制吐薬適正使用 〜診療ガイドライン
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総 論
がん薬物療法を行う医療者のstate-of-the-art は,最適な治療方針のもとに適切な薬物療法を選択し,安全に,苦痛と後遺症を最小限にしながら,治療強度を維持して最大限の効果を導くことである。各がん種における治療ガイドラインが整備され,Cancer Board も充実してきたことで,適切な薬物療法の選択が容易になされるようになった。さらに各施設内では薬物療法のレジメンを登録制にして管理するようになり,電子カルテの普及による自動計算も導入され,処方に至るまでは一般化され安全性も担保されてきている。しかし,投与後の反応には個体差があり,副作用として出現する苦痛に対してはさらに個別の対応になるため,各種支持療法は熟知しておく必要がある。がん薬物療法によって発現する悪心・嘔吐(chemotherapy-induced nausea and vomiting; CINV)は,催吐の機序が解明され,そこに作用する薬剤が開発された現状においても,患者が苦痛と感じる代表的な副作用であるため,これを適切に制御することは重要な意味をもつ。わが国では,海外のガイドラインを参考に,現状に即したガイドラインを作成し,評価も行なってきた1, 2)。の登場や新たな制吐に関するエビデンスの新出があり,これらを含めた制吐薬適正使用ガイドライン2015 年10 月(第2 版)一部改訂版(ver.2.2)の公開に至った。
1)悪心と嘔吐
悪心は嘔吐しそうな不快感であり,延髄嘔吐中枢の求心性刺激の認識を表す。また,嘔吐は胃内容物を強制的に排出させる運動で,幽門部が閉ざされ胃底部や下部食道括約筋の弛緩と横隔膜や腹筋の収縮によって胃の内容物が排出され引き起こされる。嘔吐中枢に影響を及ぼす病態に反応して起こり,入力経路としては,大脳皮質(頭蓋内圧亢進,腫瘍,血管病変,精神・感情など),化学受容体(代謝物,ホルモン,薬物,毒素など),前庭器(姿勢,回転運動,前庭病変など),末梢(咽頭〜消化管・心臓・腹部臓器などの機械受容体,消化管など化学受容体など)がある。
悪心・嘔吐は,図1(抗がん薬による悪心・嘔吐のメカニズム)に示すように,上部消化管に優位に存在する5-HT3受容体と第4 脳室のchemoreceptor trigger zone(CTZ)に存在するNK1受容体, ドパミンD2受容体が複合的に刺激され,延髄の嘔吐中枢が興奮することで悪心を感じ,さらに遠心性に臓器の反応が起こることで嘔吐すると考えられている。化学受容体で作用する神経伝達物質としては,セロトニン,サブスタンスP,ドパミンなどが知られており,これらと拮抗する薬剤などが制吐薬として用いられている(表1: 本ガイドラインで取り上げられている制吐薬一覧)。また,発現の状態により以下のような分類があり,各CQ にみるように,機序や背景を考慮した対応が行われている。
- 投与後24 時間以内に出現する急性の悪心・嘔吐(acute emesis)→CQ2
- 24 時間後から約1 週間程度持続する遅発性の悪心・嘔吐(delayed emesis)→CQ3
- 制吐薬の予防的投与にもかかわらず発現する突出性悪心・嘔吐(breakthrough nausea and vomiting)→CQ6
- 抗がん薬のことを考えただけで誘発される予期性悪心・嘔吐(anticipatory nausea and vomiting)→CQ9
図1 抗がん薬による悪心・嘔吐のメカニズム
分 類 | 薬剤名 | 剤形 | 本邦承認用量 | 参考CQ |
---|---|---|---|---|
副腎皮質ステロイド | デキサメタゾン | 注射剤 | 1 日3.3〜16.5 mg を1〜2 回に分割して静注,点滴静注** | 1,2,3,4, 5,6,7,10, 14,17 |
錠剤 | 1日4〜20 mgを1〜2回に分割して経口 | |||
メチルプレドニゾロン | 注射剤 | 250 mg を1 日2 回点滴静注 | 1,2,3,5, 6,14 |
|
5-HT3受容体拮抗薬 (第一世代) |
アザセトロン | 注射剤 | 10 mg(塩酸塩として)を1 日1 回静注*** | 1,2,3,4, 5,6,10,14, 16,18 |
錠剤 | 10〜15 mg(塩酸塩として)を1 日1 回経口 | |||
インジセトロン | 錠剤 | 8 mg(塩酸塩として)を1 日1 回経口 | ||
オンダンセトロン | 注射剤 | 4 mg を1 日1 回緩徐に静注*** | ||
錠剤 | 4 mg を1 日1 回経口 効果不十分には同用量の注射液を静注 |
|||
グラニセトロン | 注射剤 | 40μg/kg を1 日1 回静注,点滴静注*** | ||
錠剤 | 2 mg を1 日1 回経口 | |||
ラモセトロン | 注射剤 | 0.3 mg(塩酸塩として)を1 日1 回静注*** | ||
錠剤 | 0.1 mg(塩酸塩として)を1 日1 回経口 | |||
(第二世代) | パロノセトロン | 注射剤 | 0.75 mg を1 回静注または点滴静注 | |
NK1受容体拮抗薬 | アプレピタント | カプセル剤 | 1 日目125 mg を,2 日目以降は80 mg を1 日1 回経口 | 2,3,4,5, 8,14,16,17, 18 |
ホスアプレピタント | 注射剤 | 150 mgを1日目に1回点滴静注 | ||
ドパミンD2受容体 拮抗薬 |
ドンペリドン | 錠剤 | 10 mg を1 日3 回食前経口 | 2,6,10,18 |
坐剤 | 60 mg を1 日2 回直腸内 | |||
メトクロプラミド | 注射剤 | 7.67 mg を1 日1〜2 回筋注,静注 | 1,2,3,6, 7,10,18 |
|
錠剤 | 1日7.67〜23.04 mgを2〜3回に分割して食前経口 | |||
ベンゾジアゼピン系 抗不安薬 |
アルプラゾラム | 錠剤 | 0.4〜0.8 mg を治療前夜と当日朝(治療の1〜2時間前)に経口 | 6,9 |
ロラゼパム | 錠剤 | 0.5〜1.5 mg を治療前夜と当日朝(治療の1〜2時間前)に経口 | 1,2,6,9 | |
フェノチアジン系 抗精神病薬 (ドパミンD2受容体拮抗作用) |
プロクロルペラジン | 注射剤 | 5 mg を1 日1 回筋注 | 1,2,6,7, 10,18 |
錠剤 | 1日5〜20 mgを1〜4回に分割して経口 | |||
クロルプロマジン | 注射剤 | 10〜50 mg(塩酸塩として)を緩徐に筋注 | 18 | |
錠剤 | 1 日25〜75 mg(塩酸塩として)を2〜3 回に分割して経口 | |||
ブチロフェノン系 抗精神病薬 (ドパミンD2受容体拮抗作用) |
ハロペリドール | 注射剤 | 0.5〜2 mg を4〜6 時間ごとに静注 | 1,2,6,18 |
錠剤 | 0.5〜2 mg を4〜6 時間ごとに経口 | |||
ベンズイソオキサゾール系 抗精神病薬 (ドパミンD2受容体拮抗作用) |
リスペリドン | 錠剤 液剤 |
1.0〜1.5 mg を1 日1 回眠前に経口 | 2,18 |
多受容体作用抗精神病薬 (ドパミンD2・ヒスタミンH1・ 5-HT3・受容体拮抗作用) |
オランザピン | 錠剤 | 5〜10 mg を1 日1 回経口 | 2,3,6,18 |
プロピルアミン系 抗ヒスタミン薬 |
クロルフェニラミン | 注射剤 | 5 mg(マレイン酸塩として)を1 日3〜4 回静注,皮下注 | 18 |
散剤 | 2〜6 mg(マレイン酸塩として)を1 日2〜4 回経口 |
わが国では悪心・嘔吐に対して承認されていない薬剤は背景を着色している。なお,用量は制吐薬として一般的に使用される量を記載した。
*注射薬中の含量はデキサメタゾン3.3 mg/mL,リン酸デキサメタゾンナトリウム4 mg/mL である。
**効果不十分には同用量を追加投与可。
2)がん患者に対する悪心・嘔吐の治療の基本
- ① がん薬物療法における悪心・嘔吐の治療目標は発現予防であるが,過不足ない適切な治療を行うことが目標であり,過剰になることは慎むべきである
- 投与予定の抗がん薬の催吐性リスクに応じて,適切な制吐薬を使用する
- 悪心・嘔吐発現のリスクのある期間,最善の予防を行う
- ② 制吐薬は経口薬,注射薬のいずれも有効性は同等である
- ③ 各種制吐薬特有の副作用を考慮する
- ④ 制吐薬の選択は,予定する抗がん薬の催吐性リスク,過去の制吐療法の効果,患者背景因子を考慮して決定する
- ⑤ がん治療に直接起因しない悪心・嘔吐の原因
- 腸管の部分狭窄や完全閉塞
- 前庭機能障害
- 脳腫瘍(脳圧亢進状態)
- 電解質異常(高カルシウム血症,低ナトリウム血症,高血糖)
- 尿毒症
- オピオイドを含む併用薬剤
- 腸管運動麻痺(原病腫瘍,ビンクリスチンなどの抗がん薬,糖尿病性自律神経障害など)
- 過剰分泌(頭頚部がんでの流涎など)
- 悪性腹水
- 心因性要因(不安,予期性悪心・嘔吐)
- ⑥ 放射線治療やがん薬物療法とは無関係の悪心・嘔吐に対しても制吐療法を行う
- ⑦ 多剤併用療法においては最も催吐性リスクの高い薬剤に対する制吐療法を選択する
- ⑧ 最小度リスク抗がん薬の投与時,胸やけや消化不良症状の訴えに対しては,H2受容体拮抗薬,またはプロトンポンプ阻害薬を考慮する
- ⑨ 自己管理に関する患者教育・指導
- 我慢しないことを含めた患者自身によるセルフアセスメントの認識と,患者日記等による記録の推進に関する教育
- 自宅における,定期的な制吐薬のアドヒアランス維持と,突発的な悪心・嘔吐への対応に関する指導
- ⑩ 生活・環境における工夫や整備
- ゆったりとした服装
- 食生活の面では,少量ずつ回数を増やす,食べやすい性状にする,におい・味付け・温度等の配慮や,状況に応じた食事指導・栄養指導による栄養管理の徹底
- 外来治療室や自宅におけるにおいや換気等の治療環境・生活環境の整備と配慮
- ⑪ がん治療の一環として行われており,専門性を高めた多職種連携のチーム医療での実施が重要
3)本ガイドラインを用いた制吐療法
(1)悪心・嘔吐に対するリスクの把握
① 抗がん薬における催吐性リスク評価
がん薬物療法で誘発される悪心・嘔吐の発現頻度は,使用する抗がん薬の催吐性に大きく影響され,その程度を定義する分類は考案されているものの,確立されたものではない。本ガイドラインでは,海外のガイドラインと同様,制吐薬の予防的投与なしで各種抗がん薬投与後24 時間以内に発現する悪心・嘔吐(急性の悪心・嘔吐)の割合(%)に従って定義し,4 つに分類した。
- 高度(催吐性)リスク(high emetic risk): 90%を超える患者に発現する
- 中等度(催吐性)リスク(moderate emetic risk): 30〜90%の患者に発現する
- 軽度(催吐性)リスク(low emetic risk): 10〜30%の患者に発現する
- 最小度(催吐性)リスク(minimal emetic risk): 発現しても10%未満である
② その他の催吐リスク
上記の因子のほか,治療関連因子としては放射線照射(→CQ10)やオピオイド(→CQ18)があり,患者関連因子も指摘されているが(→CQ11),対処方法は今後研究を進めていく必要がある。
(2)注射抗がん薬における催吐性リスク評価
抗がん薬の種類,投与量,併用抗がん薬により催吐性は異なっており,本ガイドラインでは表2(注射抗がん薬の催吐性リスク分類)に示すようなリスク分類を行った。参考にした海外のガイドラインのコンセンサスレベルは高く,わが国のインタビューフォームの結果などと一致をみない内容もあるが2),国内のエビデンスを重視した作成委員会のコンセンサスのもとで決定した。
ほとんどの薬剤は単剤での分類となっているが,アントラサイクリン系抗がん薬とシクロホスファミドは2 剤併用療法の場合にHEC に含めた。多くのがん薬物療法に多剤併用療法が用いられており,原則,最大の催吐性リスクに対する制吐療法が推奨されるが,具体的な対応は第2 章の臓器がん別のレジメン一覧を参考にされたい。
わが国でのみ使用可能な薬剤は,承認申請時のデータ,市販後の代表的な臨床試験,製造販売後 使用成績調査のデータ等を用いて分類しているが,当時の評価方法が近年と異なっていることも あって不確実性が含まれていることに留意する。
分類 | 薬剤,レジメン |
---|---|
高度(催吐性)リスク high emetic risk (催吐頻度 >90%) |
|
中等度(催吐性)リスク moderate emetic risk (催吐頻度 30〜90%) |
カルボプラチン(HEC に準じた扱い) 非カルボプラチン
|
軽度(催吐性)リスク low emetic risk (催吐頻度 10〜30%) |
|
最小度(催吐性)リスク minimal emetic risk (催吐頻度 <10%) |
|
注1: 英語表記は本邦未承認。
注 2: 「 ※」は海外のガイドラインには記載がないが,わが国では使用可能な薬剤。
注3: 下線付きの薬剤は30 年以上前に開発された薬剤(アムルビシン,ネダプラチン,ピラルビシンを除く)。
(3)注射抗がん薬における催吐性リスクに応じた制吐薬の選択
がん薬物療法における基本的な制吐薬として,NK1受容体拮抗薬,5-HT3受容体拮抗薬,デキサメタゾンの3 剤があり,これらを催吐性リスクによって使い分けていく(→CQ2,3,制吐療法アルゴリズム,制吐薬治療のダイアグラム)。最近のQI 調査においては,催吐性リスクに応じた適切な制吐療法をどの程度行っているか,それを確実に行う体制が整備されているかが評価項目となっており,施設全体の取り組みであるという認識が必要である。
5-HT3受容体拮抗薬は,第1 世代,第2 世代と多くの種類があるが, 最大限の制吐効果を得るために最新の高価な薬剤を使っても有効性の優劣が明確でない場合もある。抗がん薬の催吐性リスクだけでなく, どの化学療法レジメンで, どのような制吐レジメンを用いるかで, 第一世代と第二世代の使い分けが示されており(→CQ4), 有効性が同等であればより安価な方を選択し適切に制吐療法を行っていくことが推奨される。
がん患者では,抗がん薬以外にも支持療法や併存症に対する治療薬を併用している場合が多いため,薬物相互作用によるそれぞれの薬効の変化にも留意した選択・用量調節が必要である(→CQ17)。
(4)経口抗がん薬における催吐性リスク評価と制吐療法
経口抗がん薬における催吐性リスクについては,MASCC/ESMO ガイドライン2016 を参考に作成委員会内でコンセンサスを確認し, それ以外の薬剤については承認申請時のデータ,代表的な臨床試験の報告をもって表3 に示すリスク分類とした。わが国で使用頻度の高いテガフール・ギメラシル・オテラシル(S-1)では,悪心の発現頻度は3〜54%,Grade 3/4 は0.2〜7.1%,嘔吐の発現頻度は14〜28%,Grade 3/4 は1.2〜4.3%と報告されており,軽度リスクに分類した。トリフルリジン・チピラシル(TAS-102)は悪心と嘔吐の発現頻度がそれぞれ48%,28%であることから中等度リスクに,アレクチニブは悪心の発現頻度が13%であり軽度リスクに分類した(→CQ2)。レンバチニブでは悪心の発現頻度が41%, Grade 3 が2.3%であり, 中等度リスクに分類した。
分類 | 薬剤 |
---|---|
高度(催吐性)リスク high emetic risk (催吐頻度 >90%) |
|
中等度(催吐性)リスク moderate emetic risk (催吐頻度 30〜90%) |
|
軽度(催吐性)リスク low emetic risk (催吐頻度 10〜30%) |
|
最小度(催吐性)リスク minimal emetic risk (催吐頻度 <10%) |
注1: 英語表記は本邦未承認。
注 2: 「 ※」は海外のガイドラインには記載がないが,わが国では使用可能な薬剤。
(5)制吐療法の評価
現在, 抗がん薬の副作用である悪心・嘔吐の評価方法としては, CTCAE (Common Terminology Criteria for Adverse Event) v4.0-JCOG 3)が用いられているが,これは制吐療法の評価方法ではない(→CQ12)。従来のわが国の制吐療法における臨床試験では,悪心・嘔吐が「ない」,「我慢できる」から,「ほとんど食べられない」といったチェック項目を患者に提示して個々の治療効果を示してもらうなどの方法がとられていた。最近の臨床試験では,がん薬物療法施行後0〜120 時間の完全制御割合,0〜24 時間の完全制御割合(急性),24〜120 時間の完全制御割合(遅発性)などが評価項目として用いられている(表4)。しかし,医療者は過小評価の傾向が指摘されており,悪心・嘔吐の予測がどの程度できているかの評価も重要である4)。また, 患者自身による主観評価にあたる Patient-Reported Outcome (PRO) の重要性も認識されてきており, がん臨床試験における患者の自己評価に基づき, 有害事象評価の正確性と高い精度のグレーディングを追及したツールとしてPRO-CTCAEが公開されてきており(表5), 日常診療として客観的評価とどのようにして関連づけて評価していくか等に関する検討が必要になるであろう5)。
完全奏効 |
嘔吐なし,救済*なし |
完全制御 |
嘔吐なし,救済*なし, 悪心なし,または悪心軽度 |
*救済=レスキュー治療
吐き気 |
この7日間で,吐き気はありましたか? |
||||||
なかった | ほとんどなかった | ときどき | 頻繁に | ほとんどいつも | |||
この7日間で,吐き気は一番ひどい時でどの程度でしたか? |
|||||||
そういうことはなかった | 軽度 | 中等度 | 高度 | 極めて高度 | |||
嘔吐 |
この7日間に,嘔吐はありましたか? |
||||||
なかった | ほとんどなかった | ときどき | 頻繁に | ほとんどいつも | |||
この7日間で,嘔吐は一番ひどい時でどの程度でしたか? |
|||||||
そういうことはなかった | 軽度 | 中等度 | 高度 | 極めて高度 |
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ③ Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
参考文献
1) 佐伯俊昭.制吐薬適正使用ガイドラインに関するアンケート調査.癌と化療.2015; 42: 305-11.
