この項では,がん疼痛の薬物療法を考えるうえで,整理しておくべき用語の定義について本文から抜粋してまとめた。特に,国際的に定義が定まっていないものや,学会により異なる定義を採用しているものにつ いて取り上げた。定義や日本語訳が概ね定まっているものは取り上げていないため,本文中のすべての用語の定義を抜粋したわけではない。
ここに挙げた用語(日本語訳)や定義は,今後,日本緩和医療学会のみならず関連団体を含めて,用語の 統一を行っていく過程で変更される可能性がある。
治療による影響がどれくらいかを推定した時の確実さの程度。
推奨に従って治療を行った場合に患者の受ける利益が害や負担を上回ると考えられる確実さの程度。
実際に何らかの組織損傷が起こった時,あるいは組織損傷が起こりそうな時,あるいはそのような損傷の際に表現されるような,不快な感覚体験および情動体験(参照)。
〔注〕pain の日本語訳として,「疼痛」または「痛み」が用いられている。日本ペインクリニック学会では,「疼痛」は医学的によく用いられているがもともとは「うずくような痛み」を表す言葉で「痛み」の性状の一つとして理解されているため,pain の日本語訳としては「痛み」がより適切であるとしている。本ガイドラインでは,日本ペインクリニック学会の提言に従い,pain に対する日本語訳として「痛み」を用いた。ただし,「神経障害性疼痛」や「がん疼痛」のように単語の一部として一般的に使用されていると考えられる場合には,「疼痛」とした。
皮膚や骨,関節,筋肉,結合組織といった体性組織への,切る,刺すなどの機械的刺激が原因で発生する痛み(参照)。
食道,胃,小腸,大腸などの管腔臓器の炎症や閉塞,肝臓や腎臓,膵臓などの炎症や腫瘍による圧迫,臓器被膜の急激な伸展が原因で発生する痛み(参照)。
痛覚を伝える神経の直接的な損傷やこれらの神経の疾患に起因する痛み(参照)。
病巣の周囲や病巣から離れた場所に発生する痛み。
痛覚に対する感受性が亢進した状態。通常では痛みを感じない程度の痛みの刺激に対して痛みを感じること。
hyperalgesia
痛覚に対する感受性が低下した状態。通常では痛みを生じる刺激に対して痛みを感じない・感じにくいこと。
hypoalgesia
刺激に対する感受性が亢進した状態。
hyperesthesia
刺激に対する感受性が低下した状態。
hypoesthesia
自発的,または,誘発性に生じる痛みではない異常な感覚。不快を伴わない場合を『異常感覚【不快を伴わない】,paresthesia』,不快を伴う場合を『異常感覚【不快を伴う】,dysesthesia』と区別する。
通常では痛みを起こさない刺激(「触る」など)によって引き起こされる痛み。
allodynia
「24 時間のうち12 時間以上経験される平均的な痛み」として患者によって表現される痛み(参照)。
持続痛の有無や程度,鎮痛薬治療の有無にかかわらず発生する一過性の痛みの増強(参照)。breakthrough pain
予測可能な刺激に伴って生じる突出痛。
predictable breakthrough pain
痛みの出現を予測できない突出痛。
unpredictable breakthrough pain
痛みの誘因がない突出痛。
spontaneous pain
〔注〕spontaneous pain とは,特定できる誘因がなく生じる突出痛を指す言葉であり,idiopathic pain と呼ばれることもある。本ガイドラインでは,「誘因のない突出痛」と訳した。
特定の動作や兆候に伴って生じる痛み。i
ncident pain
意図的な体動に伴って生じる痛み。
pain with movement, movement-related pain
消化管の攣縮に伴う痛み。ぜん動痛と呼ばれることがある。
colicky pain
定時鎮痛薬の血中濃度の低下によって,定時鎮痛薬の投与前に出現する痛み。
end-of-dose failure
「灼けるような」痛み。
burning pain
発作的に生じる,「槍で突きぬかれるような」(lancinating pain),「ビーンと走るような」(shooting pain)痛み。
がん自体が原因となって生じる痛み(参照)。
〔注〕「がん患者にみられる痛み」は,がんによる痛み,がん治療による痛み,がん・がん治療と直接関連のない痛みに分類される。本ガイドラインでは,そのうち,「がんによる痛み」を「がん疼痛」とした。
①痛みの原因の評価と②痛みの評価からなる一連の痛みの評価(参照)。
〔注〕「包括的評価」には患者の精神・心理・スピリチュアルな評価を含めるのが一般的であるが,本ガイドラインでは,最小限必要な評価として,痛みの原因の評価,痛みの評価について主に検討した。
適切で効果的な疼痛緩和を行うために,患者の体験に焦点をあてた包括的評価,痛みの治療やケア(薬物療法,その他の治療,非薬物療法,ケア)および,継続的な評価を含めた多職種で行う過程。
