさは不確実である,または,治療によって生じうる害や負担と拮抗していると考えられることを指す(表3)。この場合,医師は,推奨された治療を行うかどうか,患者とよく相談する必要がある。
1:強い推奨 | 推奨した治療によって得られる利益が大きく,かつ,治療によって生じうる害や負担を上回ると考えられる |
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2:弱い推奨 | 推奨した治療によって得られる利益の大きさは不確実である,または,治療によって生じうる害や負担と拮抗していると考えられる |
例えば,「非オピオイド鎮痛薬で十分な鎮痛効果が得られない,または,中等度以上の痛みのあるがん患者に対して,オピオイドを使用する」ことは,エビデンスレベルとしては,プラセボを用いた無作為化比較試験はほとんどないが,無作為化比較試験の1 群を前後比較研究とみなす場合も含むと多数の観察的研究がある。「治療によって得られる利益」として,オピオイドの投与を受けることで鎮痛効果が見込まれる。一方,「治療によって生じうる害や負担」としては,悪心,眠気,便秘が発現することがあるが,一過性であるか,あるいは,制吐薬や下剤の使用により対処することができる,また,せん妄など重篤な副作用が生じうるが頻度は少なく可逆性である,多くの場合は経口投与など負担の少ない方法で投与できると考えられる。以上から,「治療によって得られる利益は大きく,生じうる害や負担を上回る」と考えられるため,推奨の強さを「1:強い推奨」とした。
「オピオイドを開始する時は,患者の排便状態について十分な観察を行い,水分摂取・食事指導や下剤の投与など便秘を生じないような対応を行う」ことは,これまでに該当する質の高い臨床研究はない。しかし,「治療によって得られる利益」として,オピオイドによる便秘を予防することが期待でき,「治療によって生じうる害や負担」としては,重篤なものは考えられない。すなわち,「治療によって得られる利益は大きく,生じうる害や負担を上回る」と考えられるため,推奨度を「1:強い推奨」とした。
以上より,本ガイドラインでは,エビデンスレベルと推奨の強さから,以下の組み合わせの推奨文がある。それぞれの推奨文の意味を示す(表4)。
(森田達也,小山 弘,四方 哲)
臨床的意味 | |
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1A | 根拠のレベルが高く,治療によって得られる利益は大きく,かつ,生じうる害や負担を上回ると考えられる したがって,医師は,推奨した治療を行うことが勧められる |
1B 1C |
根拠のレベルは低い(B),または,とても低い(C)が,治療によって得られる利益は大きく,かつ,生じうる害や負担を上回ると考えられる したがって,医師は,根拠が十分ではないことを理解したうえで,推奨した治療を行うことが勧められる |
2A 2B 2C |
推奨した治療によって得られる利益の大きさは不確実である,または,治療によって生じうる害や負担と拮抗していると考えられる。根拠のレベルは,高い(A),低い(B),とても低い(C),以上のいずれかである したがって,医師は,治療を選択肢として呈示し,患者と治療を行うか相談することが勧められる |
1) Guyatt GH, Cook DJ, Jaeschke R, et al. Grades of recommendation for antithrombotic agents: American College of Chest Physicians Evidence-Based Clinical Practice Guidelines(8th ed.). Chest 2008;133(6 Suppl):S123-31(Erratum in:Chest 2008;134:473)
2) Guyatt GH, Oxman AD, Vist GE, et al;GRADE Working Group. GRADE:an emerging consensus on rating quality of evidence and strength of recommendations. BMJ 2008;336(7650):924-6
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