2) 渡部智貴,半田智子,加藤裕久.日本国内の臨床試験に基づく抗がん剤の催吐性リスク分類.癌と化療.2015; 42: 335-41.
3) 有害事象共通用語規準v4.0日本語訳JCOG版(CTCAE v4.0 - JCOG)
http://www.jcog.jp/doctor/tool/CTCAEv4J_20170912_v20_1.pdf(accessed January 18, 2018)
4) Tamura K, Aiba K, Saeki T, et al. Testing the effectiveness of antiemetic guidelines: results of a prospective registry by the CINV Study Group of Japan. Int J Clin Oncol. 2015; 20: 855-65.
5) PRO-CTCAE™ 日本語版.
https: //healthcaredelivery.cancer.gov/pro-ctcae/pro-ctcae_japanese.pdf(accessed January 18, 2018)
6) Yana T, Negoro S, Takada M, et al. PhaseU study of amrubicin in previously untreated patients with extensive-disease small cell lung cancer: West Japan Thoracic Oncology Group(WJTOG)study. Invest New Drugs. 2007; 25: 253-8.
7) Kimura K, Yamada K, Uzuka Y, et al. PhaseT study of N4-behenoyl-1-1-beta-d-arabinofuranosylcytosine and its phaseU study in adult acute leukemia. Current chemotherapy and immunotherapy. Proceedings. 12th International Congress of Chemotherapy, pp 1306-8, 1982.
8) 太田和夫.ネダプラチン(Nedaplatin)について.癌と化療.1996; 23: 79-87.
9) 塚越茂.Pirarubicin(THP-Adriamycin)について.癌と化療.1998; 15: 2819-27.
10) Fujiyama S, Shibata J, Maeda S, et al. Phase I clinical study of a novel lipophilic platinum complex(SM-11355)in patients with hepatocellular carcinoma refractory to cisplatin/lipiodol. Br J Cancer. 2003; 89: 1614-9.
11) 斉藤達雄.Nitrosourea 系新規抗癌剤ACNU{1-(4-Amino-2-methyl-5-pyrimidanyl)methyl-2-(2-chloroethyl)-3-nitrosourea hydrochloride}のPhaseTおよびPhaseUStudy.癌と化療.1977; 4: 105-18.
12) 正岡徹,他.造血器腫瘍性疾患におけるMCNU の臨床第Ⅱ 相試験.Chemotherapy.1985; 33: 271-8.
13) 木村禧代二.共同研究によるVidesine sulfate の固形腫瘍に対するPhaseUStudy.癌と化療.1983; 10: 2036-42.
14) 犬山征夫.ペプレオマイシン.癌と化療.1980; 7: 1498-504.
15) Schlumberger M, Tahara M, Wirth LJ, et al. Lenvatinib versus placebo in radioiode-refractory thyroid cancer. N Engl J Med. 2015 ; 372: 621-30.
16) Seto T, Kiura K, Nishio M, et al. CH5424802(RO5424802)for patients with LK-rearranged advanced non-small-cell lung cancer(AF-001JP study): a single-arm, open-label, phase 1-2 study. Lancet Oncol. 2013; 14: 590-8.
17) Vidula N, Rugo HS. Cycline-dependent linase 4/6 inhibitors for the treatment of breast cancer: a review of preclinical and clinical data. Clin Breast Cancer. 2016; 16: 8-17.
18) Goss G, Tsai CM, Shepherd FA, et al. Osimertinb for pretreated EGFR Thr790Met-positive advanced non-small-cell lung cancer (AURA2): a multicenter, open-label, single-arm, phase 2 study. Lancet Oncol. 2016 ; 17 : 1643-52.
19) Kantarjian HM, Shah NP, Cortes JE, et al. Dasatinib in newly diagnosed chronic-phase chronic myeloid leukemia: 2-year follow-up from a randomized phase 3 trial (DASISION). Blood. 2012; 119: 1123-29
20) Flaherty KT, Robert C, Hersy P, et al. Improved survival with MEK inhibitor in BRAF-mutated melanoma. N Engl J Med. 2012 ; 367: 107-14.
21) Dummer R, Duvic M, Scarisbrick J, et al. Final results of multicenter phase II Study of the purine nucleoside phosphorylase (PNP) inhibitor forodesine in patients with advanced cutaneous t-cell lymphomas (CTCL) (Mydosis fungoides and Sé zary syndrome). Ann of Oncol . 2014 ; 1807-12.
CQ1
経口抗がん薬による悪心・嘔吐をどのように治療するか
推奨グレード
C1 | 有効性を示した臨床試験のプロトコールを参照し,「何らかの支持療法」→「休薬」→「減量」の原則を守り,Grade 3 以上の悪心・嘔吐を発現させずに内服継続を図る。 |
---|
+ 背景・目的
近年,経口投与の抗がん薬が増えてきており,殺細胞性抗がん薬だけでなく,多数の分子標的薬も臨床導入されている。
以前よりわが国では,経口抗がん薬のうちフッ化ピリミジン薬の使用頻度が高く,大腸がんにおけるUFT/ロイコボリン,カペシタビン,胃がんにおけるS-1,肺がんにおけるUFT は比較試験により術後補助薬物療法の有効性が示されている。また,切除不能再発胃がんや大腸がんに対しても,S-1 やカペシタビン,UFT/ロイコボリン,大腸がんにおけるTAS102(トリフルリジン・チピラシル塩酸塩)は,ガイドラインで推奨されている治療の一つである。これらの経口抗がん薬は単回での催吐性リスクは少ないが,連日内服による消化器症状がある。
分子標的薬は,経口薬の方が悪心・嘔吐が多い傾向にあり,中でもクリゾチニブ,セリチニブ,レンバチニブ,パノビノスタットは30%以上の催吐性リスクがあるとされている(NCCNガイドライン2017)。
これら経口抗がん薬の治療効果を得るためには,服用アドヒアランスを損なわないよう悪心・嘔吐対策が重要である。
+ 解説
軽度リスクの経口抗がん薬に対して,MASCC/ESMO ガイドライン2016 では,制吐薬3 種類(5-HT3受容体拮抗薬,デキサメタゾン,ドパミン受容体拮抗薬)を単剤で使用することが勧められているが,最小度リスクに対する制吐薬の予防的使用は推奨されていない。一方,NCCN ガイドライン2017 では,軽度・最小度リスクの経口抗がん薬を含めて,悪心・嘔吐が生じた際にメトクロプラミド,プロクロルペラジン,5-HT3受容体拮抗薬などの連日投与(必要に応じてオランザピンやロラゼパムを併用)が推奨されている。しかし,経口抗がん薬に対する制吐薬の比較試験がないため,これらの推奨される制吐療法の信頼度は低い。ただし,これらの経口抗がん薬の有効性のエビデンスを示した比較試験のプロトコールをみると,Grade 2 の悪心・嘔吐が発現した場合にはおおむね支持療法を行うかまたは休薬し,支持療法によってコントロールできない場合には,投与量を一段階減量する,さらにGrade 3 の悪心・嘔吐が発現した場合は,投与量を一段階減量することが一般的である。したがって,がん薬物療法のエビデンスを示した臨床試験のプロトコールを参考に,日常臨床で使用されている薬剤を使用するほか,食事の工夫,カウンセリングなどの支持療法を実施し,コントロール不良の際は休薬し,抗がん薬を一段階減量して再開するという原則を守り,Grade 3 以上の悪心・嘔吐を発現させず,Grade 2の悪心・嘔吐が継続しないように内服を継続することが求められる。
また,高度・中等度リスクの経口抗がん薬に対して,MASCC/ESMO ガイドライン2016 では,5-HT3受容体拮抗薬,副腎皮質ステロイドの2 剤併用が推奨されている。NCCN ガイドライン2017 では,5-HT3受容体拮抗薬の経口連日投与が推奨されているが,シクロホスファミド,エトポシド,テモゾロミドでは,日常臨床において治療目的や放射線治療併用のために副腎皮質ステロイドが併用されていることが多い。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
CQ2
がん薬物療法後の急性の悪心・嘔吐をどのように予防するか
推奨グレード
A | 高度リスクの抗がん薬による急性の悪心・嘔吐に対しては,アプレピタント(もしくはホスアプレピタント)と5-HT3受容体拮抗薬およびデキサメタゾンを併用する。 |
---|
A | 中等度リスクの抗がん薬による急性の悪心・嘔吐に対しては,5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンを併用し,特定の抗がん薬を使用する場合は,それぞれの患者の状況に応じてアプレピタントを追加・併用する。 |
---|
B | カルボプラチン(AUC≧4)に対しては高度リスクの抗がん薬に準じて,アプレピタント(もしくはホスアプレピタント)と5-HT3 受容体拮抗薬およびデキサメタゾンを併用する。 |
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+ 背景・目的
抗がん薬の催吐性リスクは,高度,中等度,軽度,最小度の4 段階に分類される。良好な治療アドヒアランスを得て,がん治療を円滑に進めるためにも,催吐性リスクの適正な評価と個々の症例に応じた予防的対処を行う必要がある。
+ 解説
抗がん薬投与後,24 時間以内に出現する急性嘔吐は,抗がん薬の治療アドヒアランスを妨げる最も大きな要因の一つであり,その予防制吐効果の成否は遅発性嘔吐の治療効果にも影響を及ぼす1)。したがって,特に催吐性リスクが高度および中等度の抗がん薬投与に際しては,急性嘔吐を未然に防ぎ,さらに遅発性嘔吐の治療反応性を良好に保つためにも,積極的な制吐薬の投与を行う必要がある。以下に急性嘔吐の予防を目的として,抗がん薬投与前に行うべき対処を催吐性リスク別に概説する。
1)高度リスク
NK1受容体拮抗薬であるアプレピタント125 mg 経口投与2)もしくはホスアプレピタント150 mg 静脈内投与と5-HT3受容体拮抗薬およびデキサメタゾン9.9 mg 静注(12 mg 経口)の3 剤併用が推奨される。第1 世代の5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンの2 剤併用に比べ,アプレピタントを加えた3 剤を併用することで制吐作用の著しい改善が示されている3)〜5)。第1 世代の5-HT3受容体拮抗薬(→CQ4 参照)は,単剤間の直接比較およびデキサメタゾン併用下での比較において,薬剤間またその投与経路によって効果に大きな差はなく6)〜8),用量や投与回数の影響を受けないことから9)〜12),抗がん薬投与開始前に必要量を単回投与とする。第2 世代5-HT3受容体拮抗薬のパロノセトロンは,単剤間の直接比較およびデキサメタゾン併用下での比較において,急性嘔吐の予防効果は他薬剤と同等であるが,遅発性嘔吐の予防において優れている13)14)(→CQ3 参照)。デキサメタゾンの用量(→CQ5 参照)については,第1 世代の5-HT3受容体拮抗薬との2 剤併用では13.2〜16.5 mg を静注(16〜20 mg を経口)とされてきたが,アプレピタントとの併用では,アプレピタントがCYP3A4 を阻害することによりデキサメタゾンの濃度-時間曲線下面積(area under the concentration-time curve; AUC)が増加するため,3 剤併用では9.9 mg 静注(12 mg 経口)に減量する。ただし,副腎皮質ステロイドが抗がん薬として投与されるCHOP 療法などではレジメン内のステロイドは減量してはならない。アプレピタントの投与期間は3 日間が推奨される。ホスアプレピタントはアプレピタントの水溶性を向上させたリン酸化プロドラッグであり,静脈内投与後に体内の脱リン酸化酵素によって速やかに活性本体であるアプレピタントに変換される。ホスアプレピタントはオンダンセトロン,デキサメタゾンとの3 剤併用でアプレピタントとの同等性が示されており15),5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾン併用下での抗がん薬投与30 分前,150 mg の単回使用が推奨される。ただし,副作用として注射部位痛/発赤/血栓性静脈炎の頻度が高いことに留意すべきである。
NCCN ガイドライン 2015 では,アプレピタントの代わりに多受容体作用抗精神病薬(MARTA)であるオランザピンをパロノセトロンとデキサメタゾンと3 剤併用で用いるオプションが示された。さらに同2017では,新たにアプレピタント(またはホスアプレピタント),パロノセトロン,デキサメタゾンの3剤併用にオランザピンを加えるレジメンも提示された。これらは,シスプラチンとAC療法を含む高度リスク抗がん薬投与に際し,オランザピンが,パロノセトロンとデキサメタゾン併用下においてアプレピタントと同等であることが示された第V相ランダム化比較試験16)や,アプレピタント(またはホスアプレピタント),パロノセトロン,デキサメタゾンの3剤併用にオランザピンを加える有用性が示された第III相ランダム化比較試験17)の結果を受けている。ASCO ガイドライン2017 でもオランザピンを加えた4剤併用が推奨療法として追加された。オランザピンはわが国でも複数の臨床試験が行われた18)-21)。オランザピンは公知申請により2017 年6 月から,他の制吐薬との併用において成人では5r を1 日1 回経口投与(患者状態により最大1日10r まで増量可能),最大6 日間を目安として先発品と一部の後発品で保険下にて使用が可能となった。本邦における推奨用量,使用方法については未だ検証段階であるため,適切な患者に慎重に投与することが望まれる。慎重投与すべき患者としては,糖尿病患者ならびに高血糖あるいは肥満等の糖尿病の危険因子を有する患者であり,使用に際しては副作用の傾眠や血糖上昇に十分注意する。高齢者への投与も慎重に行うべきである。作用点が重複するドパミンD2 受容体拮抗薬ドンペリドン,メトクロプラミド,ハロペリドール,リスペリドンなどとの併用は勧められず,また,睡眠薬との併用には注意を要する。投与量に関してはランダム化第Ⅱ 相試験ではあるが,高度リスク抗がん薬投与に対し3剤併用に加えたオランザピン5 r と10 rでは遅発期の悪心・嘔吐の制御において同等であったとの報告もある21)。
2)中等度リスク
基本的に5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾン6.6〜9.9 mg を静注(8〜12 mg を経口)の2 剤併用とするが,一部の抗がん薬(カルボプラチン,イホスファミド,イリノテカン,メトトレキサート等)を投与する場合にはアプレピタント125 mg 経口投与もしくはホスアプレピタント150 mg 静脈内投与の併用が推奨され,その際にはデキサメタゾンを減量(静注: 3.3〜4.95 mg,経口: 4〜6 mg)する(→制吐薬治療のダイアグラム② 参照)。また,わが国では400 例を超えるオキサリプラチン投与患者に対する第III相ランダム化比較試験が行われ,5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾン併用下において,アプレピタント/ホスアプレピタント群がコントロール群より全治療期間,特に遅発期の悪心・嘔吐の制御に優れることが示された22)。
なおホスアプレピタントの海外第III相ランダム化比較試験として,中等度リスクの制吐薬治療における5-HT3 受容体拮抗薬とデキサメタゾン併用に対するホスアプレピタントの上乗せ効果が報告されている23)。
カルボプラチンは一般的には中等度リスクの抗がん薬に分類されるが,高用量での使用に際しては特に催吐性リスクが高くなるため,通常の中等度リスクの抗がん薬の悪心・嘔吐予防法とは異なると思われる。21 の制吐療法研究のメタアナリシス24)では,カルボプラチンレジメンに対するアプレピタント使用において明らかに臨床的有益性があったとされ,急性・遅発期にかけて高度リスクの抗がん薬に準じた制吐療法を行うことをグレードBとして推奨した。なおNCCNガイドラインではAUC≧4 が高度リスクとされているが,この境界値4に関するエビデンスは不明である。
3)軽度リスク(→CQ7 参照)
デキサメタゾン3.3〜6.6 mg 静注(4〜8 mg 経口)単剤投与か,状況に応じてプロクロルペラジンもしくはメトクロプラミドも使用する。さらにロラゼパムやH2受容体拮抗薬あるいはプロトンポンプ阻害薬の併用も検討される(→制吐薬治療のダイアグラム③ 参照)。
4)最小度リスク
最小度リスクの抗がん薬に対しての制吐薬は基本的に不要である。
薬剤の催吐性リスク分類は単剤での評価が基本であるが,同一薬剤であっても投与量,投与法によって異なり,さらに近年ではいずれの悪性腫瘍においても多剤併用療法が主流となっているため,催吐性リスクが過小評価とならないよう細心の注意を払うべきである。この点に関して,アントラサイクリンとシクロホスファミドの併用療法について,それぞれ単剤(シクロホスファミド≦1,500 mg/m2)では中等度リスクに分類されるが,NCCN ガイドライン2017 では高度リスク群として明記され,MASCC/ESMO ガイドライン2016 およびASCO ガイドライン2017 においても嘔吐頻度が高いことが示されている〔→総論,3)本ガイドラインを用いた制吐療法,(1)悪心・嘔吐に対するリスクの把握参照〕。さらに,抗がん薬を複数日にわたって施行するレジメンの場合,薬剤の投与順序に応じて急性嘔吐と遅発性嘔吐が重複する場合もあり,より綿密な治療計画が望まれる。その一例としてリンパ腫におけるESHAP 療法では,1 日目から4 日目は中等度リスクとして対処し,高用量シタラビンが投与される5 日目以降は高度リスクとして対処する。
【参照】 欧米では,新規NK1受容体拮抗薬として,半減期がアプレピタントより長いNetupitant とパロノセトロンの合剤であるNEPA,Rolapitant が使用されている。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② Berger MJ, Ettinger DS, Aston J, et al. NCCN Guidelines Insights: Antiemesis, Version 2.2017. J Natl Compr Canc Netw. 2017; 15: 883-893.
