診療ガイドラインとは,医師をはじめ医療者と患者が関わる特定の臨床的な状況において,医療者および患者が適切な判断をするために体系的にまとめられた臨床指針と考えられる。そのようなガイドラインに求められる要件は,まずそこに記載されている推奨や勧告が信頼できることである。すなわち,すべての重要な選択肢や推奨が記載されており,それらは明確で実際的な方法により選択されたエビデンスに基づいており,かつ専門家の客観的評価を受けていることが重要である。さらに,ガイドラインの推奨や勧告に妥当性があり,しかも現実的で臨床的意義のあることが重要である。ただし,いかに優れたガイドラインでも,すべての患者に適用できるわけではない。ガイドラインを「金科玉条」とすることは,厳に戒めるべきことである。
ガイドライン作成の経緯について述べる。日本緩和医療学会(以下,当学会とする)は2000 年7 月に「Evidence-Based Medicine に則ったがん疼痛治療ガイドライン」(以下,がん疼痛治療ガイドラインとする)を出版した。その後,がん疼痛治療ガイドラインは2003 年から2005 年にかけて厚生労働科学研究費補助金「がん疼痛治療におけるオピオイド鎮痛薬の適正使用に関する研究」において,2000 年以降の世界のがん疼痛治療ガイドラインの作成の状況,がん疼痛に関する新たな体系的レビューをふまえて改訂が試みられた。次いで,2006 年から2008 年にかけて厚生労働科学研究費補助金「緩和ケアのガイドライン作成に関するシステム構築に関する研究」において,がん緩和ケアの普及のための教育手段として,また,がん疼痛治療領域における臨床研究,基礎研究の推進に役立てることを目標として,新たな観点からガイドラインの作成が試みられた。当学会としては2008 年6 月の理事会において,これらの厚生労働科学研究費補助金による研究班の研究成果をふまえて,従来のがん疼痛治療ガイドラインに代わる新たなガイドライン「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」(以下,がん疼痛ガイドラインとする)の作成が必要であると判断し,緩和医療ガイドライン作成委員会に「がん疼痛ガイドライン作業部会」を新たに組織して,学会の総力を結集してガイドラインの作成にあたることとした。「がん疼痛ガイドライン作業部会」には,ガイドライン作成作業を統括する「ステアリング委員会」を設け,その下に医師,看護師,薬剤師から成る100 名に及ぶ執筆者グループを組織した。そのほか,外部委員も含めた評価委員も加えて,総勢112 名の学会会員と協力者を得て,2008 年10 月から本格的な作成作業に取りかかった。
がん疼痛ガイドラインの構成は「背景知識」と「推奨」の大きく2 つに分けて執筆作業を進め,2009 年8 月に第1 稿(原案)ができあがり,同年9 月に第1 回デルファイ法を実施した。デルファイ法は,専門家などがもつ直観的意見や経験的判断をまとめるためにアンケートを繰り返して,組織的に集約・洗練する意見収束技法の一つである。デルファイ法の詳細は,「W章 資料」の「作成過程」に譲るが,28 名の評価者により実施した。第1 回デルファイ法では,意見の収束をみた項目は「背景知識」と「推奨」の185 項目中66 項目,ほぼ収束をみた項目96 項目,収束をしなかった項目23 項目となった。第2 回デルファイ法では,意見の収束をみた項目は184 項目中134 項目,ほぼ収束をみた項目43 項目,収束をしなかった項目7 項目となった。この時点で第3 回デルファイ法を実施するかどうか検討し,ステアリング委員会の判断として第2 稿(暫定稿)をもって第3 回デルファイ法と評価委員(外部委員を含む)による評価を同時に実施することとした。その結果,180 項目のうち意見の収束をしなかった項目2 項目のみとなり,これらの項目を除外してステアリング委員会としては,評価委員の意見も含めてデルファイ法による意見の収束を終了とした。