次のうちいずれか1 つを含む行動によって特徴づけられる一次性の慢性神経生物学的疾患。①自己制御できずに薬物を使用する,②症状(痛み)がないにもかかわらず強迫的に薬物を使用する,③有害な影響があるにもかかわらず持続して使用する,④薬物に対する強度の欲求がある(参照)。
〔注〕「自己制御できずに薬物を使用する」,「有害な影響があるにもかかわらず持続して使用する」などの行動によって特徴づけられる症候群は,英語圏では,psychological dependence(精神依存),addiction(嗜癖)などと表現され,それぞれ詳細は異なるが類似した定義で用いられている。本邦では,「麻薬中毒」という言葉が法律用語として使用されているが,本来,「中毒」とは医学的には薬物の大量投与といった急性・慢性中毒を示す用語(intoxication)であるためこの症候群の呼称としては正確ではない。
以上から本ガイドラインでは,医学的な記述の部分では,最も適切だと考えたPortenoy らのaddiction(嗜癖)の定義を,よりわかりやすくかつ医学的な中毒とも区別できる「精神依存」という日本語訳を用いて使用することとした。一方,患者の言葉として表現される場合や研究論文として使用されている表現を引用している部分では,「麻薬中毒」や「依存症」と表現した。
突然の薬物中止,急速な投与量減少,血中濃度低下,および拮抗薬投与によりその薬物に特有な離脱症候群が生じることにより明らかにされる,身体の薬物に対する生理的順応状態(参照)。
初期に投与されていた薬物の用量で得られていた薬理学的効果が時間経過とともに減退し,同じ効果を得るためにより多くの用量が必要になる,身体の薬物に対する生理的順応状態(参照)。
麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称(参照)。
〔注〕本ガイドラインでは,簡便のため「オピオイド鎮痛薬」を「オピオイド」と記載した。
オピオイドの副作用により鎮痛効果を得るだけのオピオイドを投与できない時や,鎮痛効果が不十分な時に,投与中のオピオイドから他のオピオイドに変更すること。オピオイドローテーションともいうが,この場合は,数種類のオピオイドを順に変更していくことを指すため,意味が異なる。本ガイドラインでは,日本の状況を鑑みオピオイドスイッチングを用いることとした(参照)。
〔注〕オピオイドの投与経路の変更をオピオイドスイッチングに含む場合があるが,本ガイドラインでは薬物の変更のみをオピオイドスイッチングと定義する。日本語訳は「オピオイドの変更」とした。
疼痛時に臨時に追加する臨時追加投与薬。
〔注〕英語ではrescue dose と表記される。rescue doseには,レスキュー薬,レスキュー投与,レスキュー投与量の意味がある。これまで,レスキュー薬は「レスキュー・ドーズ」と表記されていたが,本ガイドラインでは,日本緩和医療学会用語委員会における検討をふまえ,「レスキュー薬」を用いることとした。
主たる薬理作用には鎮痛作用を有しないが,鎮痛薬と併用することにより鎮痛効果を高め,特定の状況下で鎮痛効果を示す薬物(参照)。
〔注〕制吐薬など鎮痛薬の副作用対策を行う薬剤を含めて鎮痛補助薬と呼ぶ場合もあるが,本ガイドラインでは副作用対策の薬剤は除き,鎮痛効果をもつ薬剤を鎮痛補助薬とした。
ドパミンD2受容体に対して高い親和性をもつ拮抗薬であり,ハロペリドールやクロルプロマジンなどに代表される抗精神病薬。
1980 年代後半より導入された新規抗精神病薬。従来の抗精神病薬と比較して,ドパミンD2受容体以外の神経伝達物質受容体に対しても選択的に作用し,錐体外路症状を中心とした中枢神経に対する副作用が少ない。
オピオイド作動薬が存在しない状況では作動薬として作用するが,オピオイド作動薬の存在下ではその作用に拮抗する作用をもつ鎮痛薬(参照)。
非オピオイド鎮痛薬・オピオイドによる疼痛治療のこと。
〔注〕本ガイドラインで使用するフローチャートなどの簡便化のため,「特定の病態による痛みに対する治療」と異なり,どのような痛みであっても利用する疼痛治療である非オピオイド鎮痛薬とオピオイドによる疼痛治療を「共通する疼痛治療」と便宜的に表現した。
オピオイドを十分に増量しても鎮痛効果が得られない,または痛みがあるにもかかわらず副作用のためにオピオイドを増量できないこと。
inadequate analgesia
局所麻酔薬や神経破壊薬,熱などにより神経の伝達機能を一時的・永久的に遮断することによって,または,オピオイドなど鎮痛薬の硬膜外腔・クモ膜下腔への投与によって鎮痛効果を得る手段(参照)。
〔注〕狭義の神経ブロックは一般的に前者を指し,後者とあわせたものを麻酔科的鎮痛(anesthesiological procedure)と呼ぶことがあるが,本ガイドラインでは,簡便に,両方あわせて「神経ブロック」と呼ぶ。
腸管内容物の通過が遅延・停滞し,排便に困難を伴う状態。
(余宮きのみ,森田達也)