- ③ MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ④ Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
参考文献
CQ3
がん薬物療法後の遅発性の悪心・嘔吐をどのように予防するか
推奨グレード
A | 高度リスクの抗がん薬による遅発性嘔吐に対しては,NK1受容体拮抗薬アプレピタントとデキサメタゾンを併用する。 |
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A | 中等度リスクの抗がん薬による遅発性嘔吐に対しては,デキサメタゾンを単独で使用する。症例に応じてアプレピタントとデキサメタゾンを併用,もしくは5-HT3受容体拮抗薬,アプレピタントを単独で使用する。 |
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B | カルボプラチン(AUC≧4)に対しては高度リスクの抗がん薬に準じて,アプレピタントとデキサメタゾンを併用する。 |
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+ 背景・目的
遅発性嘔吐は,抗がん薬投与後24 時間以降に発現するもの,と定義されており,そのコントロールは,患者のQOL 維持,さらに精神的安定や治療に対する意欲の向上のためにも必要不可欠である。薬剤の催吐性リスクを適正に評価し,エビデンスに基づいた制吐薬の適切な使用を検討する必要がある。
+ 解説
ASCO ガイドライン2017 によれば,遅発性嘔吐は,程度としては軽度なものが多いが,急性嘔吐の対処が不十分なときに起こりやすいとされる。治療としては副腎皮質ステロイド(経口デキサメタゾン)が推奨されており,メトクロプラミドや5-HT3受容体拮抗薬とも併用される。しかし,デキサメタゾンに加え5-HT3受容体拮抗薬を併用しても制吐効果の増強は得られない。さらに,急性嘔吐を認めた場合にはこれら2 剤を併用しても効果は不十分であるとされているため1),抗がん薬の催吐性リスクや患者の状態に応じていずれか一方の使用にとどめるべきと思われる。
1)高度リスク
ランダム化比較試験やプールドアナリシスの結果では,デキサメタゾン4〜8 mg 経口投与(2〜3 日目)とNK1受容体拮抗薬であるアプレピタント80 mg 経口投与(2〜3 日目)の併用がデキサメタゾン単独より有用であった2)〜5)。この2 剤併用は,5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンの併用に比べても有意に遅発性嘔吐を抑制しており(21% vs.36%,p<0.001)6),ASCO ガイドライン2017,MASCC/ESMO ガイドライン2016 で推奨されている。
また,MASCC/ESMO ガイドライン2016 では5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾン (12 mg に減量→CQ2 参照)とアプレピタントによる3 剤併用療法も,高度リスクの抗がん薬による急性嘔吐と同様に遅発性嘔吐に対しても推奨されている。
第1 世代の各5-HT3受容体拮抗薬の制吐効果に差はないとされているが7)8),わが国で行われた高度リスクの抗がん薬投与に対する,第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬パロノセトロン9)10)とデキサメタゾンの併用群とグラニセトロンとデキサメタゾンの併用群の制吐効果を検討した第III相ランダム化比較試験において,パロノセトロンとデキサメタゾンの併用群が有意に遅発性嘔吐を抑制したことが示されている11)(→制吐薬治療のダイアグラム① 参照)。また,高度リスクの抗がん薬投与に対するパロノセトロン,デキサメタゾン,アプレピタント併用群と,グラニセトロン,デキサメタゾン,アプレピタント併用群の制吐効果の比較を行った第III相ランダム化比較試験(TRIPLE 試験)が報告され,主要評価項目ではないがパロノセトロン群が遅発期において有意に悪心・嘔吐を抑制したことが示された12)。
高度リスクの抗がん薬のなかで,アントラサイクリン系抗がん薬とシクロホスファミドを含むレジメンは根拠となる臨床試験が他の高度リスク抗がん薬とは異なる。
アントラサイクリン+シクロホスファミド併用(AC)療法においてアプレピタントを使用しない臨床試験のエビデンスから,2 日目以降のデキサメタゾンの上乗せ効果は証明されていない13)。さらにステロイドの副作用を減ずる目的で,AC 療法に対する2〜3 日目のステロイド使用を行わないsteroid sparing という投与法は,ステロイド通常使用に対する非劣性が海外の第III相ランダム化比較試験で示されている13)14)。本邦でも,アプレピタント(またはホスアプレピタント)を併用した第III相試験において,AC療法を含む高度リスク抗がん薬に対するsteroid sparing が可能であることが示された14)。ただし使用された5-HT3受容体拮抗薬はパロノセトロンのみであることに留意する必要はある。したがって,AC 療法においては,steroid sparing は選択肢の一つとなる(→CQ5 参照)。
またMASCC のガイドラインでは,@NK1 受容体拮抗薬を使用しない場合はステロイドを3日間,ANK1 受容体拮抗薬を使用する場合はステロイドを1 日間使用すると謳われているが,@Aapro らの論文では,NK1 受容体拮抗薬を使用しない場合でも,パロノセトロンを併用するという条件下でsteroid sparing が可能であると報告されており,Aに関しては,2〜3 日目のステロイドは2〜3 日目のアプレピタントと同等である15)という報告もあり,元となるエビデンスの背景や条件に注意が必要である。本邦におけるsteroid sparing に関する報告でも,パロノセトロン併用下の報告16)や,アプレピタントとパロノセトロンの2 剤併用下17)など条件が異なるため留意する必要がある。
CHOP 療法も高度催吐性リスクに分類されている。しかし実臨床では制吐薬として2 剤併用が行われる傾向にある。これは高用量のプレドニゾロンを5 日間投与するため遅発性の悪心嘔吐が低いと考えられているためであり,実際に我が国で行われたCINV 観察研究では,79%で2 剤併用が行われていた18)。CHOP 療法に対するNK1 受容体拮抗薬の有効性については,1 コース目は2 剤併用を行い,2 コース目からNK1 受容体拮抗薬を上乗せする試験が報告されている19)。また第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬の有効性について検討したいくつかの前向き試験が本邦より報告されている20) 21)。2 剤併用,3 剤併用のどちらが良いかについてのランダム化比較試験は,第II相試験での報告しかなく22),今後の検討が必要である。
【参照】 2015ASCO 総会で報告された乳がんに対するアントラサイクリン系抗がん薬とシクロホスファミドを含むレジメンに対するデキサメタゾン/ホスアプレピタント併用下でのグラニセトロンとパロノセトロンの比較を行ったわが国の第III相ランダム化比較試験(WJOG6811B 試験)では,主要評価項目である遅発性悪心・嘔吐の完全制御割合において両群間に有意差は認められなかったが23),二次評価項目ではパロノセトロン群が遅発期において有意に悪心を抑制した。
2)中等度リスク
5-HT3受容体拮抗薬もしくはデキサメタゾンとの併用は,各単独療法と効果に差はなく24)25),費用対効果において5-HT3受容体拮抗薬の有用性は疑わしいとされている(パロノセトロンはこの検討に含まれていない)26)。しかし,肝炎などでデキサメタゾンが使用できない場合は,5-HT3受容体拮抗薬を用いることもある。さらに遅発性嘔吐におけるパロノセトロン単独投与の有用性をdolasetron との比較で明らかにした第III相ランダム化比較試験の結果もあり,遅発性嘔吐に対するパロノセトロン単独使用は,現時点ではオプションの一つと考えられる27)(なお,ここでいう単独療法とは遅発性嘔吐に対するものであり,急性嘔吐に対する薬物療法に関してはCQ2 を参照されたい)。5-HT3受容体拮抗薬と副腎皮質ステロイドは制吐効果,QOL 改善効果において同等であると報告した第III相ランダム化比較試験もある28)。MASCC/ESMO ガイドライン2016,ASCO ガイドライン2017 では,中等度リスク抗がん薬による遅発性嘔吐に対して,前述したパロノセトロンとデキサメタゾンの併用療法が推奨されている(→制吐薬治療のダイアグラム② 参照)。
アプレピタントとデキサメタゾンの併用もしくはアプレピタント単独投与の遅発性嘔吐に対する有用性もNCCN ガイドライン2017 や,レビュー29)で示されている。個々の臨床試験では,中等度リスクに対するアプレピタントを含む3 剤の効果をみたランダム化比較試験がある30)。現在は高度リスクに分類されるAC 療法が約半数含まれている試験であるが,AC 療法以外の中等度リスクにおいても一次評価項目である「5 日間嘔吐なし」の割合が有意にアプレピタント群で高かった。ただし,これはサブグループ解析である点に注意が必要である。わが国でも,二重盲検ではないことに留意する必要があるが,オキサリプラチンベースの抗がん薬を用いる大腸がん症例において,5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンの併用療法にアプレピタント/ホスアプレピタントの上乗せ効果を,全期間および遅発期における嘔吐制御割合で証明した第III相ランダム化比較試験(SENRI 試験31))の報告がある。さらに,AC 療法を除外した中等度リスク対して第1 世代5-HT3受容体拮抗薬(オンダンセトロン,1〜3 日目),デキサメタゾン(1日目のみ)の2 剤併用群に対してホスアプレピタント併用の効果を見たランダム化比較試験がある32)。7 割以上の患者においてカルボプラチン,オキサリプラチンを含むレジメンが使用されていた。ここでは対照群のオンダンセトロン(1〜3 日目),デキサメタゾン(1日目のみ)の2 剤併用群に比べて,主要評価項目である完全嘔吐制御割合が3剤併用群で有意に高かった(77.1% vs. 66.9%)。
女性は男性に比べ催吐リスクが高いことが知られている(→CQ11参照)。本邦の呼吸器領域と婦人科領域における制吐療法の第II相試験の報告では,同じカルボプラチンを用いても,アプレピタントを含む3剤制吐療法を用いた場合,全期間嘔吐完全制御割合は,呼吸器領域では8割程度であるのに対し,婦人科領域では6割程度であった33)〜36)。また,婦人科領域の悪性腫瘍でカルボプラチンを用いる際に,第1世代5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンのみを用いた群に比べ,これらにアプレピタントを加えた群では,「“食事や水分も摂れない強い悪心”がない」と「5日間嘔吐なし」の割合がそれぞれ有意に高かった33)。ただし,副次評価項目として制吐効果をみた研究であり,2,3 日目にはデキサメタゾンが用いられていないという制限がある。
以上より,個々の抗がん薬としては中等度リスクに分類されるが遅発性悪心・嘔吐が問題になるなど催吐性リスクの高いレジメンを使用する際には,NK1受容体拮抗薬を用いることを考慮する。
カルボプラチン療法においては急性・遅発期にかけて高度リスクの抗がん薬に準じた制吐療法を行うことをグレードBとして推奨した。(→CQ2)
また,中等度リスク抗がん薬に対する2〜3 日目のステロイド使用を行わないsteroid sparing はわが国の第III相ランダム化比較試験でも可能であったとの報告もある16)。
3)軽度リスク・最小度リスク
ランダム化比較試験は行われておらず,一般的には軽度リスク・最小度リスク抗がん薬に対して制吐薬は推奨されない(→制吐薬治療のダイアグラム③ 参照)。
近年,多受容体作用抗精神病薬(MARTA)であるオランザピンが,高度および中等度リスク抗がん薬による遅発期での悪心・嘔吐のコントロールに有用であるとの報告が多くなされている30)37)〜44)。わが国においても臨床試験結果が順次報告されており45)〜48),欧米でのコンセンサスや,臨床的意義から2017 年6 月から標準的制吐療法に併用として使用できるようになった(→CQ2,CQ13 参照)。遅発性悪心・嘔吐の制御を行うための有効な薬剤としてわが国でのさらなる研究が期待される。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② Berger MJ, Ettinger DS, Aston J, et al. NCCN Guidelines Insights: Antiemesis, Version 2.2017. J Natl Compr Canc Netw. 2017; 15: 883-893.
- ③ MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ④ Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
- ⑤ 日本乳癌学会編.科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン ① 治療編 2015 年版, 金原出版,東京,2015.
- ⑥ Hesketh PJ. Chemotherapy-induced nausea and vomiting. N Engl J Med. 2008; 358: 2482-94.
- ⑦ Naeim A, Dy SM, Lorenz KA, et al. Evidence-based recommendations for cancer nausea and vomiting. J Clin Oncol. 2008; 26: 3903-10.