2010 年版の出版以降,がん疼痛治療に関連する新たな薬剤が多く市販され使用されるようになった。このことをふまえ,2010 年版の改訂版として2014 年版(以下,本ガイドライン)が作成されることが決められた。2010 年8 月に「がん疼痛薬物療法ガイドライン改訂準備作業部会」が,2012 年8 月にガイドライン作成を統括するステアリング委員13 名による「がん疼痛薬物療法ガイドライン改訂WPG」が設けられ,その下に医師,看護師,薬剤師から成る61 名の執筆グループを組織した。本ガイドラインは,2010 年版の改訂版であることをふまえ,ステアリング委員がデルファイ委員を兼ねることとし,「推奨」の変更が生じた場合にのみデルファイ法を行うこととした。
2014 年版では,「背景知識」および「推奨」において,新規薬剤および新たな研究知見を追加した。鎮痛補助薬を除く領域では,新たな報告のために推奨の強さおよびエビデンスレベルの検討を要する項目はなかった。鎮痛補助薬については,推奨の強さおよびエビデンスレベルについて再検討を行った。ケタミン,デュロキセチンについての推奨の強さを検討すべき新たな臨床研究が報告されたため,各鎮痛補助薬の推奨の優劣についてステアリング委員会において検討した。その結果,新たな臨床研究から推奨を変更するまでには至らないと判断した。
また,2010 年版での検討課題のうち,「オピオイド未投与の患者に,フェンタニル貼付剤を投与する対象や適応」についてステアリング委員会と執筆者で再検討を行い,本ガイドラインに反映させた。また海外のガイドラインが更新されている項目については,「既存のガイドラインとの整合性」の記載を改訂した。「薬物療法以外の痛み治療法」については,関連学会に依頼して内容を改訂した。
2013 年4 月に第1 稿が提出され,ステアリング委員会で評価し,その結果を反映させた第2 稿が2013 年8 月に,さらにステアリング委員会での評価を経た第3 稿が2013 年10 月にできあがった。その後,当学会理事会の承認を経て完成した。
なお,今回はデルファイ法を行わなかったため,外部委員とAGREE ガイドラインによる評価を受けなかった。
ガイドラインの目的について述べる。本ガイドラインの目的は,がん疼痛のあるすべてのがん患者を対象に医師,看護師,薬剤師などを含む医療チームを使用者として,がん疼痛に対する薬物療法の標準的治療を示すことである。本ガイドラインはEBM(Evidence-Based Medicine)の手法に基づいて,当学会に所属する多職種の学会会員によって国内外の文献を十分に検討し,体系化されたガイドラインを作成するように努めると同時に,フローチャートを用いて医療チームにとって臨床の場における意思決定の手助けとなるように工夫した。
今後は,2010 年版同様に,本ガイドラインを普及しその利用促進に努めるとともに,ガイドラインを利用することによってどのくらい診療に有益であったか,という評価を行うことも重要な課題である。また,医療の進歩に遅れることなく,一定期間で改訂されなければならない。本ガイドラインは3 年後を目途に改訂を検討し,「緩和医療ガイドライン委員会」にて改訂が必要とされれば,速やかに改訂を行うこととする。
Ⅱ章 背景知識 |
●新規追加したもの [薬 剤] ●トラマドール(経口剤),オキシコドン(注射剤),フェンタニル(口腔粘膜吸収剤),メサドン,タペンタドール,アセトアミノフェン(注射剤),プレガバリン,デュロキセチン,デノスマブ,ルビプロストン [項 目] ●オピオイドの服薬指導の項(Ⅱ-6-3) ●国内での取り組みの項(Ⅱ-7-2) ●日本ペインクリニック学会による神経ブロックの項(Ⅱ-8-2) ●主な修正点 ●神経障害性疼痛の定義と痛みの機序の記載(Ⅱ-1-1-3) ●突出痛の解説の記載(Ⅱ-1-2-2) ●痛みの臨床的症候群の記載(Ⅱ-1-3) ●高用量アセトアミノフェンについて記載の追加(Ⅱ-4-2-2) ●ブトルファノールの削除(発売中止のため) |
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Ⅲ章 推 奨 |
●新規追加したもの [薬 剤] ●トラマドールフェンタニル(口腔粘膜吸収剤),プレガバリン,デュロキセチン,デノスマブ ●主な修正点 ●各臨床疑問の解説において,2010 年以降の文献の追加および記載の改訂 ●フェンタニル貼付剤の記述(臨床疑問8) ●既存のガイドラインとの整合性において,記載の改訂 |
(余宮きのみ,森田達也)