参考文献
CQ4
第1/2 世代の5-HT3受容体拮抗薬をどのように使い分けるか
推奨グレード
C1 | 高度リスク抗がん薬(50 mg/m2未満のシスプラチンを除く)に対するCINV の予防として,NK1受容体拮抗薬+5-HT3 受容体拮抗薬(1 日目)+デキサメタゾン(1〜4 日目)の3 剤併用には,第2 世代5-HT3受容体拮抗薬が好まれる。 |
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C1 | 中等度リスクに分類される抗がん薬であるが,催吐性の高いレジメンに対するCINV の予防として,NK1受容体拮抗薬を用いる場合には第1 世代の5-HT3受容体拮抗薬が推奨され,NK1受容体拮抗薬を用いない場合には第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬が好まれる。 |
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+ 背景・目的
さまざまな制吐薬が普及したことに伴い,急性期の悪心・嘔吐のコントロールは比較的良好となったため,遅発性悪心・嘔吐への対策が新たな課題であるといえる1)。遅発性悪心・嘔吐は,高度リスクの抗がん薬(HEC)を用いる場合だけでなく,中等度リスクの抗がん薬(MEC)においても併用などにより催吐性の高いレジメンを用いる場合に問題となる。
遅発性悪心・嘔吐に対する制吐薬として,デキサメタゾン,5-HT3受容体拮抗薬,NK1受容体拮抗薬がある(→CQ3 参照)。近年,第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬(パロノセトロン)が臨床導入され,ASCO(2011 年),MASCC/ESMO(2010 年)のガイドラインでは,HEC にはアプレピタント(ホスアプレピタント)+5-HT3受容体拮抗薬+デキサメタゾンの3 剤併用を推奨し,第2世代5-HT3受容体拮抗薬であるパロノセトロンが好ましいとしていた。
第1 世代と第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬を比較したさまざまな臨床試験が行われたが,以下に示すように3 剤併用制吐療法においては,第1 世代に比べて第2 世代が明らかに優れていることを示す確たるエビデンスはない。しかし,遅発性悪心・嘔吐の予防目的に制吐薬を選択する際には,抗がん薬ごとの催吐性のリスク分類にとどまらずレジメンの催吐性リスクを認識して,患者のリスク(→CQ11 参照)や併存症を考慮し,また薬剤費を加味して,デキサメタゾン,NK1受容体拮抗薬の使用および第1 世代または第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬を選択する必要がある。
催吐性リスクは抗がん薬ごとに定められ,制吐薬を使用しない場合に30〜90%の割合で悪心・嘔吐が生じるものがMEC に分類される。MEC に分類される抗がん薬はそれ自体の催吐性リスクの幅が大きいだけでなく,併用療法を含めたレジメンの中には,第1 世代5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンを用いるのみでほとんど悪心・嘔吐が生じないものがある一方で,HEC より遅発性悪心・嘔吐のリスクが高いものもある1)。このようにMEC に分類される抗がん薬を用いたすべてのレジメンに対して,推奨される制吐薬の組み合わせを1 つに限ることは無理があると思われる。本ガイドラインではそれぞれのレジメンごとに催吐性リスクが記載されている(→リスク分類からみた臓器がん別のレジメン一覧参照)。逆に,90%を超える催吐頻度があるとされるHEC に分類される抗がん薬を用いたレジメンにも,分割してシスプラチンを用いるレジメンなど,HEC に分類される抗がん薬を用いたレジメンにも,分割してシスプラチンを用いるレジメンなど,MEC 以下の催吐性リスクになるものもある。また,患者側の因子として,性別や年齢が悪心・嘔吐のリスクとして知られている(→CQ11 参照)。高リスクの患者には,薬剤ごとに定められたリスクよりも一段階高いリスクに対する制吐療法を用いるなど,より有効にCINV を防ぐ方策を考慮することが求められる。さらに,糖尿病などの併存症も考慮する必要がある。
なお,本項では,確たるエビデンスがなくコンセンサスが得られない,または参照可能な臨床試験データがない場合には,薬剤費を加味して第1 世代を「推奨する」とした。逆に,第2 世代が第1 世代より明らかに有利なエビデンスはないが,二次評価項目やサブセット解析の結果によりコンセンサスが得られる場合には,第2 世代を「好まれる」とした。
+ 解説
1)単剤でHEC に分類される薬剤を用いる場合
(1)HEC(シスプラチンであれば50 mg/m2以上)
HEC(シスプラチンであれば50 mg/m2以上)を用いる場合には,NK1受容体拮抗薬+5-HT3 受容体拮抗薬(1 日目)+デキサメタゾン(1〜4 日目)の3 剤併用が推奨され(→CQ2 参照),第2世代の5-HT3 受容体拮抗薬が好まれる。
NK1 受容体拮抗薬が登場する以前に行われた試験では,第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬に比べ,パロノセトロンの特に遅発期における制吐効果の優越性が示された2)3)。その後,TRIPLE 試験4)においてNK1 受容体拮抗薬をHEC に対して併用した場合の第2 世代5-HT3 受容体拮抗薬(パロノセトロン)の第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬(グラニセトロン)に対する優越性が検討された。
TRIPLE 試験は,高用量(50 mg/m2以上)のシスプラチンを含む抗がん薬治療を行う際のアプレピタント,デキサメタゾン,5-HT3 受容体拮抗薬の3 剤併用の制吐療法において,第2 世代5-HT3受容体拮抗薬(パロノセトロン)の第1 世代5-HT3 受容体拮抗薬(グラニセトロン)に対する優越性を検証する目的で,800 名を超える患者を組み入れた臨床試験である。一次評価項目である5 日間の嘔吐完全制御割合(嘔吐と制吐薬の追加内服なしの割合)では,有意差はないもののパロノセトロン群が良好な傾向にあり(パロノセトロン群66%,グラニセトロン群59%,p=0.0539),二次評価項目である遅発期の悪心・嘔吐でもパロノセトロン群が良好であった(パロノセトロン群67%,グラニセトロン群59%,p=0.0142)。
(2)50 mg/m2未満のシスプラチン併用レジメン
50 mg/m2未満のシスプラチンは50 mg/m2以上と比べ,催吐性が低いことが知られている(→CQ8 参照)。シスプラチンを分割連続投与法(100 mg/m2を4〜5 日間)で用いる場合には,シスプラチン投与前に第1 世代の5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンを連日投与する。また,シスプラチンの分割間欠投与法(<50 mg/m2を週1 回,等)においてNK1受容体拮抗薬を用いる場合には,第1 世代5-HT3受容体拮抗薬の使用が推奨される。
2)単剤でMEC に分類される薬剤を用いる場合
(1) 併用により催吐性が高まるレジメンに対して,NK1受容体拮抗薬を併用する場合
NK1 受容体拮抗薬を併用する場合には,5-HT3受容体拮抗薬を第1 世代とするか第2 世代とするかについてのエビデンスがないため,従来通り医療経済面を考慮し第1世代の5-HT3 受容体拮抗薬が推奨される。ただし,患者の悪心・嘔吐リスク,併存症,薬剤費なども考慮して5-HT3 受容体拮抗薬を選択すべきである。
(2)併用により催吐性が高まるレジメンに対して,NK1受容体拮抗薬を併用しない場合
MEC に分類される抗がん薬であるが遅発性悪心・嘔吐が問題になる催吐性リスクの高いレジメンを使用する際にNK1 受容体拮抗薬を併用しない場合には,パロノセトロンが好まれる。
複数のランダム化比較試験とそれらを統合解析したメタアナリシスの結果,MEC において第1 世代5-HT3受容体拮抗薬に比べ第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬の制吐作用における優越性が示されている5)。しかし,個々の臨床研究において,デキサメタゾンが併用されていない,あるいは併用している割合が低いなどの問題点が指摘されており,デキサメタゾンを用いた状況下でMEC に対するパロノセトロンの優越性を示す確たるエビデンスがないことに注意が必要である。
また,糖尿病などの併存症によってデキサメタゾンの使用が制限される場合,パロノセトロンにより2〜3 日目のデキサメタゾンを省略できる6)7)。
(3)その他のMEC を用いる場合
上記のように,MEC に分類される抗がん薬を用いた催吐性の高くないレジメンに対し,積極的に第2 世代の5-HT3受容体拮抗薬を推奨する確たるエビデンスはない。したがって,デキサメタゾン(1〜3 日目)との併用において,第1 世代5-HT3受容体拮抗薬(1 日目)が推奨される。ただし,糖尿病などの併存症によってデキサメタゾンの使用が制限される場合,2〜3 日目のデキサメタゾンを省略する目的でパロノセトロンを用いる選択肢がある6)7)。
+ 参考にした二次資料
- ① MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ② Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ5
悪心・嘔吐の予防に対して副腎皮質ステロイドは勧められるか
推奨グレード
A | がん薬物療法による悪心・嘔吐対策として副腎皮質ステロイドは有効である。ただし,抗がん薬の催吐性リスク分類と,併用する制吐薬に応じた用法・用量での投与を行うことが推奨される。 |
---|
+ 背景・目的
副腎皮質ステロイドは抗がん薬投与に伴う悪心・嘔吐に対する制吐薬として約25 年前 から有効性が証明されている1)。しかしその作用機序については,抗がん薬投与時の制吐薬として開発された5-HT3受容体拮抗薬,NK1受容体拮抗薬ほどには解明されていない。数多くの副腎皮質ステロイド薬のうち,デキサメタゾンおよびメチルプレドニゾロンは,抗がん薬投与時の制吐効果が最もよく検討されている2)3)。なお,デキサメタゾンは抗がん薬投与に伴う悪心・嘔吐の効能・効果を有している唯一の副腎皮質ステロイドである。
+ 解説
悪心・嘔吐対策として副腎皮質ステロイドは,単剤および併用療法として有効であり,抗がん薬の催吐性リスクに応じて使用する。わが国におけるデキサメタゾンの承認用量は,錠剤では1 日4〜20 mg を1〜2 回分割,1 日最大20 mg,注射剤では1 日3.3〜16.5 mg を1〜2 回分割,1 日最大16.5 mg までとされている。欧米のランダム化比較試験の結果から急性期にはデキサメタゾン20 mg を標準投与量とするが,さらに高用量の効果に関してその優越性は証明されていない。わが国における少数例の第Ⅱ 相試験(1〜3 日目に32 mg/m2を静注)において20 mg 以上の高用量デキサメタゾンを推奨するだけの結果は得られていない4)。
1)高度リスク抗がん薬を含むレジメン
急性悪心・嘔吐に対して,予防的に5-HT3受容体拮抗薬と併用してデキサメタゾン13.2〜16.5 mg を静注(16〜20 mg を経口)投与する。ただし,NK1受容体拮抗薬アプレピタントもしくはホスアプレピタント併用時には,これらがCYP3A4 の阻害作用を有するため,CYP3A4 によるデキサメタゾンの代謝が阻害されることを考慮してデキサメタゾンを減量する(静注: 9.9 mg,経口: 12 mg)5)。
遅発性悪心・嘔吐に対して,予防的にデキサメタゾンを2〜4 日目に投与するが,アプレピタント併用時には相互作用を考慮して8 mg を経口(6.6 mg を静注)投与する。なお,ホスアプレピタントではデキサメタゾンとの相互作用の期間が短い(→CQ17 参照)。具体的な使用に際しては制吐薬治療のダイアグラム① を参照されたい(第1 日目静 脈内投与,2 日目以降は経口投与の例示である)。
2)中等度リスク抗がん薬を含むレジメン
急性悪心・嘔吐に対して,予防的に5-HT3受容体拮抗薬と併用してデキサメタゾン6.6〜9.9 mg を静注(8〜12 mg を経口)投与する。アプレピタントとの併用時にはデキサメタゾンを減量し3.3〜4.95 mg を静注(4〜6 mg を経口)とする。
遅発性悪心・嘔吐に対して,アプレピタント非併用時には2〜3 日目にデキサメタゾン8 mg を経口(6.6 mg を静注)投与する。パロノセトロンを1 日目に0.25 mg もしくは0.75 mg 投与した患者に対する2〜3 日目のデキサメタゾン投与については,投与省略での非劣性が示されている6)〜8)。したがって,副腎皮質ステロイド使用を考慮すべき患者においては,5-HT3受容体拮抗薬にパロノセトロンを用いることでデキサメタゾン投与を省略することができるが,この点について十分にコンセンサスは得られていない。いずれにせよ,適用患者のリスク因子に基づく決定が必要である(→CQ3 参照)。具体的な使用に際しては制吐薬治療のダイアグラム② を参照されたい(第1 日目静脈内投与,2 日目以降は経口投与,あるいは第1 日目静脈内投与のみの場合の例示である)。
3)軽度リスク抗がん薬を含むレジメン
予防的に,デキサメタゾン単剤あるいは5-HT3受容体拮抗薬と併用する。その際はデキサメタゾン3.3〜6.6 mg を静注(4〜8 mg を経口)投与する。抗がん薬の用量分割投与に対しては,予防的な反復投与を行うことができる。具体的な使用に際しては制吐薬治療のダイアグラム③ を参照されたい(第1 日目静脈内投与のみの例示である)。
4)最小度リスク抗がん薬を含むレジメン
予防的な副腎皮質ステロイド投与は不要である。
5)予期性悪心・嘔吐
予防的な副腎皮質ステロイドの有用性は明らかでない。
6)その他
がん薬物療法レジメン自体に副腎皮質ステロイドを含む場合は,制吐薬としてのデキサメタゾンは追加しない。
本ガイドラインの推奨に従い,がん薬物療法時の制吐薬として短期間使用する副腎皮質ステロイドの安全性に関しては許容範囲内とされているが,その副作用について十分理解した上で使用する(Appendix 制吐薬の副作用参照)。
抗がん薬による突出性の悪心・嘔吐症状に対して,治療的追加薬としてのデキサメタゾンの役割は証明されていない(→CQ6 参照)。
注)デキサメタゾン(注射薬)の投与量表示については「制吐薬治療のダイアグラム注釈」を参照されたい。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ③ Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
- ④ Naeim A, Dy SM, Lorenz KA, et al. Evidence-based recommendations for cancer nausea and vomiting. J Clin Oncol. 2008; 26: 3903-10.
- ⑤ Hesketh PJ. Chemotherapy-induced nausea and vomiting. N Engl J Med. 2008; 358: 2482-94.
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ6
突出性悪心・嘔吐をどのように治療するか
推奨グレード
B | 作用機序の異なる制吐薬を複数,定時投与する。また,5-HT3受容体拮抗薬を予防に使用した場合,予防に用いたものと異なる5-HT3受容体拮抗薬に変更する。
〔→制吐療法アルゴリズム③ 参照〕 |
---|
+ 背景・目的
制吐薬の予防的投与を十分行っても悪心・嘔吐が発現・継続する場合を突出性悪心・嘔吐(breakthrough nausea and vomiting)と定義する。突出性悪心・嘔吐の治療は困難であるため,がん薬物療法の初回施行時においては悪心・嘔吐予防を十分に行う。また悪心・嘔吐が続く場合には,がん薬物療法による悪心・嘔吐か,それ以外の病態によるものかを鑑別する必要がある(→CQ15 参照)。
+ 解説
一般原則は作用機序の異なるその他の制吐薬を追加投与することである。予防的投与で使用されることの多い5-HT3受容体拮抗薬以外で悪心・嘔吐を改善させる薬物として,ドパミン受容体拮抗薬(メトクロプラミド,ハロペリドール),副腎皮質ステロイド,ベンゾジアゼピン系抗不安薬(ロラゼパム,アルプラゾラム)などが報告されている。進行がん患者における悪心・嘔吐に対する制吐薬のシステマティック・レビューでは,ランダム化比較試験においてメトクロプラミドがプラセボよりも優れており,5-HT3受容体拮抗薬であるオンダンセトロンとメトクロプラミドは同等の効果であった。しかし,奏効率は悪心に対し23〜36%,嘔吐に対し18〜52%といずれも低率であった1)。高度または中等度リスクの薬物療法を施行した(96 名)後に悪心・嘔吐をきたした39 名を対象に行った,突出性悪心・嘔吐に対する前向きのパイロット試験では,プロクロルペラジンを使用した24 名のデータを検討した結果,投与4 時間後の悪心スコアは平均75%減少した2)。また,高度リスクの薬物療法を施行した後に突出性悪心・嘔吐をきたした患者を対象に,オランザピン(10 mg 1 日1 回3 日間)またはメトクロプラミド(10 mg 1 日3 回3 日間)を投与した二重盲検ランダム化試験では,72 時間の観察期間中にオランザピン群が有意に悪心・嘔吐を抑制した3)。また,オランザピンのCINV に対するシステマティック・レビューでは,突出性悪心・嘔吐に対しての有効性が示されている4)。NCCN ガイドライン2017 やASCO ガイドライン2017 ではオランザピンが予防投与されていなければ使用を検討すること,すでに使用していればその他の作用機序が異なる薬剤を複数併用すること,また必要時投与ではなく定時投与を行うことが勧められている。
5-HT3受容体拮抗薬については,予防に用いたものと異なる5-HT3受容体拮抗薬を使用する報告がある。高度リスクの薬物療法を行い,オンダンセトロン8 mg(静注)とデキサメタゾン10 mg(静注)を使用した後に悪心・嘔吐をきたした患者を対象に,そのまま治療を続ける群とグラニセトロン3 mg(静注)とデキサメタゾン10 mg(静注)に変更する群で二重盲検ランダム化比較試験を行った報告では,悪心・嘔吐の完全制御割合をみるとグラニセトロンに変更した群で有意に高かった(5% vs. 47%)5)。第2 世代の5-HT3 受容体拮抗薬であるパロノセトロンは,急性嘔吐の予防だけでなく遅発性嘔吐の予防にも有効であることが報告されている(遅発期嘔吐完全制御割合: グラニセトロン群44.5% vs. パロノセトロン群56.8%)6)。複数日にわたり抗がん薬を投与する患者を対象に,パロノセトロン0.25 mg(静注)とデキサメタゾン8 mg(静注)併用で悪心・嘔吐の予防を行った後に突出性悪心・嘔吐をきたした症例に対して,パロノセトロンを72 時間後に投与した場合の成績と,オンダンセトロン8 mg(静注)とデキサメタゾン8 mg(静注)併用の場合での成績〔突出性悪心・嘔吐をきたした症例に対してはメトクロプラミド20 mg(静注)を使用〕をヒストリカルコントロールとして比較した。この結果,パロノセトロン投与群では追加投与で救済できた症例が67%であるのに対し,ヒストリカルコントロールでは22%であった(p=0.04)7)。ただし,パロノセトロンに関するこの研究は,ランダム化比較試験の結果ではないため,今後のエビデンスをみながら検討すべきである。
次回のがん薬物療法施行前には,悪心・嘔吐の予防的投与が無効または不十分であったその原因について詳細検討を行う。その際,悪心・嘔吐の原因ががん薬物療法以外(→CQ15 参照)なのか否かを確認する。次回の抗がん薬を使用する際は,より高い催吐性リスクに準じて予防投与を行う。がん薬物療法の目的が症状緩和である場合は,次回の抗がん薬は減量するか催吐性リスクの低い抗がん薬への変更を考える。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
- ③ 2017 UpToDate Version 78.0“Prevention and treatment of chemotherapy-induced nausea and vomiting in adults”
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ7
軽度もしくは最小度リスクの抗がん薬で生じた急性の悪心・嘔吐を
どのように治療するか
どのように治療するか
推奨グレード
B | 軽度リスク抗がん薬の場合には,用いる薬剤と症例により,デキサメタゾンの適応を決定すべきである。 |
---|
C2 | 最小度リスク抗がん薬の場合は,デキサメタゾンのルーチン使用は推奨されない。 |
---|
+ 背景・目的
軽度・最小度リスクの抗がん薬による急性の悪心・嘔吐に対しては,一般的には積極的な予防対策は推奨されていない。しかし,悪心・嘔吐が発現する患者も認められる。エビデンスレベルの高い治療は存在しないが十分な対応が求められる。
+ 解説
軽度リスク抗がん薬の急性悪心・嘔吐に対しては,ランダム化比較試験は行われていない。高度・中等度リスクの抗がん薬に対する制吐効果から推測した結果,軽度リスク抗がん薬による急性の悪心・嘔吐の予防治療として,ASCO ガイドライン2017,MASCC/ESMO ガイドライン2016 ではデキサメタゾン4〜8 mg 単独投与が推奨されている1)2)。また,プロクロルペラジン3)あるいはメトクロプラミドもオプションの一つである(→制吐薬一覧参照)。最小度リスク抗がん薬に対しては制吐薬の予防投与は推奨されない。必要に応じて軽度リスク抗がん薬に準じた対応を考えるべきであろう(→制吐薬治療のダイアグラム③ 参照)。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② Berger MJ, Ettinger DS, Aston J, et al. NCCN Guidelines Insights: Antiemesis, Version 2.2017. J Natl Compr Canc Netw. 2017; 15: 883-893.
- ③ MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ④ Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
- ⑤ 日本乳癌学会編.科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン ① 治療編2015 年版, 金原出版,東京,2015.
- ⑥ Hesketh PJ. Chemotherapy-induced nausea and vomiting. N Engl J Med. 2008; 358: 2482-94.
- ⑦ Naeim A, Dy SM, Lorenz KA, et al. Evidence-based recommendations for cancer nausea and vomiting. J Clin Oncol. 2008; 26: 3903-10.
参考文献
( )エビデンスレベル |
1) Warr D, Oliver T, and members of the Systemic Treatment Disease Site Group. The Role of Neurokinin-1 Receptor Antagonists in the Prevention of Emesis due to High-dose Cisplatin. Cancer Care Ontario. 2005. |
(Ⅰ ) |
2) Ioannidis JP, Hesketh PJ, Lau J. Contribution of dexamethasone to control of chemotherapy- induced nausea and vomiting: a meta-analysis of randomized evidence. J Clin Oncol. 2000; 18: 3409-22. |
(Ⅰ ) |
3) Ettinger DS, Bierman PJ, Bradbury B, et al. Antiemesis. J Natl Compr Canc Netw. 2007; 5: 12-33. |
(Ⅰ ) |
CQ8
シスプラチンを分割投与する場合の悪心・嘔吐にどのような対処をするか
推奨グレード
B | 高度リスクに対する制吐療法が推奨される。 |
---|
+ 背景・目的
シスプラチンは多くのがん種において,3〜4 週間毎の間欠投与法(≧50 mg/m2)が多用される。また,非ホジキンリンパ腫や胚細胞腫瘍では分割連続投与法(100 mg/m2 を4〜5 日間)がエビデンスとして確立されている。シスプラチンは催吐作用が強い薬剤であるため,分割投与の場合でも間欠投与法の場合と同様の制吐療法が必要であると推測される。
+ 解説
シスプラチンは多くのがん種において,3〜4 週間毎に間欠投与(≧50 mg/m2)される場合が多いが,いくつかのがん種においては,シスプラチン(<50 mg/m2)の分割間欠投与もしくは分割連続投与のエビデンスが確立されている。それらの代表的ながん種として,胆道がんや非ホジキンリンパ腫,胚細胞腫がある1)2)。ASCO ガイドライン2017,MASCC/ESMO ガイドライン2016 , NCCNガイドライン2017 では,シスプラチンは用量に関係なく,高度リスクに分類されている。
ASCO,MASCC/ESMO,NCCN ガイドラインでは,高度および一部の中等度リスク抗がん薬を投与する患者に対して,NK1受容体拮抗薬であるアプレピタントおよびホスアプレピタントの使用が推奨されている。ランダム化比較試験においてアプレピタントおよびホスアプレピタント併用の主たるエビデンスがあるのは,シスプラチン≧70 mg/m2の場合であり3)〜6),低用量シスプラチンのエビデンスは,胚細胞腫を対象に5 日間連続低用量シスプラチン投与時のアプレピタントの上乗せ効果を検証した小規模の第III相ランダム化比較試験7),子宮頸がんを対象に化学放射線時(シスプラチン 40mg/m2毎週投与)にホスアプレピタントの上乗せ効果を検証した第III相ランダム化試験8)と僅かである。一方,オランザピンは,シスプラチンもしくはAC 療法に対し,パロノセトロンとデキサメタゾンの2剤併用下に,アプレピタントとの有意な差がなく9),デキサメタゾンと5HT3受容体拮抗薬及びアプレピタントの3 剤併用下に,プラセボに対する優越性が示された10)。両試験はシスプラチン≧70 mg/m2を対象としているため,低用量のシスプラチンに対するオランザピンのエビデンスは乏しい。低用量シスプラチンを使用するその他のがん種(胆道がん等)に対しては,患者のQOL に鑑み適切な対応が必要である。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ② Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ9
予期性悪心・嘔吐をどのように予防し治療するか
推奨グレード
B | 予期性悪心・嘔吐に対する最善の対策は,がん薬物療法施行時の急性および遅発性嘔吐の完全制御であり,患者に悪心・嘔吐を経験させないことである。 |
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B | 予期性悪心・嘔吐に対して,ベンゾジアゼピン系抗不安薬が有効である。 |
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B | 予期性悪心・嘔吐に対して,心理学的治療法が有効である。
〔→制吐療法アルゴリズム④ 参照〕 |
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+ 背景・目的
がん薬物療法や放射線療法を受けたときに悪心・嘔吐を経験した患者では,次回のがん薬物療法や放射線療法を受ける前から,悪心や嘔吐が生じることがあり,これを「予期性悪心・嘔吐(anticipatory nausea and vomiting)」という。
+ 解説
予期性悪心・嘔吐とは,がん薬物療法や放射線療法を受けて悪心・嘔吐をひとたび経験した患者において,「条件づけ」の機序が作用して発生する現象をいう1)〜3)。
例えば,がん薬物療法を受けた後に悪心や嘔吐を繰り返し経験するうちに,実際の抗がん薬投与が始まる前から(がん薬物療法の前日や当日朝,病院に着いてから等),がん薬物療法のことを考えたり病院に来たりしただけで,悪心を催したり嘔吐したりするようになる場合を指している。
予期性悪心・嘔吐の頻度は,かつて20%程度まであるとの調査結果であったが,近年の制吐療法の進歩で減少し,予期性悪心が13.8%以下6)7),予期性嘔吐は2.3%以下6)となっている。がん薬物療法のサイクルが多くなるほど予期性悪心・嘔吐のリスクは高まる。また,がん薬物療法終了後も予期性悪心・嘔吐の症状が長引くことがある。予期性悪心・嘔吐に対する最善の対策は,がん薬物療法や放射線療法の際に,最初から悪心・嘔吐を生じさせないことである2)〜5)。このためには計画している治療の催吐性を適切に評価して的確な制吐療法を行うことである。計画している治療の催吐性リスクより下位の不適正な制吐療法を行ってはならない。
NCCN ガイドラインでは,予期性悪心嘔吐の誘因となりうる強い匂いを避けることを推奨している。
予期性悪心・嘔吐に対してベンゾジアゼピン系抗不安薬が有効であり,NCCN ガイドライン2017,MASCC/ESMO ガイドライン2016 でも推奨されている。予期性悪心・嘔吐の予防にロラゼパムが8),予期性悪心の予防にアルプラゾラムが有効である9)ことが確認されている。
処方例
- ロラゼパム: 1 回0.5〜1.5 mg を経口投与
- アルプラゾラム: 1 回0.4〜0.8 mg を1 日2〜3 回経口投与
がん薬物療法ないし放射線療法の実施前夜,および当日治療の1〜2 時間前に投与する。なお,必要に応じて増量可(1 日3 mg まで)。高齢者では低用量(1 回0.5 mg)から開始すること。ただし,CINV に対する効能・効果を有しておらず保険適用外である。
がん薬物療法ないし放射線療法の実施前夜から投与する。通常1 回0.2〜0.4mg を1 日3 回から開始し,必要に応じて徐々に増量可。高齢者や消耗性疾患ならびに重症肝障害患者では,1 回0.2 mg を 1 日2〜3 回投与から開始し,1 日1.2 mg を超えないこと。ただし,CINV に対する効能・効果を有しておらず保険適用外である。
なお,ベンゾジアゼピン系抗不安薬(ロラゼパム,アルプラゾラム)の効果は,がん薬物療法を継続するうちに,減弱する傾向がある。
また,ベンゾジアゼピン系抗不安薬を数カ月以上にわたって連続使用した場合は,漸減したうえで中止すること。
海外では心理学的治療法として,系統的脱感作1)やリラクセーションが試みられ,有効性が確認されている。また,小児でイメージ導入法を用いる催眠療法の有効性が報告されている10)。しかし,わが国ではこれらの心理的治療手段を実施できる施設は,ごく限られているのが実情である。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ② Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ10
放射線治療による悪心・嘔吐をどのように治療するか
推奨グレード
A | 放射線治療による悪心・嘔吐は放射線照射部位により発現頻度が異なる。放射線照射部位によりリスク分類がなされ,それに応じた制吐療法が推奨されている。 |
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+ 背景・目的
放射線治療による悪心・嘔吐のために治療継続が困難となったり,QOL の低下をもたらすことがある。催吐性リスクに応じて適切に対応することは放射線治療遂行上重要である。ASCO およびMASCC では放射線の照射部位により悪心・嘔吐のリスク分類(表1)を行い,それに応じた制吐療法が推奨されている。
悪心・嘔吐のリスク分類 (頻度) |
放射線照射部位 | 治療方法 |
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高度(>90%) | 全身照射(TBI),全リンパ節照射(TNI) | 予防的5-HT3受容体拮抗薬+デキサメタゾン |
中等度(60〜90%) | 上腹部,半身照射(HBI),上半身照射(UBI) | 予防的5-HT3受容体拮抗薬±デキサメタゾン |
軽度(30〜59%) | 頭蓋,頭蓋脊髄,頭頸部,胸部下部,骨盤 | 予防的または症状発現後5-HT3受容体拮抗薬 |
最小度(<30%) | 四肢,乳房 | 症状発現後のドパミン受容体拮抗薬 または5-HT3受容体拮抗薬 |
+ 解説
放射線治療による重篤な悪心・嘔吐のため治療継続が困難になることがある。治療休止,治療中止の場合には,根治性に影響し生存率が低下する。治療継続が可能である場合でも,悪心・嘔吐が十分に制御できないと患者のQOL は低下する1)〜4)。
放射線治療による悪心・嘔吐の頻度,重篤度は,1 回線量,総線量,線量率,分割回数,照射野容積,照射部位,患者体位,放射線治療前・治療中の併用治療をはじめとする放射線治療因子および患者の全身状態に影響される5)。放射線治療患者1,020 名の前向き観察研究によると,悪心・嘔吐の発現頻度は27.9%(悪心のみ16.9%,嘔吐のみ0.8%,悪心および嘔吐10.2%)であった6)。悪心・嘔吐に関与する放射線治療因子では,照射野の大きさ(>400 cm2)と照射部位が有意な因子であった。照射部位別の悪心・嘔吐発現率は,乳腺22.8%,骨盤部24.1%,頭頸部30.5%,胸部31.0%,脳35.0%,上腹部50.0%,皮膚/四肢14.3%であった。他の報告でも,悪心発現率が39%(乳腺31%,腹部/骨盤63%,縦隔36%,頭頸部46%,前立腺/膀胱33%,脳45%,その他29%),嘔吐発現率は7%(腹部/骨盤15%)とほぼ同様の結果であった4)。全身照射(total body irradiation; TBI)の悪心・嘔吐発現率は80〜100%と最も高い7)。
5-HT3受容体拮抗薬は,プラセボや他の制吐薬よりは放射線による嘔吐を有意に予防していることがメタアナリシスにより示されている8)。TBI では5-HT3受容体拮抗薬の予防的投与による悪心・嘔吐の完全制御割合が50〜90%とプラセボより有効性が高かった9)。上腹部照射における5-HT3受容体拮抗薬の予防的投与とメトクロプラミド,プロクラルペラジンあるいはプラセボの予防的投与との複数の第III相ランダム化比較試験では,いずれも5-HT3受容体拮抗薬で悪心・嘔吐発現率が低かった9)。また,15 回以上の上腹部照射例を対象にした毎回の照射でのオンダンセトロン単独と治療開始から5 分割照射までのデキサメタゾンとの併用の比較試験では,デキサメタゾンとの併用で悪心・嘔吐の軽減が示されている2)。
ASCO ガイドライン2017 およびMASCC/ESMO ガイドライン2016 では放射線照射部位によるリスク分類(表1)が示され,それに応じた制吐療法を推奨している。中等度リスクではASCO では5-HT3受容体拮抗薬に分割照射初期(1〜5 分割)のデキサメタゾン併用を推奨しているが,MASCC ではデキサメタゾン併用を症例に応じて行うことを推奨している。NCCN ガイドライン2017 ではTBI および上腹部照射では毎照射前のグラニセトロンあるいはオンダンセトロン単剤またはデキサメタゾンとの併用を推奨している。
化学放射線療法では,放射線治療のほうがリスクが高い場合以外は,抗がん薬のリスク分類に応じた推奨方法で対応する。
わが国ではグラニセトロンがTBI のみに放射線照射に伴う消化器症状(悪心・嘔吐)の効能・効果を有していたが,2011 年11 月に放射線照射全般を対象として効能が追加された。他の5-HT3受容体拮抗薬はいまだ放射線照射に対する効能・効果を有していない。またドパミン受容体拮抗薬で放射線照射に伴う消化器症状(悪心・嘔吐)の効能・効果を有しているのはメトクロプラミドのみである。わが国の日常診療では,その他のドパミン受容体拮抗作用を有する薬剤(プロクロルペラジン,ドンペリドン)やデキサメタゾンが使用されることも多い。
放射線治療による悪心・嘔吐は,抗がん薬によるものと比べて発現頻度が低く,重篤度も低いことから多くの放射線腫瘍医は実態よりも過小評価しており,日常診療における対応は十分とはいえない4)6)10)。放射線治療患者への制吐薬投与の割合は低く,17%にのみ制吐薬が投与された(予防的投与12.4%,発現後投与4.6%)という報告6)や,悪心発現患者への投与は39%(抗ヒスタミン薬40%,ドパミン受容体拮抗薬37%,5-HT3受容体拮抗薬17%)であったという報告がある4)。悪心発現患者の1/3 は症状緩和が不十分であり適切な制吐療法を望んでいた4)。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ③ Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ11
悪心・嘔吐と関連する因子にはどのようなものがあるか
推奨グレード
C1 | 治療関連因子と患者関連因子がある。治療関連因子としては,抗がん薬の種類および投与量,放射線照射部位等が関与し,患者関連因子としては,年齢,性別,飲酒習慣,がんの病態,併存疾患等がある。 |
---|
+ 背景・目的
がん薬物療法に伴う悪心・嘔吐は抗がん薬の種類に大きく依存するが,それ以外の因子も理解しておく必要がある。それらを治療前に把握することにより,的確な制吐療法を施行し得る。
+ 解説
悪心・嘔吐に関連する因子として,治療関連因子と患者関連因子がある。治療関連因子としては,がん薬物療法に伴うものと放射線治療に伴うものに2 大別される。前者では抗がん薬の種類および投与量が関与し,後者では照射野が最大の決定要因である。
一方,患者関連因子としては,年齢,性別,飲酒習慣がある1)。すなわち,がん薬物療法施行時に,女性,若年である場合は,悪心・嘔吐の発現頻度がより高いとされている。また,飲酒習慣(有)はシスプラチンに伴う悪心・嘔吐の発現頻度は低いと報告されている。これら関連因子の生物学的メカニズムについては不明である。日本で実施された,高度・中等度リスク抗がん薬投与症例を対象とした制吐薬の第Ⅱ 相,第III相ランダム化比較試験の統合解析では,急性期嘔吐性事象と関連する因子としては,性別(女性),年齢(若年),飲酒習慣(無),喫煙歴(無)が,遅発性嘔吐性事象と関連する因子としては,性別(女性)が抽出された4)。一方,高度および中等度リスク抗がん薬投与に起因する急性および遅発性悪心・嘔吐の発現状況および制吐療法の実際について,多がん種で実施した実態調査(CINV 観察研究)では,急性期悪心および嘔吐性事象と関連する因子としては,性別(女性),年齢(若年)が,遅発性悪心および嘔吐性事象と関連する因子としては,性別(女性)が抽出された3)。オキサリプラチン投与大腸がんを対象にアプレピタント/ホスアプレピタントの上乗せ効果を検証したランダム化第III相試験(SENRI 試験)のリスク因子解析によると,アプレピタントの制吐効果は女性でより高かった4)。その他の催吐因子として,NCCN ガイドライン2017 には,消化管閉塞,前庭機能障害,脳転移,電解質失調,尿毒症,オピオイドを含めた併用薬,胃アトニー,精神的原因等が挙げられている。
治療関連因子はリスク分類がなされ,それぞれに対し推奨される制吐薬は決まっている。一方,高度催吐性リスク薬剤による悪心・嘔吐に対する患者関連因子を評価して適切な制吐療法を行うために, 予測スコアの開発も試みられており,Dranitsaris らは抗がん薬投与後5日間におけるGrade 2 以上のCINV は,7 つの因子の重み付けを設定することで予測可能と報告している5)。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ12
悪心・嘔吐の適切な評価はどのように行うか
推奨グレード
A | がん患者の症状については外来患者では受診ごとに,入院患者では入院後24 時間以内に評価することが推奨される。 |
---|
C1 | 治療日記などを用い,患者と医療従事者で情報を共有できる体制のもとで評価を行う。 |
---|
C1 | CINV の適切な緩和のためには,治療前のベースライン評価から治療の経過を通して継続した評価を実施する。 |
---|
+ 背景・目的
がん患者の悪心・嘔吐の評価,制吐薬使用に伴う評価に関して,明らかなコンセンサスやエビデンスはない。しかし,適切な制吐療法のためには,制吐薬使用前の悪心・嘔吐のリスクアセスメント,使用後の適切な評価が不可欠である。本項では,がん薬物療法を受けるがん患者への制吐薬使用に関する評価方法を中心に検証し,悪心・嘔吐を適切に管理するための評価方法について検討した。
+ 解説
がん患者の悪心・嘔吐の発現率はそれぞれ31%,20%と高率に発現することが報告されている1)。症状緩和のためには患者の苦痛を評価することが重要であり,NCCN の緩和ケアガイドライン2017 においては,「すべてのがん患者について苦痛緩和医療の必要性に関するスクリーニングを,初診時,適当な間隔で定期的に,さらに臨床的必要性に応じて実施する」ことが推奨されている。
しかし,がん薬物療法や放射線療法中の患者が経験する悪心・嘔吐について医療者は過小評価や過大評価していることが示されており2)3),患者の苦痛の緩和,効果的な制吐療法のためには,適切な評価が重要である。
1)症状の定義
悪心・嘔吐の症状については表1 の通りに定義されている。これらの中でも悪心の緩和が最も難しいといわれている。
2)悪心・嘔吐の評価方法
2008 年のRAND Cancer Quality-Assessing Symptoms Side Effects and Indicators of Supportive Treatment Project では,「すべてのがん患者を対象とし,外来患者は来院ごとに,入院患者は入院後24 時間以内に症状を評価する」ことが推奨されている4)。
CINV の適切な緩和のためには,治療前のベースライン評価から治療の経過を通して継続した評価を実施することが推奨されている。評価の時期として,NCCN ガイドライン2015では,少なくとも高度リスク抗がん薬では3 日間,中等度リスク抗がん薬では2 日間の注意を要するとなっているが,シスプラチンを用いている場合は,6 日間の注意を要するという報告や,日本人の多様なレジメンにおける調査では2 日目より7 日目のほうが症状が強いという報告3)があることなどから,治療を継続している期間は,常に評価を行うことが重要である。
適切な悪心・嘔吐の評価においては,医療者と患者の症状の認識は異なるという報告2)3)を踏まえ,医療者による客観的評価とともに患者の主観的評価を含めることが必要である。
患者の主観的評価の前提として,患者に対して評価の目的,内容や方法についてわかりやすく説明し,悪心・嘔吐の評価への協力を求めることが重要である。説明の内容は,治療前に実施したリスクアセスメント〔→総論3)の(1)「悪心・嘔吐に対するリスクの把握」,CQ11 参照〕および症状別の対応(→CQ2,3,6,9 参照),適切な制吐薬が用いられないことに伴う患者の悪心・嘔吐による苦痛の遷延,制吐薬の過剰投与による便秘などの苦痛増加である。
がん薬物療法の経過による悪心・嘔吐の評価のポイントを,CQ の推奨内容を踏まえ表2 にまとめた。
時期 | 症状の種類 | 評価のポイント |
---|---|---|
治療前 | — | 悪心・嘔吐の原因の鑑別が必要である(CQ11,CQ15)。リスクアセスメントとしては,悪心・嘔吐の関連因子(CQ11),抗がん薬の催吐性リスク〔総論3)の(1)〕の評価を実施することが必要である。 |
抗がん薬投与後 24 時間以内 |
急性悪心・嘔吐 | 24 時間以内に消失する悪心・嘔吐である(CQ2)。リスクアセスメント〔総論3)の(1),CQ11〕を踏まえ評価を行う。 |
抗がん薬投与後 24 時間以降 |
遅発性悪心・嘔吐 | 24 時間以降に発現する悪心・嘔吐である(CQ3)。患者のQOL や精神的安定,治療に対する意欲への影響があり(CQ3),症状の程度と併せて評価を行う。 |
制吐薬の予防的 投与後 |
突出性悪心・嘔吐 | 制吐薬の予防的投与を十分行っても悪心・嘔吐が発現・継続する症状である(CQ6)。評価には,悪心・嘔吐の原因の再評価を行うとともに,予防として用いる制吐薬を患者が予定通りに用いていたかを確認し,制吐薬を変更した場合はその効果について評価を行う。 |
治療経験のある 患者の治療前 |
予期性悪心・嘔吐 | がん薬物療法や放射線療法により悪心・嘔吐を経験した患者が次の治療の前に悪心・嘔吐を生じる症状である(CQ9)。既治療における悪心・嘔吐歴,精神的な要因など高リスク患者を評価し,適切な対処が必要である。 |
3)悪心・嘔吐の評価に用いる基準や尺度
医療者と患者の認識の違いをなくすため,症状の評価には,患者および多職種の医療者が基準や評価票など共通のものさしを用いることが必要である。
(1)がん治療に伴う悪心・嘔吐の客観的な評価
がん治療に伴う悪心・嘔吐の客観的な評価には,有害事象共通用語規準v4.0 日本語訳JCOG 版(略称: CTCAE v4.0-JCOG)が一般的に用いられている(表3)。
CTCAE v4.0 Term 日本語 | Grade 1 | Grade 2 | Grade 3 | Grade 4 | Grade 5 |
---|---|---|---|---|---|
悪心 | 摂食習慣に影響のない食欲低下 | 顕著な体重減少,脱水または栄養失調を伴わない経口摂取量の減少 | カロリーや水分の経口摂取が不十分; 経管栄養/TPN/入院を要する | — | — |
嘔吐 | 24 時間に1〜2エピソードの嘔吐(5 分以上間隔が開いたものをそれぞれ1 エピソードとする) | 24 時間に3〜5 エピソードの嘔吐(5 分以上間隔が開いたものをそれぞれ1 エピソードとする) | 24 時間に6 エピソード以上の嘔吐(5 分以上間隔が開いたものをそれぞれ1 エピソードとする); TPN または入院を要する | 生命を脅かす; 緊急処置を要する | 死亡 |
出典: 有害事象共通用語規準v4.0 日本語訳JCOG 版
グレード(Grade)が高くなるほど症状が強くなるが,評価は,治療前後の食事摂取量の変化,体重の減少,脱水や栄養状態などの生理学的な指標を用いて行われる。そのため,治療前の普段の食事習慣や治療前の栄養状態を基準となる状態として把握し,治療後の状態と比較し評価を行う。
嘔吐の「1 エピソード」とは,1 回嘔吐したことを指すのではなく,嘔吐発作の一連の経過のことであり,短時間に連続して2,3 回の嘔吐があったとしても,それは「1 エピソード」としてカウントされる。
(2)患者の主観的評価
① 評価に用いる尺度
悪心は,主観的な症状であり,以下の方法で評価することができる。いずれも痛みの評価に頻用されるが,悪心・嘔吐にも用いられている。
Visual Analogue Scale(VAS)は,症状の強さについて100 mm の線上に記載してもらうもので,簡便で短時間で記載可能であるが,口頭や電話での評価には用いることができない(図1a)。さまざまな研究等で用いられ,信頼性も高い。しかし,高齢者で認知機能が低下している場合には理解が難しい。また,心理的因子が症状に関連している場合は不向きであると報告されている5)。
Numerical Rating Scale(NRS)は,今まで感じた最悪の症状を10,症状がない状態を0 として現在は何点かを答えてもらうものである5)(図1b)。
Verbal Rating Scale(VRS)は症状の強さが何段階目にあたるかで評価する方法である(図1c)。言葉が理解できない小児には適さない5)。
フェーススケールは,言葉で症状の強さを表現する代わりに人間の表情で示したもので,小児で頻用され,6 段階で表したWong-Baker Face Scale が最もよく使用されている6)(図1d)。
② PRO-CTCAE™ 日本語版
有害事象共通用語規準v4.0 日本語訳JCOG 版(略称: CTCAE v4.0-JCOG)の,主観的評価に活用するために,患者が記入できるPRO-CTCAETM が開発され7),日本語版の妥当性が検証された8) 9)。本尺度は,全80項目よりなるが,その中で,「吐き気」・「嘔吐」に関する評価項目が設定されている(総論 表5 参照)。
③ がん治療のQOL 包括的尺度における悪心・嘔吐の評価
がん治療を受ける患者のQOL を測定する尺度に含まれる悪心・嘔吐の評価は以下の通りである(表4)。
European Organization for Research and Treatment of Cancer: Quality of Life Questionnaire: Core 30(EORTC QLQ-C30,ver. 3.0)は,機能面5 側面と症状3 側面,包括的な健康状態/QOL の1 側面,およびがん患者に一般的に生じるその他の症状(呼吸困難,食欲不振,不眠,便秘,下痢)と,疾患の経済面への影響を評価する項目が含まれている9)10)。
Functional Assessment of Cancer Therapy-General(FACT-G)は,がん患者の QOL を身体面,社会面/家族面,情緒面,機能面の4 次元について測定するものである11)12)。
日本で開発されたQOL 尺度である,がん薬物療法におけるQOL 調査票(Quality of Life Questionnaire for Cancer Patients Treated with Anticancer Drugs: QOL-ACD)は,活動性,身体状況,精神・心理状態,社会性の4 領域を測定するものである13)。
尺度名 悪心・嘔吐に関連する質問項目 | 強さを評価する用語 | |
---|---|---|
EORTC QLQ-C30 ・吐き気がありましたか。・吐きましたか。 |
1.まったくない 2.少しある 3.多い 4.とても多い |
|
FACT-G ・吐き気がする。 |
1.まったくあてはまらない 3.多少あてはまる 5.非常によくあてはまる |
2.わずかにあてはまる 4.かなりあてはまる |
QOL-ACD ・吐くことがありましたか。 |
1.よく吐いた〜5.全く吐かなかった の5段階 |
④ 悪心・嘔吐に特異的な質問票
現在,悪心・嘔吐を特異的に測定するために日本語でも活用できる質問票は,表5 の通りである。
MAT(MASCC Antiemesis Tool)は,MASCC の悪心・嘔吐の測定尺度であり,急性および遅発性(24 時間以内および治療後4 日間)の悪心・嘔吐の頻度と強度を測定し,進行がん患者,がん薬物療法施行患者を対象に用いられている14)〜16)。
Index of Nausea,Vomiting,and Retching(INVR)は,悪心・嘔吐・空嘔吐(retching)それぞれの頻度,持続時間,重症度,苦痛の程度を測定でき,がん薬物療法を受けている患者,乳がん患者を対象に用いられている17)18)。日本語版は悪心・嘔吐のみの構成である。
名称 | 特徴 |
---|---|
MASCC の評価尺度日本語版(MASCC Antiemesis Tool; MAT) | 急性および遅発性(24 時間以内および治療後4 日間)の悪心・嘔吐の頻度と強度の測定に用いることができる。 |
悪心・嘔吐の指標日本語版(Index of Nausea, Vomiting, and Retching; INVR) | 原文では,悪心・嘔吐・空嘔吐(retching)それぞれの頻度,持続時間,重症度,苦痛の程度を測定できるが,日本語版は悪心・嘔吐のみの記載となっている。 |
4)制吐薬の服薬状況に関する評価
がん治療とCINV 研究会による大規模調査によると,日本における制吐薬適正使用ガイドライン遵守率は,急性悪心・嘔吐では74%,遅発性悪心・嘔吐では95%であり,欧米における調査に比較し,高い遵守率であることが報告された3)。
制吐薬の使用については,経口薬が増加し,患者の自己管理が重要となっていることや,遅発性の悪心・嘔吐として,7 日目の症状の強さが報告されていること3)などから,指示通りに服薬しているかを評価する必要がある。
5)制吐薬の治療効果
制吐薬の治療効果の定義については,総論-表4 を参考とする。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Palliative Care-ver. 1, 2017
- ② NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ③ Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
- ④ ONS(Oncology Nursing Society), Chemotherapy and Biotherapy Guidelines and Recommendations for Practice(Fourth Edition), 2014
- ⑤ ONS(Oncology Nursing Society)Putting Evidence into Practice(PEP): Improving Oncology Patient Outcomes, 2014
- ⑥ NCI Common Terminology Criteria for adverse events(CTCAE)ver. 4
- ⑦ 日本緩和医療学会編.がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2014年版.金原出版,東京,2014.
参考文献
( )エビデンスレベル |
1) Teunissen SC, Wesker W, Kruitwagen C, et al. Symptom prevalence in patients with incurable cancer: a systematic review. J Pain Symptom Manage. 2007; 34: 94-104. |
(Ⅰ ) |
2) Vidall C, Ferná ndez-Ortega P, Cortinovis D, et al. Impact and management of chemotherapy/radiotherapy-induced nausea and vomiting and the perceptual gap between oncologists/oncology nurses and patients: a cross-sectional multinational survey. Support Care Cancer. 2015. |
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3) Tamura K, Aiba K, Saeki T, et al. Testing the effectiveness of antiemetic guidelines: results of a prospective registry by the CINV Study Group of Japan. Int J Clin Oncol. 2015; 20: 855-65 |
(III) |
4) Naeim A, Dy SM, Lorenz KA, et al. Evidence-based recommendations for cancer nausea and vomiting. J Clin Oncol. 2008; 26: 3903-10. |
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5) Hawker GA, Mian S, Kendzerska T, et al. Measures of adult pain: Visual Analog Scale for Pain(VAS Pain), Numeric Rating Scale for Pain(NRS Pain), McGill Pain Questionnaire (MPQ), Short-Form McGill Pain Questionnaire(SF-MPQ), Chronic Pain Grade Scale (CPGS), Short Form-36 Bodily Pain Scale(SF-36 BPS), and Measure of Intermittent and Constant Osteoarthritis Pain(ICOAP). Arthritis Care Res(Hoboken). 2011; 63 Suppl 11: S240-52. |
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(Ⅵ ) |
7) PRO-CTCAE™ 日本語版. |
|
8) Miyaji T, Iioka Y, Kuroda Y, et al. Japanese translation and linguistic validation of the US National Cancer Institute’s Patient-Reported Outcomes version of the Common Terminology Criteria for Adverse Events(PRO-CTCAE), Journal of Patient-Reported Outcomes ,2017; 1: 8 DOI 10.1186/s41687-017-0012-7 |
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9) Aaronson NK, Ahmedzai S, Bergman B, et al. The European Organization for Research and Treatment of Cancer QLQ-C30: a quality-of-life instrument for use in international clinical trials in oncology. J Natl Cancer Inst. 1993; 85: 365-76. |
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11) Cella DF, Tulsky DS, Gray G, et al. The Functional Assessment of Cancer Therapy scale: development and validation of the general measure. J Clin Oncol. 1993; 11: 570-9. |
(Ⅳ ) |
12) Fumimoto H, Kobayashi K, Chang CH, et al. Cross-cultural validation of an international questionnaire, the General Measure of the Functional Assessment of Cancer Therapy scale(FACT-G), for Japanese. Qual Life Res. 2001; 10: 701-9. |
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13) Development of quality of life questionnaire in Japan: quality of life assessment of cancer patients receiving chemotherapy. Psychooncology. 1999; 8: 355-63. |
(Ⅳ ) |
14) Multinonal Association of Supportive Care in Cancer: MASCC antiemesis too(l MAT) |
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18) Arakawa S. Relaxation to reduce nausea, vomiting, and anxiety induced by chemotherapy in Japanese patients. Cancer Nurs. 1997; 20: 342-9. |
(Ⅴ ) |
CQ13
通院加療中の悪心・嘔吐のマネージメントを行うにはどうすればよいか
推奨グレード
C1 | 推奨される治療はないが,在宅加療中の悪心・嘔吐のマネージメントは重要であるため,エビデンスに基づいた加療を行う。 |
---|
+ 背景・目的
近年,抗がん薬治療は外来において施行する機会が増えており,通院治療後の在宅での患者の悪心・嘔吐のマネージメントは極めて重要である。在宅での積極的な悪心・嘔吐のマネージメントを行うことは患者の治療成績やQOL に直結する重要な課題である。
+ 解説
昨今,抗がん薬による治療を外来において施行する機会が増えており,治療終了後に,医療スタッフの目の届かない在宅における悪心・嘔吐をマネージメントすることは患者のQOL に直結する重要な問題である。在宅中の患者について正確な症状モニタリングを行うことは困難であり,在宅中の悪心が患者の生活に及ぼす影響は大きい1)と思われる。また患者は,医療行為の中で遅発期の悪心のコントロールを最優先することを望むとする海外での報告もある2)。
さらにわが国での,がん薬物療法により誘導された悪心・嘔吐に関する多施設共同大規模アンケート調査では,急性期よりも遅発期の悪心・嘔吐のコントロールが,患者にとって重要な関心事であることが示され,患者の悪心・嘔吐コントロールにおける制吐療法の必要性が初めて明らかにされた3)。
本ガイドラインではそれぞれの催吐性リスクに応じて,急性期,遅発期の悪心・嘔吐のコントロールを推奨しており,遅発期についても基本的にはCQ3,CQ6,CQ7,CQ9 等の項を参考にエビデンスに基づいた加療を行うことが推奨される。しかし,遅発期の制吐療法にターゲットを絞り有用性を示したランダム化比較試験は数多く行われているわけでなく,また制吐療法についていくつかのオプションを最低限のエビデンスに基づいて提示しているのが現状である。
しかし前述のように積極的に遅発期の悪心・嘔吐のコントロールを行うことはその必要性から重要な課題であり,悪心・嘔吐のマネージメントは,制吐薬だけで行うのではなく,十分な症状モニタリングに基づいた抗がん薬の中止・減量,スタッフによる物心両面の患者サポートも重要であることは論を待たない。
また従来,臨床試験において制吐薬の有用性を評価する主要評価項目として急性期の悪心・嘔吐の制御割合を設定するものが多かったが,近年では主要評価項目として遅発期の悪心・嘔吐の完全制御割合や制御割合を設定する臨床試験が増えており,今後の検討に期待したい。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② MASCC/ESMO Antiemetic Guidelines 2016
- ② Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ14
小児がん治療における悪心・嘔吐にどのような対処をするか
推奨グレード
B | 小児においても成人と同様(5-HT3受容体拮抗薬およびデキサメサゾン±NK1 受容体拮抗薬)の制吐療法が推奨され,臨床上十分な制吐効果が得られる。ただし,使用薬剤の本邦での承認内容(小児適応や用量)を確認する必要がある。 |
---|
+ 背景・目的
小児期の悪性腫瘍は胎児性性格を持つ間葉系由来の肉腫が主体であり,それらの多くは薬物療法に感受性が極めて高く,血液腫瘍のみならず,固形がんにおいてもその治療において薬物療法がその主体となる疾患が多い。従って,適切な制吐薬の使用が治療遂行上,極めて重要である。
これらの薬物感受性の高い腫瘍群に頻用される薬剤は,ドキソルビシン,シスプラチン,エトポシド,シクロホスファミド,イホスファミド,アクチノマイシンD,大量メソトレキサート,大量シタラビン等,高度から中等度催吐性リスクの薬剤が大部分である。したがって,制吐薬の適切な使用が患者のQOL を良好に維持しつつ,効果的な治療完遂に必須である。
+ 解説
小児期の悪性腫瘍薬物療法における制吐薬については,その稀少性,それに伴う採算性の問題から,質の高いエビデンスは極めて少ない1, 2)。しかし,ASCO やMASCC/ESMO のガイドラインにも,小児に推奨される制吐法が記載されている。それらは小児から得られた少数のエビデンスと,成人領域で確立している制吐法からの演繹によって述べられているが,一般臨床上,充分な信頼性がある3)。小児であることが悪心・嘔吐のリスク因子になるかどうかについては比較試験が無いのでエビデンスといえるものは無いが,経験的に成人より制吐コントロールは容易である。
小児では嘔気の程度の評価が時に困難である。とくに自己の症状を言語化するのが困難な幼若児では,その表情,全身状態,摂食行動,さらには両親(特に母親)の感じている我が子の苦痛,等を総合的に判断する必要がある。幼若児は医療者に元気を装わないので,苦痛・嘔気の把握はむしろ容易であるとも言える。
悪心・嘔吐の危険因子は,① 過去のがん薬物療法での悪心・嘔吐の記憶,② 車酔いしやすい小児,③ 不良なPS,④ 社会経済的に貧困家庭の小児,⑤ 両親の愛情不足,などがあげられる。成人も同様であるが,① の条件付けが最も対処困難な悪心・嘔吐,ひいては治療拒否につながりやすく,初回の悪心・嘔吐対策は濃厚に行うことが重要である。
本稿では基本的に急性の悪心・嘔吐対策について述べている。小児がんの薬物療法レジメンの多くは,数日間継続的に多剤併用投与されるブロックが複雑に組み合わされるものが多く,急性期嘔吐と遅発性嘔吐が混在し,その区別は成人領域の外来通院治療より複雑であり,急性,遅発性の区別は臨床的にほぼ意味がない。本ガイドラインでも成人領域では「遅発性悪心・嘔吐」が重点的な話題であるが,小児では上述のような事情もあり,遅発性嘔吐に対する制吐薬研究は不十分である3)。また,血中半減期が長く遅発性嘔吐に対する効果が期待される第二世代5-HT3受容体拮抗薬であるパロノセトロンは,MASCC/ESMO のガイドラインでは小児にも推奨され,FDA も2014 年には既に小児適応を認めている。しかし,本邦では小児適応がない。このように成書には,ASCO やMASCC/ESMO のガイドラインに従って対応するように記載されていても,本邦での薬物小児適応に従うと必ずしもそれらのガイドラインには準拠できないことも留意すべきである。
前版の本ガイドライン発行時には,本邦でのNK1受 容体拮抗薬アプレピタントの小児適応は12 歳以上の小児に限られていたが,静注薬ホスアプレピタントは,2016年にようやく,生後6 ヶ月以上の小児に適応拡大された。
また,近年,非定型精神病薬であるオランザピンの制吐作用が注目されている4)が本邦では成人領域で2017 年 12 月 に効能・効果の追加承認を受けたばかりであり,小児への使用は承認されていない。また,小児に対するオランザピンの有効性・安全性に対する検証は極めて限られており3),有効性は示されているものの,その一般的使用は今後の課題である。
本邦での5-HT3 受容体拮抗薬使用状況は,その承認時期がより早かった点,および放射線治療の嘔気への適応があることに要因があると思われるが,オンダンセトロンに比較し,グラニセトロンが広く用いられている。通常の用量では問題にならないと考えられるが,高用量のオンダンセトロンはQT 延長を来すことか知られている点も留意しておくべき点である(→CQ17)。
実臨床においての基本的制吐レジメンは,5-HT3 受容体拮抗薬およびデキサメサゾン±NK1 受容体拮抗薬であることに変わりはない。具体的には多くの場合,5-HT3 拮抗薬(グラニセトロンないしオンダンセトロン)とデキサメサゾンに,催吐性の高いレジメンや嘔吐しやすい患児にはアプレピタント(ホスアプレピタント)を加える,という投与法が一般的であり,ほぼ充分な制吐効果が得られる。用量は患児の体重,体表面積および本邦の承認用量に従う。治療レジメンに副腎皮質コルチコイドが含まれている場合もしばしばあるので,その用量を勘案して,制吐薬としてのデキサメサゾン用量ないし投与の適否を決定する。難治性のCINVに対するオランザピン投与は効果が期待されるが現時点(2017 年12 月)では,推奨できる状況にはない。
+ 参考にした二次資料
- ① Dupuis LL, Sung L, Molassiotis A, et al. 2016 updated MASCC/ESMO consensus recommendations: Prevention of acute chemotherapy-induced nausea and vomiting in children. Support Care Cancer. 2017
- ② Hesketh PJ, Kris MG, Basch E, et al. Antiemetics: American Society of Clinical Oncology Clinical Practice Guideline Update. J Clin Oncol. 2017; 35: 3240-61.
- ③ atel P, Robinson PD, Thackray J, et al. Guideline for prevention of acute chemotherapy-induced nausea and vomiting in pediatric cancer patients: A focused update. Periatr Blood Cancer. 2017
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ15
食欲不振,胸焼け,消化不良,悪心は区別できるか,
また悪心・嘔吐をきたす他の病態にはどのようなものがあるか
また悪心・嘔吐をきたす他の病態にはどのようなものがあるか
推奨グレード
B | 食欲不振,胸焼け,消化不良,悪心を鑑別できるエビデンスはない。これらの症状を合併する場合はプロトンポンプ阻害薬またはH2受容体拮抗薬の投与を検討する。 |
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C1 | 制吐薬を使用する際は,本項解説に記載する病態を見極めたうえで適応薬剤を検討する。 |
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+ 背景・目的
制吐薬を使用する際にはその適応を見極めて投与する。本項ではがん薬物療法以外の原因により悪心・嘔吐をきたす病態についてまとめた。
+ 解説
1)食欲不振,胸焼け,消化不良,悪心について
食欲不振は,がん薬物療法後の悪心によるものだけでなく,口腔粘膜の障害や味覚変化が原因になる。また原疾患の進行によっても起こる。胸焼けは胃酸の逆流によって起こることが多く,逆流性食道炎でみられる。消化不良は,主に胃炎などの消化器疾患や消化管の機能障害にみられる症状であり,食中・食後に起こる胸焼け,上腹部の膨満感・不快感が挙げられる。これらの症状は,悪心を伴ったり,複数の症状が同時に起こることがあるので鑑別が困難である。プロトンポンプ阻害薬またはH2受容体拮抗薬の投与を検討する1)。
2)がん薬物療法以外の原因で悪心・嘔吐をきたす病態
がん患者ではがん薬物療法以外にも,以下に示すような病態で悪心・嘔吐を生ずる。
- 腸管の部分狭窄や完全閉塞
- 前庭機能障害
- 脳圧亢進症状
- 電解質異常(高カルシウム血症,低ナトリウム血症,高血糖)
- 尿毒症
- オピオイドを含む併用薬剤
- 腸管運動麻痺(原病腫瘍,ビンクリスチンなどの抗がん薬,糖尿病性自律神経障害など)
- 過剰分泌(頭頸部癌での流涎など)
- 悪性腹水
- 心因性要因(不安,予期性悪心・嘔吐)
特に難治性の悪心・嘔吐が続く場合には上記の病態を考え,詳細な問診と診察を行ったうえで採血や画像検査を施行し鑑別することが必要である。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② 2017 UpToDate Version 78.0“Prevention and treatment of chemotherapy-induced nausea and vomiting in adults”
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ16
剤形の違う薬剤をどのように使い分けるか
推奨グレード
B | 制吐薬は剤形による効果の差異はないため,いずれを使用しても構わない。嘔吐のため経口投与が困難な場合は注射薬を考慮する。 |
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+ 背景・目的
制吐薬を使用する際は患者の病態・病状により剤形を考えて投与する。本項では剤形を選択する際の留意点と利用可能な剤形についてまとめた。
+ 解説
制吐薬の剤形には錠剤,カプセル剤,細粒剤,注射剤や坐剤がある。水分摂取困難な患者への経口投与には口腔内崩壊錠が選択される。5-HT3受容体拮抗薬の経口薬はランダム化比較試験にて注射薬と比べて承認用量で効果に差はない1)。小児の場合は内服が困難な場合が多く注射薬を使用する(→CQ14 参照)。NK1受容体拮抗薬アプレピタントは水に不溶のため,リン酸化プロドラッグであるホスアプレピタントとして注射製剤化されている。ホスアプレピタント150 mg のがん薬物療法1 日目の単回静脈内投与は,アプレピタントの3 日間経口投与(1 日目125 mg,2〜3 日目80 mg)と同等の効果を有している2)。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② 2017 UpToDate Version 78.0“Prevention and treatment of chemotherapy-induced nausea and vomiting in adults”
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ17
薬物間相互作用を考えて使用しなければならない制吐薬は何か
推奨グレード
B | アプレピタント,ホスアプレピタントは,代謝過程における薬物間相互作用が報告されている。 |
---|
+ 背景・目的
制吐薬を使用する際は,抗がん薬およびその他の併用薬との相互作用を考慮する。本項ではアプレピタント,ホスアプレピタントの相互作用について解説する。
+ 解説
アプレピタントはチトクロームP450(Cytochrome P450; CYP)3A4 の基質であり,軽度から中等度のCYP3A4 阻害および誘導作用を有し,CYP2C9 の誘導作用も有する。そのためCYP3A4 およびCYP2C9 により代謝される薬剤は,アプレピタントおよびホスアプレピタントとの併用時に,代謝阻害による血中濃度上昇もしくは代謝誘導による血中濃度低下を生じ,作用が増強または減弱する可能性があるため注意を要する。CYP3A4 によって代謝される薬剤は非常に多く,ピモジドは血中濃度の上昇によりQT 延長や心室性不整脈などの重篤な副作用が発現するおそれがあるため,アプレピタントおよびホスアプレピタントとの併用は禁忌とされている。
CYP3A4 により代謝されるドセタキセル(60〜100 mg/m2)1),ビノレルビン(25 mg/m2)2)およびカバジタキセル(15 mg/m2)3)の薬物動態は,アプレピタント併用によって臨床的な影響を受けないことが報告されている。シクロホスファミドはプロドラッグであり,活性体である4-ヒドロキシ体へは主にCYP2B6 により変換され,またシクロホスファミドと4-ヒドロキシ体はCYP3A4 によって代謝される。シクロホスファミドとアプレピタントの相互作用に関する薬物動態試験において,造血幹細胞移植前処置(60 mg/kg)での検討ではシクロホスファミドおよび4-ヒドロキシ体ともにアプレピタント併用によるAUC の有意な変動は認められなかったという報告4)や, AC 療法(600 mg/m2)での検討ではアプレピタント併用時のシクロホスファミドのAUC は増加したが,4-ヒドロキシ体のAUC は有意な変動が認められなかったとの報告がある5)。また,乳がん患者でのシクロホスファミド(500〜1,500 mg/m2)を含むレジメンに対するアプレピタントの有用性を検証した大規模臨床試験(n=857)においては,アプレピタント群とプラセボ群の発熱性好中球減少症の発現率がいずれも2.1 % であったことから6),両群における抗がん薬の曝露量には差がなかったことが推察されている。CYP3A4 またはCYP2C9で代謝される他の抗がん薬(イリノテカン,ビンクリスチン等)については,アプレピタントやホスアプレピタントとの相互作用の有無ならびに程度の報告はないため,これらとアプレピタントもしくはホスアプレピタントを併用する際には有効性や安全性の変化に注意する。
デキサメタゾンやプレドニゾロンなどの副腎皮質ステロイドもCYP3A4 によって代謝される。アプレピタント併用時にはデキサメタゾンのAUC が増加する7)ため,アプレピタントもしくはホスアプレピタントを含む制吐療法におけるデキサメタゾンは相互作用を考慮した減量にて投与される(→CQ5 参照)。なお,ホスアプレピタントの投与は1 日目のみであることから,デキサメタゾンとの相互作用(AUC 増加)は2 日目までしか認められない8)。一方,抗がん薬として投与される副腎皮質ステロイドは減量されるべきではない。なお,R-CHOP 療法におけるプレドニゾロンのAUC はアプレピタント併用により影響を受けないことが報告されている9)。
抗がん薬以外では,CYP3A4 で代謝されるミダゾラム(2 mg)のAUC がアプレピタントおよびホスアプレピタント併用により増加することが報告されている8)10)。ワルファリンはアプレピタントのCYP2C9 誘導作用により,S-ワルファリンの血中濃度が低下して抗凝固作用が減弱する11)ため,ワルファリン投与患者にアプレピタントやホスアプレピタントを投与する際はプロトロンビン時間(PT-INR)のモニタリングを密に行う。同じくCYP2C9 で代謝されるトルブタミド(500 mg)もアプレピタント併用によりAUC が低下する10)。
一方,アプレピタントやホスアプレピタントの AUC に影響を与える薬剤がある。CYP3A4 の阻害薬であるイトラコナゾールなどのアゾール系抗真菌薬やクラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬はアプレピタントの AUC を増加させる。またCYP3A4 の誘導薬であるカルバマゼピン,リファンピシン,フェニトインはアプレピタントのAUC を低下させる。したがって,これらとの併用時にはアプレピタントやホスアプレピタントの効果が増強もしくは減弱する可能性がある。
+ 参考にした二次資料
- ① NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology-Antiemesis-ver. 2, 2017
- ② Kris MG, Hesketh PJ, Somerfield MR, et al. American Society of Clinical Oncology Guideline for antiemetics in Oncology: Update 2006. J Clin Oncol. 2006; 18: 2932-47.
- ② 2017 UpToDate Version 78.0“Prevention and treatment of chemotherapy-induced nausea and vomiting in adults”
参考文献
( )エビデンスレベル |
CQ18
治療期においてオピオイド鎮痛薬による悪心・嘔吐をどのように治療するか
推奨グレード
C1 | 積極的ながん治療の時期にオピオイド鎮痛薬を開始する場合,7 日間程度ドパミンD2 受容体拮抗薬を用いて悪心・嘔吐に対する予防を行う。 |
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+ 背景・目的
がん疼痛その他に対して用いるオピオイドにより,便秘,悪心・嘔吐,眠気といった副作用が現れる。オピオイド鎮痛薬開始時や増量時に問題となるが,特に悪心・嘔吐は,患者の服薬アドヒアランスに重大な影響を与えるため予防的に制吐薬を用いるなど適切な対策を取る必要がある。
+ 解説
がんの治療において,支持療法としてのオピオイドは術後,薬物療法,放射線治療といった治療期から,積極的な抗がん治療を行わない緩和医療が中心となる時期にかけて主として鎮痛目的に広く用いられる。
オピオイドは主としてμ受容体に作用し鎮痛効果を出す一方,ドパミンやヒスタミン遊離を引き起こし催吐作用も併せ持つ。オピオイドによる悪心・嘔吐は投与初期,増量時に生じることが多く,通常数日間で軽減する。オピオイド以外にもさまざまな原因で悪心・嘔吐が生じるため,オピオイド以外に考えられる要因(→CQ15 参照)を鑑別し,除外する必要がある。
種類によっても異なるが,オピオイドにより20%前後に悪心が,10%前後に嘔吐が生じる(表1)。オピオイドによる悪心・嘔吐に対し,日本麻酔科学会,日本緩和医療学会からガイドラインが出されている。
モルヒネ製剤 経口投与 |
フェンタニル 貼付薬 |
オキシコドン 製剤経口投与 |
コデイン製剤 経口投与 |
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悪心 | 22% | 14% | 23% | 21% |
嘔吐 | 13% | 7% | 14% | 23% |
日本麻酔科学会の『麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン』(2015 年)では,モルヒネ,オキシコドン,コデインについて,悪心が出る前に制吐薬を予防的に用いることを推奨している。日本緩和医療学会の『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン』(2014 年)では,予防的投与を積極的には推奨しないものの,「患者の状態によっては,オピオイドの開始と同時に制吐薬を定期的に開始してもよい」としている。予防的に制吐薬を開始してよい症例として,がん薬物療法を受けている場合など,悪心・嘔吐を起こしやすい患者を挙げている。
非がん疼痛もしくはがん疼痛に対しオピオイドを用いる際に,その悪心・嘔吐に対する対処策がさまざまに検討されてきた。
オピオイドの使用は術後の悪心・嘔吐(postoperative nausea and vomiting; PONV)の主要因である。PONV に対して,ドロペリドールあるいはデキサメタゾン,5-HT3受容体拮抗薬であるオンダンセトロンを対照として比較試験が行われることが多い。実臨床では催吐リスクに応じた対応が求められている。予防的に用いる制吐薬には,ドロペリドール,ハロペリドール,ペルフェナジン,ジフェンヒドラミン,スコポラミン,デキサメタゾン,5-HT3受容体拮抗薬,NK1受容体拮抗薬があり,リスクに応じて単剤,あるいは併用して用いられる2)。
一方,がん疼痛に対してオピオイドが使用される際の予防的制吐効果を示したエビデンスは限られている。比較的質の高い臨床試験としては以下のものがある。欧州で行われたランダム化比較試験3)は,オピオイドを開始/変更/増量する際にオンダンセトロンあるいはメトクロプラミドを用いることでプラセボに比べ悪心・嘔吐の制御割合が高まるかどうかを検証した多施設共同試験である。解析可能な症例数が180 名必要なところ,登録は92 名のみであった。結果,3 群に有意な差は認められなかった。
またオキシコドンの開始時にプロクロルペラジンの予防投与の有効性を検証した臨床試験がある4)。わが国で行われたランダム化比較試験で,4 分の1 のみががん治療を受けていた。主要評価項目である5日間の完全嘔吐制御割合で両群に差がなく,予防投与の有効性は示されなかった。しかし,単施設120 名規模の,小規模な臨床試験であることに注意が必要である。検出力不足であるこれらの臨床試験から確定的な結論を導き出すことは困難である。
オピオイドに伴う悪心・嘔吐の頻度は,抗がん薬に当てはめれば軽度リスクに相当する。強いエビデンスはないものの,治療期の患者に対してオピオイドを用いる際,コンセンサスとして予防的制吐療法を推奨する。緩和ケア症例を対象とした前後比較試験の結果と,システマティック・レビューから,ドパミン受容体拮抗作用を有するプロクロルペラジン,ハロペリドールもしくはメトクロプラミドを予防的制吐薬として用いる。オピオイドに伴う悪心・嘔吐は数日で耐性ができること,上記薬剤で眠気,ふらつきが生じる可能性があること,長期投与で錐体街路症状が現れる可能性があることより,7 日程度でこれらの制吐薬を中止することが望ましい。
予防的制吐療法中に生じた悪心・嘔吐に対しては,オピオイド以外に考えられる要因をCQ15 を参照しつつ除外し,オピオイドの減量,投与ルートの変更,別系統のオピオイドへの変更を考慮する。そのうえで適応があれば,オンダンセトロンを用いる。非がん疼痛に対するオピオイドの悪心・嘔吐に対し,プラセボを対象としたオンダンセトロンのPONV に対する効果がメタアナリシスでも認められていること5),術後にオピオイドを用いる際,オンダンセトロンがメトクロプラミドに比べ制吐効果で勝っていたこと6)がその根拠となる。進行した時期のがん患者で,オピオイドに伴うものも含まれる難治性悪心・嘔吐に対して,オランザピン,リスペリドン,クロルプロマジン,クロルフェニラミンがある。ただし,それらの有効性を示唆するエビデンスは少数例の第Ⅱ 相試験にとどまっている。
オピオイドにより生じた悪心・嘔吐は,オピオイドを悪心が少ない他系統へ変更(オピオイドスイッチング)したり,投与ルートを変更したりすることで改善する可能性がある。ただし,オピオイドスイッチングに関するランダム化比較試験はない。メタアナリシスではないシステマティック・レビューと,難治性の悪心・嘔吐に関する少数例の前後比較試験報告によると,モルヒネからオキシコドン,フェンタニルに,またオキシコドンからフェンタニルに変更し,悪心・嘔吐の改善を認めている7)8)。
投与ルート変更についても質の高いランダム化比較試験はない。中規模の前後比較研究では,モルヒネの経口から経静脈・経皮下ルートへ,経皮フェンタニルをモルヒネないしフェンタニルの経静脈・経皮下ルートへの変更で悪心・嘔吐の軽減を認めている9)10)。
+ 参考にした二次資料
- ① 日本緩和医療学会編.がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2014 年版.金原出版,東京,2014.
- ② 日本麻酔科学会.麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドライン 第3 版.2015.
http://www.anesth.or.jp/guide/index.html - ② Caraceni A, Hanks G, Kaasa S, et al. Use of opioid analgesics in the treatment of cancer pain: evidence-based recommendations from the EAPC. Lancet Oncol. 2012; 13: e58-68.
参考文献
( )エビデンスレベル |
Appendix 制吐薬の副作用
制吐薬使用時においては,その副作用特性を十分に理解しておかなければならない。なお,副作用情報は医薬品添付文書からの入手が基本となるが,制吐以外の効能・効果を有する薬剤では異なる用量や長期使用による副作用も記載されている。したがって,患者に対する副作用情報提供時には,これらを考慮したうえでの事象の選択が必要である。また,「主な副作用」と「発現頻度は低いが重大な副作用」は区別して理解されるこ とが望ましい。制吐薬の特徴的な副作用を表1 に示す。
制吐薬にかかる医療費についても近年cost-effectiveness 研究が進められており,説明の際に言及することが求められよう。医療者側として,制吐療法について可能な限り情報提供を行い,患者の同意を得ておくことが重要であると思われる。
5-HT3受容体拮抗薬2): |
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主な副作用 | 精神神経系 | 頭痛 |
消化器 | 便秘 | |
発現頻度は低いが重大な副作用 | 免疫系 | ショック,アナフィラキシー |
循環器 | QT 延長 | |
主な副作用 | 精神神経系 | 頭痛 |
消化器 | 便秘 | |
呼吸器 | しゃっくり | |
注射部(ホスアプレピタントのみ) | 注入部位疼痛,滴下投与部位痛 | |
発現頻度は低いが重大な副作用 | 皮膚 | 皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson 症候群) |
免疫系 | アナフィラキシー | |
デキサメタゾン |
||
主な副作用 | 免疫系 | 誘発感染症,感染症の増悪 |
精神神経系 | うつ状態,多幸症 | |
発現頻度は低いが重大な副作用 | 代謝 | 高血糖 |
オランザピン |
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主な副作用 | 精神神経系 | 傾眠,めまい,アカシジア,振戦 |
消化器 | 便秘,食欲亢進,口渇 | |
代謝 | トリグリセリド上昇,コレステロール上昇 | |
その他 | 体重増加 | |
発現頻度は低いが重大な副作用 | 精神神経系 | 痙攣,自殺企図 |
代謝 | 高血糖,糖尿病性ケトアシドーシス | |
免疫系 | 薬剤性過敏症症候群 | |
フェノチアジン系: |
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発現頻度は低いが重大な副作用 | 精神神経系 | 遅発性ジスキネジア,悪性症候群 |
ベンゾジアゼピン系: |
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主な副作用 | 精神神経系 | 眠気,めまい |
H2受容体拮抗薬: |
||
主な副作用 | 精神神経系 | 頭痛 |
消化器 | 便秘,下痢 | |
発現頻度は低いが重大な副作用 | 皮膚 | 皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson 症候群) |
免疫系 | ショック,アナフィラキシー | |
プロトンポンプ阻害薬: |
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主な副作用 | 精神神経系 | 頭痛 |
消化器 | 下痢・軟便,腹痛 | |
発現頻度は低いが重大な副作用 | 皮膚 | 皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson 症候群), 中毒性表皮壊死融解症(Toxic Epidermal Necrolysis: TEN) |
免疫系 | ショック,アナフィラキシー | |
泌尿器 | 間質性腎炎; |
参考文献
( )エビデンスレベル |